※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。
鍵を開けてアパートの自室に入るように、まちの中に、鍵をあけて入るキッチンがあります。扉を開けるとご飯をつくっていて「おはよう。今日のメニューは鶏のソテーがあるよ」「今日はこれからどこへいくの?」と、なんでもない話をしながらごはんを食べる、もうひとつの台所のような空間。
運営しているのは、淵野辺で不動産管理業を営む東郊住宅社。
トーコーキッチンは、まちに住む入居者さんの食堂です。
ちょっと変わっているのが入り方。入居者として部屋の鍵で入ることのほかに、その鍵をもっている人と一緒であれば利用することができる。
2代目の池田峰(みね)さんは、この空間のことを「鍵を中心として人と人をゆるくつなぐプラットフォームのよう」と話します。
「あるとき入居者の男の子が友達を連れてきて。その子がぼくと話して『トーコーキッチンのボスと友達になった』ってツイッターでつぶやくんです。また別の人は道端で『池田さん、今日のごはんおいしかったです!』って声をかけてくれる。人と人としてコミュニケーションできる関係がここから生まれているんです」
そんなトーコーキッチンで、メニューから考える料理人を募集します。
また、あわせて東郊住宅社で物件管理するルームアドバイザーも募集しています。
何かピンとくるものがあったら、ぜひ読み進めてみてください。
JR横浜線の電車にゆられ、淵野辺駅へ。
あたりには青山大学や桜美林大学などのキャンパスがあり、朝夕には学生で賑わう。
そんなまちで40年、地場密着で物件管理をしてきたのが東郊住宅社です。
管理するすべての物件は、本社から30分以内。
住んでいる人になにかあったとき24時間すぐに対応できるように、近くの物件に絞ってきました。
ふつう、不動産屋さんで契約をしたらそれっきりのことが多いけれど、東郊住宅社が大事にしているのは、住みはじめたその後の生活。
そんな考え方は、どこから生まれたのだろう。
駅から歩いて2分ほど。ちいさな商店街の中にあるトーコーキッチンで、2代目の池田峰(みね)さんに話を伺いました。
池田さんはもともと、デザイナーとして雑誌編集をしてきた方。その後、広告代理店やニュージーランドでの自営業などを経て、淵野辺へ戻ってきます。
「はじめは継ぐ気もなかったんです。うちの父が自分たちでやっている24時間緊急時対応もアウトソーシングしたほうが合理的だと思っていたくらいでね(笑)」
「でも、はじめてみるとおもしろいんですよ」
あるとき、夜中に入居者さんから鍵を失くしたと連絡が入って、届けに行った。
「当然なんですけど、私服のぼくが鍵を届けにいくわけですよね」
「夜中にすみません」と申し訳なさそうな入居者さんに「いいですよ。失くしたのは鍵だけでした?」「気をつけてね」といって鍵を渡す。
後日まちで会えば「あっ、池田さん!この間はありがとうございました」と会話が始まる。
「ぼくは契約のときだけでも入居者さんときちんと関係をつくれていると思っていました。けれど、自分たちで管理することで、もう一歩、普段着のコミュニケーションができるんですよね」
そういうことが何回も重なると、だんだんまちの中に声をかけ合う人が増えていった。
「そうしたら、あれ、この仕事ってすごく楽しいんじゃない?って気づいて」
「手間がかかっても、安心して住んでもらうことが管理業の本質なんだな、と思うようになったんです」
知らないまちに引っ越してきた人にとって、そういう人の存在はすごく心強いと思う。
「父はよく、不動産業はホテル業のようなものだと言います。ぼくはさらに、エンターテイメントも必要だと思うんです」
エンターテイメント?
「このまちでの生活を楽しんでもらうこと。それによって、管理物件の価値も底上げできると思ったんです」
そこで思いついたのがトーコーキッチンだった。
「食はやっぱり、最もコミュニケーションのとりやすいものの一つだと思います。ぼくも1日に2,3回はここへ来て『味どう?』って聞いています。たぶん日本で一番『味どう?』って聞いてる不動産屋なんじゃないかな(笑)」
朝食はごはん、卵料理、副菜2つ、豚汁がついて100円。昼と夜は日替わりと固定のメニューが500円から揃う。どれもバランスがよくて、きちんとつくられたもの。
オープンから半年。
このキッチンがあるから東郊住宅社の物件に入りたいという方や、この空間を応援してくれるオーナーさんも出てきているそう。
入居者さんのキッチンの利用も、だんだんと増えてきています。
「ここは入居者さんが食堂として来るので、レストランのように気に入らなかったら来ないとはなりづらい。関係が続いていくんです。人との関係をつくりながら働くことを楽しいと思う人に来てほしいな」
そう話す池田さんが「心のよい人」という理由で一緒に働くことにしたのが、調理スタッフの松本さん。
「声は大丈夫かな」とちょっとおどけて席につく松本さんは、建築設計事務所で働いていた方。設計や現場監督、あたらしい事業の立ち上げと運営をしていたそう。
お父さまの介護のためにこちらへ戻り、見つけたのがここの求人でした。
「面接で峰さんからトーコーキッチンの話を聞いたとき、これは面白いなと思ったんです。今までにない新たな試みだと思って、熱心にここで働きたいとお話ししていました」
働いてみて、どうでしたか?
「ここは、ふつうのレストランで働くのとはまったく違う楽しさがありますよ。ちょくちょく顔を合わせてお互いを知っているので『今日も早いね』とか『おつかれさま』とかアットホームな会話があるんです」
「特に学生さんが多いんですけど、ぼくからすれば自分の息子みたいな世代なのね。そういう人たちが、朝、そこに座ってごはんを食べている姿を見るのはとっても幸せなことで。やりがいを感じますし、ある意味使命感もあるかな」
一日中ごはんと豚汁だけで勉強している学生さんに、こっそりおかずをあげることもあるのだとか。
今、スタッフは松本さんを含めて3人。
朝は7時に来て仕込みをはじめ、8時のオープンにはできたてのものをお出しする。朝の時間が終わると、お昼の仕込みをして提供。同じように夜の時間が終わったら片付けをして、遅番のシフトでも9時くらいには帰るそう。
昼夜のメニューは、固定のものと日替わりのものがある。
ひと月の間にメニューが重ならないようにするため、日替わりメニューは今、50から60種類あるそうだ。
「ほかにも、漫画にでてくるような骨付き肉や大人のお子様ランチなど、わくわくする料理も企画しています。とくに大人のお子様ランチは好評だったんですよ」
今回は、池田さんや松本さんたちと一緒に日替わりメニューや企画メニューを考えていく、料理経験のある人を探しています。
「ぼくらが考えるのは、どうやったら来る人に楽しんでもらえるか。メニューをみて、わあ楽しそう、おいしそう、食べてみたいって思う料理をつくっていきたいんです。そこはぼくらスタッフが企画段階から考えられるので、自由な発想でやることができるんですよ」
ツイッターで「ごはんできたよ」「今日はこれがおいしいよ」と投稿すると、それをみた人たちが楽しみにやってくるのだそうだ。
だからこそ、話題性も大切なこと。
「考え続けるのは、大変かもしれませんね。けれど、ずっと料理をやってきた方にとって、料理の世界はここでもっと広がると思います」
たとえば、外国人入居者さんに教えてもらってその国の料理をふるまったり、お母さん方に向けてプロが教える料理教室を開いたり。ここに集う人たちと一緒だからできるイベントも考えられると思う。
すると、池田さん。
「ここはあくまでも入居者サービスの一環なので、利益を目的としてないんです。だから、料理人として持っているボキャブラリーを存分に発揮して、来た人を楽しませることに注力してほしい。そのために失敗したっていいんです」
よかったらごはんを食べませんかと誘われて、お昼をいただくことに。
「食べたいものに丸をつけてください」と渡されたのは、メニューの書かれた紙。丸をつけてレジでお会計すると、番号札のかわりに動物の置物をもらった。
待っていると「キリンさんでお待ちの方ー」と呼ばれて、なんだか可愛らしいなとほっとする。
池田さんと一緒にごはんを食べながら、ふたたび話を聞いていく。
「なるべくコミュニケーションが生まれるようにしたくて。ほんとうは、お会計だって券売機を置いたほうが効率もいいし、間違いも少ないんですけどね」
お話するの、好きなんですか?
「というよりは、そうだなあ…」
「たとえば、お部屋を出た後に淵野辺の駅を通ったとき『そういえば、学生のころ住んでいた不動産屋がやってた食堂があってさ、あれおいしかったんだよなあ』って思い出してもらえるような…。なんかこう、こころに残るような場所にしたいんです」
こころに残るような場所。
「お部屋を貸すって言葉だけでいうと、貸すだけじゃないですか。でも、そこでの生活が楽しかったら、その期間はよりよいものになっていく」
「ぼくらはそれに関われる稀有な仕事だと思います。それをこの空間を通じて実現していきたいんですよね」
食べ始まると、きもちがゆるむのが不思議。話はどんどん進んでいく。
「人と人でコミュニケーションできるって、ふだんの生活も楽しくなるし、もしなにかあっても大事が小事で済むんです」
「この間ごはんを食べに来た男の子に『部屋で何か困ってることない?』と尋ねたら『そういえば、マンションのオートロックちょっと調子がわるいみたいで』って聞いたんです」
すぐに本社へ電話してオートロックを確認してもらうと、少しだけ油が切れ始めていた。
その子がごはんを食べている間にオートロックが直ったと本社から連絡が入り「大丈夫だって」と伝えて家に帰したそう。
「その子はそれに感動して、今うちでアルバイトしてるんですよ」
これは池田さんだからできたことかもしれない。
けれど、人と向き合うことで、その人ならではの展開が生まれていくんじゃないか。ここでなら、食を通してそういった関わり方もできると思う。
「生きていくって、人と関わることでしょう。ぼく嫌われてもいいなんてとても思えないし、いい関係でありたいと思う。それだけなんですよね」
トーコーキッチンは、どこかなつかしくてあたらしい。
ごちそうまでした。つくってくれた人に、きちんと伝えたくなるキッチンでした。
(2016/6/30 取材 倉島友香)