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濃い緑と空が広がる山道を抜けると、目の前に迫る日本海。ゆっくりと沈んでいく夕陽が、澄んだ空気ごと辺りを真っ赤に染め上げていく。
秋田県男鹿半島にある「海と入り陽の宿 帝水」。
ここ男鹿半島の高台に建てられたのは今から50年ほど前のこと。かつては昭和天皇も泊まった名宿として地元では知られてきました。
2013年に経営不振で閉館した後、再建に乗り出したのが株式会社オールフロンティア。今回はオールフロンティアのスタッフとして宿で働く人を募集します。
2015年に新しくオープンした宿に必要なのは「自分たちがつくる」という気持ち。接客を担当するおもてなしスタッフとして入社して、ゆくゆくは支配人を目指すこともできるそうです。
男鹿半島へはJR秋田駅から男鹿線に1時間ほど揺られると到着する。
大晦日の夜に「悪い子はいねがぁ〜!」と言ってやってくるなまはげは、ここ男鹿半島に伝わってきた風習なのだそう。
民家も商店もほとんどなくて、ただただ広がる田んぼと空の下30分ほど車を走らせると、静かな日本海が見えてきた。
このあたりは、水平線に沈む夕日と新鮮な魚介を目当てに観光客が訪れる。
帝水は、近くの温泉郷から少しはずれた海を見下ろす高台に建っていた。
「どうしてこんなところって思うでしょ?僕もそう思うよ(笑)」
戸賀湾を臨む広いロビーでお話をしてくれたのは、株式会社オールフロンティアの小島さん。
長年オールフロンティアで働いてきて、支配人不在の帝水にこの春から配属された方だ。今は外部コンサルタントの人と一緒に、新しい帝水をつくっているところなのだそう。
もともとオールフロンティアという会社は、21年前に代表の平林さんがはじめた中古車販売業からスタートしているのだと教えてくれた。
「平林は有言実行で話すことがいつも新鮮。なんか惹かれる人なんです。今までこんな人に出会ったことがなかったね」
小島さんは、地元の社会人野球チームで出会った平林さんに惚れ込んで、とび職から営業職に転身を決めた。当時のことを話す楽しそうな語り口は、まるで噺家のようだ。
「まったく経験のないことでも、基本的に僕は仕事に積極的なんです。営業の仕方を平林に教えてもらって、どんどん車は売れるようになりました」
小島さんのスタンスは、そのままオールフロンティアの社風と言えるのかも。
中古車販売事業は数年で全国に拡大。その後は、中古の足場資材の事業や飲食や子ども向けの習い事教室など、新しいことでも次々に事業にしてきた。
20年間会社を引っ張ってきて、小島さんが今回任されたのは一度潰れてしまった宿。
かつては有名旅館だった帝水とはいえ、経営が傾いたままの施設を買い取ったので、リニューアルして2年経つ今も運営の方法を模索しているところだという。
「僕がこの春に来たときは、フロントや仲居や調理、各セクションにリーダーがいても、そのリーダーたちが同じ方向を向いていませんでした」
自分の持ち場がまわっていればそれでいい。みんながバラバラの方向を向いているため効率が悪く、残業がひと月80時間におよぶこともあった。
そこでまず小島さんは、違うセクション同士がお互いにフォローしあうスケジュールを組んだ。
「この時間はお客さまが多いから、フロントの人もお部屋にお客さまを案内して。この時間は調理の人も設備担当の仕事をやってねという感じ。何時からはこっちの応援に行くんだよ、というようにスケジュールを整えました」
そのうえで、夏の繁忙期シーズンに、それまでやってこなかったランチ営業もスタート。この夏は、てんやわんやのうちに過ぎていったそう。
「それまで働いてきたスタッフたちからはいろんな意見がありましたよ。でも、残業時間は繁忙期の8月に平均1、2時間になった。変えようと思えば、できるんです」
小島さんは、今は裏方という立ち位置で帝水を支えている。今回募集する人は、いずれは小島さんの後任となって活躍してほしいそう。
「今年は今までできていなかったランチ営業にもチャレンジしてみたんです。宿以外でも、違った取り組みをしてお客さんを呼び込んでみたりさ。新しいスタッフが新しい取り組みを考えていくというのもやっていけばいいと思うよ」
「新しいことをするというのは、できることが増えるということ。それって楽しいことじゃないですか」
凝り固まったものがない分、ここでは新しいことを発想していけそうだ。
どんな人が向いているでしょう?
「気持ちを持ってる人ですね」
気持ち?
「仕事をするうえで、一番大事なのはスキルよりも気持ちです。変わっていくことを楽しんで、どこにいても学びを得ようっていう気持ちを持っていてほしい」
これから旅館全体の組織改変を予定しているので、新しく入るスタッフは、新たな旅館をまっさらな状態からつくっていくようなイメージだそう。
仕事の仕方も、旅館としての取り組みも、試行錯誤はつづいていく。
必要なのは、変化を厭わない気持ち。
「仕事にやりがいを持ってる人ってキラキラするじゃないですか。我々スタッフがそんなふうに輝いていれば、絶対にお客さんはついてくる」
たしかに、活き活きとしている人がいる場所は、なんだか居心地がいい。新しいことを楽しめる人が、ここには向いているのかもしれない。
帝水をリニューアルさせるとき、オールフロンティアが決めたのは「料理の旨い宿にする」ということ。
そのミッションのもと入社したのが料理長の泉さん。ちょうど入社して1年になる。
「この1年、今までの宿の料理のテイストも残しながら、“帝水らしい料理”を自分なりにつくってこられたと思います」
帝水らしい料理?
「素材の味が活きるのであれば、調理方法はひとつではないと考えていて。和洋中というくくりや、今までの調理方法のイメージにはまらなくてもいいと思ってるんです。」
たとえば、前菜としてつくったという冷製のきりたんぽ。ふつうは鍋のイメージがあるけれど、泉さんはテリーヌにして提供したそう。
毎月メニューを更新しながら、新しい味や調理方法を生み出している。お客さまからの評判も上々で、新しい帝水を食の部分から支えてきた。
とはいえ、今回募集するスタッフと、料理はあまり関わりがないような気もします。そう伝えると、泉さんからこんな答えが返ってきた。
「いくら美味しくて新しい料理をつくっても、それだけじゃ駄目で。予約を受ける人、配膳や掃除をする人、そういう人たちがあってこそ心から喜んでいただけると思うんです」
「お客さまの声、料理人の声を双方に届ける意味でも、接客担当は非常に重要なんですよ」
毎月メニューが変わるときには、接客担当がかならず試食をするようにしているそう。改善案があれば直すこともあるし、そこでお客さまへの説明の仕方をレクチャーすることもある。
ほかにもお客さま一組ごとにつくるレポートで、食事の様子や接するなかで感じたことをキッチンのスタッフと共有するようにしているそうだ。
ところで、泉さんはなぜオールフロンティアに入社したのだろう。
「以前は秋田県内のホテルで和食の料理長をしていたんです。でも、もっと自分を試したいと思って」
そんな折に、かつての名宿をオールフロンティアがリニューアルオープンさせたことを知る。
「今までの経験を活かして、もっと何かできるんじゃないかなって。待ってるよりも、僕ってどうですか?って売り込みにいきたいタイプなんです」
穏やかそうな泉さんを見ていると意外な気もするけれど、小島さんと同じように、前へ前へと進んでいたい人のようだ。
「ここでは、変化とか成長を求めない人は合わないかもしれないですね」
最近はスタッフ間の交流をするために、バーベキューや鍋パーティを企画しているという泉さん。セクション同士のつながりを、できることから地道に育てているところなのだそう。
最後に紹介したいのが、繁忙期の助っ人として7月から9月の間帝水で働いたという笠原さん。
笠原さんは、いつもはオールフロンティアが運営するカフェで、調理と接客を担当している方。
「上司から帝水で働かないかという話をもらったとき、新卒で入社してまだ3ヶ月だったんですけど、成長するチャンスだと思いました」
未経験の自分に料金に見合ったサービスができるか不安はあったけれど、飛び込んでみることにした。
まずは何をしたんですか?
「覚えやすいお部屋の清掃からです。そのあと仲居として接客を担当するようになりました」
朝食の準備をしたあと長めの休憩をとり、お客さまのお出迎えと夕食の準備。その繰り返しをしていくうちに、仕事は身についていったそう。
「あと、ロビーに駄菓子屋をつくりました」
駄菓子屋?
「コンサルで入っている方が提案してくれてやることになったんですけど、料金設定や配置といった細かいことは全部私と同僚に任されて。1から全部つくっていきました。準備期間が4日くらいしかなかったんですよ(笑)」
新しいことを若手にどんどん任せるのもオールフロンティアらしいところ。ただ、分からないことや気づいたことは自分から発信しないと置いていかれることもある、とのこと。
時間があるときは車を出して、同僚と一緒に男鹿半島を巡ることもあった。
「自然が好きなので楽しかったですね。ぼんやりきれいな海を眺めたり、山に行ったり。なまはげ館という施設も面白いんですよ」
「そうやって遊んでいるうちにお客さまと話せることも増えて。より接客は楽しくなりましたね」
笠原さんの視点で見る帝水はどんな宿なのでしょう。
「本当にみんなでつくってるところですね。今の帝水は、まだ値段相応の評価はもらえないと思う。掃除や接客の面でもできることはたくさんあると思います」
宿はまだスタートに立ったところ。新しく入る人は、思い切って飛び込んでみてほしい。
最後に、料理長の泉さんが印象的だったというエピソードをお話してくれた。
「小島さんに『僕たちはどういう旅館を目指していくのか』って聞いたことがあるんです」
「そしたら、『今僕たちにできることを積み重ねた先にあるのが、理想の宿なんじゃないの?』って逆の話をされて。なるほどそういう考えもあるんだなって思いました」
まだまだどういう形になっていくかわかりません。でもそれは自分たちで宿をつくっていけるということ。
簡単なことではないけれど、自分の成長を楽しむことができれば、きっとここもいい宿になっていくと思いました。
(2017/9/29 取材 遠藤沙紀)