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第3回「その後、どうですか? 」

「仕事百貨を通じて働きはじめた人は、その後どうしているんですか?」

リトルトーキョーができてもう1年。サイトを見る人と直接会って話をする機会も増えてきました。

仕事百貨では、仕事のよいところだけでなく、大変なところもありのままに伝えるように心がけています。

というのも、よい出会いを経て、企業や地域と働く人がともに次の段階を進んでいける。そう思っているから。

今回は、コラム「その後、どうですか?」の第3回目です。

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第3回目は、株式会社バウムで働く萩原菫さん(写真左)と吉満瑞貴さん(写真右)です。

ふたりは24歳の同い年。2013年に大学を卒業後、ともに新卒でバウムに入社しました。

大学生だったふたりが、どのようにして10人にも満たない会社に加わったのか。そして、いまどんなことを考えているのか。

東京・日本橋にあるバウムのオフィスで話を聞きました。

(聞き手:笠原ナナコ、森田曜光)
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—ふたりは新卒で入社したんですよね。はじめに吉満さんから、バウムに出会うまでの話を聞かせてください。

吉満 わたしはサンフランシスコにあるAcademy of Art UniversityでWEBデザインを学んでいました。WEBをつくるのはすごく楽しくて。

学ぶうちに、どうしたらWEBサイトに人が訪れるのか、という仕組みづくりにすごく悩むようになって。けどそれは、WEBデザインだけを勉強していたらわからない。自分はWEBデザイナーとして働きながら、そういったことも身に付けられる会社に入りたいなと思っていました。

日本で就職しようと調べてみたら、仕事百貨でバウムを知って。WEBだけじゃなくて、PRだったり、WEBにも人を呼び込めるいろんな仕掛けづくりをやってる。バウムを知る前はとりあえず受けようかなっていう会社はあったけど、あまりしっくりきていなくて。バウムの募集を1度読んでビビっときたので、すぐに応募しました。

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—応募したときは、まだサンフランシスコに?

吉満 そうです。書類選考を通過して、面接はスカイプか日本に帰ってからの予定でした。けど、急に代表の宇田川さんから連絡がきて「来週サンフランシスコ行くから、面接よろしく」って(笑)。仕事でアメリカに来る予定ができたそうで、大学近くのカフェで面接をしてもらいました。

一生懸命話したけど、宇田川さんの反応が薄くて。困っていたら、カフェの風船がフワワフ飛んできて、宇田川さんが爆笑したんですよ。それを見て、もっと不安になって。めちゃくちゃな面接でした(笑)。

—大変でしたね(笑)。でも結果、採用されたんですよね。

吉満 新卒でもすぐ役立てるスキルがあったから採ってもらえたのかな。わたしの大学は、実務レベルのスキルを身に付けて就職することを目標にしているんです。だから、わたしもWEBデザインのスキルにはある程度自信がありました。

こんなふうに、サンフランシスコの市立図書館を使いやすくするスマートフォンアプリのデザインとか、ケーブルカーのミュージアムに人を呼び込むためのWEBデザインをつくったりしていました。

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—こんどは萩原さんも、どんな経緯でバウムを知ったのか聞かせてください。

萩原 父がデザインディレクターという仕事をしていたので、小さい頃からデザインが身近にありました。それで武蔵野美術大学に進学して、空間デザインを学びました。たとえば課題でお店をつくったときは、テーブルの配置やロゴマークをデザインするだけじゃなくて、お店のコンセプトからメニューの中身まで考えたりして。

でも、今の世の中のしくみだと、デザイナーにはそこまでする機会がないんです。デザインで解決できることっていっぱいあるのに、誰かが決めたものの表面的なかたちをつくるだけじゃあもったいないなって。もっとデザインで学んだことを活かして、まずそこに何をつくるか、そもそもを考えられる人になろうと思いました。

—そもそもを。

萩原 そう。だから、コンセプトや企画から考えられる会社を選ぼうって。いくつか受けてみたけど、なかなか決まらず。卒業制作が楽しかったのでそっちに集中しちゃって、卒業してからどうしようと(笑)。

そんなときに、以前から見ていた仕事百貨でバウムの記事を見つけたんです。まさにコンセプトから考えている会社だし、場を生む仕事に空間デザインが活かせそう。そう思って、応募しました。

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—面接はどうでしたか?

萩原 思い返すと、すごくふわっとしてたなぁ。バウムに入って、これを学んで何をやりたいとか、明確なものがなくて。でも、働きはじめてから見えてくることって絶対あるだろうなと思っていて。飛び込んだ感じなんですよね。宇田川さんに後から聞いたんですが、わたしは“ポテンシャル採用”らしいです(笑)。

吉満 わたしたちの他にも中途で2人採用されて、それぞれタイプが違うんです。でも空気感が一緒。みんなすごく話しやすくて、すぐに仲良くなれました。全体のバランスをみて採用されたんだなって、いまは思いますね。

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—はじめての出社日は何をしたんですか?

吉満 宇田川さんから「ポートランド朝大学のWEBサイトをつくりたいから、今日からつくってくれる?」と言われて、「えっ?」って(笑)。初日からもくもくとサイトをつくっていました。

萩原 わたしも、「フリーペーパーの表紙にイラストが必要だから描いてくれる?」って。1週間くらいイラストを描いてました。

—ふたりともすぐに仕事を任されたんですね。でもフォントひとつにしても、バウムらしさがあると思うんです。そういうのってはじめからわかりました?

萩原 バウムの雰囲気とわたしたちのデザインの雰囲気って、きっと元から似ていたんですよね。だから採用してくれたってこともあると思う。

吉満 1回つくったら宇田川さんに「どうですか?」って聞いて、自分が持っているベースを活かしつつ修正する。はじめのうちはそれを繰り返して、バウムらしさをつかんでいきました。

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—働きはじめてから、仕事はどうでしたか?

吉満 思っていた以上にやれることの幅が広かった。クライアントさんの課題に対してWEBでできることだけを考えていたら「それだけじゃないよね」って。本当にいろんなことを提案していいんだって驚いたし、自分の視野の狭さに気づかされました。

ただ一方で、それは思っていた以上に大変でした。様々なプロジェクトに携わるし、仕事のやり方もまるで違う。

—自由だからこそ難しい。先日の取材で、宇田川さんはそう話していました。

吉満 そうなんです。仕事をしながら学んでいかなきゃならない。

社外の人とチームでやる仕事が多くて、そのなかでは自分がバウムの代表者になるんです。だから社会人1年目っていう言い訳は当然通用しない。

そもそも大きな会社のように研修があるわけではないので、ビジネスマナーも仕事をしながら学びました。

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—少人数の会社ならではのことかも。

吉満 正直、大変で落ち込むこともありました。でも1年目から仕事を任されて体当たりでできるっていうのは、自分のためになってたなって思います。

萩原 当時はそんな冷静に考えられた?

吉満 落ち込んだときは、「自分のためなんだ」って言い聞かせてたな。

萩原 そっかぁ。わたしも辛くなって、このまま続けていけるのかなって時期があって。でも半年前あたりから忙しくなりはじめて、そういうことを考える暇がなくなったんだよね。考えるより前に、やるべきことができたのがよかったです。

吉満 忙しいことは救いだと思う。いくら考えても、結局やらなきゃいけないことは山ほどあるし。

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吉満 同期として“すみれどん(萩原さん)”がいてくれたことはすごくよかった。やっぱり目線が一緒だから、こう考えているのは自分だけじゃなかったんだなって安心感がある。

萩原 帰り道が途中まで同じで、たまに帰りが一緒になっていろんな話ができたもんね。

—小さな会社で新卒同期ってなかなかないだろうな。ふたりは長期的に働くつもりですか?

萩原 今はまだ考えが固まってないです。ただ、これから何をやるにしても、その基礎はバウムでの数年間で構築されるんだろうなって思っています。ここで働きはじめてから、いろんな面白い活動をされている方たちと一緒に働けたりして、吸収することがすごく多くて。

吉満 仕事を通じて世界が広がっているね。

萩原 うん。バウムがベースになっていて、他にプライベートな自分がいるわけではなく。

吉満 あ、そうなんだ。わたしはプライベートがしっかりあるタイプかな。動物園が大好きなんです。葉切蟻や猿山を観察したりして。でも趣味が近い人に仕事で出会って、プライベートでも広がった部分はあります。

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—吉満さんは地元が鹿児島でしたね。いずれ帰ろうと考えていますか?

吉満 考えていますよ。30歳くらいを目標に帰ろうって。

昔は鹿児島があまり好きではなくて外に出たんですけどね。高校生まではJICAや国連で働きたいと思っていて、鹿児島を出るだけじゃなくて海外へ行こうと。高校を卒業して1年間は東京の留学準備学校に通って、その後にアメリカへ渡りました。

—けど、いまは地元へ帰ろうと。

吉満 はじめは「遠くの知らない誰かのため」の大きな夢を持っていたけど、ずっと国際協力に情熱を注いでいけるのかなって考えたら、わたしにはできないなって。「自分とまわりの人のため」の方が向いてると思って。

海外に出てから、ちょっとずつ日本の良さ、そして鹿児島の良さに気づいたんです。日本の良さをどうやったら発信できるかとか、日本の良さの部分に関わりたい。でもやるなら鹿児島でやってみたいなって思うようになった。

—だんだんと身近なほうに。

吉満 小さなことでも、自分に合うこと、自分が本当に好きなことをやるのが大事なんじゃないかなっていう考え方に変わっていきました。はじめは逃げなんじゃないかと思ったりもしたけど、今はポジティブに捉えています。

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—鹿児島では何をしようと考えているんですか?

吉満 鹿児島を変えたいってわけじゃないんですよね。観光客をいっぱい呼び込んで発展させたいってことでもない。広く知られてないけど質のよい工芸品をどう伝えるか考えたりして、いまある良さを波及させたいです。

WEBは田舎でもできること。それがWEBをやっている理由なんですけど。WEBは自分の武器。ただ、人を集める仕組みづくりができないので、それを学ぶためにバウムで手法を身につけたいなって。

—2年目に入って、どうですか?

吉満 ひとりでもできることがちょっとずつ増えてきました。これからもっとできるようになって、次に進むべき道が定まるまで、バウムにちゃんと貢献していきたいなと思っています。それはわたしの義務じゃないのかな。

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—新人といえど、ふたりは中核メンバー。これからバウムはどうなっていくのでしょう。

萩原 バウムはクライアントさんと一緒に仕事することが多いので、自社事業というのはあまり多くはないんです。

それが今度、地域とデザインを結んでちいさなビジネスをうみだす拠点を日本橋箱崎町につくろうとしていて。これはバウムにとって大きなことなんです。

—大きなこと。

萩原 今までは、クライアントさんのやりたいことに共感して一緒にやっていくことが多かった。だけど、箱崎につくる「スモールデザインセンター」では、バウムが建物も仕組みもぜんぶつくる。バウムにとっては経験したことのない、大きな意味を持ったプロジェクトなんです。だからこそ、宇田川さんだけじゃなくて、バウムのメンバーひとりひとりが責任をもって立ち上げから関わっていく必要があると思う。

吉満 わたしは鹿児島のこともあるし、すごく地域と関わりたいという気持ちがあって。地域の仕事に携われることは、自分にとってすごくメリットになることだと思います、バウムにとってもはじめての挑戦なので、スモールデザインセンターをきっかけに、新たな方向に発展できるんじゃないかなって、ワクワクしています。

—どんな場になっていくのか、楽しみです。ふたりの今後もとても気になります。また話を聞かせてください。

(2014/11/28 森田曜光)

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