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旅する獅子
大神楽という生き方

江戸時代、庶民の最高の娯楽はお伊勢参りだったといいます。

伊勢神宮への参拝はもちろん、土産物屋や遊郭など、信仰と娯楽が揃った伊勢のまち。

一方で、さまざまな理由からお伊勢参りができない人もいました。

そんな人たちのために、伊勢神宮の代理参拝人として諸国を巡り、家々のお祓いをしながら獅子舞や曲芸を披露する、伊勢大神楽(いせだいかぐら)と呼ばれる芸能があります。

この担い手は大神楽師と呼ばれ、1年の大半を旅の空で過ごしながら、西日本を中心に家々をまわります。

今回は、伊勢大神楽講社に6つある組のひとつ、山本勘太夫社中(やまもとかんだゆうしゃちゅう)の大神楽師を募集します。

経験は求めません。今の生き方に疑問を持っている人にとっては、大神楽師の生き様が、ひとつのヒントになるかもしれません。



伊勢大神楽の人たちは、三重から出発して、滋賀や大阪、岡山など、1年を通して西日本を旅し、各地の檀家をまわっている。

取材時は、岡山の瀬戸内市のあたりを通るタイミング。事前に教えてもらった場所に向かうと、遠くから笛と太鼓の音が聞こえてきた。

音のするほうへ近づいていくと、ちょうどお祓いを終え、次の家へと向かう最中。その後ろをついていく。

到着すると、まずは「こんにちは。伊勢大神楽です」と挨拶。玄関や台所で祝詞を唱えてお祓いをする。その後、庭先で笛と太鼓の音に合わせて獅子が神楽を舞う。

檀家さんからお金やお米といった形でお初穂料をいただき、伊勢のお札を渡し、「ありがとうございました。お元気でまた来年」と挨拶して、次の家へ。

神聖な雰囲気でありながら、檀家さん一人ひとりに声をかける姿には、親戚を訪ねるような親しさも感じる。

集落をまわり、お昼のタイミングで地域の公民館を借りて休憩になった。

ここで最初に話を聞かせてもらったのは、山本勘太夫社中の親方、山本勘太夫さん。

「昨日は朝から晩まで歩きっぱなしで。今日は檀家参りが午前中だけなので、比較的ゆったりした日です。夕方に地域の神社で曲芸を披露する大回しがあるので、それまで各自休憩したり、稽古をしたりします」

「神楽って、地域の年中行事に組み込まれているところが多いので、この地域は何月何日に神楽が来ると決まっているんですよ。その昔からの日程を大事にしたいので、たとえ雨でも可能な限りはまわるようにしています」

山本勘太夫社中は、江戸時代から続く歴史ある家元。国の重要無形民俗文化財にも指定されており、現在は6人の大神楽師で活動している。

山本さんは当初、この家業を継ぐ気はなかったという。

「父親はずっと旅に出ていて、母親も檀家さんに配るものをつくったり、着物を縫ったり、ずっと神さんのことをしていて。継ぎたいとは思わなかったけど、親が大事にしてるなっていうのは、小さいながらに感じてました」

転機が訪れたのは、山本さんが大学生のとき。父親が山本さんのいとこを後継者として育てるところに密着した、ドキュメンタリー番組を観たそうだ。

「録画してこっそり観たんです。いとこは神事のことなんて全然やっていなかったのに、1〜2年の稽古ですごい芸をしていて。人をそこまで成長させる世界ってすごいなって思ったのと同時に、家元の息子として自分も挑戦せなあかんなと。それで親父に入門させてくれって頼みました」

在学中から時間をつくり、舞や芸、笛などの稽古に励んだ山本さん。

実際に檀家参りをするなかで、気持ちも変化してきたという。

「20歳そこらの若造に、みんなが手を合わせてくれるんですよ。これで自分に気持ちがなかったら詐欺やなと。一軒一軒回るうちに、努力して本物になるしかないって思ったんです」

「技術や知識はもちろん、誰よりも檀家さんのことを考えて、従業員のことも考える。その覚悟を持ってやってきました」

着物を着れば、誰でも神職になれるわけではない。

纏う人自身に気持ちがあってこそ、その姿は本物になる。その姿勢は、ともにまわる大神楽師にも求めていることだそう。

「一事が万事だって、よく言うんです。こっちが敷地に入らせてもらって、お祓いをさせていただいている。だから絶対敬語だし、神楽の舞や、終わったあとの頭の下げ方、足音の立て方、去るときの門の閉め方。一つひとつに意識を向けることが大切で」

「神楽に入る人には、人間性を変える気ないんやったらいかんでって、いつも話します。これまでの自分のものさしを一回忘れて、ここで起きたこと見たことを受け入れて、自分を変えていく。それがわからへんのやったら絶対向いてないって」

今まで培ってきたもの、経歴や実績。当たり前に信じてきたことや、現代社会の常識。すべて一度まっさらな状態にして、神楽の世界に浸かる。

そのなかで一つひとつの経験を丁寧に積み重ねていくことで、神様に仕える者としての雰囲気が醸し出されていく、と山本さんは言う。

「これまでもいろんな人が入門して、続かなかった人もいました。それを見て思うのが、掛け算ができなくても、足し算できる子が大成するのかなと。地道に積み重ねられることが大事なんだと思うんです」

「あとは、迎えてくれる人があってこその大神楽なので。たくさんの人生があって、それらと自分が交錯することに感動できるっていうのかな。人と関わることが楽しいって思える人やったら、とても面白いと思いますよ」



旅しながら、伝統を引き継いでいく。そんな生き方に関心を持つ人は多いだろうけど、そこから続けていけるかどうかは、また別の問題。

これまでも、一通りの基礎を身につけて満足してやめてしまう人が多かったそう。

どんな思いで神楽を続けていくのか。伊勢大神楽の世界に入って15年ほどになる指吸(ゆびすい)さんの話が参考になるかもしれない。

「地元が大阪の泉州のほうで。お祭りとか、笛とかは好きやったんです。駅前でたまたま大神楽を見たときに、笛のレベルが高いなって。やっぱり毎日やってるから。あと、おっちゃんが曲芸をやってるのがかっこいいなって」

「入ってからは覚えることがいっぱいあるんでね。舞も芸もある。最初の頃は、やればやるほどできるようになっていくのが楽しい。笛も練習すればするほど、ある程度まではうまくなるから。でも、そっからですよね。続けるって、技術だけじゃないから」

技術だけじゃない。

「続けてたら、いろんな人とのつながりが出てくるんです。毎日違うところに行って、1年ぶりの出会いがあって、その地域や村、家族の変化を見届ける。その連続が、僕は面白いなって思います」

「親方と違って家業じゃないから、自分がやらないといけないっていう使命感はなくて。続けていくなかで、自分なりのやりがいとか面白みを、勝手に感じるしかない。それができる人じゃないと難しいかなと思います」

最初は、目の前のことを必死に覚えていくだけでいいのだと思う。そのなかで、芸を極めるのか、笛をうまくなるのか。人と話すことに興味を持つか、訪れる先々の歴史や文化に興味を持つか。

人それぞれ、旅のなかで理由を見つけていくのかもしれない。

話を聞いていたら、あっというまに夕方の時間に。このあとは、神社での大回しがある。

見どころはどこでしょう。

「ほかの芸能って、だいたい舞台の上とかでやったりするんですけど、僕ら筵(むしろ)を敷いたところでやるので、見てる人との距離が近い。日常のなかに獅子舞が入っていく面白さを感じてもらえたら」



大回しは、会場の準備から始まる。

車から長持ちを運び出し、神社の境内へ。長持ちには、お札や曲芸の道具が詰め込まれている。

筵を敷いて、垂れ幕を広げて。着物姿のまま、支柱の杭も打つ。

時間が近づくと、地域の人たちがひとりふたりと神社へやってきた。子どもたちも興味津々で最前列に座る。

伊勢大神楽では、八舞八曲の十六演目が伝承されている。8つの獅子神楽と、8つの芸、途中で漫才のような掛け合いも挟みながら進行していく。

たとえば、扇の舞。獅子舞が扇を器用にくわえながら、舞台の上を縦横無尽に舞う。

一年分のお祓いをする神来舞(しぐるま)や、3本の棒をお手玉のように器用に放り投げる綾取の曲。数本の剣を手玉に取り、上下四方八方の邪気を払う剣三番叟(つるぎさんばそう)など。

迫力とともに、見ている人を楽しませようという心意気が伝わってくる。

そして大回しのトリを飾るのが、魁曲(らんぎょく)。振袖姿の花魁に扮した獅子が、伊勢音頭にあわせて花魁道中を披露する。

肩の上に立ち、いくつもの傘をさすという、見ている側もハラハラするような演目だ。

すべての演目が終わると、撤収作業。道具を積み込み、最後に笛を吹きながら地域を練り歩き、神楽が去ることをまちの人に伝える。

笛の音を聞いて、おばあちゃんが窓から顔を出し、「また来年ね」と手を振っていたのが印象的だった。



岡山で拠点にしている宿にもどったあと、入って6年目になるという松下さんにも話を聞いた。

さっきの大回し、すごかったです。

「ありがとうございます。扇の舞のとき、獅子の前側をしてたんですけど、ちょっと手が疲れていて。うまくできるか不安でしたが、なんとか普段通りくらいに持っていけました」

大学卒業後、山本勘太夫社中に入ったという松下さん。どういうきっかけで神楽を知ったんですか?

「最初は大学に来ていた求人票ですね。それで興味を持って、親方の魁曲を見てすごいなと。自分もやってみたいなって、一目惚れですね」

「実際やってみると、わからないことだらけで。最初に檀家参りについていったときも、急にしっぽ持って!って言われて。その次には、巻いて巻いて!って。獅子の尻尾を巻くんですけど、きれいに巻いたら白黒のだんだら模様になるんです。でも、雑に巻くと青黒になっちゃう。そういうこともやりながら教えてもらいましたね。見て覚える、真似て覚える。その繰り返しです」

日々のお参りと、宿に戻ったあとや休憩時間の稽古。6年重ねて、次第にできることも増えてきた。

「できなかったことができるようになると、やっぱり楽しいですよね。今日親方がやってた剣三番叟とかも、できるようになりたい。あとは、年に1回会う人の元気な顔が見たいっていうのもあります」

「夏も冬も毎日歩き続けるので、体力的にはしんどいときもあります。やめたいと思うことはあるけど… もうちょっとやってみようっていうので、いつのまにか6年経ちましたね」

穏やかに見えて、毎日が体力勝負。

また、1年のほとんどは社中のメンバーでの集団生活になるため、半分家族のような関係性なのだとか。

松下さんは、どんな人に来てもらいたいですか?

「そうですね… 音楽とか運動とか。何か得意なものがあると、のめり込めて楽しくなると思います。あとはチャレンジ精神のある人がいいですね」

「僕はほかの人よりも努力しないと何事もできない人間なんで。ちょっとずつでも、何事もコツコツ積み重ねていける人だったら、続けられるんじゃないかな」



時代が変わっても、神楽を待っている人がいる限り、旅は続く。

伊勢大神楽は、職業というより生き方に近いように感じました。

(2021/9/1 取材 稲本琢仙)
※撮影時はマスクを外していただきました。

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