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池に浮かぶゲストハウス?
想いを形にするゼネコンが
まちの文化を変えていく

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

誰かに言われたことだけをやるんじゃなくて、自分でシナリオを考えるような働き方って楽しい。それは、自分の力で課題を解決し、想いを形にしていくことを実感できるから。

この会社にはそんな働き方を実践している人たちがいます。

加和太建設株式会社は、静岡県東部エリアで事業を展開するゼネコンです。

ただ道路や建物をつくるだけが仕事ではありません。たとえば商業施設や飲食店、高齢者施設の企画運営、地域の魅力を発信する自社メディアの立ち上げなど、まちづくりに関わる事業も展開しています。

ビジョンに掲げているのは“世界が注目する元気なまちをつくる”こと。地域に暮らす人や企業が、まちの将来を考え、新たな文化を生み出すための仕組みづくりに取り組んでいます。

そんな加和太建設が新たに取り組んでいるのが、築70年以上の旅館をリノベーションしたゲストハウスの企画運営。同時期にクラフトビールの醸造所とレストランを併設した施設も近くにオープンします。

今回の募集は、言うなればゲストハウスの雇われオーナー。

一緒に働くスタッフのマネジメントからイベントの企画運営など、ゲストハウスの全てに関わる予定です。

将来ゲストハウスを自分で立ち上げたい、人が集う場づくりやまちづくりを生業にしていきたい人は、きっといい経験ができると思います。

静岡県・富士宮市。

東京からは新幹線を使えばわずか1時間半ほど。乗り換えた身延線の車内からは、すぐ目の前に富士山が大きく見える。

最寄りの富士宮駅から車で5分ほど。「富士山ゲストハウス掬水(きくすい)」に着いた。

迎えてくれたのは、今回スタッフを募集する「富士山ゲストハウス掬水」の企画運営を担う本多さん。

「ここは40年程前まで旅館でした。富士宮市はかつて100名を超える芸者さんがいる花街だったそうです。時代とともに廃れて、オーナーさんから市に相談があり、僕らに声をかけてもらいました」

すぐ隣には、世界文化遺産でもある浅間大社。参拝客や観光客が多いのに、有効利用できずに眠っていた場所だった。

そこでビールの醸造所とともに、まちに賑わいを取り戻す起点にできないかと考えている。

「なかでも特徴的なのは奥にある“水の間”です」

水の間とは一体…?と思いながら本多さんについていく。浴室や大広間を通り過ぎて、小さな部屋へ。ガラリと窓を開けると、目の前に浅間大社の湧玉池(わくたまいけ)が広がった。

水は透き通るほどで、なんだか川床に座っているような感じもある気持ちのいい場所。

「昔は、この池で禊の水浴びをして富士山に登っていった、富士山信仰の中心地だったんですよね。だから富士山を愛する旅人や、地域の人たちが集まる拠点にしたいと思っているんです」

富士山を愛する人の拠点。

「はい。電動アシスト自転車を貸し出す予定で、それを使えば富士山の5合目まで自転車で登っていくことができます。山頂に登る以外にも、宝永火口を見に行くのが僕は好きです」

「草木が生えない岩場なんですけど、芦ノ湖とか、駿河湾が一望できるんですよ。その景色はちょっと異世界です。富士山の新しい遊び方を提案していきたいなと思っています」

ほかにも、ラウンジや水の間は地域に開放する予定。

ふらりと朝ごはんだけ食べにくる人がいたり、昼間は水の間で地域の人が集まって句会やお稽古事をしたり。夜はブルワリーで食事を楽しんでもらう。様々な出会いやきっかけが生まれる予感がする。

ここまでほぼ一人で掬水の企画を進めてきた本多さん。意外にも、宿泊業や飲食業の経験はアルバイトしかないという。

不動産開発の仕事を経験したあと、将来自分で宿を経営したいと思った。

「一度は個人で、東京から千葉の南房総に移住して宿を始めようとしたんです。だけどなかなかいい物件が見つからなくて」

個人では難しいことも企業の中でならできるかもしれないと考えて、宿運営の企画を持ち込む形で加和太建設に入社した。

「自分のやりたいことですし、前職の不動産開発の経験も活かせると思いました。掬水に立ち上げから参加できたのは、将来のためにもすごくいい経験になっていると思います」

今回入る人は、掬水のマネージャーとして働くことになる。本多さんは週に2日ほど施設運営に関わりながら、施設全体のプロモーションなどを進めていく予定だ。

まずはしっかりとゲストハウスを運営していくこと。加えて、本多さんのように、地域の人や資源とこの場所を結びつけながら企画にも関わってほしい。

3月のオープンに向けて、今は準備でてんてこまい。夜遅くまで残って作業することもある。

それでも、本多さんはなんだかとても楽しそう。きっと、本当に自分がやりたいことができているからだと思う。

「そうですね。電動アシスト自転車を導入しようと思ったのも、自分たちでメーカーから自転車を借りてきて体験したら面白かったから。マイペースにやりすぎだって怒られることもあります」

「反省もあるんですけど、ある程度前のめりにやっていくことでおもしろいものが生まれていく。上の人たちも諌めながら、応援してくれています。会社員の正しい姿ではないかもしれないですけどね(笑)」

市の職員や土地のオーナーさん、近所の商店街の方々など、応援団は着実に増えてきているという。

一方で、本多さんが自由に動けるのは、ビジネスとして維持していくための工夫にもきちんと目を向けているから。

「地方でも、東京で求められる仕事と社内のレベルは変わりません。むしろ追い越せっていうくらいです。コストも最小限でやっていますし、収益をきちんと出すことも求められます」

「そのなかで、いかにやりたいことを実現していくか。一緒に考えることを楽しんでもらえる人なら、きっといい経験になると思います」

その掬水から徒歩5分ほどのところにオープンするブルワリーレストラン「Mt. Fuji Brewing」の會森さんも、大きな熱量を持って働くひとり。

ソムリエの資格を持ち、ずっと飲食の世界で働いてきた。本多さん同様に、ゼロからビールづくりを学びブルワリーレストランの立ち上げに尽力している。

「この会社は、夢を実現させてくれる場所だと僕は思ってて」

夢、ですか。

「未知のことにも挑戦させてくれますし、応援してくれる。大変ではありますけど、自分にとっても大きなチャンスがたくさん得られると思います」

ハードルは決して低くない。だけど本多さんと會森さんと協力しながら、このまちに関わることは大きなやりがいを得られるんじゃないかな。

「一緒に喜んだり、わからないことは聞きあったり。普通のことだけど、大事にしていきたいですね。僕らが楽しんで働いていたら、お客さんにも楽しんでもらえるだろうし、一緒に働きたい人が増えるかもしれないですから」

旅館の運営や、ビールづくり。この会社では、自分のやりたいことを持ち込んで形にしている人が集まっている。

一般的なゼネコンの枠を超えて、こんな働き方ができるのはどうしてだろう。

最後に、代表の河田さんにお話を伺ってみる。

加和太建設は河田さんのおじいさんが創業した会社。

ただ、河田さんは当初建設業という仕事に良いイメージを持っていなかったという。

「建設業は、不正とか談合、賄賂みたいなネガティブな話題と一緒に語られることが多くて。だから跡を継ぎたいとも思っていませんでした」

世の中をより良くするために生きようと決めていたから、政治家を志して家を出たそう。

その後勉強のためにリクルートや三井住友銀行に勤務。出会った人たちを通して、次第に企業経営に興味を持つようになる。

「いよいよ30歳になって起業しようと思ったんですが、今の自分があるのは送り出してくれた父のおかげだなと思ったんです。だから親孝行のつもりで、5年間だけ一緒に働くことにしました」

これまで良いイメージがなかった、土木建設の世界。けれども社員たちの姿を見て、大きく考えが変わったという。

「途中で抜けようと中途半端な気持ちで来ている僕に対して、社員から飲みの席で『お前、仕事わかってねぇよ』って檄を飛ばされて。彼らはこの仕事がいかに魅力的なのかを一生懸命伝えてくれたんです」

自分の仕事に誇りを持って働く姿を目の当たりにして、河田さんの中にこの産業の本当の魅力を伝えていきたいという想いが生まれた。

「考えた末に思いついたのが、ただモノをつくるだけじゃなく、まちづくりに関わって地域をより良くするということでした。建設業を、まちを元気にする存在に変えていきたかったんです」

その大きな一歩となったのが、商業施設「大社の杜みしま」の企画運営だった。

すぐ近くには年間300万人の参拝者が訪れる三嶋大社があり、もともとコンビニがあった場所。ただ、それも空き店舗になってしまい、昔のような賑わいはなくなってしまった。

「そこで土地の購入から建物の建設、テナント集めや施設運営まで一貫して行いました。新たな商売や文化を生む賑わいをもう一度つくりたいと思ったんです」

地元の企業60社ほどを一軒ずつまわり、建物のコンセプトから丁寧に説明した。

出店条件もユニークなものだった。それは既存の商品を売るのではなく、新規事業領域に参入、もしくは新規商品を開発すること。新たに起業したいという事業者も歓迎した。

「それくらいの気概がある人たちに集まってもらわないとダメだと思って。オープン後は出店者も僕らも持ち回りでイベントやワークショップを企画しました。年間150回はイベントを開催したんじゃないかな」

その甲斐あって注目が集まり、今では年間30万人ほどが訪れる施設になっている。

「ただ、運営してみて初めてわかったこともたくさんあるんです」

初めてわかったこと。

「出店しやすいように1店舗3.5坪から4坪くらいの小さな店にしていたんですけど。それではスタッフが1人しか入らないのでお店を離れられない。結果イベントができなくなるなど、計画通りにいかないことばかりでした。今もまだまだもがいている最中です」

「でも、つくって、うまくいかないから壊して終わりじゃなくて。どうすればより良くなるだろうって考え続けるからこそ、僕らの成長につながっていると思うんです」

まちづくりは、強い熱量を持って引っ張っていく人がいなければ、たち消えてしまうことが多いように思う。河田さんからは、その中心を担う覚悟みたいなものが感じられる。

「自分が介在することの責任は、みんなに持ってほしいと思っています。肩書きとかこれまでの経験は関係なく、そういう人のもとに人は集まってくるし、地域の変化につながると思うので」

「そのためにも、一緒に働く社員一人ひとりが自分で判断したり、裁量を持って動く機会をつくるようにしています」

たしかに本多さんも會森さんも、会社の指示ではなく自分ごととして動いていた。

言われたことをやるだけならチャンスはなかなか巡ってこない。

自分たちでつくっていく楽しさと難しさを感じながら、想いを形にする仕事に取り組んでみるのもいいと思います。

(2018/12/17 取材 並木仁美)

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