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伊豆のマリー

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

ぱち、ぱちぱち。焼きたてのパンの音を聞いたのははじめてのことでした。

温泉で知られる静岡県熱海駅から車で15分。マリーは山間の別荘地近くにある、雑貨とパン、そしてカフェからなる場です。

マリーでは、一緒に働くパン職人とキッチンマネージャーを募集しています。

パンを焼く香りに鼻をくすぐられつつ、白を基調とした店内に入る。右手がレースや雑貨の店。そして左側にパン屋さんとカフェがある。カフェからは天気がよいと富士山が見えるそう。テラス席は犬を連れて行くこともできる。

パン工房に入らせてもらう。女性3人で釜入れをしたり、焼きたてのパンをかごに入れて店頭に出している。適度な緊張感のなかで、みなさん手際よく、きびきびと手を動かしていた。

キッチンものぞいてみる。社長の高谷さんとともにパートのお母さんたちがランチの準備をすすめていた。今日のメニューは鶏のシュニッツェルにドリア、煮込みハンバーグなど。常時7、8種類のメニューが選べるようになっている。

ひと揃いパンが店頭に並ぶ。仕事を終えたパン工房チーフの野口さんに話をうかがう。マネージャーの岡根さんも同席してくださった。

もともとはOLだった野口さん。趣味ではじめたパンづくりにはまり、会社をやめて地元のパン屋でパートとして2年間働く。その後、いずれは自分の店を持ちたいと修行の場を探しているときに、マリーと出会った。

はじめはチーフ補助として関わる予定だったが、チーフ候補の人がオープン直前に働けなくなり、急遽野口さんが店舗設計から考えることとなった。パンづくりについても経験があったとはいえ、できないこともまだまだ多かった。

「はじめのうちは成形がむずかしいフランスパンやフリュイはつくれなかったんです。そこで、最初は小さいものから慣れて、徐々にいまの形に近づけていったんです。フランスパンを見るとわたしの成長がわかるかな(笑)。」

いまでは、50〜60種類のパンが日々店頭に並ぶ。曜日や季節ごとに出すパンも少しずつ変えている。

「私自身、パン屋さんを食べ歩くんですが、いつも同じ顔揃えだと飽きてしまうと思ったのがきっかけです。色々な種類を食べられるように、サイズも少し小振りにつくっているんです。」

パンのコンセプトは女性目線。自分だったらどんなパンを食べたい?を大事にしてきたことが伝わってくる。

同時に、お客さんの声も取り入れてきたのがマリーの特徴と言える。

カフェのテーブルには感想を書く紙が置かれていて、お客さんは思い思いのコメントをくださるそう。

「できるできないは別として、こんなパンを食べてみたいという思いを自由に書いてくれるんですね。たとえば、家族連れで来たある男の子はチョコづくしのパンが食べたい、と書いてくれました。」

「それから、私たちは店頭に立つこともあります。岡根が、お客さんの声を聞くことも大事だよとアドバイスをくれて。『ぶどうぱんはマリーのが一番おいしいな』とか『パン嫌いで何十年も食べていない主人が、マリーの食パンだけは食べたのよ』と色々声をかけてもらえるんです。」

お客さんは気さくに話しかけてくる場所のようだ。観光客と地元に暮らしている比較的年齢の高い方が多い。地元の方とは次第に顔なじみになり「いつものちょうだい」なんて言われることもあるし、「ここのパンがおいしいって聞いて来たの」と口コミで見える方もいる。いい広がり方があるように思う。

老人ホームでのパンの出張販売も直接食べる人の声を聞く機会になっている。

「熱海には老人ホームが多いんです。それで入居者の家族が買いに来るなかで、訪問して販売することになったんです。曜日が決まっていて、施設に行くとみなさんわーっと見えるんですね。そこでは本当に色々なことを言ってくださる。『もう少し堅いパンがほしい』とか『甘さはもっと控えめでいい』とか。」

「そのなかで気づかされたんです。世代によって、味の好みやちょうどよい塩加減は異なってくるんだ、って。」

マリーでは、そうしたさまざまな人の声を聞きつつ、新しいパンを日々つくりだそうとしている。

いままさに試しているのが、糖尿病などで糖質制限を受けている人でも食べられるパンだ。

炭水化物である小麦粉には多量の糖分が含まれており、病気の人は食べることが難しい。これは米粉でも同じこと。そこで大豆でつくられたパンを売る店が出てきた。けれど、おいしくない。野口さんは病気の人もおいしく食べられるパンをつくろうとしている。

届けたい人のことを頭に浮かべながらすすめていくパンづくりは、マリーの特徴といえる。そこには、もちろん時代に合わせていくということもある。けれどそれ以上に、野口さん自身がパンを好きだから、色々な人においしく食べてほしいのだと思う。

野口さんはどんな風に働いているのだろう。

「朝は2時半から、二人で仕込みと成形からはじめます。5時からはそこに釜焼きが加わります。7時までが一番バタバタするところですね。行程が連動しているので、一つがズレるとすべてズレてくるんですね。生地は人に合わせてくれないので、発酵しすぎず、早すぎず。ちょうどよいタイミングですすめていくことが大事なんです。仕事が終わるのは11時半頃です。」

パン屋には大きくわけてベイクオフとスクラッチがある。前者は冷凍生地を焼くもので、朝の6時に仕事をはじめれば10時にはパンが提供できる。けれど、生地からつくるスクラッチでは、どうしても夜中からの仕込みが必要になる。

「おいしいパンをお客さんに食べてほしいんですね。これから働く人も、その思いが共有できれば、時間はそこまで重要ではないかなとも思うんです。やってみてはじめてわかることもあると思っていて。頭で考えて大変そう、とあきらめる前に、一度やってみたらわかるんじゃないかな。」

パン業界では、1日12時間以上の勤務に加え、休日が少ない場合がめずらしくない。実際にぼくの友人でも、体調を崩して離職する人がいた。

岡根さんは、働く環境についてこう話してくれた。

「それでは続かないと思うんですよ。自分の時間を持ったり、休むことも大事です。せっかくパンをつくりたいと思って入った以上は、続けられることが働く人にも、マリーにとっても大事でしょう?休みも月に7日はとるようにしています。」

一緒に働く人は、どんな関わり方をするのだろう。

この日は、働きはじめて1年の高橋さんが、バレンタインデーに合わせた新しいパンを試作していた。できあがったパンを前に、生地はこれでよかったか、形はどういったものがよいかという話し合いがされていた。実は今回がはじめてアイデアから自分で考えたパンづくりとなる。

「野口さんにやってみたら?と言われたんですね。それで本を参考にしつつ色々考えたんですが、実際にできあがるまではどんな味になるのか想像がつきませんでした。今後もちょっとずつ試していこうかな。」

これから入る人も、自分で考えたパンをつくる機会はあるんでしょうか。

「興味があれば、ぜひやってみてほしいです。自分がつくったパンが店頭に並ぶのはうれしいんですよ。手に取っていただいているかな、と気になって店舗をときどきのぞいたり(笑)。」

「すでに形が決められたものをつくるのと、一から自分でつくるのとでは全然違うんですね。」

野口さんと岡根さんからは、一人一人が自分で考えることを大切にしようという姿勢が伝わってくる。

野口さんはこう話してくれた。

「働く人の関係はパンにも表れてくると思うんです。だからこそ、おいしいパンを焼き上げてお客さんに届けたい、その思いが共有できる人と出会えたらと思います。」

また、現在は社長の高谷さんが行っている、キッチンのマネージャーも募集している。

仕事内容としては、カフェのランチメニューを新しく考えたり、昼どきにはパートのみなさんと協力しつつ、キッチン全体の采配をすることになる。食材の仕入れや原価管理なども担当する。

「高谷が心がけていることは、お客さんに気持ちよく、おいしく食べていただくことです。たとえば暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たく出すということであったり。また3人で見えたお客さんが別々のメニューを頼んだとします。そうすると、すべてのメニューを同じタイミングで提供できるように心がけています。忙しいときもそうした基本をきちんとしたいんですね。」

3時間で150食のランチを提供することもあるそうだ。そうしたときもマネージャーは、お客さんに満足していただけるように全体の様子を見て、パートさんに適宜指示をしていくことになる。

「いきなりできなくてもいいんです。大事なのは、お客さんのことを考えて仕事ができるかだと思います。はじめはキッチンに入って料理をしつつ、じょじょに高谷の仕事も覚えていってほしいです。」

「いまのメニューややり方に忠実にやってほしいというつもりはないので。むしろ、いずれは自分のかたちをつくっていけるとよいのでは、と思います。」

近隣の契約農家でつくられた味や香りのしっかりある野菜を調理できることも魅力だと思う。

マリーが届けようとしているのは、パンや食事だけではないようだ。あるお客さんが、食事を終えてからもずっと、窓の外の景色を眺めていた姿が印象的だった。

「マリーは、フランスで家政婦さんの総称です。私たちはパンやカフェに雑貨を通して、女性の生活のお手伝いができたらと思うんですね。それから、コンセプトの一つにオアシスがあります。静かななかにぽつん、と落ち着ける場でありたいです。」

ぼく自身妙に落ち着くところがあって、取材後もお茶をしてついつい長居をしてしまった。おかげでゆっくり考え事もできて。深い呼吸をさせてくれる場だと思う。

最後に、岡根さんが応募してくる人に伝えたいがあるという。

「これは私の仕事なんだ、そういうものは持っていてほしいんですよ。今のマリーという型に自分をはめ込んでくださいということではなくて。お互いに思ったことは素直に伝えあって、これからのマリーを一緒につくっていけたら。経営の部分はわからないけれど、自分で店をやってみたい。体を壊してあきらめていたけれど、もう一度パンをつくりたい。そういう人がいれば、マネジメントやノウハウの部分はバックアップしていきますから。」
(2013/2/18 はじめup)