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第7回「その後、どうですか?」前編

「働きはじめた人は、その後どうしているんですか?」

日本仕事百貨を見る人から、そんな声を聞きます。

私たちは、仕事のよいところだけでなく、大変なところもありのままに伝えるように心がけています。

というのも、仕事を見つけてもらうのではなく、よりよい生き方・働き方をしてほしいと思うから。

今回は、コラム「その後、どうですか?」の第7回目です。

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第7回目は、株式会社マルサ斉藤ゴムで働く皆川結(みなかわ ゆい)さんと伊藤貴明(いとう たかあき)さんです。

マルサ斉藤ゴムは、日本で唯一のてづくりゴムふうせんの会社。千葉・銚子でふうせんをつくり、東京・墨田に営業所を構えます。

ふたりは一昨年、日本仕事百貨で募集したふうせん職人の後継者に応募しました。

どのようにこの仕事に出会い、今どんなことを考えているのか。ふたりのお話を前編と後編に分けてお伝えします。

前編は、皆川結さんです。

(聞き手:インターン生 堀上駿)

 

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―はじめに、マルサ斉藤ゴムに出会うまでのお話を聞かせてください。

大学を出て神奈川県にある塾の大手会社に就職して、1年くらい働いて思うところがあって辞めたんです。

―思うところ?

震災の年だったんです。出身が岩手県久慈市という被災地で。でも仕事が忙しかったので、家族の無事さえ確認することができなくて。家族が生きるか死ぬか分からないときに、身動きが取れないのはおかしいんじゃないか。そう思って、いったん仕事を辞めてみようと思った。

それで2011年の3月末に実家に帰って、久しぶりに家族に会ったら親に「お前痩せたな」って言われたんです。新卒で入社してから1年後に10キロ痩せていたけど、そのことを親に言われるまで気づきませんでした。

その会社には、仕事はお金を稼ぐ手段だと思って入った。それで実際に働いてみたら、「何でも真剣に取り組めばそれだけ悩みも出てくるものだけど、楽しさも見出していけば悩みも素直に受け止められるんじゃないか」と思うようになって。働くことが、お金を稼ぐための手段だけではなかったって気が付くことができた。でも、震災のことがきっかけで辞めた。

もっと好きなことをやりたいと思って、1年くらいフリーターでした。雑貨屋さんや飲食店で働いたりして。ここに入る前には以前の塾の会社ですごくお世話になった方から話をいただいて、小さな地域の塾で4年働いていました。

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―そこからどうして、ふうせん職人の募集に応募したのですか?

私は大学で美術を専攻していました。美術の先生の養成コースみたいなもので。ただ、絵とか美術で食べていこうとは一切思わなかったんです。自分のセンスに自信がなかったし、絵で食べていくことは無理だなって、大学1年生のときには思って。

けど、やっぱり美術やデザイン、モノづくりに関わる仕事がしたい気持ちが社会に出て5年くらい経ってもまだあったんです。そんなとき日本仕事百貨でふうせん職人の募集記事を読んで。

キャリアがなくてもよくて、自分がモノづくりの主体者になれるということで「なんてすばらしい求人なんだ!」と思って、その日の夜にガーっと履歴書を書いて応募しました。

―選考はどうでしたか?

最初に履歴書と課題の作文を送って、2次選考が面接でした。自分の経歴などをプレゼンしてくださいという内容で、資料をパワポでつくって行って。それなのに、プロジェクターにうまく繋がらなくて。これは落ちたと思いました。でもそうなったら人間って覚悟が決まるもので。「今からここで授業します!」って授業形式でプレゼンしたんです。

それがよかったのか、社長から帰りがけに「職人としては難しいけど、人がほしいと思っていたから、職人以外で働く気ある?」と言われたので、「やってみたいです!」って即答しました。

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―職人ではないけど、即答だったのですね。

私は芸術に関わる道を自分で見切りをつけて辞めた人間なので、すごい憧れがあるんです。でも「やりたいな、けどきっと無理だろうな」という感じで別の仕事をやってきたので、ふうせん職人になれないにしてもモノづくりという業界に関わることができるのは、私にとって奇跡的なんですよ。だから、いられるだけでハッピーなんです。

―就活中の友達をみていても、自分で自分に見切りをつけてしまう人、多い気がします。でも皆川さんはそこから踏み出したのですね。

私も応募するときに落ちたらどうしようって思いました。けど、応募しなかったら落ちるのと状況は変わらないじゃないですか。だから転職うんぬんよりも、そこにある機会に関わるかどうかだと思うんですよ。

やる前から辞め方とかいちいち考えてもしょうがない。悩む前にまずやってみて、機会が来てから悩んだほうがいいかなって思います。

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―いま皆川さんはどんなお仕事をしているんですか。

何でも屋です。人数が少ない会社なので、何でもできるんですよ。商品のパッキングをしたり、工場が銚子の他にタイにもあるのでそこに発注したり。ワークショップもします。商品開発もしました。

―商品開発! どんなものをつくったんですか?

もともとうちの商品に、ふうせんに顔が描かれている「太陽」というものがあるんです。めっちゃ可愛いのに在庫が余っていて、どうにかして売れないかと思っていたけど、全然売り方が思いつかなかった。そんなとき、うちの商品を置いていただいている日本百貨店さんが東京駅にお店を出すことになって、オリジナルの商品を提案してくれないかとお話をいただいたんです。

これはチャンスだと思って、太陽と他のふうせんをセットにして、パッケージは自分でデザインして。提案したら採用していただけました。いま東京駅にそれが置いてあるんです。

入社してはじめて自分がちゃんとつくったものが世に出たのを見て、「ああ、本当生きててよかった、お母さん産んでくれてありがとう」くらいのことを思いましたね(笑)

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―別枠での採用だったけど、やりたかったモノづくりができたわけですね。

はじめは、ふうせん職人じゃないっていう現実がやっぱりショックでした。でも、振り返ってみると職人じゃなくても、やりがいがあってすごく楽しい。

マルサ斉藤ゴムに入社してからは人生の展開がすごく早い気がします。この会社に入ってからモノづくりだけじゃなく、様々な業界の方と関わるようになって世界が急に広がりました。

こんな扉があるんだっていう機会がたくさん与えられるので、はじめておもちゃを与えられた子どもみたいな。そういう感じでとても充実しています。

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―今後はどうしていきたいですか?

ふうせんの可能性がもっとあると思っていて、それを広めていきたいです。私はいままで見た目がかわいいとか、触ってぷよぷよしているくらいのモノだと思っていたけど、入社してからはじめてふうせんにこんなに可能性があるんだっていうのを知ったんです。

印象深かったのは、障害を持った子どもを対象にしたアートワークショップのイベントで。障害を持っている子の中にはうまく話せなかったり、言語が認識できない子がいるんです。だから、単にふうせんを膨らませてホイっと渡しても喜ばない子もいて。

そういうときに体に直接当ててふうせんに「あぁー!」って叫ぶと、声の振動が伝わってすごく喜ぶんです。それですごくびっくりしちゃったんですよ。ふうせんってこうやってに人に喜ばれることもできるんだって。

―ふうせんの可能性、もっと知りたいです。次は伊藤さんにもお話をお聞きしますね。ありがとうございました。

 

>>>後編

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