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民間のやる書店は、本を売る。行政のやる図書館は、本を貸す。
それなら、行政のやる書店はどんなことができるだろう?
「本を売ったり貸したりするよりもっと手前の部分、たとえば『本って読むといいよ』とか『書くとたのしいよ』っていう、『そもそも』の部分を担う場所が必要なんです。八戸ブックセンターでは、その『そもそも』を育もうとしています」
そう話すのは、八戸ブックセンターのディレクションを委託されているnumabooks代表の内沼さん。
本を読む人を増やす、本を書く人を増やす、本でまちを盛り上げる。
この3つを目的とした、まったくあたらしい市営の書店が青森県八戸市に生まれます。
きっかけは、小林市長のこんな公約からでした。
“八戸に「本好き」を増やし、八戸を「本のまち」にしよう。”
最初にはじまったのは、赤ちゃんにはじめての絵本を贈る「ブックスタート」。それと小学生に市内の書店で本が買えるクーポンを配布し本に親しむ機会をつくる「マイブッククーポン」。
そして今年の秋、まちの中心市街地に本のセレクトショップ「八戸ブックセンター」がオープンします。
ここは、人文・社会科学、自然科学や芸術など、八戸の書店では手に入りにくい分野の本が揃い、これまでまちになかった本と出会う場所になります。好きなドリンクを片手に本を眺め、ハンモックや本棚と本棚の隙間などお気に入りの場所で本を読むことができるそう。
本を読んだら思ったことを話してみたくなるかもしれない。読書会ルームでは、同じ本を読んだ人が集まる「読書会」のようなイベントも開催していくそう。
また、フロアの一角には「カンヅメブース」という、作家が「カンヅメ」になるように篭って本を書く人のためのスペースがあり、書く人は出版の相談などサポートが受けられます。
本を読む、書く、まちの人が楽しむ。
八戸ブックセンターは、本のある暮らしの拠点になりそうです。
今回はここで、選書、フリーペーパーなどの編集・デザインやウェブでの情報発信、そしてイベントやギャラリー展示など本にまつわる企画を行う、3名を募集します。
八戸ブックセンターの根本的なコンセプトは、八戸に本好きを増やすこと。
詳しくお話しを聞くために、ディレクションを担当したnumabooks代表の内沼さんを訪ね、オフィスのある東京の元代々木町へ向かいました。
内沼さんは、ブック・コーディネーターです。ショップやオフィスのエントランスなど、書店じゃないところに本のある空間をつくったり、本を使って何かをはじめようとしている人と一緒にアイディアを出したり、実店舗として下北沢でビールが飲める本屋B&B(Book&Beer)の運営をしたり。さまざまなかたちで本と人との出会いをつくっている方です。
内沼さんは1年半をかけてこのプロジェクトを練ってきました。
「このプロジェクトはすごく大事なんです。なぜかというと、民間の書店とも違うし、公共図書館とも違う、あたらしい第三の本に関する施設として、全国的にも最初の事例になるはずだからです」
まずは市内の本屋や図書館の状況、まちのどういう人たちが本好きで、本にまつわる活動はどんなものをしているかなど、丁寧に調査やヒアリングをしてきた。
そうしてできた方針は3つ。
本を読む人を増やす、書く人を増やす、そして本でまちを盛り上げる。
本来は民間の書店や図書館などで行われていそうなことだけれど、書店はこのことだけに集中できないし、図書館もまちを盛り上げることは本業じゃない。
こういった「そもそも」を本業として取り組むのが今回のプロジェクトの醍醐味だと思う。
「僕が市内にある十数軒の新刊書店を回って感じたのは、それだけ書店があっても置かれていないタイプの本があるということです」
今、本自体が売れないため、全国的に書店の経営が厳しくなっている。とくに地方では、売上を確保するために雑誌やコミック、文庫、ビジネス、エンターテイメントなどの「売れる本」が売り場を占め、海外文学、人文・社会科学、自然科学、芸術といったいわゆるニッチな「売れない本」がすっぽりと抜けてしまっている。
「けれど、本というのは売れないから重要ではないということではないんですね」
そのため書籍・雑誌は独占禁止法の対象外で、価格競争によって淘汰されないようになっている。
たしかに、本は売れるかどうかよりも大切なことがあります。
でもインターネットだったら購入できるんじゃないですか?
「もちろん、インターネットであらゆる本が買えます。けれどそれは欲しい本が決まっている場合だけですよね。また、図書館にはある程度あらゆるジャンルの本がありますが、あくまで本はみんなのもの、共有のものです」
「けれど、リアルの書店というものは、今まで知らなかった世界と出会い、それを本という形で購入して、自分のものとして私有することができる場所です」
まちの書店と図書館からこぼれ落ちた部分を、市営のブックセンターが担う。ニッチな本の販売は、地方都市においてはある意味で公共性のあることかもしれません。
今回募集する選書をする人は、まちの人にとって未知の世界とはどんなものか、どんなことに興味を持ってもらえそうかなどを見ながら本を選んでいくことになりそうです。
「読む人を増やすだけでは、本のサイクルは成り立ちません。書く人がいるからこそ新しいものを読むことができる。『本のまち』というからには、書きたい、書こうと思う人が生まれることも大事なんです」
そういった考えから、八戸ブックセンターでは書く人のサポートもしていきます。「カンヅメブース」という本を書くためのスペースがあったり、出版相談窓口があったり。書き方や情報の取り扱い方のワークショップも行っていくそう。
「書く人をサポートする機能が充実し、八戸に書く人が増え、書く人を応援する風土ができて、いつか『ぼくは小説家志望だから八戸に引っ越そう』っていう人が出るくらいになれば理想的だなとぼくは思います」
「書く人はよく本を読むし、読んでいたら書きたくなる人も出てくる。そのサイクルがちゃんと回っていったら、それはほんとうに『本のまち』ですよね」
編集とデザインをする人は、地元の書店や図書館と連携してフェアをやったり、マップつきのフリーペーパーをつくって配布したり、市内の本屋さんの個性を引き出した売り場を提案したり、まちをサポートするような関わりを考えていける。
イベントを企画する人は、地元の作家はもちろん、装丁や印刷など本にまつわるギャラリー展示といった、本でまちを盛り上げるための企画に携わる。
それぞれに役割はあるけれど、まちの人たちとちゃんとコミュニケーションをとって、その人たちを巻き込んでいくことも大事になりそうです。
「本と出会う第3の場としての『ブックセンター』をつくることで、八戸に暮らしている人にもっと広い世界に関心をもってもらえればと思います」
「本を通して様々な分野のできごとを知り、豊かなものの見方を身につける。そんな人が増えれば、ゆくゆくは産業も含めあらゆる局面でまちを元気にすると思っています」
翌日、小林市長に会いに八戸を訪れました。
八戸の海は明るくて、想像していたよりもずっと雪が少ない。
この漁港は春から秋にかけて300もの店が並ぶ朝市がたつそう。魚は美味しいし酒蔵も多いから、食べたり飲んだりすることが好きな人にはたまらない街らしい。
さっそく八戸市庁へ向かい、小林市長にお話しをうかがう。
小林市長は、文化による町おこしが地域を元気にしていく上で意味がある新しい方向だと考えて計画を進めてきました。
5年前には、まちの人が何回でも訪れたくなるような場所をつくりたいと八戸ポータルミュージアム「はっち」をオープンさせます。
はっちがあるのは、八戸ブックセンターが入居する複合ビルの道路を挟んだ真向かい。中にあるのは、アーティストインレジデンス、観光展示、ものづくりスタジオ、こどもを遊ばせられるスペース…。
いろんな機能と連動してイベントも開催されていて、年間約100万人の人が訪れる。これは八戸市の人口の約5倍だというから、まちの人に活用される施設になっているのだろうな。
「ただのハコモノをつくっても仕方ない」という小林市長は、とても柔軟な方。今回の八戸ブックセンターも、ほかに類のないことだから行政的な視点で杓子定規にやっても仕方ない、と内沼さんにディレクションをお願いしたそうです。
発端となった「本好きを増やし、八戸を本のまちにする」という公約について、市長は本への思いをこう話します。
「世の中には素晴らしい人がいっぱいいるじゃないですか。けれども亡くなった人も含めて直接会って話できる人って限られていますよね。そういう天才的な素晴らしい人たちにしっかり出会える場所が本だと思いますね」
「考えもつかないような素晴らしい人たちがいる。その人たちのエキスは読めば読むほど感じます。短い人生ですから、できるだけいろんな人の考え方に触れられたらいいですよね」
たしかに本には、自分の知らない世界や人との出会いがあります。
「それに偶然の出会いもたくさんある」
偶然の出会い?
「書店には手にとってみて偶然出会う、そういう体験が数限りなく起きるんですね。その環境を、行政が担ってみたいと考えています」
内沼さんは、こんなことを言っていました。
「八戸ブックセンターによって本当に読む人が増えたり、書く人が増えたり、まちが盛り上がったりするかどうか今はまだ分かりません。分からないけれど、やってみる。新しい挑戦なんです」
「本の未来や、地方都市における本のこれからに関心のある人にとっては、とても働き甲斐のある、おもしろい場所になると思いますよ」
八戸に暮らしながら、人と本との関係を見つめていく。
全国ではじめての先進的なプロジェクトになりそうです。
(2016/3/18 倉島友香)