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「お客さんとこんなに仲良くなれるのかっていうくらい仲よくしていただいて。それが嬉しいですよね。」そう話すのは、並木橋の近くにあるPapier Dore(パピエドレ)の山口さん。フレンチビストロとワインのお店で、「ご飯食べにいこうよ」というお店にしたいそうだ。

ちょうど日が暮れてから訪れたお店は、あっという間に満席になってしまった。どうやら常連さんが多いようで、移転前に駆け込みで訪れてくれる人も多いそうだ。
店内はホッとするような空気に包まれている。働いている人たちの、真剣な表情の合間に見せる笑顔も印象的だった。みんな、この空間を心底楽しんでいる。
山口さんから掲載の依頼をいただく前に、実は複数の方々からご推薦をいただいた。「とっても素敵な人だからお願いね!」という具合に。推薦者たち一人ひとりの言葉から、いろんな人たちから愛されている店なんだろうな、となんなとなく想像できた。
別の日に、まだ移転直前のお店を訪ねた。厨房で淹れてくれたコーヒーをいただきながら、山口さんと仕事について話をした。
「毎日、仕事を続けていくことは大変なことですよ。どの仕事も同じだと思うんですけど。でも同じこと10年続けてきたら世の中の人たちがもしかしたら本物かもしれないって思ってくれるんじゃないかって。」

たしかに自分が信じていることを続けていけば、きっと誰かが見つけてくれるように思います。
「自分を続けられることって、ぼくは思ってるんですけど。」
自分を続けること?
「真面目にちゃんとやっていけばうまくいくっていうのもありますし、僕の場合はお客様に満足してもらうために、なにか一個でも持ち帰ってほしくて。」
「みんな最初に考えることって、空間、食事、お茶、デザート、料理… すべてで満点をとろうと思うんですよね。でもぼくは、ぼくができることで、ここに来てくれている人たちに満足していただいて、何か一個でも持って帰ってもらえればと考えるようになりました。そしたらうまくいくようになったな、って思います。」

なぜそんな風に考えるようになったのか。山口さんに過去を振り返ってもらった。
大学を卒業してからはじめに入社したのがゴルフトーナメントを企画運営する会社だった。親会社はタイヤメーカーで、同じゴムでできているゴルフボールを売るために、ゴルフを普及させようとして40年ほど前にできた会社だそうだ。
「ぼくはゴルフ場で球拾いのアルバイトをしていたんです。時給がよかったから。それだけの理由でゴルフに出会って、テレビを見始めたら面白そうだなこの世界って思って。」
仕事をはじめるきっかけって、ちょっとしたことからなんだろうな。でも働いてみるからこそ、自分の仕事への本音がはっきりしてくることがある。
山口さんもトーナメントのディレクターをやりながら、仕事のことを考えた。広告代理店の人たちと仕事をするのはとても華やかで楽しい。けれど「法人の会社様と取引をしながら組み立てるよりも、自分はエンドユーザーと直接仕事がしたい」ことがわかったそうだ。
そんなときに出会ったのが、IDEEというインテリアを通じたライフスタイルを提案する会社だった。そこで店長として働くことになる。すべては顔の見える相手に喜んでもらうために。そういう関わりこそが、山口さんの求めていたことなんだと思う。
新しいお店への抱負を話してもらった。
「僕も40代で、もう一勝負したいって気持ちがあった。たとえば1人は1しか生まないんですけど、2人だと2.5とか3とか生むなと思って。それが3人になったら4とか4.5になると思うんです。」

お店をしたほうがいいじゃないか。」
たしかに山口さんがおひとりでやっているお店も気になります。でも誰かと一緒にやることに可能性を感じたんですね。
「そうですね。ぼくはよく店をバンドにたとえるんですけど、すでに何か楽器弾ける人たちと一緒にやることができれば、ちゃんとセッションできるんじゃないかなって思うんです。プロのミュージシャンって、譜面みせるとすぐ弾けるんですよね。」
山口さんって、お客さんやスタッフなど、やっぱり人と関わることが好きな人なんだと思う。
前回、お話してから数ヶ月後。再びパピエドレを訪れた。今度は新しくできた並木橋のお店のほうに。
場所は旧東横線の高架と山手線が交差する場所。以前、老舗のカフェがあったところ、というとわかる人もいるかもしれない。
恵比寿駅と渋谷駅のちょうど真ん中なので少し歩くことになる。でもその距離が席に座ったときの落ち着きをもたらしているのかもしれない。どこか隠れ家のような心地よさがある。
少し早く訪れてランチをいただきながら山口さんを待つ。前回のお店よりも広くなっている店内には、道路側にカウンター席が広がっていて、奥にはゆったりとしたテーブル席が並んでいる。
食事を終えてカウンター席で待っていると山口さんが笑顔でやってきた。
お店をオープンして一ヶ月ばかり。今はどういう気分なのか聞いてみる。
「少しずつ晴れやかな感じになってきていますよ。やりたい事の方向性も明確になってきたなっていう感じです。前のお店から来て頂いているお客さんも、たくさんいます。以前よりもたくさんいらっしゃっているかもしれません!」

「1番僕が大事にしていたことは、前のお店のいい部分をどれだけここに残せるかっていうところだったんです。そして、今まで来て頂いたお客様には、さらによくなった、と言われるようになりたかったです。」
残したかった部分って、どういうものですか?
「安心感ですね。」
安心感。
「奥のテーブル席は、前のお店のようにしたかったです。すごく天井を下げて、わざと狭さを出しています。ビストロってある程度狭くて、窮屈でガヤガヤしているのだけど心地いい。そういう雰囲気がすごい大事だなと思っていて。」

「空間以外にも、料理も残したい部分。あとは、僕がいる、という安心感もあるだろうし。空間、料理、人について、今までの良さを残して安心してもらいつつ、よりよくしていきたいんです。」
残しつつ、より良くしたい。
空間に関してはなかなかよくなっていると思う。時間が経てば味わいもより深まる気がする。今までだと席数が限られるから予約をとらないと入れないお店だったけど、入口近くにあるカウンター席とか、ふらりと訪れて一杯飲むにも最適だ。
料理も新しいシェフが入って、ヨーロッパの家庭料理から、よりフレンチに重きを置いたメニューになったそうだ。

どういう人と働きたいですか?
「ここって食堂みたいな感じじゃないですか。そんなお店の明るい看板娘のような方に来ていただきたいです。」
「やっぱり前にも言ったけれど、働く人と一緒に作り上げていきたいんです。自分1人の意見でこのお店を作っちゃいけないなって思っている。だから新しい人の意見も取り入れて、より良いものにしていきたい。もちろん、最後に責任はぼくが取るんですけど。」
山口さんの中で、未来のイメージはあるんですか?なんとなく話していると、山口さんていつも現在から未来に至るイメージをしっかりもっているように感じるんです。
「東急が地下にもぐって、音が静かになって、この高架が全部撤去されて。見晴らしはよくなると思いますよ。跡地に公園みたいなものができたら、そこでワインを飲む人がいてもいいかもしれないし。食べ終わったグラスをそこら辺に置いて帰って。後でワインの箱持って回収しに行くとか、できたらなって。」

コミュニティの中心になるというと、ちょっと強すぎるかもしれないけれども、もっとゆるやかに、ふらりとよく来るお店になったらいいですね。
「そうですね。お気に入りのお店の一つになりたいです。自分の好きな店って、みんな何軒もないと思うんですよね。でもそういうお店になったらうれしいです。それって、やっぱり安心感なのかな…」
「なんだろうな、本当にお友達になるように。お友達の好みを知るように覚えていたいです。でも常にドキドキしている状態がずーっと続いてるんです。本当になにか1つ失敗があれば来てくれなくなる可能性があるから。ただ今回移転して1番よかった部分は、今までのお客さんがこんなにも来てくれるんだっていうことなんですよ。すごい信頼されていたんだって。やってきたことが正しかったんだってわかりました。」

お店に出勤するときに、近所の常連さんが散歩をしているから挨拶して。「あとから行くよ!」と声をかけられて。
出勤したら開店準備。とことんお店は掃除してきれいにしておく。顔が思い浮かぶ人たちのためにも。
開店すれば、ぞくぞくとお客さんがやってくる。一人ひとりと目が合って言葉も交わす。
この前はこのワインを気に入ってくれたから、今度はこれをオススメしようと思ったり。働きはじめてから自分に会いにきてくれるようなお客さんも少しずつ増えてきた。そうして最後のお客さんを見送ったら店じまい。心地よい疲労感。
