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今、ここで、これからも
耕し、出迎え、生きていく

「土地を耕して、山を管理して、生活を楽しんで、人を出迎える。温泉なんて最たる自然の恵みですよ。自然の恩恵を使わせていただきながら、ここで生きている感覚があるんですね」

土地の風景、育つ食べもの、積み重ねられた仕事、そこに集まる人。

暮らす場所も仕事も自分の意思で選びやすくなった今だからこそ、この場所で生きていくと決めた人を、うらやましく感じることがあります。

熊本県上阿蘇の山のなかにひっそりと佇む黒川温泉。

ここに300年前から宿を構えているのが、御客屋旅館です。

地震や感染症の流行を経験し、ここでなにをしていくのか、考える時期を経た今。古くから続いてきた「半農半宿」の暮らしを表現しながらお客さんを迎えていこうと、さまざまな取り組みをはじめています。

全員がいろいろな役割を横断しながら働いていて、明確な分担はありません。フロントや仲居の仕事を中心に、より自分たちらしい宿であるために、ともに話し、ここで生きていく人を募集します。
  
  
熊本空港からからバスに乗り、阿蘇山から上がる噴煙、草原をゆったりと歩く牛を眺める。

1時間ほどしたところでトンネルを抜けると、山の谷間に隠れているかのように30の宿が立ち並ぶ黒川温泉に到着。

「ようこそ、お待ちしてました。さっそくですけど、この辺をぐるっと回りながらお話ししましょうか」

声をかけてくれたのは、御客屋旅館の7代目御客番、北里さん。

荷物を預け、北里さんが好きだという場所を案内してもらいながら、黒川温泉について話を聞くことに。

300年前、肥後藩主・細川家の御用宿としてはじまった御客屋。

人を出迎えるときは宿として、そうでない時期には田畑を耕して生活をしていたそう。

時代が移り変わるなかで、温泉地としては厳しい時期も短くなかったという。

「ここから見える風景は、私が小さいころとはまったく違うんです。周りの雑木林は、植樹した2万本の木が育ってできたものなんですよ」

「景観を整備したり、湯めぐりができる『入湯手形』をつくったり。そうやって先代たちが力を合わせて改革を続けてきたから、私たちがここで働いて、お客さまをお迎えできているんですよね」

さまざまな挑戦を積み重ねた結果、一時期は受け入れを制限せざるを得ないほど人気の温泉地に。地域をひとつの旅館のように歩いてもらおうと「黒川温泉一旅館」というコンセプトをかかげ、みんなで協力しながらお客さんを出迎えてきた。

北里さんは2015年から4年間、旅館組合の代表理事として、黒川温泉を盛り上げるためのイベントなどにも力を入れてきたそう。

「自分たちの世代でもおもしろいことをしようって、集まって話す機会をつくったり、地域資源について学んだり。10年くらいかけて、ようやく形になってきた感じがありますね」

そんななか、2016年に熊本地震が発生。黒川温泉でもしばらく営業できない宿があったり、被害のない宿にもキャンセルが相次いだりと、きびしい状況が続いた。

温泉街に賑わいが戻ってきたころ、今度は新型コロナウィルスの感染拡大がやってきた。

「世界中がこんな状況になって、ある意味あきらめがついたというかね。正直、どん底を味わいました。もうだめかもしれないというところまでいきましたね」

「そこであらためて考えたんです。どうしてこの場所で、この仕事をしていくのか。考えて考えて、やっぱり自分としては、続けていきたいと思っているんだと気づきました。次の400年、500年につなげたいんだって」

御客屋旅館も、黒川温泉も続いていく。そこで働き、幸せに暮らす人たちがいる。

そんな風景が続くために、北里さんは立ち止まらないことを決めたという。

「今は厳しくても、いつかお客さまが戻っていらっしゃる。そのときの旅行先として選ばれる準備をする時間ですよね。この場所で続けていけるよう、地域の資源が循環するように堆肥づくりをはじめてみたりとか。おぼろげながら、地域のみんなとできるところから取り組んでいます」

「あとはね、子どものころから宿のなかで厨房が好きなんです。学校から帰ってきたら出汁の香りがする場所。なにより私、食べてるときが一番幸せなんですよ。御客屋旅館も黒川温泉全体も、もっと食でブランディングしていきたいと思っているんです」

そんな話をしながら立ち寄ったのが、御客屋旅館のメンバーで耕しているという畑。

北里さんのおじいさんが開墾した土地で、できるだけ自然に任せた農法でお米や野菜を育てている。

ここ数年は旅館で提供する料理にも、自分たちで育てた素材を使えるようになってきた。さらに力を入れていくため、社内に農業部門も立ち上げたそう。

「細々と続けてきた『半農半宿』というかたちを、御客屋の方向性にしようと決めました。今は山菜が採れる山を整備したり、調味料も無添加のものを自分たちでつくるようにしています。いずれはお客さまも畑を体験できるようにしていきたいと思っているんです」

「うちの料理って地味なんですよ。地味だけど、素材の味がおいしいよねって。全部自分たちでやると時間はかかるし、大変です。だけん、お客さまが感動してくれる瞬間に立ち会えることが増えてきたんですよ」

畑にはちょうど食べごろの柚子がなっていて「夕食に使いましょうか」ともぎって帰ることに。


手にとった瞬間、柚子がすーっと香る。

これも、今ここにいるから体験できること。

「前から、贅沢の再定義をしたいって考えていました。3年かけて育てましたとか、時間と手間が費やされていることの贅沢さを追求してみてもいいんじゃないかって。これが正しいんだって確証があるわけではないけど、農と観光の融合をやっていきたいんです」

「この土地の住人としておもてなしをする。毎日いろんなことが起きるけんね。経験や知識があるかどうかよりも、基本は親切なんですよ。みんなにも『あなたの親切を突き詰めなさい』って伝えています」
  
  
御客屋旅館、黒川温泉、そして地域の人たちを巻き込みながら動き続ける北里さんの相方として、毎日お客さんと接し、宿を支えているのが女将の橋本さん。

旅行情報誌で黒川を担当していたという橋本さんが、御客屋にやってきたのはおよそ14年前のこと。

山で摘んできた花を紹介してくれたり、温泉のおすすめの入り方を教えてくれたりする様子から、人と話すことが好きな方なんだと伝わってくる。

「人を喜ばせる仕事が性に合っていたんでしょうね。宿の仕事も女将という役割も、手探りではありましたけど、すべてを任せてくれたので、気持ちよく女将業を続けさせてもらっているんだと思います」

1階、2階合わせて客室は13室。歩いて2分のところにある飲食店「わろく屋」の運営と合わせて、25人のメンバーで日々切り盛りしている。

お客さんはもちろんのこと、一緒に働くメンバーが気持ちよく働けるよう見守ることも、女将の仕事なんだそう。

「正直に言うと、お客さまの満足度を上げるためなら、自分たちが我慢するのはしょうがないって考えていた時期もありました。みんなへとへとになってしまって。自分たちが楽しく、お互いを思いあって働けていないと、お客さまを喜ばせることなんかできんよねってわかってきたんです」

「私はみんなの父親であり母親であり、一緒に働くみんなを家族だと思ってきました。常連さんにも『ただいま!』って言っていただける、ほっとする場所でありたいですよね」

フロント、案内、料理、掃除など、宿の仕事は幅広い。

それぞれが考えて動けるよう、仕事のマニュアルは用意していないそう。

「大切なのは、さりげなさです。目配り、気配り、心配り。この人は今なにをしてほしいのか、なにを考えているのかを感じて、自分が親切だと思うことをする。靴をはくときに、さりげなく靴べらが出てくるとかね」

「お客さまの目を見ていないとできないことがあるんですよ。人をよく見ること、よく聞くこと。それが私たちのおもてなしです」

北里さんが話してくれた「半農半宿」という宿の方向性は、女将も一緒に考えてきたこと。

向かう方向が定まったことで、日々の仕事に変化はあったんでしょうか。

「親切にお客さまをお迎えすることは変わりません。農業をして、健康な人たちが働いていて、いい食がある。宿あっての農業、宿あっての飲食。勢いがでてきたというか、いい空気が流れている感じがありますね」
  
  
続けて話を聞かせてくれたのは、ここで働いて9年目になる畠山さん。

女将の橋本さんとは親戚ということもあって、学生のころから手伝いをしに、黒川に通っていた。

食に関わる仕事をしたいと考えていたこともあり、ここで働くことを決めたそう。

「やっぱり食材がいいし、水がぜんぜん違います。おいしいんですよ。この環境で料理ができるのは贅沢なことですよね」

今は御客屋旅館の厨房での仕事を中心に、仲居としてお客さんに料理の紹介をすることもあれば、「わろく屋」に立つことも。

「最初のころは与えられたことだけやって、給料が上がらんとか、働く時間が長いとか、不満ばかりぶつけていました。こうしたらいいのにって思うことがあっても、口ばっかりで。今思うと、どうしたらいいかわからなかったんですよね」

地震や感染症の拡大によって、地域の状況が変わっていくのを目の当たりにした畠山さん。

黒川温泉全体で行われている研修プログラム「黒川塾」に参加し、会社の仕組みや事業のつくりかた、地域資源について学ぶなかで、自分の視座が変化していくのを実感したという。

「どうやったら変わっていけるか、周りを巻き込んでいけるか、自分にはなにができるかを考えるようになって。今までの考え方じゃ全然ダメなんだとわかりました。そこから提案して生まれたもののひとつが、米粉を使ったクッキーです」

材料は自分たちの田んぼで育てた米と、野菜や果物を使ったジャム。この土地にあるものを使って、お客さんに喜んでもらい、売上にもつながる商品を考えた。

「配合や焼き加減もむずかしいし、社長や女将は味にもうるさいので、簡単にはいきませんでした。それでも料理長がアドバイスをくれた、会社も菓子製造の免許をとるために動いてくれて」

当主や女将でなく、スタッフから出たアイデアが商品化されたのは御客屋旅館でははじめてのこと。

最近では畠山さんに刺激を受けて、ゼロからデザインを学びながらドリンクメニューをつくる人、SNS担当に手を挙げる人など、それぞれにできることをはじめているそう。

「日々の仕事のなかで、あたらしいことに使う時間をどうつくっていくかが今の課題です。仲居とか厨房とかではなくて、僕は御客屋で働いているんですよね。御客屋としてやることは、全部自分たちの仕事なんじゃないかと思えるようになりました」
  
  
ここで生きていく。

そのために、できることをやっていく。

覚悟を決めた人たちに会いに、ぜひ一度、黒川温泉を訪ねてみてください。

2021/11/2 取材 中嶋希実

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