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雪深い富山県の、さらに雪深い山間に入る。そこには、人口650人ほどの小さな村がありました。「都市だったら気の合う人と集まればいいけれど、ここでは、右向いてる人も左向いてる人も一緒にやっていかなければならない。それが地域ってもんだ。」

だけどここでは、たとえ意見が合わなくても、同じところに住む人同士、協力し合って生きている。雪かきもお祭りも、ひとりではできないから。
もしかしたら、人が少なくなればなるほど、付き合う人種は多様になってくるのかもしれない。そんな気付きがありました。
今回は、利賀(とが)村という小さな村に「地域おこし協力隊」として入り、村の人の声を聞きながら、一緒に村を元気にするアイデアを考えていく人の募集です。
上越新幹線から、越後湯沢で「ほくほく線」に乗り換え、富山駅へ。利賀村はそこから車で一時間ほどのところにある。
行く道の途中で、今回の取材を調整してくれた伊藤さんに話を伺う。
「利賀村は、いわゆる限界集落といわれる地域になります。毎年、一人、また一人と離村し、山の下にある街に降りてしまう。9年前には、近隣の市町村と合併して南砺(なんと)市という大きな市のなかの一地域になりました。実は、村としては地図上からなくなってしまっているんですよ。」

「地域おこし協力隊」は、都市の人を地域へ派遣するしくみのこと。隊員は、最長3年間、生活費や住居の補償を受けた上で、地域の課題解決のための活動に邁進することができる。
南砺市は、この制度を利用して、合掌造りの集落で有名な平(たいら)・上平(かみたいら)地域と、利賀地域で1名ずつ地域おこし協力隊を募集している。
まずは、誰に頼まれたわけでもなく、3年前から仕事の休みを利用して利賀に通っているという伊藤さんに話を伺ってみることにした。

「全国のお祭りを巡りながらパフォーマンスをしている友人がいて、面白そうだな〜と思ってついていったんです。それが、『そば祭り』という利賀村のお祭りだったんですよ。」
このお祭りは、毎年2月に利賀村で開催される北陸最大の冬のお祭り。伊藤さんは、利賀特産そば粉を使用した手打ちそばや、岩魚の塩焼きを味わいながら、一緒にやってきた仲間とともにお祭りを満喫していた。
「最終日の夜、『集落で3年前から始めたアート展が、補助金もおりず住民も年をとってしまい、もう今年はできないんだ』という話を聞いたんです。そこで言っちゃったんですよね。『それなら僕がそれ手伝いますからやりましょう!』って。」
そこから、利賀村とのつきあいが始まった。
「別に通い続けなきゃいけない理由なんてないけど、気づけば毎月。多いときには月3回利賀に通っています。東京との往復は30回を超えました。」
ただ、行くことが義務になってはいけないと思った。自分も苦しくなるし、村の人もそんなことは望んでない。無理なく楽しく通うためには、どうしたらいいだろう?
そう考えた伊藤さんは、「利賀ゼミ」という仕組みを作った。これは、都市在住の人に向けた、利賀村ファンのネットワーク。メンバーや役割を固定した団体ではなく、それぞれの興味に基づいて行動する大学のゼミのような形式をとっている。
初めて村を訪れる人も、「利賀ゼミの活動」として来れば、村の人のお祭りに参加したり、家に泊めてもらうことができる。口コミで広がったこのしくみを使って利賀にやってきた人は、今では100人を超えているそうだ。

「限界集落を救いたい!という義務感でやっているわけではないんです。そういう一方的な援助関係はおこがましいし、お互い苦しいですから。村の人も利賀ゼミの人も、助け合いながらお互い楽しんでいる。僕も、自分の楽しみのために通っているだけなんですよ。だから、休みの日に来るのも全然苦ではないんです。」
利賀に到着した頃にはすっかり日が暮れていた。その日の晩は、伊藤さんの紹介で、「きつつき玩具工房」を営む中谷さんのお宅に、民泊させてもらう。
中谷さんは、おもちゃ職人が本職なのかと思っていたけれど、話を聞いてみると、色々な顔を持つ方だった。奥さん特製のキムチ鍋をごちそうになりながら、お話を伺う。

伊藤さんが利賀に関わるきっかけになった「そば祭り」の原形を築いたのも、なんと中谷さん。その功績がたたえられ、観光庁から「観光カリスマ」の認定も受けている。
今は仕事を引退したそうだけれど、まだまだ個人的にどんどんやっていきたいことがある、と話してくれた。

伊藤さんは今、使われていない古民家の利用方法を、市に対して提案しているそうだ。少しだけ資料を見せてもらった。
利賀村には「場」がたくさんあるから、こんなことできたらいいのに!と思ったら比較的実現しやすいと思う。思考と行動が一致するのは、楽しくて気持ちがいいことなのだろうな。だから伊藤さんはここに通っているのかもしれない。
翌日、伊藤さんとともに、南砺市役場の利賀地域担当である南田さんの話を聞きに行った。
「地域おこし協力隊」として利賀村に配属された人を一番近くで見守ることになるのが、南田さんになる。どんな人なのか気になったので、お休みでお子さんとスキーを楽しんでいたところに、おしかけてしまった。

まずは、「地域おこし協力隊」を村に呼ぶことになった理由から伺ってみる。
「今までなかった刺激ですね。新しい視点でものを考えてほしい。それから、一緒にやりたいことがいっぱいあるんですよ。たとえば、商品開発だったり、イベントだったり。」
毎年夏に開かれる「SCOT」という劇団が主催する世界的に有名な演劇祭「利賀フェスティバル」を、さらに盛り上げたいというのもひとつ。それから新しいイベントとして、「トレイルマラソンの大会」を開催したいと思っている。
まだ企み段階なのだけれど、南田さんがこのイベントについてワクワクする説明をしてくれた。
「利賀でしかできないもんにしたいと思ってる。いきなり山は難しいから、まずは駅伝大会からのスタートかな。途中に、イワナのつかみ取りがある。掴めないと次にいけんっていうのはどうかな。エイドポイントには、地元の野菜やわき水を置く。途中にどぶろく置いたっていいんじゃないかって意見も出てるんだ。とにかく利賀の自然や資源を生かすコースを考えたいと思ってる。それで最後は、みんなでスキー場をかけおりてくる。そんな一連の流れを考えているのよ。」

地域資源とスポーツをかけあわせることで、新しい価値が生まれる。もしかしたら、利賀を代表するイベントになるかもしれない。
地域おこし協力隊がどんなことをするか、具体的なことは決まっていない。それは、入ってから一緒に考えていってほしいという想いから。南田さんの話を聞いていたら、妄想だって仕事のうちなのかもしれない、と思った。

「スキルや経験は問わないけれど、暮らすとなったら生きる力が必要だと思う。雪が降るから、まずは雪をなんとかしないと。自然を相手にしなきゃいけない。虫が嫌いな人も困る。やってけないと思うよ。オロロっていう、小さいアブのような虫が大量発生するからさ。」
「だいぶ前なんだけど、青年団が村のイメージキャラ『オロロくん』の着ぐるみをつくったことがあったのよ。あのキャラを復活させたらいいかなと思ってる。気持ち悪くないよ、ほんとかわいいよ。それで、なんとくん(南栃市全体のイメージキャラクターです)と戦わせたらどうかな。」
南田さんが、おまけでそんな話もしてくれた。
書ききれなかったけれど、伊藤さんと一緒に村を訪ねて、色々な人に会った。みんな利賀のことが好きで、なにかできることはないか考えている。「やってみなきゃわかんない。先行投資だ」なんて言葉も飛び出す。

もちろん、こんな人たちが村の全てではないし、諦めている人もいれば、静かに暮らしていきたい人もいると思う。だけど、なにかしようと思ったら、ここには協力してくれる人たちが沢山いると思います。
帰りの新幹線のなかで、何度も利賀に来ているはずの伊藤さんが、「また新しい発見がありました!」とメガネの奥の目をキラーンと光らせていたのが、とても印象的だった。
色々な価値観を持つ人が、ひとつの地域のなかで一緒に暮らしている。それを面倒だと思う人もいると思うけれど、面白いと思える人に来てほしいな、と思います。
