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つけっ放しになっていたテレビから、にぎやかな笑い声が聞こえてきた。「このあいだうちの田んぼに大阪から来た孫を連れていったらね、大よろこびで服をどろどろにしてしまって。早く稲刈りがしたいって言いよるんです」
話しているのは、どうやら農家のおばあちゃんみたい。うれしそうな顔でカメラ越しのスタッフに話しかけている。
思わず微笑んで見ていたら、カメラの横から「こんにちは」と人が入ってくる声がする。画面の中に現れたのは杖をついたおじいちゃん。
「そこで今撮影しとるって聞いたんよ、なんか手伝うことあるか」
「ありがとう。じゃあそこに座ってカメラ持っとって」
カメラマンが答える声がする。
これが東峰村ケーブルテレビの番組風景。
普通のテレビ番組を見慣れていると、ちょっと驚いてしまうようなことが起こります。
舞台は福岡県・東峰(とうほう)村。
ここで村人といっしょに村の魅力をつくり、伝えていく地域おこし協力隊を募集しています。
求めているのは、ケーブルテレビの運営、村外への地域情報発信、農村ビジネス支援を担う隊員たち。どれも経験は問いません。
まだまだ地域の魅力に気づいていない村人たちと、一緒になってこれからの東峰村を形づくっていってほしいと思います。
福岡空港から大分方面へ車で1時間。にぎやかな博多区を発って思いの外すぐに高速を降りた。
春めく緑のなか、遠慮するように家々が点在しているのを横目にすすむ。高速を降りてから15分ほどで東峰村に到着した。
はじめて来るのにどこか懐かしい日本の原風景が残る山里は、想像のなかの昔話の舞台とかさなる。
東峰村は焼き物のまち・小石原(こいしわら)村と、農業のまち・宝珠山(ほうしゅやま)村が合併してできた村。合併してもなお人口は2300人と少なく、これからもどんどん減っていくことが予想されている。
まず向かったのは宝珠山側にある東峰テレビ局。今回募集するうちのケーブルテレビ運営をする隊員はここを拠点に働くことになる。
もともとは診療所だったというテレビ局で待っていてくれたのは、プロデューサーの岸本さん。
「たぶん新しく入る方は、まずここに来て『テレビ局なの?』って思うでしょうね」
いきなりそんな話をされて疑問符がたくさん浮かぶ。どういうことか聞いてみた。
「東峰テレビではごく普通の農家さんとか大工さん、近所の自治会長さんみたいな、そういう人たちで番組づくりをしているんです。『東峰村2300人が自分たちでつくるテレビ』を目指してやっています」
たとえば農家の奥さんがスイッチャーを操作していたり、78歳のおじいちゃんがカメラマンだったり。飛び込みで見にきたおじいちゃんがスタッフになったり、逆に出演者になったりもする。
新しく入る人はそんなボランティアスタッフたちをサポートしながら、いずれはプロデューサーとして番組をつくっていくことになる。
あるときは、村にある棚田の米づくりの後継者不足について取材してみる。すると、地域のお年寄りからは意外にもよその地域から若い人を連れてきて雇おうというコメントが出てきたり。
「村人が自分たちで村の人の取材をすると、『村に対して一人ひとりこんなに意見を持っているのか』という発見があるわけです。ケーブルテレビということで距離感が近いから、雑談ベースでそういう対話が生まれています」
「そうやって番組制作をしていると、地域の人たちが描く村の未来像や課題、魅力が見えてきたりするんですよ」
制作プロセスを地域の人と一緒に経験することで、村人が村について考えるきっかけになったり、世代を超えた交流が生まれたりする。テレビ局自体が村のコミュニティースペースになっているといいます。
もともと民放のテレビ局で番組のプロデューサーをしていたという岸本さん。技術は岸本さんが教えてくれるそうだけど、「テレビ制作×地域づくり」を担う地域おこし協力隊にはどんな人がいいと考えているのでしょう。
「地域のいろんな人たちと仲良く暮らせるということが第1条件。それがあればカメラを持ったらなんぼでも成長する。編集者としてもなんぼでも成長できる」
地域とテレビを同時につくる“チーム東峰村”の一人として、とにかく“人”を大事にしてほしいと、岸本さんは何度もくりかえします。
「テレビはチームワークです。地域の人と助け合いながら地域を知って伝えていく。これは地域おこしの力になっていくと思います」
村の人たちが村のことを考えて協力していく、そこで生まれる気づきとコミュニケーションがそのまま地域おこしになるということ。
だから、完成した番組はまとまっていなくても構わない。大事なのはできあがったモノより、村の人がどのように制作に関わるかというプロセス。つくられる番組がドキュメンタリーでもドラマでも同じことだそう。
あくまでも村の人たちが生活の中で楽しんでつくるものだから、過度な演出はしないと決めている。
20年前に活動を始めた岸本さんがこの取り組みを東峰村ではじめて今年で丸5年。最近では率先して村民たちが活動してくれるようになっているそう。
村全体がこのプロセスを味わえたら、きっと独特でおもしろい村になるんじゃないでしょうか。
テレビ番組をつくっているけれど、目的はテレビ番組ではない。こんなテレビ局で働くのはとても刺激的だと思います。
岸本さんとお別れしたあとは、村役場・企画政策課の森山さんが、車で村の中を案内してくれることに。
森山さんは生まれも育ちも東峰村という、生粋の東峰っ子。
棚田が続くしずかな農道を行き、ひときわ目立つ“眼鏡橋”まで連れてきてくれた。耳をすますと小川のせせらぎが聞こえる、なんとも穏やかなところ。
宝珠山地区には筑後川をめざす清流がいくつかあり、その清水を活かした米づくりや野菜づくりがさかんなのだそう。夏にはホタルが飛び、冬は一面雪景色になる。
「こんなにいい村はないと思うんです。でもシャイな方が多いので、東峰村を外に向けて売りこんでいくのができていないんです」
聞くと、村役場にさえ広報専門の部署がないのだそう。今まではイベントや村の風景を撮影したところで、「きれいやったねえ」と感想を言いあって終わってしまっていた。
「村外のテレビ局や新聞記者の方に『どうしてもっと外に発信しないんだ』と言われるくらい。そこで、外の視点を持った隊員の方に東峰村の情報をうまく発信してほしいと思っています」
地域情報発信の担当になる人には、今まで出せていなかった東峰村をどんどん村外に発信してほしいとのこと。都市の視点をもった隊員の視点が、大いに期待されています。
「もう準備はしてあるんですよ!東峰村のホームページに個人のブログが載せられるようにしてあります」
森山さんは今すぐにでも新しい隊員に会いたいといったふうで、ニコニコと話してくれた。地域情報発信の仕事は、まずは地道に村をまわって、そこで聞いたり知ったことをブログに書くことからはじまる。だから、みずから開拓していってほしい。
いずれは村全体の対外的なイメージの統括、戦略的な村のブランディングを担う組織をつくり、その一員になってもらいたいと話す森山さん。
今は手つかずと言っていいほどのフィールドで、まだまだ気づかれていない魅力を発信し、掘り起こす。それは移住してくる協力隊員だからこそできることかもしれません。
最後にご紹介したいのは、協力隊の先輩になる清水さん。大阪府からやってきて今年度で2年目になりました。
今は地域のお年寄りたちがつくった野菜を本人に代わって直売所へ持って行く出荷支援や、野菜づくりや特産品開発といった農村ビジネス支援を行なっています。
清水さんはどうして東峰村を選んだのでしょう。
「好きなアーティストが福岡県出身だったんです(笑)調べてみると福岡県の地域おこし協力隊は他にもいくつか選択肢はあって、そのなかでも“村”というのに惹かれました」
「応募したときは観光部門を希望していたんですけど、面接の際に『農業をやってほしい』と言われて。農業なんてまったく経験がなかったんですけど、まあこれも何かの縁だしやってみようと(笑)」
頭をかきながら照れくさそうに話してくれる。気さくな人柄がうかがえる。
そんな清水さんは、はじめは何をしたらいいかわからず、職員に聞いたり農協にあいさつに行ったりしながら自分の仕事をつくっていったそう。畑を借りて作物を育てることも少しずつはじめた。
「僕、人見知りなので、最初はやっぱり大変でした。でも半年くらい経ってくると、だんだん顔を覚えて仲良くなれてきましたね」
「地域の人たちは最初からすごくウェルカムな感じでした。酒飲みやイベントに誘ってくれたりもします」
清水さんが一人で暮らしていることを知って「困ってるだろう」と心配してくれる、あたたかな人ばかりだそう。
最近はほとんど買い物をせずにいただきものの野菜で生活をまかなえているという。取材した日も役場まで野菜を持ってきてくれた人がいたと教えてくれた。
2年目に入った今、任期終了後のことはどのように考えているのだろう。
「仕事ができたら住み続けたいと思っています」
それは農業をしながら?
「はい、なかなか難しいとは思うんですけど」
「陽の下で土いじってというのが純粋に楽しくってですね。最近はちょっと勉強しはじめて。『植物ってこんな肥料や栄養がいるんやな』とか、けっこう知らんことばっかやなって思います」
今は生業づくりのために、単価が高く、直でレストランに降ろせるレベルの野菜をつくろうと研究しているそう。
今回募集する農村ビジネス支援事業のなかには、豊富な野菜を使った農家レストランをつくるという計画もあるので、興味のある人は清水さんと協力することもできるかもしれません。
大都市から1時間半でいける、静かな農村。この村の魅力をシャイでやさしい村の人たちと形づくっていってほしいと思います。
面白そうだと思えたら、いちど東峰村を訪れてほしい。
掘り起こすと実は何かがはじまっている、東峰村のおもしろさを感じられるのではないかと思います。
(2016/5/23 遠藤沙紀)