求人 NEW

木に触れ、
鉋(かんな)を研ぐ5ヶ月
名工のもと、まずやってみる

宮大工や建築板金、造園、日本料理、和服など。日本には技巧を尽くした職人の仕事が数多くあります。

憧れや尊敬の気持ちを抱く一方で、あまりのレベルの高さに遠い世界のように感じてしまうことも。ましてや自分が職人になるなんて想像できないかもしれません。

たしかに、技を極めるには時間がかかる。でも、門戸は意外と広く、誰にでもチャレンジできる環境があるようです。

まずは職人の世界を体験して、知ってほしい。そう話してくれたのは、職人を目指す人に向けた就労体験に取り組む島根県商工労働部の方々です。

伝統ある技を後世に残していくために、職人を育成していく。

今回は、宮大工の卵を募集します。

在来工法建築や社寺建築を手がける森下コンストラクターで、まずは5ヶ月間仕事を体験します。希望すればそのまま就職し、宮大工を目指すことができます。

 

松江駅から電車に乗って1時間ほど。世界遺産に登録された石見銀山のある大田市に到着する。

のどかな里山に森下コンストラクターの事務所がある。

最初に話を伺ったのは、代表の森下さん。

この道50年以上。厚生労働省の認定する“現代の名工”に選ばれ、黄綬褒章も受賞した、国内でも指折りの宮大工さん。

「宮大工はやることの範囲が広くて、覚えることがいっぱいあります。お寺とお宮は違うし、お寺ひとつにしても、地域や宗派によって様式ややり方もまったく違います。鳥居やお城をやることもあるんですよ」

お城も!

「ええ。城大工なんてのはいないから、宮大工がすべて手がけるんです」

「そんなだから私も宮大工の全部をやったことはないんですよ。三重塔や五重塔はまだ。依頼者がなかなか出てこないものですから」

ということは、名工といわれる森下さんでも、はじめて手がける事例がよくあるのだろうか。

「ありますよ。毎回がはじめてのようなもの。新しいことにぶち当たるたびに私も勉強します」

「ただまあ、基本が分かっとれば、どんなものでも大体が分かるんです」

その基本とは、『木割り』と『規矩術(きくじゅつ)』。

木割りとは、たとえば桁の太さは柱の2割というように、各部材の寸法を別の部材に対しての割合で決めていく、基準値のようなもの。

規矩術とは、L字形の物差しを使った計算方法で、様々な部材の寸法や角度を差し金ひとつで計算できる。

このふたつが社寺建築の基本中の基本であり、数百年維持できる丈夫な建物をつくるための“ルール”でもある。

「でもね、その基本通りにやったら面白くないんですよ」

面白くない?

「ええ。誰が見ても素通りしてしまうものにしかならない。どの位置に建てるかで、屋根の曲線を変えないと。平坦なところと高台では、人の目線が違うでしょ。どっから見てもいい線だなっていう線を出す」

「それをやってるんだよね、昔の人は。彫刻とかで立派なものを入れてなくても、スーっと無理のない線でつくっている。だから、ああいいなと思う。それは設計図には描けない」

計算方法があるわけでもなく、何かに記録しておけることでもない。長年、社寺建築と向き合ってきた人だけが分かる美的感覚。

森下さんも修行時代は、師匠の言う曲線を理解できなかったそう。「屋根の反りを上げろ」と言われても、たった少し上げただけで何がよくなるのか分からなかった。

宮大工になって約30年を迎えたころ、ようやくその線が見えるようになってきたという。

「木割りにしてもそうなんですね。柱、桁、垂木の大きさのバランスを見ないと。それは美しさだけではなく、強度の問題もあります。計算上は大丈夫でも、経験上はだめ。これじゃあ50年くらいで屋根が下がってくるよと」

計算ばかりじゃいけない。その言葉の裏には、本質を見極めないといけない、という意味があるような気がする。

すると、岩瀧寺というお寺を移築・補修したときの話になる。

「岩瀧寺は滝のそばで霧がかかっていましたので、腐りや虫食いが多かった。外部に面した部分はほとんど新しくしたんですけど、デザインはあまり変えなかったんですよ」

「というのも、岩瀧寺そのものをみんなが信仰して愛してきたのに、カラーを変えると岩瀧寺らしさが薄れてしまうと思うんです。昔の岩瀧寺のままだなって思ってもらえたほうが、信仰心や愛着も受け継いでいけるんじゃないかな」

森下さんのもとには県内外から様々な依頼がやってくる。いま社寺建築で多いのは、石見銀山周辺のお寺の修復。

弟子になりたという人も時折全国からやってきて、ハウスメーカーで大工をしていた人や、美大出身の女性など、これまでいろんな人がここで腕を磨いた。

どんな人でも、最初は木に触れ、鉋の研ぎ方を覚えることからはじまる。

「木というのは生き物だからね」

「建物を解いたらよく分かるんですよ。材がバーンと跳ね上がる。反りのあるものを押さえつけて、ちょうどいいようにしてあるんです。だからとても丈夫。私らも広く飛ばすときは、必ず反りのあるものをこしらえてきます」

森下さんの木材選びは山からはじまる。実際に山に立ち、この木は柱に、あの木は桁にしようと決めていく。

「斜面に立つ木は曲がっています。それを無理に真っ直ぐにして使うと狂いが大きくなってしまう。曲がりを利用して自然のまま使ってやると、目が切れずにずっと通っているから強いんですよ」

木を切るのは、木が水を吸い上げなくなった秋頃。そして乾燥は機械を使わず、葉干しという自然乾燥を行う。

木に枝葉をつけたまま伐採し、山の中でそのまま倒しておくこの方法。葉が最後まで水を吸い上げて芯まで乾燥させるため、身が引き締まる。ツヤがよくなり、雨風を寄せ付けず、虫に食われにくいという。

「仕上げも、機械と私らが手で削ったものではまったく違います。そうやって手間暇かけたものはもちもいい。だからいつも、最後のひと鉋までかけてあげようという気持ちでやっているんです」

昔から伝わる伝統技術を活かしつつ、森下さんは新しいことにも挑戦する。

近いうちに、チタンを使ってお寺の屋根を葺くそう。

「これまでは銅板が一番強いってことで屋根を葺いていましたけど、酸性雨に弱いので、今は一番強いとは言えなくなったんですよね。40年も保たないようになってきた。それで新しい素材にも目を向けようと思って」

すでに浅草の浅草寺で使われていて、それを知ったお施主さんからぜひやってみたいと依頼を受けたのだという。西日本では最初の事例になる。

「古いものを活かしながら、新しいものも加えて挑戦していく。私ももう歳だけど、もうちょっとは頑張ろうと思っていますから、息子と一緒に覚えてくれる人に来てほしい」

「そして、それをまた次の世代に伝えてほしいです。全部じゃなくてもね、伝えてこそようやく社会に認められて、一人前になれるんじゃないかと思うので。そういう気持ちでやってほしいな」

長い時間をかけて経験を積んできた森下さんの話に、果たして自分にできるだろうかと尻込みしてしまうかもしれない。

「最終的なハードルは高いけど、今回は体験なのだからまずやってみたらいい。『最初から、宮大工になるぞ!やるぞ!』でなしに、気を楽にしてちょっと行ってみようかなって感じで入ってきてもらいたい」

「私も、宮大工は好きでなったわけじゃないんです」

そうなんですか。

「父を早くに亡くして、私は5人兄弟で唯一の男。母に言われるがまま、中卒で大工に弟子入りしたんですね。だから最初は好きでなったわけじゃない。ただやりはじめると嫌いではなかった。やればやるほど覚えることはいっぱいあるし、いろんな人との出会いもありました」

「だから、まずやってみたらいい。で、これならやってもいいかなという時期が来たら、やろうや」

 

最後に話を聞いたのは、息子の森下和也さん。

大学を中退して技術校へ行き、卒業後に森下コンストラクターで働きはじめて10年目。34歳の若い宮大工さん。

「小さいころ、学校から帰ってくると作業場で職人さんが相手してくれるんですよ。それで作業場が好きになって、自分のやりたいことも自然とそっちに。昔からここで働くことしか考えなかったです」

いずれ、お父さんのようになりたいという気持ちもあったのですか?

「どうだろう。今はもう、なれないと思うんですよ」

え、どういうことですか?

「父がやっていたころは景気がよくて仕事の数をこなせて、お客さんも金額的なことはあまり言わずに頼むような時代だったと思うんです。仕事が以前より少ない今では、父と同じようなことをやったとしても、同じレベルには到達できない」

「なので、技術大会に出場して、実務とは別のところで自分の腕を磨くようにしているんです」

出場7年目にして全国大会で入賞。建築組合から指名を受け、34歳の若さで指導者としても活躍している。

和也さんは現代の職人として、新しい宮大工の形を見つけようとしているのかもしれない。

「昔は技術を見て盗めって言われましたけど、それを今やると、全体の件数が少ないから、先人が30年で覚えたことを習得するのに50年かかってしまう。だけど、それを早い段階で先輩が教えるようにすれば、20年目くらいで30年分の技術が身につくかもしれない」

「だから自分が知っていることはどんどん伝えようと思っています。あとは来てくれた本人がやってみて、合うか合わないかを決めてもらえばいいのかな」

和也さんはどんな人に来てほしいですか?

「どんな方でも。まあ度が過ぎたら分からんですけど(笑)」

「固くない人がいいかな。こうじゃなきゃいけんってならずに、柔軟なほうがやっていけると思うので」

森下さんも和也さんも、一度来てみたらいいと話してくれました。

宮大工への道は開かれています。あとは一歩踏み出すだけです。

(2018/10/25 取材 森田曜光)

問い合わせ・応募する