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長野県・南木曽(なぎそ)町。
岐阜県との県境にあり、中心部には木曽川が流れる小さなまちです。
ここにヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどから多くの旅行者が訪れ、近年賑わいを見せています。
人びとが目指すのは、かつて中山道沿いの宿場町として栄えた「妻籠宿(つまごじゅく)」。
江戸時代の宿場の姿が残る町並みや、その周りに広がる穏やかな農村。地域で脈々と受け継がれてきた漆や木工などの伝統工芸や文化。
古き良き日本の姿に魅力を感じ、この場所を訪れるのかもしれません。
そんな旅行者たちに向けて、地域で新たな取り組みをはじめた人たちがいます。
南木曽「ウェルネス農泊」推進協議会。地域のホテルやレストラン、町役場などが加盟する地域協議会で、農林水産省からの助成も受けています。
今回はこの協議会のメンバーとして、派遣先の宿泊施設で働く人を募集します。
仕事をする場所は、古民家ラグジュアリー・リゾート「Zenagi(ゼナギ)」、もしくは古民家ホステルの「結い庵」。
実際に、派遣先の2つの施設を訪れて、それぞれの雰囲気を感じてきました。
名古屋駅から特急電車で1時間。岐阜から長野に入って、最初に停車するのが南木曽駅。
山々に囲まれた町を車で15分ほどを走り、棚田が広がる農村地帯に入る。高台の、石垣の上に立つ古民家に到着した。
ここをラグジュアリーホテル「Zenagi」として生まれ変わらせようとしているのが、株式会社MENEX(メネックス)。
代表の岡部さんに中を案内してもらいながら話を聞くことに。
「江戸時代に建てられた豪農のお屋敷を、1日3組限定の宿として改修して、この春にオープンします。ミシュラン星付シェフの料理や、オリンピック選手がプロデュースするアウトドア体験など、ここにしかない特別な体験を提供したいと思っています」
妻籠宿からもほど近いこの場所。600㎡もあるという建物の内部には、太い柱や梁が張り巡らされている。
「天井や壁が黒光りしているのは、数百年もの時間をかけてススに燻されたからなんです。まさに、歴史的な建築物でしょう」
南木曽には、欧米の富裕層を中心に年間50万人ほどが訪れる。とはいえ、90%以上が日帰りで観光を終えてしまうそう。
「大きな理由のひとつは、ハイエンド向けの宿泊場所や、体験型のコンテンツがないことだと思っています」
「彼らは古いまち並みを見るだけでなく、古民家に泊まったり、地域の文化やアウトドアを体験したりして、日本の真髄に触れたいと思っている。そういうハイエンドなお客さまの期待に応えるような施設をつくろうと考えたんです」
Zenagiには、滞在を通じて木曽のクラフトや伝統文化を体感できる仕組みがある。
たとえば、江戸時代のヴィンテージの和箪笥や、現代の職人が木曽の木材でつくり上げたモダンな椅子、ガラスに漆を塗った斬新な食器など。
料理を手がけるのは、ミシュランの星を獲得しているイタリアや日本のシェフ。地域の食材や伝統的な調理法を生かしながら、外国人の味覚にも合うオリジナルメニューを提供する。
岡部さんはもともと東京に住んでいて、20年にわたりドキュメンタリー番組制作の仕事をしてきた。2年前から南木曽町と東京の二拠点生活をしている。
この事業をはじめたきっかけはなんだったのだろう。
「テレビの取材で地方に行くたびに、そこに住む人たちが『自分たちの地域は、もう寂れていくしかない』と諦めていて、すごくショックでした。自分にできる形で地方創生に本気で立ち向かっていかないと、この国が本当に終わってしまうと思ったんです」
人口減少や地方経済の衰退という問題に、どんなふうに立ち向かっていけばいいのか。
辿り着いた答えが、「アドベンチャー・ツーリズム」だった。
「アドベンチャー・ツーリズムとは、自然やアクティビティ、異文化交流をミックスした、新しい観光スタイルです」
自らもアウトドア愛好家の岡部さん。アドベンチャー・ツーリズムを日本に広めたいと、株式会社MENEXを立ち上げた。
「仕事を通じて出会ったオリンピック選手や有名シェフ、一流ホテルマンなども参画しています。自分たちの愛するアウトドア・スポーツや、地方に眠る素晴らしい伝統文化をミックスして、新しい観光スタイルを提案することで、地方創生に挑みたい。その第一弾が『Zenagi』です」
Zenagiのキャッチフレーズは、「日本初のEXPEDITIONホテル」。
「EXPEDITIONは、探検や冒険という意味。ホテルに宿泊するお客さまには、必ずアウトドア体験ツアーに参加してもらいます」
「美しい農村地帯を電動自転車で走りながら、お茶摘みや和紙梳きなどの文化体験をする『農村ライド』や、渓谷地帯に分け入って巨大な滝を越えたり、カヌーやSUPをしたりする『ウォーター・アドベンチャー』を企画しています」
アウトドアをプロデュースするのは、アジア大会のパラグライダー金メダリストの呉本さん(写真左)や、シドニー五輪のカヌー選手・安藤さん(写真右)など。ツアーには経験豊富なガイドが付き、地元の歴史や文化も伝えていく。
「ガイドが一緒にいることで、安心安全に冒険ができます。お年寄りや子連れの家族でも、気軽に参加できるのが魅力です」
「ツアーには、この土地の歴史や文化を感じる体験も組み込んでいきたくて。そうすることで地域経済への貢献や、住んでいる人たちとの交流につながればと思っています」
今回、宿泊・飲食・アウトドアの部門でオープニングスタッフを募集し、最終的には15人ほどでホテルを動かしていく予定。それぞれの分野で、質の高いサービスを提供できる施設を目指している。
「『日本の価値観を逆転する』っていうのが僕らの事業の面白さだと思うんですよ」
価値観を逆転する?
「たとえば、都会に行きたがる人は多いけど、実は田舎のほうがかっこいい部分ってあるはず。海外の人たちが地方を訪れて楽しんでくれることで、その素晴らしさを日本人にも“再発見”してもらうことを目指しています。一緒に働いてくれる方も、そこに共感してくれたらいいですね」
今後は南木曽だけでなく、日本全国10箇所に施設を展開していく予定。
スピード感を持って事業に取り組む岡部さん。これから入る人もそのスピードに乗り、一緒に事業を盛り上げていけるといいと思う。
Zenagiを後にし、車でさらに15分ほど山を上る。静かな道沿いに佇むのが、築200年の古民家を改装したホステル「結い庵」。
趣ある共有スペースにおじゃまして、結い庵を経営する、一般社団法人LOCAL STANDARDSの理事・熊谷さんに話を聞く。
「僕は2015年に東京から移住しました。空き家だったこの古民家に住みながら、2年かけて自分で改修してつくったのが、この結い庵です」
もともとは大手IT企業で働いていた熊谷さん。
「大きなプロジェクトに関わることに刺激はあったんですが、最終的に何のためにやっているのかずっと見えなくて。30代に入って『誰かの役に立つ、自分にしかできない仕事をしたい』という想いが強くなりました」
「ずっとグローバルに働くことが夢で、海外に出るつもりでした。でも逆に、世界中の人を日本に呼び込むことも、立派にグローバルな仕事だとハッと気付いたんです。そこから日本の地方でできることを考えるようになって」
京都のように確立された観光地に参入するよりも、魅力が眠る地域に自分が入ることで変化を起こしたい。
そう考えていたとき、出会ったのが南木曽だった。
「雪景色の妻籠宿がすごく美しくて、移住を即決しました。実際に住みはじめると、よく来たねって受け入れてくれて、野菜をおすそ分けしてもらったり、大工仕事を教えてもらったり。今では自分の帰る場所、故郷のような感じですね」
現在は町内2軒目の古民家ホステルの開業準備中で、来年にはさらにもう1軒が開業予定。
これから入る人には、オペレーションスタッフやマネージャーとして力を発揮してもらうことになる。
とはいえ、経験の有無に関わらず、はじめは掃除や朝食の準備、レセプション対応など基本的な業務から取り組んでいく。
「心遣いのある所作の積み重ねが、ゲストの感動を生むんです。まずはその基本を知ってほしいなと。どんな理想の宿も、その延長線上にしかないですから」
「単純にオペレーションをするだけでなく、やりたいことを自分なりに持っていてくれたらいいなと思います。これから生まれる新店舗が、働くみんなでつくる自己実現の舞台になったらうれしいですね」
結い庵の開業から1年半が経ち、宿の評判も口コミで広がってきている。
「空間やサービスをつくり込んでも、宿泊って『食べてお風呂に入って寝る』という、ささやかな日常の断片に過ぎない。それをどうしたら大切な思い出に変えられるかって考えると、ゲスト一人ひとりとの向き合い方しかないと思うんです」
たとえば神棚の意味について尋ねられたら、説明できるようにする。アウトドアに興味を持っていたら、トレッキングコースを提案してみる。
スタッフに宿泊業の経験者がいなかったからこそ、一人ひとりのゲストが求めているものに丁寧に応えることで、この場所をつくり上げてきた。
「僕らの仕事は宿泊業ですが、届けたい価値は“大切な思い出”だと思っています。現状に満足することなく、『それっていったい何だろう?』って問い続けることは、ずっとやっていきたいですね」
結い庵には熊谷さん一家も暮らしていて、妻の理絵さんや2歳になる娘さんも、ゲストたちと同じ空間で過ごすことが多い。里山暮らしの飾らない日常を垣間見ることができるのも、宿の魅力のひとつ。
東京に生まれ育った理絵さんは、移住に対する不安などはなかったのだろうか。
「歩いてどこにも行けないので、最初は何もないなあと思っていました。でも、今はそこに楽しみを感じられて」
「何もないようで、庭の梅の木から実をとって梅干しやジュースをつくったり、山菜を採ってきて煮たり。田舎暮らしは忙しいんですよ(笑)。自然が近いんじゃなくて、自然のなかに自分がいるって感じですね」
そんな暮らしのなかに、ホステルの仕事がある。
理絵さんは、どんなことを思いながら働いていますか?
「ホストとゲストという関係ではあるんですけど、 “人と人”として出会いたいと思っています。ここを選んでくれる人は、きっと設備や快適さを超えたものを求めてきてくれていると思うので」
「ちょっとした会話を大切にして、『ちゃんと出会えたね』って思えるような出来事を積み重ねていきたい。そうやって少しずつこの輪が広がっていくことを目指したいですね」
今回紹介した、Zenagiと結い庵。それぞれの宿が異なる感性を持って、南木曽の魅力に光を当てているように感じました。
いい変化が起こりつつあるこのまちを、再び訪れるのが楽しみです。
(2018/01/10取材 増田早紀)