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栃木県にある小さな建築設計事務所には、新しくフロンティアを開拓する気概がありました。建築にとどまらず、多分野で活動している宇都宮のビルススタジオからは、ゆっくりと着実に、新しい価値観が生まれているようです。
宇都宮へは、東北新幹線ならJR宇都宮駅、東武線だと終点の東武宇都宮駅に到着する。
どちらかといえば、東武宇都宮駅の周りに古くからの繁華街があるので、活気がある。この数年、センスのいい雑貨店や飲食店が続々とオープンしているようだ。
駅から歩いて5分の道のり。大通りをわたって、小学校の横を抜け、住宅街に入ったあたりに「もみじ通り」がある。3年ほど前まではさびれかけた商店街だったという。
建築設計事務所「ビルススタジオ」が通りに移転してきたのは、2010年。もとは風呂釜などを販売するボイラー店の物件だ。
通りに面して大きな窓があり、ざっくりとした木の空間が広がっている。オシャレすぎず、居心地いい。3人のスタッフは広々と自分の机を使えて、東京や大阪の事務所から比べるとうらやましい環境だ。
社長は塩田大成(たいせい)さん、38歳。机は洋服屋が裁断に使っていた作業台。そういえば、隣りの机には引き出しがない。
「これ、中学校の木工室で使っていたやつを拾ってきたんですよ」
塩田さんは工学部の建築学科出身。
会社のサイトを見ると、取り組む業務はとにかく幅広い。「場所づくりを行う会社」がキャッチフレーズだ。
「ぼんやり言うとそういう感じです。一級建築士事務所、宅建業、おまけで古物商の資格も持っています。1つの窓口からワンストップでいろんなサービスが提供できる会社です。」
そういう会社にしたいと思ったきっかけは、なんですか。
「僕は東京のアトリエ系建築設計事務所で経験を積んでいたのに加えて、自分の父も建築設計事務所をやっていました。よくわからない制約から場所づくりがスタートするのを見てきたんです。ある程度決められたところから仕事が始まるのが、なんだか気持ち悪いなと思って。それなら、全部に関わったほうがブレないはずだと。」
「不動産にお金をかけるか、それとも空間デザインにお金をかけるか。もっと前のところから関わりたいとずっと思っていました。」
やってみてどうでした?
「いや、大変ですよ。引き渡して終わらない仕事だし、設計に入るタイミングも自分たちでコントロールして、ペース配分や費用配分など、現場を動かしていかなくてはいけないですし。」
「長い期間、シビアにお客さんとパートナーを組んでやっていくのは、気持ち的にハードですね……そういう意味では、仕事にあてる時間のコントロールも重要。スタッフはお客さんと全面的に付きあっていくことになるので、気の回しかたが難しいです。」
どんな人に来てほしいですか?
「欠かせないのは設計技術ですが、建築士の資格は必要ないです。それよりもプロジェクト全体のなかで『ここをやってるんだ』と意識できる人に来てほしいですね。設計や不動産というカテゴリーだけで仕事を考える人には難しいですけど、全部できる必要はありません。」
ふと事務所の本棚に目をやると、建築系の本と同じくらい、美術や文芸、都市論といった並びの本が多かった。
塩田さん自身も、仕事の多忙さと精神的な余裕、両者のバランスをとっている気がする。
実際の仕事のスピードは?
「住宅系、投資系、店舗系、オフィス系、物件によってまちまちです。3カ月のプロジェクトから何年もかけてやるものまで。その場合、物件探しから引っぱるケースが多いですね。でも、お客さんの要望に応じて探したりしません。」
探さない?
「探せないというか、スタッフもそれほどいないので。その代わり、2006年ごろから始めた『MET不動産部』という自社サイトに面白い物件を届けられるよう、予算配分をしています。掲載物件をいいなと思ってくれた人に、設計なりでサポートしています。吉里さん(大学2つ上の先輩)がやっているR不動産と同じですね。」
「スタッフを増やして、ここに設計担当も投稿できるような余裕をつくっていきたいですね。いろんな目線の物件が集まってくると面白い。コンテンツの外注はしてません。基本は『物件好き』として、好きにやっているサイトです。」
こうした地道な活動は、街づくりとして身を結んでいく。
事務所を出て、もみじ通りを案内してもらった。
「物件を探している魅力的な人たちに紹介していったんです。つなげたのは8軒。このエリアにいい店ができてきたから、と派生的に生まれた店がもう5軒あるから、いまは13、4軒がこの通りにあります」
上の写真は「こども服のセレクトショップ saihi」店内。そのほか、輸入雑貨、カフェ、自然派素材の総菜店、楽器屋さんなど、本当にバラエティに富んでいて、素敵な店が多い。あつかう商品も本格的だ。
「美容室や惣菜店『ソザイソウザイ』は、物件仲介とデザインの両方をやらせてもらいました。」
実は、昨年に宇都宮を訪問して以来、僕はもみじ通りによく足をはこんでいた。この通りにあるドーナツ店「ドー・ドーナツ」を知人に紹介されて、美味しさにやみつきになってしまったから。
なんだか、この通りは来るたびに店が増えている、と思っていたら、その仕かけ人に会えるとは思わなかったな。
もみじ通りはメディアや口コミで話題となり、近くの通りにも波及効果がおよんでいるという。
「ドーナツ屋さんは物件紹介だけです。『自分の近所が楽しければ、こんなに素敵なことはない』という思いだけでしたね。だから、本職に近いのかな。」
本職?
「ビジネスとしての芽を感じたわけじゃないのですが、宇都宮に帰ってきた理由と同じで、“未開の地”を探しているんです。ポテンシャルがあるのにそれがうまく回ってないところへ入るのが好きなんですよ。」
「すると、全般的に関われるじゃないですか。大きな資本や自分よりできる人が荒らしていないから。未開の場所にアイデアと人の力で、新しい価値をつけたいと思ってます。」
ただ、独立して1年目は挫折続き。設計の良さをわかってくれないと嘆いた。2年目くらいからは自分の問題だと思うようになる。
「面白い会社、面白い人間と思ってもらえるかが重要。そのための活動は、無理をしてでも怠らなかったです。」
続いて、仕事のターニングポイントになった物件も2つ見せてもらった。
まず、オープン1周年を迎えた「KAMAGAWA LIVING」。栃木初のシェアハウスだ。
東武宇都宮駅の近くにある繁華街、釜川エリアのどまんなかにある16部屋。2階のテナント部分には、バー&カフェが入っている。
「街の中心部なので、暮らすのに充実していると思いますよ。僕が育ったのは宇都宮の無味乾燥なニュータウンだったから、こういう街場はあこがれでした。」
共用のキッチン&リビングスペースは、このような感じ。
「企画から引き渡しまで、本当の意味でトータルに動いた最初の例です。オーナーに『こういう場所をここにつくりませんか』と提案して、しかるべきところにあたって、そのプロジェクトが動いていくのをもっとやりたい。そのためにも人を増やして、余裕を持ちたいと思います。」
オーナーさんは、どんなかたですか?
「最上階に住んでいるのですが、若い人と一緒に遊ぶのが好きなかた。シェアハウスという言葉も知らなかったのに、いまはイベントにも積極的に参加されていて、住民さん以上に楽しんでいるようです。」
現在は満室だけど、もし空き部屋が出れば、社員が優先的に入居できるかもしれないとのことだ。
もう1軒は「kcucha rismo(クウチャリズモ)」。オープン10周年のカフェが5年前に移転するとき、塩田さんが手がけた物件だ。2階がカフェ、1階が家具雑貨店とレコードショップになっている。
「ここの場合は、オーナーさんが確保していた物件に、空間デザインで入らせてもらいました。家具や建具、ガラスや照明も、基本は廃材。オーナー自身がずっと集めていたものや、前の店から持ってきたもの、さらには僕が持っていたストックを使っています。」
「とはいえ、すでにあるモノだけでお店はできないから、新しいものごともパズルのように埋めていって、それらガラスや家具などの居場所をつくってあげる必要がある。それがうちのデザインと呼ばれる仕事でした。」
設計というよりも、編集に近い。
「僕は人がいて、その視線の先にある空間をひたすら居心地よくしたい。建築雑誌のメインカットのように『ここで決まり!』という場所をビルススタジオの仕事ではつくりたくないし、外観すらあまり気にしていないかもしれません。」
ここでぼーっとするのが好きだという。
「長時間すごせる場所を、世の中に1個ずつ増やしたいんです。まだぼんやりした考えだけど、たしかに僕らの設計の基本にある。どんなに小さいプロジェクトでも、完成までに4カ月の期間をいただけないことにはうちではできません、と話をさせてもらいます。そうしないと、お客さんの居心地や時間を考えたサービスがつくれないと思うから。」
それだと、逃してしまう仕事もあるのでは?
「それはそれで仕方ないと思っています。自分が関わったのに居心地が悪くて通えない場所なんて嫌ですから。」
子どものころの夢は「あまりなかった」という塩田さん。
「僕はリアクション的なんです。真ん中っ子で次男だから、ツッコミタイプ。」
お笑いの?
「そう。あまり自発的にできないから、周りのボケにツッコむ。自分の周りにあるものごとのなにかいいところ、特徴のあるところを見つけ、違う目線からコメントを入れるのを小さいころからやっていました。」
ビルススタジオの名前の由来は、ウイルス。ジワジワと相手の性質や本質を変えていきたいという思いから名づけた。
「遅効性なんですけどね、宇都宮ではそれぐらいがやりやすい。少しずつ変わる結果をちゃんと見てくれる人たちもいるから、同じペースで一緒に仕事ができるんです。」
もみじ通り専用駐車場(買い物客が自由に駐車できる)に帰ってきて、取材終了……と思いきや、塩田さんは駐車場に隣接した元病院を指さし、こんなことを言った。
「もし、この商店街に小さな映画館があったら、面白いと思いません?」
(2014/8/26 神吉弘邦)