「自分たちが暮らす場所をおもしろくしたくて。いろいろ取り組んでいくうちに“ヒト”や“コト”がどんどんつながって、まち全体に広がっていっただけなんですよね」
そう話すのは、トダくらし不動産代表の河邉(かわべ)さん。
「私たちはまちづくりをしています!」と、大きな声で主張はしない。それでも、彼らのまわりはなぜか盛り上がって、まちがじわじわと活気を帯びていく。
埼玉県戸田市に根づいて45年。トダくらし不動産は、地域密着の不動産屋さんです。
今回募集するのは、賃貸物件の仲介や管理を担当するスタッフ。
入居希望者への物件紹介から契約、入居後の管理、退去時の手続き。そんな仲介・管理業務に加えて、賃貸物件のオーナーや建築デザイナーと一緒にリノベーションに取り組んだり、イベントの企画・運営を通じて地域住民や事業者、クリエイターたちと関わったり。
いわゆる不動産会社の枠にとどまらず、まちの人たちと顔の見える関係性を築いていく仕事です。
働くうえで社会人経験は必要ですが、不動産業界未経験の人も大歓迎。
まだ戸田のことを知らなくても大丈夫。新しくまちに住む人たちを案内する仕事なので、新鮮な視点や気持ちがきっと役に立つはずです。
埼京線の戸田公園駅。
赤羽駅から3駅・7分とアクセスがよく、都内に通勤する人たちに人気のベッドタウン。市の人口の平均年齢も40代だそうで、たしかに子どもや若い人とも多くすれ違う。
駅の東口を出ると、まっすぐ伸びる道が。
通りを歩いていくと、数分でトダくらし不動産に到着した。
出迎えてくれたのは、代表の河邉さん。
オフィスの奥にある、打ち合わせスペースで話を聞かせてもらう。
もともと八百屋さんだった河邉さんのお父さんが、埼京線の開通にともない不動産業に転身したのが1980年。長年「平和建設株式会社」として事業を運営してきた。
河邉さんはアパレル業界を経験したのち入社し、2010年に代表に。
創業45年を迎える今年、社名はそのまま、屋号を「トダくらし不動産」に変更し、リブランディングをはじめたばかり。
「平和建設と言っても、家を建てられるわけじゃないし、似た社名の会社もあるし、お客さんにとっては少しわかりにくい。自分たちの事業と屋号をそろそろ一致させようと、変更することにしました」
メインの事業は、不動産賃貸の仲介と管理。そのほか売買の仲介や、相続の相談にも力を入れている。
「45年間続けられたのは、ずっと寄り添ってくれたオーナーさんやお客さんがいたから。これから先、私の時間や労力は今まで支えてくれた人たちのためにつかいたい。戸田に根づいてずっとやっていきます、という意味も込めて“トダくらし不動産”と名乗っています」
物件のオーナーさんは、先代から長年管理を任せてくれている人たちも多い。
そんななか、建物は年数を重ねると、必然的に価値は下がってしまう。
やむをえず家賃を下げることで入居者を決める、そんな不動産業界の当たり前に、河邉さんは違和感を抱いていた。
「自分たちはこの先もずっと戸田にいる。だからこそ、今ある賃貸物件の価値を上げていくことにエネルギーを注ぎたいと思いました」
「会社を継いだ当時、リノベーションはまだまだ知られていなくて、一部のこだわりある人が持ち家に対して行うものだった。建物を魅力的に改修して価値を上げていく、そのやり方を賃貸物件にも落とし込めないかなと思ったんです」
河邉さんがオーナーさんたちに提案したのは、退去後の原状回復にリノベーションの要素を加え、物件の価値を上げてから新たな入居者を募ること。
照明をライティングレールにしたり、スイッチプレートを変えたりするだけでも印象が変わる。床の色目も、リフォーム会社に任せるのではなく自分たちが指定することで、部屋の雰囲気を統一することができる。
改修費用は通常よりやや上がるけれど、そのぶん魅力が高まれば早く入居が決まり、家賃収入でカバーすることができる。
オーナーさんたちに理解してもらうため、まずは自分たちのオフィスをリノベーション。興味を持ってもらったら、「あなたの物件もできるんですよ」と丁寧に提案していく。
そんな取り組みは少しずつ浸透していき、約10年間で100件以上に。オーナーにも入居者にもプラスアルファの価値を生み出しながら、建物を循環させてきた。
「こういう物件なら、入居者の方も愛着を持って大事に使ってくれる。退去後の改修も少なくて済むんです」
「フリーランスのクリエイターやアーティストだったり、感度の高い、おもしろい人たちも入居してくれるようになりました」
こうした変化に着目して、戸田に住み活動する人たちに焦点を当てたいと、「トダピース」というメディアサイトをスタート。
インタビューなどを通じてさまざまな分野のプレイヤーを紹介したり、自分たちの改修した物件事例を発信したり。
戸田らしさを住民たちが考える「勝手にTODAサミット」や、河邉さんの趣味が発端となった「トダクラシックカー同窓会」など、ユニークなイベントも主催してきた。
もともと、まちづくりやイベントに興味があったんですか?
「いや、そういうわけではないです」と、即答する河邉さん。
「不動産の管理って、エアコンが壊れたとか水漏れがあったとか、クレームの多い仕事でしょう。私なんて昔は、入居者さんに会うのが怖いから、休みの日は戸田の外に出よう、と思っていたくらい」
「でも自分たちが表に出て接点を持とうとすると、クレームが、『こうしてもらえませんか?』っていう相談に変わると気がついた。顔が見える関係性を続けていけば、従業員への負荷も減るんじゃないかなって」
少しさっぱりしているように聞こえる言葉。
けれど、きれいに見せようとしないところが、話していて気持ちいい。
「それに、もう戸田から逃げられないんだから、自分たちの活動範囲は、人も場所も居心地のいいものにしたい。そうすれば何かあったときに頼れるし、究極のコミュニティになるんじゃないかって」
「自分の動線の範囲をとにかく楽しく、関わってくれる人たちを笑顔にしたいだけなんです」
あくまでも自分のため。言い換えれば、まちを自分ごととして考えているということ。
そんな河邉さんの姿勢が地域の人たちの共感を呼んで、まちをじわじわと盛り上げているように思う。
「最近は、長く残ってきた建物に手を入れて残していくだけでなく、新しいものを建てて数十年先につないでいくことにも興味が出てきて」
賃貸物件のリノベーションなどでパートナー提携している、特定非営利活動法人CHArに自由に設計してほしいと依頼。
完成したのが、コモンスペースが併設されたアトリエ付き賃貸住宅の「はねとくも」。
2020年のオープンから現在まで、コーヒーのロースター、フリーランスのデザイナー、ジュエリー職人夫妻、俳優業のかたわらカフェを営む男性など、多彩なメンバーが入居し、活動拠点としてきた。
また、コモンスペースを利用したマルシェなどのイベントを定期的に開催しているのも大きな特徴。
隣で話を引き継ぐのは、奥さんの典子さん。
「はねとくもの入居者さんは、先着順ではなく私たちが選びました。2時間くらいまちを連れ回して、いっぱい話をして」
「今ではすごく仲良しで、いつもお店に行くといっぱい買っちゃうんです。ちょっと飲みたいなって気分のときに連絡すると、コモンスペースにわらわらと集まってきたりして」
楽しそうに話す典子さん。
「最近、『不動産屋はまちの採用担当だ』っていう言葉を聞いて。本当にその通りだなって思うんです」
どんな人が入居したら、オーナーさんも、管理する自分たちも心地いいか。
早く契約を決めて売上を上げること以上に、しっかり検討して、いい人に入ってもらえば、その後のトラブルも少なくなる。
貸テナントでも、駅前の交差点におむすび屋さんに入ってもらうなど、まちとの関わりしろが生まれるお店を意識的に選んでいるという。
「単に売上を取れたらいいわけじゃなくて。オーナーさんやまちの人を意識するようなうちのやり方だと、業界に染まっていない人のほうが馴染みやすいかもしれません」
トダくらし不動産の仕事は、関わる人も多い。年配の職人さんとも話すし、お店にアイスを買いにくる小学生もいる。
「ただ、まちに関わる活動は、面白がってくれたらうれしいけど、無理強いはしません。基本は、普段の不動産管理の仕事に力を注いでほしいと思っています」
新しく入る人の身近な先輩となるのが、入社7年目の幸坂さん。元々はこのエリアの郵便配達員だった。
基本的な仕事は幸坂さんから教わることになる。
日々の仕事は、賃貸物件の仲介と管理がメイン。
入居希望の問い合わせ対応、内見の案内、契約。入居中は、更新業務や家賃の取りまとめ、設備の不具合への対応など。
退去の際は立ち合い、オーナーと相談しながら改修し、また募集をかけるというサイクル。
更新業務だけでも、月に数十件。分業制ではないため、書類作成や事務業務も多く、外に出るよりもオフィスにいる時間が長いそう。
「昔からずっと任せてくれている年配のオーナーさんのなかには、毎日家賃を現金でお渡しする方もいます。そのときに別の案件の相談をいただいたり、些細なことでも電話で相談をもらったり。『信頼してるから』って直接言ってくれることもあって。頑張ろうという気持ちになります」
入社後はまず、エリアに馴染むことから。戸田のまちを知り、物件の場所を覚える必要がある。
「私の場合、土地勘はあったんですけど、不動産業界のルールを覚えるのが大変でした。これは自社物件なのか、他社さんの物件なのか。他社さんのものなら、うちで紹介できるのか。そのあたりを理解するのと、前職ではなかった電話対応に、慣れるまでは苦労しましたね」
物件管理の窓口なので、入居者からの問い合わせは多い。トラブル対応では骨が折れることもある。
「設備のトラブルは直せばいいけれど、たとえば騒音の相談だったら、双方に話を聞いてうまく解決しなきゃいけない。神経は使いますね。人と関わることに抵抗がない人のほうがいいかなと思います」
過去に案内したお客さんが、戸田市内でまた引っ越す際に出向いてくれることもある。はねとくもの入居者さんとは飲みに行く仲だそう。
「僕はイベントに企画から関わることは少ないけど、手伝いに行くこともあります。普通の不動産屋ではやらないことも多いから、本業だけやっておけばいいっていう人よりも、いろんなことが経験できるのを楽しめる人がいいと思います」
戸田の魅力ってどんなところでしょう?
取材の最後、河邉さんに尋ねてみました。
「あんまりイメージがないですよね。戸田市民が一番、そう感じていると思います(笑)。観光資源があるわけでもないし、子育てしやすいとは言っても、ほかと比べたことはないし」
「そうなると、たぶん人なんじゃないかな。うちがやってることも、おもしろがってくれる人が多い。みんなが顔見知りになってもらいたいですよね。何かあったときに助け合えるような、そんなまちになったらいいな」
きれいごとではない。長年地域に住んでいるからこそのリアルな声を、そのまま語ってくれた気がした取材でした。
いろんな仕事をしながら、いろんな関わりしろを楽しむ。そんな日常がこのまちにはあります。
(2024/8/22 取材 増田早紀)