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一人で心静かにぼーっとしてみたり、からだの疲れを癒やしたり、あるいは普段なかなかできない話をしてみる。スパ、日帰り温泉、サウナに銭湯… 温浴施設は、はだかになって気兼ねなく過ごすことのできる数少ない場所だと思います。
そこには、コンセプトにはじまり、広大な敷地全体のレイアウトから、湯船の高さまで幅広い設計を手がける人たちがいました。
「その土地はどんなところか。図書館に行って歴史や文化を調べたり。それこそ、事務所の床に寝転がって、お風呂に入ってくつろぐ誰かの姿を想像してみたり(笑)。そうやってつくりあげていくんです。一つ一つがオーダーメイドなんですよ。」
そう話すのは有限会社アクア・プランニング代表の中村さん。

お盆を過ぎ、海水浴客も一段落した湘南・辻堂。
駅前の商店街を3分ほど進むと、入居するビルが見えてきた。
「暑かったでしょう。お茶をどうぞ。」
そう言って、こんがりと日焼けした代表・中村さんが出迎えてくれた。
中村さんの趣味はサーフィン。仕事の合間をぬって一年中海に出ているそう。

「温浴施設と聞くと、浴槽だけをつくるような印象を受けるかもしれませんね。特化しつつも、イメージより仕事の幅が広いのではないでしょうか。」
たとえば日帰り温泉にはレストランに、エステ、ショップ、さらには庭園まである。
それから、最近増えつつあるという海外案件では、ホテルに設ける大浴場から客室の貸し切り露天風呂までを一括して任されているそう。
「いわゆる商店建築に関わるすべての要素があって。可能性はすごくあると思う。面白いんじゃないかな。」

そうたずねると、「うちに来るのは前例のない仕事ばかりです(笑)。」と中村さん。
たとえば、兵庫県にある有馬温泉ではこんな依頼を受けた。
「採算が悪化している施設からリノベーションの依頼でした。キラーコンテンツとして、約400年前に豊臣秀吉が入っていたとされる蒸し風呂を再現してほしい、と言われたんです。」
関西の奥座敷とされる有馬温泉。秀吉がこの土地を何度も訪れては、疲れを癒やした歴史ある温泉だ。
きっかけは阪神淡路大震災で極楽寺というお寺の書庫が倒壊したこと。解体する際に蒸し風呂の跡だけが発見された。
けれど、肝心の風呂自体は残っていなかった。

「私もほんとうにわからなくて(笑)。試行錯誤を繰り返します。図書館に行って、文献を読み漁るなかで、京都のお寺に行き当たります。そこに明智光秀がつくった明智風呂というものが現存していたんです。時代もほぼ同年代で、ヒントがあるんじゃないか?と考えました。」
「そこで現地を訪ねて仕組みを見せてもらったんですね。ベースは同じことがわかって。その後は、温浴設備を扱う会社のラボで試験を繰り返して、『太閤の蒸し風呂』を完成させました。」

この仕事をきっかけに、庭園設計も受注をすることとなる。
「太閤の湯の向かいの林に小径があるんです。来年のNHK大河ドラマで取り上げられる黒田勘兵衛をテーマに何かつくりたいと言われて。亡くなる前に有馬温泉で湯治をしていたから、ということでした。」
「またしてもどうしようか、と思ったわけです(笑)。それで実際に歩いてみようと。歩きながらふと、『勘兵衛が生まれてから死ぬまでをこの小径で再現してみたらどうだろう』と思いついて提案をして。それが実現し来年には完成します。」

「『なんとなく、こういうことをやりたい』という状態でお施主さんは見えるんですね。そこで、私は話を聞きながら『これかな?』『それともこっちかな?』っていろいろ投げてみます。カツっとあたるときがあって。そこからはどんどん話が進んでいくんです。」
コンセプトを一緒に考えると、次はデザイン設計へと移っていく。
そこではどんなことが大切になるのでしょう。
「何よりも、お風呂に入る人を見てつくっていくことです。お施主さんの希望を聞きつつも、ときには『こうした方がお客さんに喜んでもらえますよ』と言うことだって必要になります。」
そのためには、「自分の子どもは何があったら楽しむかな?」とか、「波乗り仲間と行ったらどうだろう」とか。お客さんの身になっていろいろと想像してみることが大切になる。
設計については、仕上げは提携先の事務所に委託をするけれど、基礎知識としての理解が必要となる。
「図面を描けないと、設計事務所さんとも対等に話し合っていけませんよね。だから、作業としての比率は高くないんですけれど、力としては求められるんですね。」

「お施主さんと話し合いコンセプトを決め、具体的なデザインに落とし込んでいきます。企画においては、自分のオリジナリティがとても大切です。もちろん私からも教えていきますが、それって過去のものなんです。アレンジしつつもとらわれず、自由な発想をする人と仕事がしたいです。」
「大事なのは当然、私に評価されることではありません。お風呂に入るお客さんに喜んでもらうことですよね。だから、会社に入るというよりは、温浴という一つの世界にやってきて、お客さんに喜んでもらう。そんな感覚でいてほしいんです。」
温浴と一言で言っても、そこにはさまざまな業態に、ブームもある。
これまでを振り返ると、健康ランドにはじまり、スーパー銭湯、日帰り温泉、スパに岩盤浴。つねに、時代に合わせて求められるものは変わってきた。
たとえば最近手がけた施設では、お施主さんから、たくさんの種類のお湯を楽しめる施設にしたい、という希望をいただいた。
けれど、いまは、あれもこれもと体験するより、ゆっくり静かに過ごす時間が求められているように感じる。
お湯の種類が多いことは嬉しいけれど、どうしても慌ただしくなってしまう面もある。
施設の立地や客層を踏まえ、採算面を考えてもその方がよさそうだ。
そこで、アクア・プランニングでは、大きなお風呂をつくり、安らげる時間を提供しては、と提案したそう。

ここで、隣で話を聞いていた吉澤さんがこう話してくれた。
「前例がないものをゼロから考えて、施設というカタチに実現していく仕事ですからね。時間的にも体力的にも、大変なのは確かです。一方で、時間をかければアイデアが出てくるというものでもなくて。僕はその方がきついな、と思います。また、アイデアを出してもなかなか通らないことだってあるわけです。」
「けれど、アイデアをいいねと言っていただいて。実物ができあがっていく姿を見るとほんとうに、ほんとうによかったなって。自分が試行錯誤して、いいと思ったものでお客さんにも喜んでもらえる。一つの案件を経て、手応えというか。確かに積み重なっていくものがあるんです。」

一つの業種に特化して自分の専門性を持ちたい。そして設計に限らずより広く建築に携わりたいという思いから転職をした。
「中村は実は30数年間、温浴施設をつくってきたんです。そういう人間は他にそういないんですね。引き出しがすごくあって。そこから学びアレンジしつつ、自分の色を出しているところです。」
働きはじめて印象的だったことを聞いてみる。
「まずは温泉という対象自体の面白さかな。一つ一つの案件が全然違いますし、こちらに委ねられる自由度が高いんですね。扱うのはお湯というカタチのないもの。発想次第で新しいアイデアはいくらでも出していけると思うんです。先日はティアラの形をしたお風呂に泥パックをして入るという大胆な浴槽をつくりました。」

たとえば、散歩をしていて古民家を見かけると、柱の割り方に屋根の形状、建具を観察してみる。
あるいは、温泉に入りながら施設を眺めてみたり。
もう一つ印象的だったことがある。それは、プロジェクトに対する自分の関わり方。
「手がける案件にはさまざまな施設があるので、各分野のスペシャリストとチームで進めていくんです。温浴設備に、ショップ、キッチン。それから家具屋に、コンサルタントまで。皆で力を合わせてやっていくなかで、全体を監修する立場で関わります。得るものはすごくありますよ。」

「わからないことだらけでしたよ。それまでは企画デザインから携わる経験もなかったので、『こうかな、こうかな』って一つずつ進めていきました。そのときに、いまでも覚えていることがあって。仕事が深いな、と思ったんです。」
「男女でからだは違うから、お風呂の深さを変えるんです。男性は55cm、女性は53cmといった風に、ほんの2cmを。温浴施設には、広大な敷地全体のレイアウトを考える大胆さから、そうした繊細さまであるんですよ。」

だからこそ、つくる人にも奥深いものが求められるのでした。
最後に再び中村さんがこう話してくれた。
「海ってね、成分的には温泉とすごく近いんです。私は波乗りに行くといつも元気になって帰ってきます。温泉は、友だち同士で行けばお互いをより深く知ることができるし、一人でゆっくりと過ごして癒される場でもあります。すごく可能性がある場を一緒につくっていけたら。そう思います。」(2013/9/3 大越はじめup)