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「おもてなしって、まずは自分たちが土地や生活を楽しむことからはじまると思うんです。その生き生きした姿がお客さんに伝わったとき、本物のおもてなしになるんやないかな」
熊本県・黒川温泉の一角にたたずむ御客屋(おきゃくや)。
全13室の小さなこの旅館は、享保7年(1722)年に肥後藩主・細川家によって開かれた歴史の深い宿です。
ここで、おもてなしサービススタッフと、調理スタッフを募集します。
明確な分業はしていません。どちらも、接客サービスや調理をメインにさまざまな仕事をすることになります。
ここで働く皆さんを見て感じるのは、おもてなしとは決して自分を抑えて相手に奉仕することではないということ。
まずは自分たちが、心も体も健やかでいる。そうしてはじめて、相手を思ったおもてなしができるのだと思います。
黒川温泉へは、福岡空港から高速バスで2時間ほど。宿に到着すると、“遠いところをようこそ”と丁寧に迎えてもらった。
若い方が多く、明るく和気あいあいとした印象。
まず話を聞いたのは、女将の橋本さん。御客屋のお母さんのような存在です。
「来てくださるのを本当に楽しみにしていたんですよ。何時ころ着くやろうかって、皆でずっと話していたんです」
もともと旅行情報誌で黒川を担当していた橋本さんが、御客屋にやってきたのはおよそ10年前のこと。
「当時の御客屋は、料理も接客も悪くはないけれど良くもない、古い旅館という印象でした。しまいには、アルバイトの子に『自信がないから、友達には紹介できない』と言われてしまって。ショックでした」
「やっぱり私たちの仕事は、お客さんに楽しんでもらったり、感動してもらうためにあると思うんです。そのためにどうすべきかを考えられる旅館にしようと決めました」
それからは、掃除から接客まですべてお客さん第一に切り替えた。
化学調味料は一切使わず、清掃も細かいところまで気を抜かない。お祝いで訪れたお客さんには、手づくりのケーキも用意した。
これらは功を奏し、お客さんも満足され、インターネットの口コミでも高い評価を得るようになった。
けれど、次第にこのままではいけないと思うようになる。
「自分をすり減らしていたんです。お客さんに幸せになってもらおうと頑張っても、私たち自身が疲れ切っていたらお客さんにも伝わってしまう。これでは本当のおもてなしではないと気づきました」
それからは、お客さんだけでなく自分たちのことも考えるようになった。
「急ぎ足ではダメなんですよね。本物をつくるには時間も手間もかけないといけん。まずはお互いに信頼しないとね」
一方で、旅館で働く大変さもある。
「正直、週に2日必ずお休みがとれるとか、時間通りに帰れるというのは難しいです。体力的にしんどいこともたくさんあります」
「それにコンビニもATMもないし、夜も真っ暗。想像より不便かもしれません。それでも不思議なことに、お客さんの『ありがとう』で、また頑張ろうって思えるんですよ」
ここで働くのは、どういう人がいいでしょう。
「人に喜んでもらえることが好き。これはとても大事だと思います。それから、小さくても楽しみや目標を持っている人。たとえば阿蘇でポニーに乗りたいって子もおるし、もっと資格を取りたいって子もいます」
橋本さんも、その想いを出来るかぎりサポートしているのだそう。
「決して甘やかしているわけではないんです。こうしてみたいという前向きな気持ちが、生き生きした姿になってお客さんに伝わる。だからこそ、仕事一辺倒にはなってほしくない。素敵なおもてなしのためには欠かせないんです」
「まずは、黒川という土地を知ってください。私が案内するけんね」
続けて声をかけてくれたのは、当主の北里さん。当主という響きに緊張したけれど、少し話すととても気さくな方だとわかった。
車に乗り込み、黒川を巡りながらお話を聞く。
「御客屋は約300年の歴史ある旅館でね。私は7代目です。今でこそ黒川は温泉地として知られているけれど、それまでは半農半宿。畑を耕しながら、お客さんを受け入れていたんです」
御客屋も、畑や山でカボチャやトマト、すももから米まで数多くの食物を育てて、お客さんに提供している。
水や土壌も豊かで、寒暖差も大きいからおいしく実るのだそう。
「ほら、ナスもできてるね。素揚げにしたらおいしいよ」
すれ違う地元の方に、“何しとると?”と次々声をかけられる北里さん。聞くと、黒川温泉の組合長も兼ねているのだそう。
「黒川はね、すごく仲がいい。もっと盛り立てていくために、普段は競争しながら、どこかの旅館が困ったら皆で助ける。だけん、プライベートはないね(笑)」
「私は、人も自然もすごく豊かな土地だと思ってる。春に野焼きした草が、夏には一斉に芽吹く。秋の月に心を奪われる。冬には雪が降って、また春になる。お金では買えない、時間をかけてできた本物の財産がある。御客屋で働くことは、その歴史をつなぐってことでもあるかもしれないね」
新しく入る方も、まずは黒川を知るところからはじめたらいい。
「ここは暮らすことと働くことが一緒になる土地だけんね。御客屋はね、黒川とお客さんをつなぐ接着剤。まずは自分が黒川を知って、おいしいものをいただいて、楽しむことが土台になる」
「自分を消耗して、相手に奉仕するというのは違うよ。自分があってはじめて、本当にお客さんを思ったおもてなしができる。お客さんが何度も足を運んでくださるのは、そんな自慢のスタッフがいるからだと思うんです」
続けて、御客屋のカフェであるわろく屋を訪ねる。
迎えてくれたのは、おもてなしスタッフの横井さん。普段は、御客屋とわろく屋を行き来しているのだそう。
ふんわりとした笑顔と、さりげない気遣いが印象的な方。
高校卒業後、旅館で仲居として働いていた横井さん。御客屋は、プライベートで訪れたことをきっかけに知ったという。
「入ってすぐに、普通の旅館とは違うと思ったんです。お客さんにゆっくり過ごしてもらおう、楽しんで宿泊してもらおうという気持ちが、笑顔、対応、会話すべてから伝わってきて、それを楽しんでいる。キラキラして見えました」
「いやいや働くのではなくて、『こうしたほうがもっと良くなる』と皆が考えて、旅館をよくしていこうという姿勢を感じて。私もここで本物のおもてなしを学びたいと思ったんです」
印象的だったエピソードをたずねると、あるお客さんの話を教えてくれた。
「夕食をお出しする際、お皿のセッティングを間違えてしまったんです。お客さんからのご指摘で気がついて、慌てて謝って。そのあとも一切会話がなくて、どうしようって頭がいっぱいでした」
「このままではいけないと思って、思い浮かぶことはすべてしました。一人でいることを楽しまれる方だと思ったから、余計なお話はせずに、お料理やお部屋、それに黒川のことを、分かる範囲できちんと説明しよう。私なりに、笑顔で受け答えをしっかりしようって」
それでもお客さんが帰ってから、失礼なことをしてしまったと落ち込んでいた横井さん。
すると数日後、予約リストのなかにその方の名前を見つけたそう。
「もう来てくださらないかと思っていたから驚きました。それだけでなく、あの一件から何度も通ってくださるようになって、少しずつお話しもできるようになったんです」
「今では、日本酒が好きなことも知っているし、笑顔だって見せてくれます。私の名前も、失敗も覚えてらっしゃいました(笑)でも、そのことがすごくうれしいんです」
あんな失敗したのに、どうしてまた来てくれたっちゃろう、と笑う横井さん。きっとお客さんに、真摯な姿勢が伝わったからだと思う。
そんな横井さんは、仕事をする上で譲れないことがある。
「お客さんに決して私情を出さないことです。お腹が痛いとか、落ち込んだとか、お客さんには一切関係ないことですよね。私の接客で不快にさせてしまっては、黒川の思い出がすべて台無しになってしまう」
「お客さんはスタッフを選べません。お客さんを喜ばせたいと思っていたら、自然とできるんだと思いますよ」
現在は英語も習得し、海外のお客さんも専任で担当。御客屋やわろく屋のポップも、すべて横井さんが手がけている。
今後は調理師免許の取得も目指しているのだそう。
「せっかく旅館にいるんだから、勉強できることはしておこうと思って(笑)新しく入る方も、自分で目標を見つけられるともっと楽しくなると思います」
最後にお話を聞いたのは、おもてなしスタッフ兼料理人の柴田さん。
一度転職したものの、一昨年御客屋に戻ってきたというユニークな経歴を持つ方。
御客屋に戻ってきた理由をたずねると、こう教えてくれた。
「他の仕事をして、改めて御客屋の良さに気づいたというんかな。ここって、皆が『ほら、これも食べんね!』ってお碗一杯に盛ってくれるんです(笑)お客さんだけじゃなく、僕らのことも家族のように受け入れてくれる。また帰りたいと思ったんです」
現在は栄養士の資格を活かし、料理人としても活躍している柴田さん。
「自分たちの畑と山で採れた野菜を目の前にして、あれこれ考えるのは楽しいですよ。ほかの料理人も同世代なので、相談もしやすい。今の季節だとミョウガを酢漬けにしたり、夏野菜をカレーにトッピングしてお出ししています」
「それに最近は海外の方も増えて、食も多様化しています。だからこそ“食べられないなら出しません”では寂しいですよね。馬刺しが苦手な方でも、赤鶏なら美味しく食べていただけるかもしれない。そういった工夫は大切にしています」
実際に、食事を終えたあと「おいしかったです」とスタッフを探してお礼を言いに来てくれたり、「あの鶏鍋をまた食べたい」と再び訪れてくださる方も年々増えているのだそう。
「ただ、正解がない仕事です。料理も接客も、お客さんは一人ひとり性格や好みが違うから、どうしてほしいか完璧に感じ取るのは難しい。『もっとこうすればよかった』と落ち込むこともあります」
それでも、仕事のことを話す柴田さんはどこか楽しそう。
「こちらが宿代をいただいているのに、お客さんが『ありがとうございました、おいしかったです』と口々に言ってくれるんです。その言葉がうれしくて、また頑張れているのかな」
翌日、チェックアウトの様子を見ていると、お客さんがスタッフに丁寧にお礼を言っている姿が目に入った。なかには、手を握って「必ずまた来ます」という方も。
御客屋では、働く人たちがそのまま宿をつくり上げているのだと思います。
まずは一度、黒川を訪ねてみてください。
(2017/9/13 遠藤真利奈)