コラム

お金を生まないシゴト

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これはしごとゼミ「文章で生きるゼミ」に参加された矢野康博さんによる卒業制作コラムになります。

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「初めまして、安藤と申します」

そう言って差し出されたのは2枚の名刺。1枚目は、クラウドを中心としたサービスを展開しているIT企業、サイボウズの名刺。そして、もう一枚の名刺に書かれていたのは「安藤カレー」という文字。

「カレーって奥が深いんです」

2足のわらじを履いた安藤さんの、カレーに対する想いを聞きました。

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「不定期なんですけど、休みの日にレンタルキッチンみたいなところを借りて、カレーをつくってるんです。友だちとか知り合いとか、偶然通りがかった人とかも招き入れて。自分がつくったものや想い出話で、『面白いねぇ、美味しいねぇ、楽しいねぇ』って言ってもらえるのがうれしくて、大学生のころから続けてます」

安藤さんのつくるカレーは、日本でも親しみ深いバターチキンカレーから、本格的なスリランカカレーまで幅広い。家には30ℓほどの寸胴が3、4個あり、瓶に入ったスパイスが30種類以上並んでいるそうだ。

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「スリランカに知り合いがいて、1ヶ月ぐらい暮らしてたことがあるんです。そのときに現地のカレーを教えてもらって」

「スリランカは日本と同じ小さな島国だから、動物の牧畜とかはあまり向いてないんですよね。だから、食事の中心は野菜で、タンパク質は魚。しかも、食材ごとに数種類のカレーがプレートの上に載ってるんです。一つひとつはシンプルなんですけど、丁寧に味付けされていて、感銘を受けました」

採れるもの、宗教、文化、民族、歴史。

人々の生活に根付いたものが混じりあって、この料理も今の形になっている。一人暮らしをきっかけになんとなく始めたカレーづくりだったが、その奥深さに触れ、安藤さんはどんどんカレーにのめり込んでいった。

「つくり続けると奥が深くて、キャッチーで分かりやすくて、みんな楽しめるから繋がりやすいとか。そこが良いとこだなって思って。メキシコにも詳しかったから、メキシコ料理をつくったこともあったんですけど、みんなが知っているものじゃないんですよね」

「カレーって、誰でも知ってる料理だし、嫌いだっていう人がほとんどいないから、どんな人ともキャッチボールできるんです」

たとえば、本当にカレーが好きな人には、珍しい地方のカレーをつくったり、辛いのが苦手な人にはバターチキンカレーをつくったりするそうです。

そんな安藤さんは、週に1回、お昼に会社でもカレーを振る舞っている。ワンコインで食べられる美味しいカレーは社内でも評判とのこと。

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「家から10食分ぐらいカレーを持っていって、会社の炊飯器でお米を炊いて。お皿も会社に置いてるんで、弁当のないみんなに買ってもらってます。社食ないんで喜ばれるんですよね。みんなの弁当をつくるような感じです」

「今まで接点のなかった人と話す機会ができるし、話しかけてもらいやすくもなりますよね。『今日も家帰ったらカレーつくるの?』って話しかけられたり。なにか話題があったほうがいいじゃないですか。社内で話しやすい人が多いと居心地もよくなりますし」

ほかにも社内イベントで60食分のマトンカレーをつくったり、新人研修の激励のためにカレーづくりを依頼されることもあるそうです。今ではすっかり知られる存在になったけれども、はじめはあまり社内で言いたくなかったそう。

「仕事も一人前にできてないくせに、そんなことばっかりやって、と思われるのがいやだったんですよ」

社内でもカレーの話をするようになったのは、入社して2年目になってから。ちょうど仕事に自信が出てきたころだという。

「『仕事も頑張ってて、面白いことしてるね』って思ってもらえるんだったら、面白いことをしてるほうがキャッチーじゃないですか。うちの会社ならそういうことを取り上げてくれるから、やらなきゃ損だなと思ったんです」

そうして社内にも広がった安藤カレーの活動。それは、いつしか営業の仕事にも関わるようになっていった。

「最近うれしいことがあって、お客さんからのメールに、『そろそろ温かいカレーが食べたくなりましたね。さて、ご用件なのですが…』って書いてあったんです」

「若いしちゃんとしなきゃとか、仕事できてないしとか思ってたんですけど、逆にそういうことを出すことによって親しみやすさとか話しやすさとか、人間味がお客さんに伝わるとポジティブになることもあるなって」

得意先の方とカレー商談をしたこともあります、と彼は笑顔で語る。普段の仕事も忙しそうだが、両立は大変なのではないだろうか。

「時間のやりくりよりも、できるだけ美味しいものをつくろうとか、雑にやらないようにしようっていうのを意識しています。相手がいるから丁寧につくろうっていう気持ちが沸いてくるのが自分の中ではうれしいので」

「そりゃ、夜中の1時とかにタマネギ炒めながら、なんでこんな時間にタマネギ炒めてるんだろうみたいなことを思うこともありますけど、結果的にそれがいい縁になったり、自分の負担になっていることはなくて。つくって、食べてもらって、美味しい、楽しいみたいな感じです」

カレーをつくっていると、色んな人が来てくれる。友人が連れてきた人と仲良くなったり、同じくカレーが好きな人と盛り上がったり。ときには、取引先の胃袋をつかむことだってある。

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「好きだって言い続けていたりとか、モノに残るかたちでやり続けていたら、手伝ってくれたりとか、場所を貸してくれたりとか、採れた野菜あげるとか。そういうものが舞い込んでくるんです」

一人で黙々とスパイスを混ぜ合わせるだけでは生まれなかった人との繋がり。

その繋がりが彼の原動力となっているのだろう。

「今度は、みんなで一緒にスパイスからつくってみたいと思ってるんです。歴史や文化みたいな背景と一緒に、素材一つひとつについて話したりしながら、カレーをつくって食べたりしたいなと。カレーをただ買うっていう以外の価値を提供していきたいです」

お金を稼ぐという意味では本業ではない。それでも、安藤さんがつくるカレーは、目の前の人を笑顔にし、彼自身の幸せにも繋がっている。

「興味があってやり続けてきたことなのに、『それは趣味これは仕事』ってもったいないじゃないですか。やるからには本気でやりたいし、認めてもらいたいし、ちゃんと成果も出していきたいです」

“安藤カレー”はこれからも、色んな人を繋ぎ、気づきを与え、何よりも安藤さん自身の暮らしを豊かにしていくだろう。食欲をそそるスパイスの香りとともに。

(2017/04/24 矢野康博)