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謎解き幼稚園

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なんでだろう?どうしてだろう?答えがいつまでも見つからないときは、森に迷い込んだような気分になる。

だけど、ふとその森のなかを見回してみると、知らない植物だったり動物だったり、不思議がいっぱいあって面白い。自分が、とても豊かな森のなかにいることに気付く。

必ずしも出口を探す必要はないのかもしれない。謎のなかにいるのも楽しいと思えるような、そんな人に来てほしいと思います。

北海道の南端に近いところにある浦河(うらかわ)町。この町に、海の見える高台の幼稚園がある。ここで働く先生と、保育全般を手伝ってくれる補助スタッフを募集します。

浦河町までは、新千歳空港から高速バスで3時間半ほど。太平洋に面した海岸沿いの町だけれど、奥には牧草地が広がっていて、そこには馬がいる。海と馬、という景色の同居がなんだか面白い。

「ここは、本当に空気と水がいいんですよ。それは、競走馬と昆布が名産の町だから。馬のために農薬を使わないし、昆布のために海水汚染に気を遣う。環境のいいところに住みたかったら、動物や植物を大切にしているところに住むといいですよ。」

そう教えてくれたのは「浦河フレンドようちえん」の理事長代理である伊原尚郎(ひさお)さん。

浦河の空気と水を求めて、移住してくるご家族の方もいるそうだ。それから、浦河という名前が「ウララベツ(霧深き川)」というアイヌ語からきていることも教えてくれた。北海道の地名ほとんどは、アイヌ語が由来になっている。

尚郎さんは、もともと東京出身で、去年、この幼稚園の経営をお兄さんから引き継ぐために、初めて浦河町へやってきた。その前は、アメリカのニューヨークで15年以上にわたってアーティストとして活動していたそうだ。

園舎に着いてから、尚郎さんが過去に制作したという映像作品を見せてもらった。

それは、無数の映像が高層ビルのように、画面いっぱいに積み重なっていく、というもの。

「このひとつひとつは、ニュースの報道で流れた映像なんですよ。世の中では、同時進行で色々なことが起こっていますよね。僕たちは、それら全てを理解していくことはできない。でも、その色々あってよく分からない状態こそが、面白いと僕は思うんですよ。それで、この作品をつくったんです。」

「そして、こういう考え方に共感できる人に、うちの幼稚園に来てもらいたいと思っているんですよ。よく分からない状態を、これってどういうことだろう?と考えていくのを面白いと思える人。教える先生ではなくて、子どもたちと一緒に分からないことを考えていく、一緒に学ぶ先生に来てほしいんです。」

ピンときたような、こないような…。よく分かっていないのだけれど、なんだか惹かれてしまう感じ。このままもう少し話を進めてみたい。

尚郎さんは、どうしてこの幼稚園の園長になることになったんですか?

「僕は6人兄弟の4番目なんです。そしてこの幼稚園は、母が経営している幼稚園になります。釧路にもいくつかの姉妹校があり、そちらは長男が、そしてこちらの浦河は次男が、それぞれ園長を務めているんですね。僕がアメリカでの活動が一区切りついたタイミングだったので、みんなで話して、浦河の経営を僕が担うことに決まりました。」

尚郎さんは、6人兄弟の真ん中ということもあり、人と人の間に立って緩衝剤のような役割をするのが得意で、先頭に立つのではなく後ろから全体を見るタイプなのだそうだ。これから、幼稚園の環境を整えていきたいと思っている。

どんな幼稚園にしたいですか?

「この幼稚園は、本当に自然に恵まれているんですよ。海があり山があり、川がある。椅子に座る教育ばかりではなく、外に出て遊ぶ機会をもっと増やしていきたいと思っています。」

菜園があるので、種まきから収穫までを体験したり、春には、近くの山で山菜採りだってできる。牧場でポニーに乗ったり、海で遊ぶこともできるそうだ。

わたしは保育園の出身なので、幼稚園はお揃いの制服を来て、言葉や数字の授業をやっているイメージがあったのだけれど、この幼稚園の子どもたちを見てびっくりした。

みんな、部屋のなかでは裸足になって駆け回っている。元気いっぱい。外遊びの時間には、スキーウェアを着て雪遊びをする。

それは、尚郎さんのお兄さんである鎭(やすし)さんが今まで実践してきた、「自然と触れ合い、見せかけではなく本物の体験を与える」という方針によるもの。尚郎さんは、それを引き継ぎ、さらに発展させていきたいと思っている。

尚郎さんが、これから外遊びのときに活躍してもらいたいスタッフです、と、富菜(とみな)さんを紹介してくれた。

富菜さんは、送迎バスの運転をしたり、子どもたちが遊ぶ環境を整える仕事をしている。山菜にもすごく詳しいのだそうだ。

「山菜、大好き。よく山奥まで行くよ。よく採れる秘密の場所もある。これは絶対人には言えないな。3月末の雪解けになったら、ふきのとうが芽を出す。それを水に一晩つけて、渋を抜いて天ぷらにするの。これが最高に美味しいんだ。みんなでつくって食べたいね。」

もともと、競走馬の輸送や仲買の仕事をして、その後は牧場を経営をしていたという富菜さん。体を壊したことをきっかけに、牧場を引退して運転手の仕事についた。2年前、家族の紹介でここに勤めることになったそうだ。

朝7時から夕方4時まで。仕事の内容は、バスの送迎以外は、特にこれというのは決まっていない。園の周りを子どもたちが遊んで怪我しないように、危険なものは片付ける。子どもの安全を守るのが、一番の仕事になる。

「子どもたちはいきいきとしていて、癒されるねぇ。何かしてあげているというよりも、逆にパワーをもらってる感じかな。」

子どもの話をすると、顔がほころぶ富菜さん。子どもが好きなんですね。

「なんでかっていうと、子どもっていうのは目が輝いていて、純粋な気持ちでいるからね。それが一番、安心するね。馬も一緒なの。ぱっと見て目が輝いているかどうか。馬は警戒心が強くて、神経質な生き物なんだ。馬も子ども似ているんだよな。」

馬と同じくらい好きな子どもたちと関われるのが、とても楽しいという富菜さん。

せっせとリアカーで雪を運んでいるのは、園庭に、子供たちのための雪の滑り台をつくるためらしい。3日前から、暇を見つけては運び続けているそうだ。

去年は父兄にも手伝ってもらって、園庭に水をまいて凍らせて、大きなスケートリンクをつくったのだと教えてくれた。

冬が長いこの町には、雪遊びの工夫が沢山ある。子どもたちにとっては、どこもかしこもおもちゃだらけ。

そうして雪が解けると、次は春がやってくる。

「雪のない時期に、いっぺんきてみてください。すごいですよ。」

園庭は一面の芝生で、青々として美しいそうだ。そして、そこに鹿も出る。

「鹿は、人を見たら逃げるし、子どもに危害は与えないんだけど、うんち拾いが大変なんだよね。」と富菜さん。

夏は鹿のフンを拾い、冬は雪滑り対策の砂をまく。それだけ聞くと事務員のようだけれど、富菜さんは本当に色々なことをやっている。

バスの運転手をしていることから、お母さんたちの良き話し相手でもある。それから幼稚園で働く先生たちからも、悩み相談を受けているそうだ。

幼稚園の精神的な柱になっていると、尚郎さんが話していた。幼稚園のみんなを見守る、番人のような存在かもしれない。

ここで先生として働く、ちあき先生にも話を聞いてみた。

釧路出身のちあき先生は、専門学校を卒業後、この幼稚園の環境の豊かさに惹かれて働きはじめた。

「開放的なホールで、子どもたちが元気に遊んでいて、園庭からは海が見える。裏には山がある。わたしはもともと自然と触れ合う『自由保育』がやりたかったので、自然に恵まれているところがいいと思いました。今は、子どもと一緒に外で雪遊びをするのがすごく楽しいです。自分の足で山をよじのぼって、しゃーっとそりで滑る。こんな環境、都会では絶対に味わえないですよね。」

もうすぐ働き始めて1年になる。楽しさの反面、大変なことも多かったそうだ。

日々の保育のことを考えながら、平行して先の催しのことも考えなければならない。休みの日に、制作物をつくりにこなければいけないこともある。子どもが好き、自然が好き、というだけでは、乗り越えられないギャップもたくさんあった。

それと、もうひとつ。

「ここに来る前は、先輩がいて、決まったカリキュラムがあって、教えてもらえると思っていたんですね。だけど入ってみたら、大枠は決まっているけれど、それをどうやるのかはこちらに任されていたんです。そこに戸惑ってしまいました。」

専門学校を卒業したばかりのちあき先生にとっては、これが初めての保育。だから、教えてくれる存在がほしかった。

「おかげで、考える力はついたのですが…。わたし、頭が固いんですよね。どうしてこうじゃないの!と一度思ってしまうとだめなんです。それで、ここの自由な状態が楽しめなかったんだと思います。だから、ここでこれから働く人は、どういう指導をするのかまっさらな状況のなかで、それを面白いと思って自分で考えていける人がいいと思います。」

ちあき先生が頭が固いなんて、話していて全く感じなかったけれど、ここは想像以上に自由だし、自由ということは想像以上に厳しいことでもあるのだろうな、と感じた。

尚郎さんが園長先生になったら、まずは働く先生の環境づくりからはじめるそうだ。残業をなくし、夏・冬休みも2週間ほどとってもらい、自分の時間を充実してもらいたいと思っている。

尚郎さん自身は、週末や放課後、時間があるときには、太極拳やヨガのサークルに参加したり、 乗馬(都会に比べ料金がびっくりするほど安い!) を習ったりしているそうだ。

「馬に乗っていると、つい下を見ちゃうんですね。すると先生が、『下には何もない!行きたい方を見て』と言うんです。それって人生にも通じる真理だな、と思ったりするんですよね。先生と一緒に、正解のないものを探していく感じが楽しいんです。」

尚郎さんは、楽しむのがとても上手な人だと思う。

「ニューヨークも浦河も、そんなに変わりません。どちらも楽しいですよ。どこにいっても僕、人に良くしてもらえるのでラッキーなんです。」

たぶん、どこに行っても良くしてもらえるのは、尚郎さんがまず、みんなに対して興味を持つから。だから人にも興味を持ってもらえるのだと思う。

きっと、一緒に働いたら、あなたはどんな人なの?とちゃんと聞いてくれる。自分のなかのアイデアを、実現しやすい環境なのではないかな。

「答えが出なくてもいいじゃん。それが、僕が映像作品で伝えたかったことです。尊敬するアーティストが、名前のないものを見るとき、それが本当に見るってことだ、と言っていたの。子供の世界ってまさにそうだよね。だからワクワクする。大人も一緒に、そんな世界で学んでいく幼稚園にしたいと思っています。僕自身、まだ答えを持ってないから、一緒に探していきましょう。」

夕方、幼稚園に戻ると、富菜さんが雪の滑り台に水をまいていた。一晩水を凍らせれば、明日には子どもたちが滑れるようになるそうだ。

帰り際に、園庭から、赤い飴玉みたいな夕日が海に沈んでいくのが見えました。ここは、子どもにとっても大人にとっても、謎だらけで面白い幼稚園になるような気がします。(2013/2/13 up ナナコ)