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香りのコンシェルジュ

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日本には古くから「香りを聞く」という言葉がある。

奈良時代のころから神聖な供物として香を焚き、平安時代には焚いた香りそのものを生活の中で楽しむようになったと言われている。

形ないものに静かにこころを寄せ、自分のなかに取り入れる。

「聞く」という動詞を香りにも当てはめた美しい表現は、現代ではあまり耳にすることがないかもしれません。

今回ご紹介するのは、京都と青山に店を構えるインセンスショップ「Lisn」(リスン)

WA2C5249 “聞く”の英訳“listen”の発音記号からついた店名には「香りを聞く」ことを日常に取り入れてもらいたいという想いがこめられています。
お香のもつ様々な既成のイメージを取り払うため、リスンでは“お香”ではなくあえて英訳した“インセンス”と呼んでいるそう。

京都・青山の2店舗で、お客さんに寄りそってインセンスを紹介する、販売スタッフを募集しています。


訪れたのはリスン京都。

リスンが入っている商業ビル“COCON KARASUMA”が建つ四条烏丸は、京都のビジネス街の中心といった場所。その日は平日だったこともあり、往来にはたくさんの車と人が行き来していた。

ビル1階の奥にある、ガラス張りのリスン店内に入る。

WA2C5221 足音がひびく静かな店内には、同じ形をしたスティック型のインセンスが美しく並んでいる。うっとりした気分になるのは、きっとインセンスの香りと虹を見ているような彩りのせい。

「天然の素材をつかっているので、それぞれの個性に合わせてインセンスを作ることはとても難しいことなんです。香りはもちろん、色や成形のノウハウは他にはない技術だと思っています」

P1030249 取材をはじめてすぐに、そう力づよく話してくれたのはショップマネージャーの伊達さん。

理系畑から新卒で入社し、昨年リスンのショップマネージャーになった人。伊達さんが自信をもって話すのには理由がある。

実はリスンは300年の歴史をもつ老舗お香専門店“松栄堂”がつくったブランドだからだ。

「お香というと、宗教的なものを連想されたり、使うにもちょっと敷居が高いと思われたりする方が多いんです。一旦そのイメージを取り払って、純粋に香りを今の生活の中に取り入れてもらうにはどうしたらいいか。そのアプローチのひとつとしてリスン事業部は存在しています」

新しく入る人は松栄堂のリスン事業部に配属されるということ。

リスン事業部として、香りになじみのない人でもインセンスを気軽につかえるということを知ってもらいたいと伊達さんは言います。

売り上げの多くが仏具店や百貨店への卸業だという松栄堂のなかで平成元年に立ち上がったリスン。立ち上げ当時から先入観をもたれないよう、あえて松栄堂の店ということを前面に出さないようにしているそう。

今でも「リスンて松栄堂だったの?」という声を聞くそうです。

「松栄堂という名前を出さなくても300年かけて培った香の品質をきちんと保っていれば、ご紹介の仕方は自由にしていけると考えています」

P1030263 製造のノウハウがしっかりとあるからこそ、リスンでは自由な展開ができるという。新作を発表しつづけて、今では常時150種類にまで増えたリスンのインセンス。

店頭の美しい彩りは150色が織りなしたものだったのかと驚いていると、さらに驚くことを言われた。

「150種類すべてに名前とストーリーがついています」

ストーリー?

「インセンスごとにイメージストーリーを設けて、その香りで世界感が一つ語れるようなイメージ性をもたせるんです」

150種類もの香りを単語ひとつふたつで表現するのは難しい。ひとつひとつにストーリーをつけることで香りのイメージに膨らみをもたせるのだという。

リスンでは開発担当スタッフと社長とで1年ごとにテーマを決め、それにちなんだ香りを年に数回ずつ発表している。

たとえば「UNIVERSE(宇宙)」をテーマにした年には「FROLIC SUN」や「MELLOW MOON」といった名前のインセンスとストーリー。

ストーリーは詩的で抽象的。あやふやなのに胸に落ちる感覚が香りそのもののようでおもしろい。

ストーリーとともに、アーティストが手がけた香りをイメージできるビジュアルもついている。毎年がらりと変わるそのテーマに決まりはないようだ。

FROLIC_SUN(gray) どうしてこのような形をとっているのでしょう。

「やはり松栄堂の既存ユーザーや和物好きという方だけではなく、違うジャンルにアンテナを張っている方に触れてもらいたいという思いからです。そういった方々にも香りを取り入れてもらって、心豊かな生活を楽しんでいただけないかなと思っています」

ストーリーや季節感をつくることで、お香に興味のなかった人でも次のシリーズを楽しみに来店してくれることがあるそう。

P1030204 取材した日はバレンタインのイベント前。そういえばお菓子にちなんだインセンスのセットが店頭に置いてあったことを思い出す。

もともと香りに興味のある人に来てもらうのは簡単なこと。それでもリスンは、香りに親しんでいない人にこそ、香りを聞く生活をしてもらいたいという。それを実現するには、ただ品質のいいインセンスを販売するという意識ではむずかしいのだと思います。


150種類もの香りをあつかうリスンでは、実際どのような販売の仕方をしているのだろう。

販売スタッフをはじめて6年になる大森さんにお話を伺った。

P1030247 「お客様の中には、お仏壇で使われるイメージを持たれてる方や、使い方をご存知ない方もいらっしゃいます。まずは具体的にご自宅で使うシーンをこちらから発信するということを意識していますね。お客様の生活を聞かせていただくことが多いです」

生活を聞く?

「たとえば学生さんだとおっしゃれば、食事を終えて、さあ勉強しようと切り替えるときにどうですかとご案内をしたり。単純にこれはこういう香りです、というご紹介ではなくて目の前のお客様の生活の中だったら、どういうときに使えるのかということを大事にしています」

交通の便がよく多くの人が集まる場所がら、インセンスの店とは知らずふらりと立ち寄るお客さんも多いそう。そんな人にも自分の生活の中に取り入れてみたいと思ってもらえるよう、一人ひとりの生活に合った提案をする。

香りというあやふやなものを紹介するのは実際骨を折ることなのだと、ある男性客の話をしてくれた。

「眠る前に聞くためのすごく“静かな香り”が欲しいという方でした。私が思う静かな香りというのは、そんなに強く香らず存在があまり強くないもの。そう思ってご紹介していたのですが、しばらくお話をしているとどうやらそうではなくて」

「お客様が求めていたのは森の中の静まり返ったちょっと怖さも感じられるような静かさだったんです。結果的に私は違うだろうと思った重厚感ある香りを選ばれたので驚きました」

香りの感覚は千差万別。同じ表現でも、感じ方がまるで違うというときは6年間リスンの商品に触れていてもあることなのだそう。

「ちょっと違うなと思われている方に対して、どこが違うのかを会話や表情のなかで読み取っていかないといけません。自分とは違って感じる人がいるというのは難しいけれど面白いですね」

訪れるお客さんは老若男女、外国人まで来るそうだから、好みも生活も違って当たり前。それぞれの暮らしのなかでピンと来てもらえる香りを150種類の中から探し出すには、たくさんのヒントが必要になる。一人ひとりの話を聞くリスンの接客は、時間がかかることも多いそう。

P1030210 たくさんの選択肢があるから、お客さんにとってピンとくる香りは一つくらいあるのだと思う。でも、その答えはスタッフがいなければ見つからないこともある。

目の前のお客さんに向き合い、話を聞いていく時間もリスンの商品なのだと思いました。


新しく入る人はまず、在庫の補充やセット商品などの接客から仕事をはじめることになる。150種類のインセンスを紹介できるようになるまで、人によっては時間がかかるかもしれない。

入社3年目の西田さんに、入社したころのお話を伺った。

P1030256 「まわりの先輩たちはすべて聞き分けられているのに、わたしは最初150種類ぜんぶが同じ香りのように感じました。入った時点でレベルの違いを感じて、もうどうしよう、と思いましたね。不安で先輩に相談したら、3ヶ月ほど経つと、違いが分かってくるようになるよと言われて…」

自分の中の香りの引き出しが乏しいのだと考えた西田さんは、150種類のインセンスをひとつひとつ焚き、家でも聞きくらべをつづけたと言います。聞きくらべをはじめて3ヶ月を過ぎるころには香りを聞き分けられるようになったそう。

先輩に直接教わるということはないのですか?

「研修として、先輩といっしょに香りとそのイメージストーリーを教えてもらいながら焚く時間はありました。でも感想は自分で考えます。これが私の思う“甘い”だ、じゃあそれに比べてこれは甘くないということがわかるようになってくるんです。こうやって引き出しを増やしていきました」

あくまでも自分の感覚は自分のもの。自分で感想を考えたうえで先輩の感想を聞き、その違いも自分の引き出しにかえていく。

IMG_1567 「人それぞれ感じ方があるものなので、意見が違うときに『あなたはそう思うんですね』と言える人のほうが向いていると思います」

さまざまなお客さんに香りを紹介することは、お互いの香りの引き出しを開けて増やしていく作業なのだそう。

それは、押し付けることではないし無理に合わせるものでもない。

香りの引き出しのない人、多い人。いろんな人が来る店だから、いつもおなじ接客ということはあり得ないのかもしれません。

目の前の相手の声をきちんと“聞く”ことができてはじめて、お客さんが満足する答えは見つかるのだと思います。


取材を終えて、お土産にインセンスを買って帰ることにした。西田さんに手伝ってもらって自分のお気に入りをさがす。

なんとなくの好みを伝えると、「こちらはいかがですか?」と、インセンス初心者のわたしにも分かりやすいよう選択肢をしぼってくれる。

P1030269 「こちらは、お母さんのタンスを開けたときのようなどこか懐かしい香りをイメージしているんですよ」とか「甘い香りはお好きですか?」と言った会話を楽しみながら調整をしていくと、ピタリと落ちつく香りに出会うことができた。思わずうれしくて声が出てしまう。

こんなふうにいっしょにさがしてもらいながら、リスンのスタッフに見たのは美しい所作と言葉づかい。リスンの質の良いインセンスは、スタッフのコンシェルジュ力で、さらに身近で愛しいものに変わるのだと思います。

IMG_1650 目の前の一人ひとりの声を聞いて、香りを聞く生活を提案する。

まるでコンシェルジュのようにお客さんに寄りそうリスンの働きかたが気になった方は、ぜひ一度お店に訪れてみてください。


(2016/3/4 遠藤沙紀)