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一枚一枚、紙が波状に切られた冊子。手のひらより小さなキューブ型の本。
どうつくっているんだろう?
まじまじと見て、さわりたくなる。そんな本をつくっているのが望月製本所です。
手がける約7割が特殊製本。一つひとつ依頼者のイメージ通りに仕上がるように、ときには手作業で折ったり、切ったり。
手間をかけてつくられる本は、手にとる人を惹きつけ、製本が難しいと言われたものが全国から集まってきます。
今回募集するのは、製本オペレーター。
印刷物のページを順番通りに並べる丁合機(ちょうあいき)を操作する仕事です。
未経験でも、機械の操作はすぐに覚えられるとのこと。働く人の興味があれば、綴じや折りなど、ほかの機械を操作することもできます。
自分で本をつくりたければ、試作品も作業時間外につくれるそう。
1日に何千回と同じ作業をし続ける、黙々と身体を動かす仕事が基本。一方、手がける製本は特殊なものばかりで、機械をさわる感触もその都度微妙に違っています。
絶妙で繊細な変化を楽しみながら、ものづくりがしたい。そんな人にはぜひ読んでほしいです。
神楽坂駅の1a出口から赤城神社を通って徒歩5分ほど。
神楽坂や飯田橋は、近くに大日本印刷の工場があり、古くから続く製本所が集まっている。
坂道を下り、くねくねと曲がりながら向かったのは、ギャラリー「写場 SHABA」。ガラス越しに、いろんな製本が並べられているのが見える。
同じ通りのすぐそばに、望月製本所の工場がある。
製本所のほかに、ギャラリーをつくったのはどうしてだろう。
そんなことを考えていると、「どうぞ」と、代表の江本昭司さんが迎えてくれた。ギャラリーの中に案内してもらい、話を聞く。
2023年、アートギャラリーとしてオープンした写場。もともと望月製本所で使っていた倉庫をリノベーションし、アーティストの作品と望月製本所で製本したアートブックを展示。一般の人も立ち寄れる開かれた場所になっている。
「待っているだけの製本所ではなくて、お客さんと一緒につくる製本所に成長させていきたくて。写場は、アートを切り口にいろんな人たちに出会える場所にしました」
「製本所って、なんかレストランっぽいと思うんです。オーダーが入って、要望通りに調理して、提供する。製本所も材料が支給されて、加工して、納品する。材料を受け取るだけでは面白くないなって」
もっと作家さんの気持ちを知ったり、発信したり、販売したり。一連の流れに携わることで、広がる世界があるのかもしれない。
「昔のように量産系の仕事はデジタル化でだんだんと減っている。製本所の命をつないでいくために、新しいチャレンジを続ける必要があると思っています」
「動いているといろんな景色が見えてくるんですよね。最近は、作家さん、デザイナーさん、印刷屋さんとか、本に関わるいろんな人と会うことが増えていて。ただの下請けではない、横並びの関係性というか、同じ目線で仕事をしている感覚になってきました」
今年で創業31年目を迎える望月製本所。以前は昭司さんも現場で働き、5年前に会社を受け継いだ。
先代である父の良忠さんのころは、アートブックや特殊製本を手がけていなかったという。
コロナ禍に突入し、経営が厳しくなったときに来た1つの依頼が、特殊製本に舵を切るきっかけとなる。
「これまで、アートブックのような特殊製本は、つくるのが大変だろうからってほとんど断っていました。たまたま、藤原印刷さんからご依頼をもらって。丁寧にやりとりしていただいて、なんだかやる気になったんですよね(笑)」
「実際につくってみると、あれ、意外にできるじゃんって。望月製本所にいる職人の技術の高さにもあらためて気づいたんです」
だんだんとアートブックを中心とした特殊製本の依頼を受けるように。完成品を見た人が、新たに依頼をすることも増えてきている。
「ちょうど今、『造本装丁コンクール』に出品している本があって」
そう紹介してくれたのは、真っ白な表紙の真ん中に鍵がかけられた本。
え、どうなっているんですか?
「これ、鍵を回さないと開かないんです。収録されている作品ごとに異なる紙を使っていて。背の部分には、シルクスクリーンでタイトルを手刷りしています」
『鍵のかかった文芸誌』というタイトルの本。ゴーストライターや詩人、一般企業で働く人などの小説や漫画が載っている。
開いてみると鍵穴の形をした穴が。これも手作業で一枚一枚抜いたんだそう。
「以前、製本を手がけた出版社のデザイナーさんからの依頼でした。『次は鍵がかかった本をつくりたい』って。僕もデザイナーさんも、こんな本をつくるのは初めて(笑)。大変でしたけど、面白かったですね」
設計したデザイナーと昭司さんが微調整を重ねながら、現場の職人と何度も試作を重ねた。
「普段使わない機械でつくったので、余計に難しくて。使い方をメーカーに聞いても、その本はつくれないと言われました。諦めずにいろんなツテを使って、聞いてまわって。そうしたら、これならできるかもってヒントがわかったんです」
できるまで試す、とことん挑戦する。その姿は、研究熱心だった先代から受け継いできたもの。
「望月製本所に関わる人は、働くみんなの家族や取引先を含めると何百人もいて。みんなパートナーだと思っているんです。関わる人たちを守るためにも、会社を続けて面白いことをどんどん広げていきたいですね」
「今の社長に変わってから、たくさんのお客さんから依頼が来て、いろんな製本に携われる。こんなにできるんだって自分でも驚いています」
そう話すのは、望月製本所で働き続けて約30年になる宮園さん。丁合については、宮園さんから教えてもらうことになる。
「映画や舞台のパンフレットをつくることもあるし、100部のものもあれば、5000部も万単位をつくることもある。最近は受注数が増えてきて、人手が正直足りないこともあるんです。これから加わってくれる人にも手を貸してほしいと思っています」
現在、工場で働いている職人は12名。案件ごとにポジションが決まっているけれど、同時並行で2〜3件を進めていくため、1日の中で複数の機械を操作することもある。
せっかくなので、工場での作業様子を見せてもらうことに。
中に入ると、機械の音が四方八方から響いていている。ミシンが置いてあったり、箔押しの型が積まれていたり。積み重ねられた製本や機械の間から、作業姿がちらっと見える。
いろんなものがあって、ちょっとジャングルみたい。
新しく入る人がまず担当することになるのは、製本の最初となる丁合の仕事。10段ある鞍(くら)と呼ばれる台に紙の束を一部ずつ順に重ねていく。
「束になった紙を段に入れてボタンを押せば、ページが揃った状態で出てくるんです。単純な作業なんですけど、何千部、何万部ってなると体力的に大変なんですよね」
1日に何度も同じ動作を繰り返す。なにか工夫していることはありますか。
「どうやると腰に負担がかからないかとか、椅子を持ってきてちょっと休憩するとか。試行錯誤していますね」
「あと、機械のスピードは変えられるんです。スピードを上げると速く進められる。ただ、身がもたなくなってしまうので、まずは自分なりのペースを見つけてもらえるといいと思います」
ほかにも、紙に切れ目を入れたいときは機械にムダ紙を一枚挟んだり、ダンボールでつくった取手を使うことで紙を揃えたり。工場内には、職人が各々つくった小物を見かける。
どの機械も2〜3週間ほどで操作は覚えられるそう。けれど、同じクオリティを保つには、ちょっとした工夫が必要だ。
「もともと製本所で働きたいっていう強い思いはなかったんです。でもこんなに長く続けられているのは、機械を操作するのが好きだからなんでしょうね」
そう笑う宮園さん。鍵のかかった文芸誌の穴を一枚一枚開けたのは、宮園さんだったそう。
「気づいたら、床に何万個も小さな紙くずが落ちている、みたいな状態でした(笑)。1ミリでもずれるとやり直しになることもあるんです。ちょっとやそっとでは挫けない人が向いているかもしれませんね」
紙をさわったり、機械を動かしたり。製本に携わる仕事が何よりも好き。次に話してくれた邊見さんからも製本への愛情が伝わってくる。
もともとほかの製本所で40年ほど働いていた方。製本の技術をもっと試してみたいと、2年前に望月製本所へ転職してきた。
「転職活動をしていたとき、ほかの製本所では自分の経験を評価してくれるんです。けれど、この機械だけを動かしてほしいって。それがなんか違うんだよなと感じていて」
「前職でも望月製本所との関わりはあって。一度、社長とお話しさせてもらったときに、自分の力を発揮できて、面白いことに挑戦できる場所だなと思ったので、働きたいと申し込みました」
邊見さんが当日担当していたのは、製本の後半部分になる断裁機。
「今日は2000部くらい切っていました。もう1つ別の案件の冊子を切らなきゃいけないから、ある程度切ったら別のものを切ったり」
「ほんのちょっと違うものを切るだけで、気分が変わるんです」
セットする冊子は一冊ずつ。断裁機の右下のボタンを押すと、ガシャンと気持ちのいい音が鳴る。
「リズム感を楽しむのも、飽きないポイント」と邊見さん。
以前、製本するときに余った素材を使い、写真立てをつくった。写場に飾っていたところ、それを見たデザイン会社の人から冊子をつくってほしいと依頼が来たんだそう。
「ミシンを使うことが好きで。製本に限らず、娘のためにノートとかブックカバーをつくることもありました。そのくらいつくることが好きなんですよね」
「自分がつくった製本が本屋さんに並んでいるのを見られるのはうれしい。あとは、社長がお客さんの反応を伝えてくれるんです。現場にお客さんの声ってなかなか届かないので、モチベーションになりますね」
取材を終えて、帰ろうとしていたとき。
「二冠?!賞とったみたいだよ!」、と昭司さんが。
鍵のかかった文芸誌が、造本装丁コンクールで東京都知事賞と日本印刷産業連合会会長賞をダブル受賞したそう。
それを聞いた邊見さんも宮園さんに報告。みなさんうれしそう。
紙を機械を、さわるさわるさわる。
単純だけど、単純だからこそ腕が試される。
手にとる人があっと驚く本には、自分の仕事がほんとうに好きな人たちの、日々の工夫と確かな技術があります。
(2024/06/21 取材 大津恵理子)