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朝、掃除をしながらラジオのスイッチを入れる。流れる音楽をなんとなく聴いていると、インタビューに応えるおじいさんの声が耳に入ってきた。「立派なきゅうりができてね。もったいないから道の駅に持っていったの。いつも売り切れるからうれしくてな」
笑顔で話す姿が想像できて、なんだか心がほころんだ。
夕方、晩御飯の支度をするのに道の駅に立ち寄る。ふと気になって見てみると、今朝ラジオで話をしていた方が育てたきゅうりが並んでいる。
なんだかうれしくなって、思わず手に取る。
地域に根ざしたラジオ番組ができると、こんな出会いが起こるかもしれません。
今回は鹿児島県曽於市(そおし)で、コミュニティFMをつくる人を募集します。ラジオという手段を使って、地域を元気にしていく仕事です。
鹿児島空港でレンタカーをかりて、1時間ほど。焼酎で有名な霧島市を抜けて曽於市役所に向かう。
ラジオ番組からはパーソナリティーの明るい声。テーマは「思い出の一曲」。リスナーから寄せられた、思わず笑ってしまうエピソードを聞きながら山を越える。
市役所では企画課のみなさんが迎えてくれた。
「曽於市って読めなかったでしょう」と笑いながら話をしてくれるのは橋口課長。まずはこの地域のことを教えてもらう。
「特徴といったら自然が多いことくらいですかね。離島を除くと鹿児島県では人口減少率が一番はげしい地域なんです。企業の誘致や育成には手をつくしていますが、なかなか難しいです」
曽於市の人口は約38,000人。高齢化率は36%になる。仕事がないので、働き盛りの人は近隣の街に移ってしまう傾向にあるそうだ。
「賑やかにしたいという気持ちはあるんです。いろいろ検討した結果、一般社団法人を立ち上げてコミュニティFMをはじめようということになりました」
情報を発信する方法は広報誌やウェブサイトもあれば、テレビやUSTREAMで番組をつくることも考えられると思う。どうして今、ラジオなんだろう。隣で聞いていた池上さんが教えてくれた。
「まずは高齢の方に向けた情報提供をするのも1つの大切な役割です。朝昼晩と1日3回行政からのお知らせを流します」
現在曽於市では有線放送が導入されていて、加入すると専用のスピーカーから国勢調査や検診のお知らせなどが流れてくるようになっている。
けれど任意加入なので、すべての人に届くわけではない。災害が起きたときにお知らせを流すのにも使えるように、ラジオを活用しようと考えている。
「曽於市は10年前に3つの町が合併をしてできたんです。広い自然の中に集落がいくつもあるので、なかなか一体感が生まれない。同じ放送をすることで、お互いのことを知る機会になるんじゃないかと思っています」
自分たちの暮らす街に愛着を持ってもらい、地域に残る選択肢を若い人たちにも持って欲しい。そんな想いも込められているそうだ。
定住推進を担当している大高さんは、もともと鹿児島市に住んでいた。
「曽於市は父親の出身地なんです。父親が有線放送で職員を募集しているっていうのを聞いて。前の仕事を辞めようとしていた時期だったので、こちらにきてみました」
「鹿児島市に比べると田舎だったので、最初はどうしたものかと思ってました。けれど8年経って、今はここで一生暮らそうと家を建てているところです。田舎すぎないところが、いいところですかね」
曽於市内には商業施設がたくさんあるわけではないけれど、車で15分も走れば近隣の街に出ることができる。買い物や食事はこちらで済ませることが多いそう。
「土地が広いからか、隣の人同士がぎすぎすしてない感じがしますね」
大高さんはここでの暮らしを、とても熱を込めて話してくれた。それだけ好きな場所だということが伝わってくる。
コミュニティFMづくりははじまったばかり。いったいどんな放送をしていくことになるんだろう。
「行政情報と、コミュニティFM用に配信されている音楽番組を買って流すこともできます。けれど自分たちでも地域密着の番組をつくって、発信したいと思っています」
コミュニティFMづくりに関わることになるのは5名ほど。朝から晩まで、すべての番組をつくるのは無理かもしれないけれど、少しずつ、自分たちでつくっていきたいと考えている。
「すべて自主番組で流せるだけの売上をつくっている放送局もあるんです。それは夢ですけど、できるところからやっていきたいですよね」
「番組をつくるためには地域に入り込んでいくことになります。そこで新たな交流や出会いもつくっていけると期待しています」
たとえば曽於市を紹介する番組をつくろうと思ったら、どんな場所に取材に行くのがいいだろう。おすすめの場所を広報担当の森岡さんに聞いてみる。
「子牛の競市ですね。何十頭も飼っている人から1頭だけ連れてくる夫婦まで。10ヶ月育てた牛を売るときには、感動物語があるわけですよ。400頭ほど集まるので、見た目の迫力もすごいんです」
曽於市の競市は「東洋一」と言われるほど。買い付けには全国から人が集まってくるそうだ。
池上さんのおすすめは、弥五郎どん祭り。
「900年の歴史がある、鹿児島県下3大祭りの1つなんです。10万人もの人がやってきます。それと曽於市が主催する市民祭があって。たくさんの人たちに参加してもらうために、今準備を進めているところなんです」
他にも豊かな自然を生かしたツアーや体験施設など、いろいろな場所を紹介してもらった。畜産が一番大きな産業ではあるけれど、ゆずの生産高は九州一というほど農業も盛んだそう。
最初は「なにもない」と言っていたけれど、少し聞いただけでもたくさんの取材候補が出てきた。ラジオをつくろうとあらためて考えてみると、この場所のことが新しい視点で見えてくるのかもしれない。
どんな番組をつくっていくかを考える企画から取材、編集まで。協力しながら手探りでつくっていくことになると思う。どんな人がいいだろう。
「時間帯によってさまざまなキャラクターがいていいと思います。明るくて優しい人が地域に入り込んで取材してくれると、街も元気になりそうですね」
今回やってくる人は、まずは地域おこし協力隊としてラジオの企画、運営を行うことになる。
地域おこし協力隊は、都市から地方へ人を派遣するしくみのこと。任期は最長3年だけれど、ラジオのプロジェクトがうまくいっていたら、そのまま新しく立ち上げる組織で働ける環境をつくりたいと考えている。
曽於市での地域おこし協力隊の受け入れは今回がはじめて。ラジオづくりをする人のほかにも、文化事業に取り組む人、PR・観光プロデュースを担う人も受け入れる予定。
「文化事業はコミュニティFMと同じ法人の別事業として立ち上げます。今は行政がイベントやコンサートを企画運営していますが、民間でつくっていきたいんです」
そう前のめりで話してくれる橋口さん。ご自身も和太鼓を演奏されるそうで、新たな取り組みのことをとてもうれしそうに話してくれる。
「なにをするかはまだフリーハンドです。鑑賞型のイベントはもちろん、参加型のものでもいい。自然をいかしたアートフェスティバルなんかもありえるかもしれませんね」
まだ決まってないことが多いので、自由にできることは多そうだ。ゼロからはじめることは、大変なことでもあると思うけれど。
「今やっているイベントを楽しみにしてくださっている方もいます。人が集まるきっかけになるといいですよね。ホールがあるので、まずはそこをどう使うか、から考えてもらうといいと思っています」
PR・観光プロデュースを担当する人は、ゆずを使った商品開発や、ゆるキャラとともに曽於市を外に向かって発信していくことになる。
どちらもコミュニティFMと連動してできることがありそうだ。
「まずは言葉で苦労するかもしれませんね。年配の方なんかは方言が強くて、何言ってるのかわからないなんてこともあると思います。焼酎が飲める人が来てくれるといいなあ」と池上さん。
さすが鹿児島ですね。みなさんが仲のいい感じがするのも、焼酎の効果ですか。
「一緒に飲めば、次の日から友だちになりますから。それで、てげてげです」
てげてげ?
「それでオッケーってことです。素直で明るい人と、一緒に取り組んでいきたいですね」
市役所の近くにある商店街を歩いていると、地域のお母さんたちがつくった手芸品や野菜を販売しているお店を見つけた。
「みんなで協力しながらやってる場所です。一番人気はこのお弁当」
この辺りでおいしい食堂はありますか。
「道の駅が3つあるんだけどね。四季祭市場のレストランは地元のものがバイキングで食べられるから、行列ができたりするのよ」
さっそく道の駅に向かおうとしたら、一面に黄色く実った稲を刈っている方を見かけたので、声をかける。
「もう86だけどな、家にいてもしょうがないから。どこから来た」
東京です。お元気ですね。
「若いころ、少しだけ俺も東京に住んでたことがあってな」
観光地やイベントではなくても、ここにはたくさんの“紹介したい人”に出会えるような気がした。とても狭い範囲で届くラジオだからこそ、できることもある。
少しでも気になったら、まずは曽於市を訪れてみてください。ここで名物パーソナリティになれるのは、あなたかもしれません。
(2015/10/30 中嶋希実)