コラム

コミュニティをつくるヒト1


中央線、荻窪駅。線路沿いを進んでいった、白山神社と光明院というお寺を結ぶ三角地帯にそのお店はひっそりとあります。古い木造建築の階段を不安半分、期待半分の心持ちで上っていくとたどり着く「6次元」。カルチャー好きであれば一度は名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。やたらと気になるイベントばかりが開催されては、気づけば予約がいっぱいで、「このお店が気になる度」は募るばかり。着実に知名度を上げるいまでも、ブレることなく店主の中村邦夫さんは飄々としたたたずまいで店を切り盛りしている様子です。

—さっそくですが、6次元スタートのきっかけから教えてください。

中村 もともとこの場所で営業していた「梵天」ってお店も有名だったし、「ひなぎく」ってお店も有名で場所自体は知っていました。4年くらい前にここがなくなるっていう噂を聞いたんですよね。それでこれはどうしようと思って、もうこれは借りるしかないと思いました。それである日突然会社を辞めて「ここを貸してください!」ってお金持って来たんですけど。

―すごい決断ですよね。こちらには何度か来たことがあったんですか?

中村 なくなるって聞いてそれから2回くらいかな。最初に来たときに、怖いなこの店と思って。この階段ありえないなとか思いました。それで入ったら隣の席の人がいきなり食べ物をくれたりするんですよ。なにこの感じと思って(笑)。僕は目黒あたりで育っているから、カフェっていうとおしゃれっぽい感じの店が多くて、こういう中央線っぽいアンダーグラウンドなカフェってあんまりないんですよ。僕はどっちかっていうとこういうお店が苦手だったんですけど、実際入ったらすごく面白くて。人も面白いし、カルチャーショックでしたね。それは自分がやってみてからもそういうお客さんばっかりなんだなって、すごく思いますね。

―当時はフリーでされていたテレビ制作のお仕事と兼業ではじめたそうですが、お店をスタートさせた頃はどうでしたか。

中村 最初は何も分かんないからどうすればいいんだろうって(笑)。「いらっしゃいませ」とかもなんか言えないし。僕も仕事してたからここで原稿書きながら頼まれたら珈琲煎れるっていう感じでした(笑)。

―事務所という感じだったんですね(笑)。

中村 でもだんだんその自由すぎる感じが受け入れられてきたのかもしれない。忙しかったらお客さんが手伝ってくれるし、全部やってくれるようになったんですよね。何もやらないと逆にみんなが手伝ってくれるんだっていうのはびっくりしました。中央線独特のカルチャーだと思うんですけど。

―中央線独特のカルチャーっていうのは?

中村 混んでたら助けてくれるし、椅子が足りなかったらみんな勝手に詰めてくれるし、スタッフが足りないときも全部お客さんが助けてくれるんですよ。ぜんぜんなじみがなかったんですけど、中央線はまったく別カルチャーですよ。外国!

ケンタ 僕も東横線カルチャーで、中央線は遊びに行くところという感じでした。

中村 僕も正直言って中央線なめてたんですけど(笑)。

(一同、笑)

中村 中央線ちょっと怖いなみたいな。なんか演劇とかの人ばっかりなんでしょって、ちょっと苦手だったんですよ。大人になっても高円寺も吉祥寺もほとんど来たことがなくて。

―それでお店をはじめてみて、中央線カルチャーに驚いたと。

中村 人もぜんぜん違うんですよね。文学家とか演劇家とか詩人とかばっかりで(笑)。毎日のように「朗読させてください」とか「演劇させてください」とかいまでも多いですよ。

―それが現在の形にもつながってきているんですか。

中村 そうですね。そんなことをしているうちに毎日のようにいろんなイベントをやるようになっていって、あっという間に3年が経ったという感じですね。だから僕が意識して今みたいなお店になったわけじゃないんですよね。

―きっかけもお店がなくなるからっていうところですもんね。

中村 そうそうそう。ただマスコミに対して、そろそろちっちゃいメディアを作りたいなっていうのはあったんだけど。「場づくり」とかコミュニティーのことをあんまり考えたことはなかったんですよね。3年前だったのでまだそんなにtwitterとかSNSも流行ってなくて、まだmixiをやってたぐらいだったから、コミュニティーってことがそこまで言われてなかったんじゃないかな。

―それがどんどんSNSが発展していく時代になっていった。

中村 お店をやっていて何が面白かったかっていうと、バーチャルで繋がってた人がここで待ち合わせをするんですよね。昔でいうオフ会みたいなのがけっこう日常にあるんです。それで仮想の場所を現実化する場所がすごく必要なんだなと思いました。それってたまたまこの数年出てきた現象じゃないかなって思うんですよ。

―なるほど。

中村 だからたまたまタイミング的に時代の流れにも合って、そういうちっちゃいメディアの力が出てきているんじゃないかなと思います。ただ、僕がやっているのは昭和文化遺産の保存運動みたいなものなんですよ。ここを引き継いだとき、みんなに「よくやった!」って言われましたから(笑)。昭和遺産の管理人みたいなところもありますよね。こんなに面白い物件て中央線でもなかなかないと思います。

ケンタ この物件に出会ってなかったら、っていうのはありますか。

中村 やってなかったと思いますね。物件ありきですよ。場所がなかったら話にならないし、その頃はすんごい仕事に追われてたから、ゆっくりお店を探して貯金してって発想はまったくなかったですね。たまたま伝説の場所がぽっかり空いちゃったから引き継ごうっていう感じです。だからたまたまこの場所に出会わなかったら、僕はぜんぜんまだやってなかったんじゃないかな。ほんとに場所の力だと思います。

4/1月 「6次元」という場所に出会って

 

4/3水 「人にまかせる」場づくりのお話

 

4/5金 秘密の「カンペ」と「いま」という時代