※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。
最近、メーカー直営のフラッグシップショップが増えてきた。
雑貨でも食べ物でも、そのブランドのアイテムが一堂にずらりと並ぶとちょっと壮観だし、ものづくりに対する考え方を知ることができたりしておもしろい。
今回紹介する亀の子束子(たわし)の直営店も、そんな楽しみ方ができるお店のひとつ。
2014年、東京・谷中の一角にわずか5坪ほどの小さなお店をオープンし、たわしの魅力を伝えてきましたが、この秋、もう少し広い敷地にリニューアルオープンすることになりました。
今度は物販だけでなく、カフェも併設したお店になる予定。今回はここで働くアルバイトスタッフを募集します。
お店をスケールアップすることになった理由のひとつは「話に花が咲いて、もう少しここに居たいなと思ったときに、ちょっと座れる場所がほしい」から。
たわしの話って、そんなに盛り上がるんですか…?と、はじめは半信半疑でお店に向かいました。
千駄木駅から歩いて5分ほど。住宅街のなかに「カメノコタワシ」というカタカナの看板が見えてきた。
お店のなかは本当にたわしだらけ。
窓から中を覗いていると、通りすがりのおじさんに「ここのお店、今日はお休みかもしれないよ」と声をかけられた。
ご近所さんが自然と気にかけてくれる感じが、いかにも下町らしい。お店の外に置かれた「縁台」も、この街並みに馴染んでいる。
「その縁台、僕のこだわりなんですよ」と話すのは、お店の立ち上げから携わってきたマーケティング部長の鈴木さん。
昔ながらの暮らしの空気がある谷中のまちに、「たわし」のお店ってなんだか似合いますね。
「ここはサテライトで、本社は北区の旧中山道沿いにあります。関東大震災の前年に建てられた建物を、まだ社屋として使っているんですよ」
亀の子束子が創業したのは、明治40年。
シュロという植物の繊維を針金で束ね、手になじむコロンとした形に整えた道具「たわし」を発明した元祖として、100年以上ものづくりを続けている。
「たわしってすごくシンプルな構造なんですけど、繊維の種類や乾燥度合いによって締め具合を調整するので、今でも機械じゃなくて人の手でつくっているんですよ」
そういえば、たわしを誰がどうやってつくっているかなんて考えたこともなかったな。
今ではありふれた存在だけど、世に出た当初はその不思議なかたちの道具を、まず手にとってもらう工夫が必要だった。
「箱に入れたままではイガグリだか何だかわからないから、ちょっと軒に吊るしてみる。そうすると、お客さんが不思議がって声をかけてくれるから、道具の説明ができる。とにかく知ってもらう、試してもらう。そういうことをずっと続けてきたんです」
数十年前までは、日本のほとんどの家庭で使われていた、たわし。
「亀の子束子」というブランドネームと合わせて、暮らしに深く浸透していた。
ところが最近は、台所などの水回りでたわしを使わない家も増えてきた。
私も実は、学校の掃除ではたわしを使ったことがあるけど、家の洗い物はスポンジで済ませてしまうことが多いです。
「ガラスのようなツルツルした素材はスポンジのほうが適しているんだけど、刃物とか、ザルや鉄鍋のように凹凸があるものは、たわしで洗ったほうがいい」
「特にまな板は切り傷のなかに雑菌が溜まりやすいから、たわしの細い繊維で掻き出すように洗ったほうがきれいになる。本来キッチンには、たわしとスポンジが両方必要なんですよ」
お店で実際に使い方を実演してみせることもできるように、リニューアル後は小さなキッチンを備える予定。
ときには料理人や魚屋さんなど、普段たわしを愛用しているプロたちを招いて道具の手入れについて学ぶワークショップも開催できたら、といろいろなアイデアを巡らせているところ。
「最近、鉄のフライパンや木のまな板のように、一生使える道具を選ぶ人は増えていますよね。購入するときに『たわしで洗って手入れしてください』と聞いて、もしも質の悪いたわしを選んでしまったら、毛切れがひどかったり、繊維が少なかったりして、きっとがっかりすると思うんです」
「我々は、たわしのオリジナルだから、世の中のたわしに対して責任があると勝手に思っていて。大事な道具をちゃんと手入れしたいと思ったときには、『ここにあるよ』って差し出せるように、ブランドを存続させておきたくて」
そのためには亀の子束子のよさを正しく伝え、ユーザーを増やしていく必要がある。
ショップスタッフの役割は、たわしってなんだかおもしろいと興味を持ってもらうこと。
「ここで働いていると、生活の知恵がたくさん身につきますよ。いろんなことに興味や好奇心を持てる人なら、楽しめる仕事だと思います」
「今回はアルバイトだし、最初からガチガチに考えなくてもいい。なんとなくおもしろそうだな、くらいの感じで。たわしを使ったことがなくても大丈夫です。そこは志垣がうまくやるから(笑)」
と鈴木さんから紹介され、笑いながら答えてくれたのが、この谷中店で店長を務める志垣さん。
「そうですね。応募してきた時点で、すでにたわしに興味が湧いているっていうことだから、それで十分だと思います」
お客さんも、たわし未経験という人が多い。
そんなとき志垣さんは、まず素材のことから伝えていくという。
「ご説明して人気があるのはこのシュロの素材。繊維で掻き出すこともできるし、柔らかく“しなる”から面でこすることもできる。鍋の焦げ付きをしっかり洗うときはこっちのパームの素材」
「一番柔らかいのはサイザル麻のたわし。水に濡らすともっと柔らかくなるので、体をブラッシングしても痛くないんですよ」
ゴボウなどの根菜の泥を落とすだけでなく、ズッキーニやナスなどの柔らかい野菜もやさしく洗えるのは知らなかった。
たわしは強くゴシゴシ擦るから、傷つきやすいイメージもあったけど、用途に合わせて素材を選べば、その使い道は幅広い。
色の汚れがつきにくいという特長から、カレー鍋などの予洗いにもいいという。
「あまりお料理をしたことがないっていう方には、『上履き洗いで使ったことないですか?』って聞くと『あ〜!』ってリアクションがいいんです」
「あとは単純に『たわし、かわいい〜』って言われることも多いので、『かわいいですか?ちょっとにぎにぎしてみてください』って、そこからマッサージ用のたわしをご紹介してみたり」
野菜を洗うか、鍋を洗うか、体を洗うか。あるいはお風呂場のタイルを磨くか。
誰に買われるかによって、たわしの運命もさまざま。
「よく『何に使う道具ですか?』って聞かれるんですけど、たわしって用途がすごく幅広くて。だから、逆にこちらから『何か暮らしのことで、困っていることはないですか』って質問をして一緒に選ぶことが多いんです」
「このお店で接客をしていると、お客さまが自分の生活のことをどんどんカミングアウトしてくださるんですよ。台所の排水口の深さとか、普通あんまり外で言わないですよね。こちらも『すみません、おうちにお邪魔します!』っていうような気持ちで話を聞くんです(笑)」
初対面であることを忘れるほど、和やかに話をしてくれる志垣さん。
楽しくなって、つい、あれもこれも買って帰りたくなるけれど、一度にたくさん買おうとするお客さんがいたら、「まずは一度試してみて、自分に合うものを」と声をかけるそう。
お客さんの求めることに対して、自社製品が不向きな場合はそれも正直に伝える。
たくさん売ることより、正しく伝えることを意識して。
お店で働いていると、年配のお客さんからたわしのいいところを教わることも多いという。
「このあいだもご年配の男性に、カーペットの汚れは、たわしにタオルを巻いて叩くといいよって教えていただいて。それをまた次のお客さまにお話しするのも楽しいし。どんどんたわしの世界が広がっていく感じがします」
年代も国籍も、知識も、さまざまなお客さんが訪れるお店。
相手によって話す内容が変わっていくのが、この仕事の大変なところでもあり、やりがいでもある。
シンプルな道具だからこそ、飽きずに向き合えるのかもしれない。
お店をオープンして6年。今では年間1万人ほどのお客さんが訪れるようになった。
「お客さまのなかには、後日、報告に来てくださる方もいます。そこのドアを開けて、『あれ、よかったよ!』って、それだけ言って帰っちゃう(笑)」
そんなふうに、ちょっと立ち寄るときも、じっくり話しながら選びたいときも、今のお店では少し狭すぎる。
ここでたわしに興味を持ったお客さんが、もう少しゆっくりできるよう、歩いて10分ほどの場所でお店をリニューアルオープンすることに。
工事中の現場を見せてもらうため、お店を出て商店街のほうへと進んでいく。
すると、立派な煙突が見えてきた。
ここはもともと「宮の湯」という銭湯だった建物。亀の子束子のお店は、番台と脱衣所だった部分を改装して使う。古い建物ということもあり、内装はすっかり入れ替える予定。
広さは今の4倍程度。店内でコーヒーやパンを楽しめるテーブル席もつくる。
「コーヒーは『やなか珈琲』さん、焼き菓子などは『サクセション』さんや『大平製パン』さんとのコラボレーションでオリジナルのものを用意しようと思っているんですよ」
たわしそのものだけでなく、この町のつながりのなかで新しい楽しみ方ができるように。
とはいえ飲食に取り組むのは、会社としてもはじめてのこと。
オープニングスタッフ自身、いろんなことを工夫しながら場をつくっていくことになるはず。与えられた仕事だけでなく、自分から気づいたことを実践していける人のほうが仕事はきっと楽しめる。
カフェで使う新しいマグなど、備品も少しずつ揃ってきている。
写真を見せてもらい、思わず、かわいい…!と漏らすと、「このマグは、買って帰ることもできるんですよ」と鈴木さんはうれしそう。
亀マークのグッズをたくさんつくったり、自分たちの会社のことを「亀の子」と呼んだり、たわしの素材でちょっと大きめな動物のオブジェをつくったり。
無骨で実用一筋かと思いきや、ユーモアや愛らしさを忍ばせてきたりして、思わず力が抜ける。そのギャップがまた、いい。
話し込んで長居しちゃう気持ち、わかる気がします。
(2020/9/23 取材 高橋佑香子)
※撮影時にはマスクを外していただいております。