都会で仕事をしているけれど、なんだかしっくりこない。
思い切って遠くに旅したり移住したりしてみたいけれど、海外はなんだかこわいし、日本国内でもなにかきっかけがないと行く勇気が…。
そんなふうに思う人に、ぴったりな事業があります。
住まい、車、最低限のお金など。暮らしに必要なものを支給されたうえで、1年間、日本各地の農村でボランティア活動を行う。
それが、「緑のふるさと協力隊」。特定非営利活動法人地球緑化センターが企画・運営している取り組みです。
今回は、来年の4月から参加する隊員を募集します。
学生から社会人まで、参加層はさまざま。困りごとの相談窓口や派遣される前後の研修など、地球緑化センターのフォローを受けることもできます。
今とはちがう環境でチャレンジしてみたい。日本の農村暮らしを体験したい。
どんな想いをもって飛び込んでも、人生のなかで心に残る1年になると思います。
2023年の9月初旬。取材に向かったのは、東京の代々木公園に隣接している、国立オリンピック記念青少年総合センター。
ここに隊員が一度東京に集まり、中間研修を行なっているということで、特別に見学させてもらった。
長テーブルを囲んで、それぞれが各地で過ごした感想や残り半年の目標などを語り合っている。
なかには不安なことを正直に吐き出したり、派遣先でのうれしい体験を思い出して涙を流したりする人も。
それだけ半年間で濃密な経験をしてきたんだろうな。
会がひと段落したところで、地球緑化センターの理事長を務めている小川さんに話を聞く。
「地球緑化センターは、1993年に設立された組織です。中国での植林活動や日本での森林ボランティアなど、環境問題に対してできることをしよう、という思いからスタートしました」
緑のふるさと協力隊も、その活動のひとつ。地域と若者をつなぐことで、都会の生活だけでは味わえない、多様な生き方や暮らし方に触れる機会をつくりたいという思いから始まった。
活動が始まって、今年で32年目。
北は岩手から南は宮崎まで。派遣される地域は本人の希望と適性にあわせて事務局が決めており、今年は9の自治体で10名の隊員が活動中。
進路に悩む大学生や、今の働き方に疑問を持った社会人など。主に20~30代の人たちが参加している。
隊員には月5万円の生活費が支給され、住宅や車、光熱費などは自治体が負担する仕組みだ。
「協力隊が始まった当初は、社会人の参加がほとんどでした。事業を重ねるにつれて、大学生の参加が増えてきましたね。社会的に、休学してなにかに取り組むのが一般的なことになってきたのかもしれません」
「自分の生き方は自分で決めたいじゃないですか。就職してから、今と違った生き方があるんじゃないかって気づく人もいると思うんです。そういう人には、この1年はいい時間になるんじゃないかな」
自治体にとっても、地域に若い人が増えることで活気が出るし、任期後そのまま移住する人もいる。隊員も地域も、お互いに成長し合うような取り組みになっている。
「わたしたちの理念は、緑を育むのと同時に、『人を育む』ということを大事にしています。人生に悩んでいる若い人がいれば、その背中をそっと押してあげたい。そう思っています」
緑を守るための植樹なども重要だけど、それを行うのはあくまで人。地域や自然に親しむ人を育てることは、巡り巡って環境を守ることにもつながっていくのだと思う。
実際に協力隊に参加している人はどんな思いでいるのだろう。
話を聞いたのは、愛知県豊根村へ派遣されていた益子(ますこ)さん。以前の日本仕事百貨の記事を読んで応募したそう。
「前職では栄養士として6年働いていました。病院とか老人ホームで、献立作成や働く人の労務管理をしていて。ただ、ここ1、2年は管理系の仕事が多く、『なんで栄養士の仕事してるんだっけ』と思っちゃうときがあって」
「実家から通っていたので一人暮らしをしてみたかったのと、今と違うことをやりたいと思ったのが応募のきっかけでしたね。だから記事を読んだとき、『あ、これはぴったりだ』って」
ぴったり、というと?
「未経験でもいいし、車や家も用意してもらえる。ここまでサポートしてくれるんだったら安心して暮らせそうだなって」
「経験したことがないことをしてみたいっていうのと、もっと人と関わってみたい、っていう思いがぶわっと溢れてきて。それで決めました」
派遣されてまず最初にやることは、地域の人たちへの挨拶回り。役場の人と一緒に回る。
そのあとは、お手伝いできる仕事があるところへ行き、作業をする。
「最初豊根村に着いたときはびっくりしました。宮城にある祖父母の家のまわりは、田園風景が広がっていて、平野の奥に山が見える感じ。でも豊根村は山が近くて、川が流れていて。田舎といっても風景がこんなに違うんだって、びっくりしました」
最初に手伝ったのは、原木にしいたけの菌を打ち込む作業。
「収穫もしたし、スライスして干ししいたけをつくる加工もお手伝いしましたね」
「1日目から『これ持って帰んな』って、たくさん生のしいたけをもらって(笑)。原木栽培なのですごくおいしいんですよ。そこの人には今もすごくお世話になってます」
緑のふるさと協力隊には、4泊5日で田舎体験ができる「若葉のふるさと協力隊」という短期の取り組みもある。
その受け入れをしたときのことが印象に残っているという。
「8月の終わりにあって、4人来てくれました。準備がとにかく大変で」
「移住2ヶ月目で、地域のつながりもまだ少ない。そのなかで何ができるだろうって、必死に考えましたね」
じゃがいもを収穫したり、柚子味噌づくりをしたり。
元森林組合の人に協力してもらって、山の現状や役割を学ぶ森の教室も開催。地域の人との交流と自然体験をバランスよく経験できるように組み立てた。
「協力してくれた農家さんも『90日後に大根ができるから、またそのとき来てね』とか、参加した子たちに言ってくれて」
「なんて言うんだろうな…。わたしが来たばかりのときに受け入れてもらった感じをもう一回見ている気がして、うれしかったですね」
いい笑顔で村での出来事を話してくれる益子さん。豊根村での生活が合っているんだろうな。
そんな話を隣でうなずきながら聞いていたのが、3年前に協力隊に参加した河内さん。
この日の中間研修には、体験談を話したり研修のサポートをしたりするOBOGとして参加していた。
「わたしは大学3年生になるタイミングで休学して参加しました」
卒業後は教育関係の仕事に就きたいという河内さん。
大学でも教育を学んできたものの、教師になる前に、いろんな人の考え方や仕事、暮らしを知ったうえで、子どもたちと向き合いたいと思うように。
「留学も考えたんですが、ちょうどコロナ禍に入ったタイミングで。そのときに緑のふるさと協力隊を見つけたんですよね。田舎暮らしの経験がなくても、これならできるんじゃないかって」
河内さんが派遣されたのは、宮崎県の北部にある諸塚村(もろつかそん)。
「現地で活動している移住者のインスタグラムを見つけたんですけど、笛の教室が楽しかったとか、蛍を見たとか、道路舗装を手伝ったとか、本人もすごく楽しそうで。そんな人もいるし、行くしかないと思ったんですよね」
「宮崎空港から車で向かうと、どんどんどんどん景色が山になっていくんですよ。着いたらすんごい大きな川と山があって『なんかやば』みたいな。『すごい山! 川の水めっちゃ綺麗!』ってひたすら思ってました(笑)」
最初はしいたけの栽培工場でのお手伝いから始まったそう。
しいたけ! 益子さんとおなじですね。
「そうですね(笑)。あとは隣に住んでいた同い年の人が気にかけてくれて。その人のおじいちゃんのところに連れて行ってくれたんですけど、そこにはほんとに最初から最後までお世話になって。実家みたいな感じで、何かあっても行けばどうにかなる、みたいな」
お手伝いをする場所はいくつか役場が紹介してくれるので、まずはいろいろ挑戦してみるところから。
働いているうちに、人の縁で新しい仕事をお願いされたり、地域の行事にも参加したり。急ぎすぎず、じっくりと地域に浸かっていく。
「最初悩むのは、地域の人との距離感だと思うんですよね。いろんなところに行けば行くほどつながりは増えるけど、一人ひとりと過ごせる時間は少なくなってしまう。距離感をどう縮めていくかが大事なんじゃないかな」
河内さんは、地域の人との関係をうまくつくれましたか?
「トマト農家さんの収穫のお手伝いで、2ヶ月くらい定期的に通ったんです。最初はプレハブ小屋のカレンダーに、『ボランティア』って書いてあったんですよ」
「それが通っているうちに、『ボラさなえちゃん』になっていて(笑)。数日後には、「さなえちゃん」と名前で書いてあったんです。些細なことかもしれないですけど、ボランティアではなく、個人として見てくれるようになった気がして、すごくうれしかったんです」
緑のふるさと協力隊は、基本的に無償のボランティアとしてお手伝いをする。
だからこそ、ある意味純粋な人間関係ができていくのかもしれない。
「以前は、普通の就活をして働いて… みたいなイメージしかなかったけれど、あの1年を経験したおかげで、違う道のりを辿ってもいいんじゃないかって思うようになりました。農家さんも、農業以外の仕事をしながら暮らしていることを知れたので」
「いろんな大人と話せたし、いろんな価値観に触れることができた。すごく人に恵まれたなって、あらためて感じています」
そんな二人をとなりで見守っていたのが、地球緑化センターで事務を担当している冨永さん。
「わたしはみんなが緊張して面接に来たところから見ているんですよ。河内さんも、すごい緊張して、不安そうにしていて。それぞれの地域での活動を通して、みんな表情が柔らかくなるんですよね」
「半年経って戻ってきたら、なんだろう… たくましさみたいなのをちょっと感じます」
事前研修や中間研修があるのは、振り返りや目標の再確認だけでなく、同期同士の交流を深める目的もある。
ここでできた仲間は、もしかしたら一生の友だちになるかもしれない。
「協力隊の活動は、農山村の人たちの懐の深さ、器の大きさで支えられています。まったく知らない人をあたたかく受け入れてくれて、だめなことはだめだって叱ってくれるし、いいところは褒めてくれる。育ててくれるんですよね」
「その経験って、人生の糧になると思うんです。どこで暮らすことになっても、協力隊の1年はそれぞれにとって、とても大切なものになるんだと思います」
たった1年、されど1年。あなたなら、どんなふうに過ごしますか。
(2023/9/15 取材 稲本琢仙)