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設計者にできることって何でしょう。
当然、図面を描くことがひとつ。ただ建築や社会を知れば知るほど、それだけでは解決できそうにないことが増えていくと思います。
それならいっそのこと、ほかの領域へ飛び越えてもいいのかもしれません。
たとえば不動産や金融の知識をつけてクライアントの事業を計画するところから手がけたり、地方の過疎化に着目してその仕組みづくりにも参画したり。
スタジオA建築設計事務所の内山さんは、まさにそうやって“自由”を得ています。
スタジオAは新築とリノベーションを手がける設計事務所。
一般的な住宅やマンションだけではなく、商業施設や飲食店、別荘など建築の種類が幅広く、インテリアやグラフィックを手がけることも。社内にはルールがほとんどなく、自由だと言います。
唯一決めているのが、本当にクライアントのためになることなら何でもやって良い、ということ。
ここで設計者を募集します。
浜松町駅から徒歩5分。スタジオAの事務所は芝公園の近くに建つビルの3階にある。
扉を開けると、代表の内山さんが迎えてくれた。
『木賃デベロップメント』や『NPO法人南房総リパブリック』、最近では『エネルギーまちづくり社』を立ち上げるなど、内山さんはスタジオAのほかにも様々なプロジェクトで活動している。
五島列島の福江島では、地元の人たちが立ち上げた『一般社団法人田尾フラット』に参加。人口120名ほどの小さな集落を舞台にした、地域づくりのプロジェクトだ。
「知り合いがいて3年前の夏に遊びに行く機会があったんです。白い砂浜に真っ青な海。ものすごくいいところで」
歴史が深く、自然豊かで、ご飯も美味しい。
そんな福江島に魅せられて2ヶ月に1度の頻度で通っていたら、1年ほどして味わいある木造の廃校小学校の活用の相談が舞い込んだ。
最初は地元住民で活用しようと考えていたところ、途中から都内大手の旅行会社が運営に名乗りをあげ、2年かかって今年9月にオープンする。
校舎はカフェやキッチンのある宿泊施設になり、校庭にはグランピングのサイトがオープンする予定だという。
島の食材を使った料理やどぶろく、自然を思う存分体験できるプログラムも提供されるそうで、島の人も都会の人も、旅行者も一緒に集まって楽しめる空間を描いているという。
五島での活動の様子を、内山さんはとても楽しそうに話してくれる。
その姿からは、イメージしていた“建築家”像と異なるものを感じる。
そもそも視点が別のところにあって、もっとほかのことを大切にしているよう。
「僕は29歳のときに独立して、最初につくった住宅で賞をいただいたんですね」
「お施主さんも施工業者さんも受賞をすごく喜んでくれて、それは本当に良かった。けど、僕自身は結構冷めてて。嬉しいとかあまりなかったんです」
建築家冥利に尽きる出来事なのに。
「うん、これがデビュー作とか、これを踏み台にしようとか、そういう考えが全然起きなくて。建築家として名を上げようという気が、昔からあまりないんですよね」
そう思うようになったきっかけがあるんですか?
「そういうわけではないんです。美大で勉強していたときは建築家の作品をいっぱい見たし、図面をゴリゴリ描くのも好きでした。けど、何というか、狭い感じがしたんですよ」
狭い感じ。
「どんなに僕らが一生懸命設計しても、世の中にはこれ住めるの?っていうような住宅がどんどん建って、とくに疑問もなく皆んなの暮らしがそこに収まっていく。何だかなって思うわけだけど、それを変えようと思ったら、僕らじゃなくて実は不動産屋さんのほうに可能性があって」
「結局、設計事務所って不動産屋さんが地面に引いた境界線の中だけでしか仕事ができないんですよね。でも、そういうことを一つひとつ変えていけるともっと広がっていくのかなと、10年前くらいに思ったんです」
スタジオAの『A』は『Anonymus(匿名)』の意味なんだと、内山さんは話していた。つまり、スタジオAは“とあるスタジオ”。
建築家個人の名前云々で仕事をする時代じゃない。もっといろんな人といろんな仕事を自由にしたい。そんな想いが昔からあったという。
それは何年もかけて徐々に形になり、様々なプロジェクトが生まれた。
たとえば5年ほど前に施工会社のルーヴィス・福井信行さんと、不動産会社のあゆみリアルティサービス・田中歩さんの3人で立ち上げた『木賃デベロップメント』。
資金がなかったり減価償却が終わっていたりするためにオーナーが投資に踏み切れず、ポテンシャルがありながらも眠ったままとなっている古い木造賃貸アパートは意外と多い。
木賃デベロップメントはそこに着目し、自分たちが初期費用を負担してリノベーションし、その後の家賃収入から回収する仕組みをつくった。
さらに5人の建築仲間とは「これからの未来をつくる仕事」を考え、2年前に『エネルギーまちづくり社』を設立。
「エネルギーから暮らしをデザインし、豊かな未来を考える」をキャッチコピーに、エコハウスのプロトタイプの開発やDIYのエコリノベのワークショップの開催、自治体と連携したエコタウンの策定など、活動はこれから本格的に広がっていくという。
いずれも図面を描くことだけに収まらない仕事。社会をより良い方向へ変えていくためには、設計を超えた様々な領域を横断する必要がある。
内山さんにとって、設計とはあくまで手段の一つに過ぎないのかもしれない。
それはスタジオAの仕事においても同じことを感じる。
「ついこの前、中目黒にある2階建ての古い木造住宅のリノベーションをしました。規模は小さいしとても地味な案件なんだけど、僕としてはものすごく会心の出来だったんですよ」
もともと隣に住む親戚の家を現オーナーが引き取った建物で、既存不適格であるがゆえ、安易に建て替えると建物が小さくなって使い道がなくなってしまう。
内山さんはリノベーションし、事務所として貸し出すことを提案した。
「事業性を考えると、住宅よりも事務所や店舗のほうがいい。新築並みに工事費はかかるけれど、耐震補強や断熱改修もしっかりやれば長期的視点で運営できる。事業としての絶対的な安心感へつながります」
「耐震や断熱って目に見えないものなので疎かにしがちだけど、テナントにとっては安心で暖かい部屋のほうが居心地いい。それはこの先何十年も変わらないことで、それが結果的に物件の価値を高め、オーナーのメリットになるんです」
エントランスや共用部など建物の魅力となる部分はしっかりデザインを施し、耐震補強や断熱改修で費用がかさんだぶんは、部屋を仕上げずにコストコントロールする。返ってそれはテナントさんが内装を好きなようにできることのアピールになり、競争力を持つ。
「まったく派手さはないけれど、全体を丁寧に眺め、一つひとつに事業面やデザイン面で意味を込めてつくり上げました。施工会社の協力もあって、多くを高いレベルで実現できた。そういう意味で“会心の出来”だったんです」
話を聞いていると、まるで不動産屋が手がけたような仕事だと思う。
「そうですね。ただ多くの不動産屋さんは、当たり前だけど、どう自分たちの利益を上げるかを優先的に考えざるを得ないので、ここまでやりきれないと思う。やっぱり僕らはクライアントに喜んでもらえたり、彼らの未来がよくなることをしないと」
そのためには設計だけでなく、あらゆることを知っておかなきゃいけない。
「決められたことで終わらないで、常に本当のところに手を伸ばしたいというか。それが僕らの仕事だと思っているし、それしか生き残る術はないかなって」
生き残る術、ですか。
「この世界をsurviveしていきたいっていうのが、昔からの自分のテーマで。今って、仕事においても生きていく上でもとても難しい世界だと思う。毎日の生活はできるけど、でもよりよくするために何かをしようと思ったらハードルはすごく高いし、どうにもできないこともたくさんあって、それによって右往左往することもいっぱいあります」
「ただそのまま流されて行くだけでは嫌なので、今を生き残る術を自分たちでつくりたいと。そのためには決められた中だけで仕事をするんじゃなくて、常にその先に手を伸ばしていくしかないと思ってます」
そんな内山さんのもとには、とても面倒でほかではあまりやらないような仕事の依頼がやってくるという。
どれも難解で、決まったやり方も目指すべき答えも見えない。決して楽な仕事ではないと思う。
「仕事は本当にいろんな球が飛んできます。テニスボールだろうがバスケットボールだろうが必死で打ち返し続ける。そういう意味ではなかなかハードだと思います」
「ただ自信を持って言えるのは、分からないなりにも打ち返し続けることで見えてくるものがあるんじゃないかと。サッカー場で突然バスケットボールが飛んできて、それをバットで打ち返したら新しいゲームが生まれるかもしれない。そうやって生まれる新しい未来もあると思うんですよね」
内山さんが形づくっているのは、設計者の未来の姿なのかもしれない。
今後も多様なプロジェクトや仕事が生まれていくだろうし、ここで働く人もそうした仕事に携わる機会も増えていくと思う。
これからどんな人に来てもらいたいだろう。
「別に完璧な人を求めているわけではないんです。もし仕事がキツかったりしたら、もう無理!って遠慮なく言ってもらいたい。とくにパートさんだと家庭の都合もあって大変だと思うのでね」
「強いて言えば、素直で、人を喜ばせたいと思う気持ちが強い人かな」
スタッフの石原晴美さんはまさにそんな人だと思う。
これまで25年以上にわたって設計の仕事に携わってきた方。
石原さんがスタジオAにやってきたのは3年ほど前。新築やリノベーション、住宅や店舗、木造やRCなど、多種多様な経験ができる環境がよかったという。
いま担当している案件のひとつに、ハウスメーカーが建てた古い住宅のリノベーションがあって、これがなかなか苦戦しているそうだ。
「認定工法で建てられた住宅なので、床を抜いたりとか増築したりとか、自由に変えることができないんです。だけど、その基準はあくまで昔の話で、今には合っていなくて」
どうにかして解決する方法はないのか、いろんな人に聞いても「それは無理」「前例がない」という答えが返ってくるばかり。
それでもクライアントのためにベストを尽くそうと、今はメーカーと役所に掛け合っている最中だという。
「ちょっと前進してきたけど、まだまだ壁があるなという感じですね」
なかなか大変そうですね。
「まあ。けど面倒くさいとは全然思わないです。何でやれないの?って思う」
「たぶん、そこが内山と近いんだと思います。どうにかしてできる方法はないかなって」
どんな人に入ってほしいか、最後に石原さんに聞いてみると「やる気のある人」という答えが返ってきた。
図面を上手く描けるかどうかよりも、ちゃんと人に向き合って、その人のためにと頑張れる人がいい。
その気持ちが様々な壁を越えていくのだと思う。
(2018/7/18 取材 森田曜光)