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なんかちょうどいいまち

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

たとえば自分の暮らすまちについて、「なぜそこに住んでいるの?」と聞かれたら、どう答えるだろう。

家賃や交通の便、仕事の都合など、いろんな条件を挙げようと思えば挙げられる。

けれども、似たような条件の場所がほかにない、というわけでもない。実際は、縁あって知り合った人の存在だったり、「なんかちょうどいい」という感覚が決め手になることもあるような気がします。

栃木県矢板市

那須塩原市と日光市という2つの観光地にはさまれた土地で、中心都市である宇都宮市からは電車で30分ほど。

森林浴の森100選に認定された「栃木県民の森」や、日本の棚田100選の「兵庫畑棚田」などを抱える、自然豊かなまちです。

このまちで新たに3軒のゲストハウス立ち上げの話が持ち上がっています。

中山間地域の泉地区、中心市街地の矢板地区、別荘地の片岡地区。異なる特徴をもった3つの地区で、それぞれのゲストハウスの立ち上げから運営までを担う人を3名募集します。



東京駅から宇都宮駅まで新幹線に乗り、宇都宮線に乗り換えて矢板駅へ。

乗り換えがスムーズにできれば1時間半ほどで到着する。

駅前には個人店が並び、通りを歩く中高生の姿も見える。それと同時に、シャッターの閉まったお店や空き家が点在しているのも目に留まる。

市役所で地域おこし協力隊の高橋さんと合流し、車に乗ってまちの中を案内してもらった。

「5月の後半から6月にかけて、八方ヶ原にはツツジが一面に咲きます。夏にはロードバイクのヒルクライムレースを毎年行なっていて、700〜800人がわーっとやってくるんです。今日はだいぶモヤがかかってますけど、晴れた日に走るのは気持ちいいですよ」

りんごの生産量は県内トップ。おいしいイチゴや米もつくられている。

2011年にオープンした「道の駅やいた」では、市内でとれた新鮮な野菜や果物を販売していて、近所の方はもちろん、市外からもお客さんがやってくるという。

「ここ5〜6年で、交流人口は60万人ほど増加しています。ただ、道の駅にやってきたお客さんやロードバイカーにとって、まちに滞在したり、地域の人と交流できる場所は限られていて」

「今回のゲストハウスは、外から来た人と地域の人とが関わる拠点にしていきたいんです」

たとえば、レースがないときでも八方ヶ原をのぼりにくるロードバイカーはいるけれど、これまでは休憩できる場所が限られていた。泉地区のゲストハウスには、そういった人たちに向けた休憩所の機能をもたせたり、駅前の矢板地区のゲストハウスには、買いものの前後に立ち寄れるカフェを設けたり。

もちろん宿泊できるので、矢板市がすでに取り組んでいるスポーツツーリズムと連携し、まとまった人数の合宿を受け入れることも考えているという。

また、地域の中で何か新しいことをはじめたいという人が集まる場としても、ゲストハウスを有効活用したいそう。

「今、お祭りからはじまったお囃子という音楽をやっている人たちにヒアリングしているんです。もともとお囃子は各行政区でものすごく盛り上がっていたらしいんですが、今は演奏できる機会が減り、馴染みの薄いものになってしまっていて」

「矢板には3つの高校があるので、高校生たちと一緒に、お囃子のような地域の文化に触れたり、まちのことを考えていくようなコミュニティスペースをつくっていければと思っています」

矢板市出身の高橋さん。東京の人材会社に8年ほど勤めたあと、独立。Web会議の運用や機材手配、動画の撮影・編集などを行う会社を立ち上げ、現在も東京・蔵前と矢板市との2拠点生活を続けている。

協力隊になる前は2年間、親戚のぶどう畑で農作業もしていたそう。

「そこは母親の実家なんですよ。ただ後継者がいなくて。ガキのころ世話になったじいちゃんに『やってくれ』って20かそこらのときに言われてたので、ずっと心に留めてましたよね」

現在も協力隊の活動と並行して、IT企業や大学の先生を巻き込みながらIoTワインをつくろうと計画を進めている。いずれはワイナリーをつくり、東京から人を呼んで収穫祭も開きたいとのこと。

「まあ、まだまだ先の話になりそうですけどね」

「根っこにあるのは、自分と同じく地域で何か新しいことにチャレンジしようとしている人たちを支援したいという気持ちです。そこで、今年の5月にはふるさと支援センター『TAKIBI』をオープンしました」

TAKIBIと名付けたのは、地域の人を集め、その心に火を灯したいという想いから。

自分で何かはじめたいという声は、すでにぽつぽつと上がっている。

ふるさと支援センターの活動として、高橋さんは自身の起業などの経験をもとに事業化に向けたアドバイスをしたり、想いをもった地域の人とまちの外の人をつなげるような取り組みをはじめている。

「消防団や地域会議などのコミュニティは大切です。でも、つながりが強くなると、外から来た人は入り込みづらい」

「ゲストハウスという箱を構え、いつでも声を拾える状況をまずつくってみて。そこから横のつながりや新たな産業が生まれていくんじゃないかと思います」

今回募集する人は、ゲストハウスの立ち上げから運営に関わりつつ、高橋さんと一緒にふるさと支援センターの仕事にも取り組むことになる。

任期は最長3年。ゲストハウスが軌道に乗ればそのまま経営していくこともできる。

とはいえ、ゲストハウスもふるさと支援センターも1からつくりあげていくものだから、自ら起業するぐらいのスタンスでないと難しいと思う。

「そうですね。いつか自分でゲストハウスを開きたい!と思っていた人こそ合っているのかもしれません」

3つの地域はそれぞれ特徴が異なる。

北部の泉地区は、自然豊かでコミュニティのつながりが強い。想いをもっていてもなかなか動き出せていない人も多いので、背中を押してどんどんきっかけをつくっていける人がいいかもしれない。

中心市街地の矢板地区には、3つの高校や複数の工場が存在するため、市外から通ってくる人が多い。地域での関わりは泉地区に比べて少ないので、1から丁寧に関係性を築いていける人がいいんじゃないか。

南部の片岡地区はもともと別荘地で、現在は新興住宅地となっている。鉄道の駅や高速道路のインターチェンジがあるため、通勤の便を考慮して移住してくる人も多いそう。外とのつながりはつくりやすい地域だと思う。


地域のことを詳しく知りたいので、実際に矢板市で暮らす人たちにもう少し話を聞くことに。

泉地区で迎えてくれたのは、マイヤさん・みきさん夫妻。

アメリカの大学から、留学で長崎シーボルト大学へやってきたマイヤさん。卒業後は、友人がもともと勤めていた宇都宮の英会話教室で働きはじめた。

そこでみきさんと出会ったのだそう。

「みきとデートでこっちに来るたびに、いつかここで暮らせたら楽しいだろうなってワクワクしたんです」

「ぼくが生まれ育ったのも、アメリカの小さな田舎町で。美しい自然がまず気にいったし、人がフレンドリーで、毎朝あいさつをするような関係性も似ている。小さなことの積み重ねだけど、この環境がとても心地よく感じて」

現在はこのまちで暮らしながら、宇都宮の英会話教室に勤めている。駅まで片道25分かけてロードバイクで通う時間が好きなのだとか。

それから、子育てをするにもいいところ、とマイヤさんは続ける。

「都会で遊ぶには公園を見つけなきゃならないけど、ここならどっちの方向に歩いたっていいし、お互いに顔のわかるコミュニティの中で、自然と社会的な関係性を学んでいくことができると思います」

昔ながらの地域行事も残る泉地区で、外国から来た自分がどう受け入れられるか、当初は不安だったというマイヤさん。

実際に暮らしはじめて、飲み会のような場にも気軽に招いてもらったり、ヒルクライムレースのときには、絵を描くのが好きなマイヤさんに旗をつくってくれないかと声をかけてくれたり。オープンな人たちのおかげで自然と馴染むことができたそうだ。

そんな話をとなりで聞いていたみきさん。これからはじめたいことがあるという。

「このあたりでキッズ向けの英会話スクールをはじめたくて。この間は泉公民館で自主講座を開いたら、30人以上の子どもたちが来てくれました」

そんなにたくさん!求めている人はいるんですね。

「そうなんです。あとは、彼がハロウィンやクリスマスのパーティーをアメリカでやっていたので、ここでも近所の方にお話をして、本場のトリックオアトリートを子どもたちに体験させてあげたいねって話もしています」

「“田舎でもできる”ことじゃなくて、“田舎だからこそできる”ことをやっていきたいです」

お囃子に取り組む人たちやキャンドルづくりをしている人、ツリークライミングなどを通じて木と親しむ時間をつくっている林業家。アウトドアコンテンツを開発している人や、自転車文化の普及に取り組む協力隊など。おふたりのほかにも、想いをもってそれぞれに活動している人はいる。

地域にひらけたゲストハウスができたからといって、この中からいきなり起業する人は出てこないかもしれない。

それでも、ゲストハウスを通じて育まれるコミュニティの中で、異業種の新たな関係が生まれたり、お互いに刺激し合って事業化を目指そうという空気も少しずつ生まれていくような気がする。

高橋さんも、どちらかと言えばまずやってみようというタイプの方だと思うので、試行錯誤しながら一緒にゲストハウスやふるさと支援センターのあり方をつくっていける人だといい。


取材の終わりに、高橋さんがこんなふうに話してくれた。

「矢板のことを話していると、『なんかちょうどいいんだよね』っていうところに着地することが多いんです」

なんかちょうどいい。

「市街地へのアクセスがいいので生活には困らないし、車でも電車でも、外部からも交通の便がいい。宇都宮、日光、那須エリアに年間約3000万人の観光客が訪れていることを考えると、今後のビジネスチャンスも十分にあります」

「海が近くにほしいとか、それぐらいのことは思いますけど、嫌なところはないんです。…うん、ないなあ。ただ、欲もないので、新しいことが生まれにくいのかもしれません。その点では、ゲストハウスをつくることでこれから促進していきたいですね」

今回の取材ではじめて訪れてみて、高橋さんの言う「なんかちょうどいい」感じは、わかるような気がしました。

一言で言い表せないけれど、人がまちにフィットしている感じ。みなさんがまちを語る言葉や何気ない景観から、じんわりと感じられる心地よさがあります。

この土地で、地域の人たちと交わりながらつくっていくゲストハウス。どんな場所に育っていくのか楽しみです。

7月11日には都内で矢板とゲストハウスの可能性について語るイベントが開催されます。興味をもたれた方はまずそちらに参加してみてください。

(2018/5/17 取材 中川晃輔)