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四国の桃源郷で思う夢

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

河口では海のように広く、まっすぐと東西に伸びる吉野川も、池田町のあたりで大きく南に折れ曲がって、次第に深い谷を流れる川となっていく。

その支流のひとつを進んでいけば、もっとも四国の山奥にある祖谷に辿り着きます。

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1971年にアレックスカーさんは、この場所に惚れ込み、夢をみました。

「日本の田舎の美しさを残したい、伝統文化に根ざした環境にやさしいコミュニティーを作りたい」という夢です。

それを夢のままにせず、残していくのが今回募集する仕事です。篪庵(ちいおり)トラストでは、古民家を改修した宿を運営しています。

祖谷を訪れたときに感じたことは、山奥だからこそ守られていた何かが少しずつ失われているのではないか、ということ。

祖谷の入口である西祖谷にあるかずら橋のあたりは、なんだかテーマパークのようだ。渓谷を切り取ってしまうように架けられた大きな橋。その先には大型バスも駐車できるような巨大建造物が谷底から天空にそびえたっている。

そんな光景を横目に見ながら、クネクネした細い道を進んでいく。観光バスもかずら橋までしか来ないのか、途中ですれ違う車も一気に少なくなった。

車でしばらく行った先に篪庵トラストの事務所がある。ここでは「桃源郷 祖谷の山里」というプロジェクトを運営している。これは茅葺き民家を再生して宿泊施設とするもの。

篪庵トラストのはじまりは今から40年ほど前。アレックス・カーさんが祖谷に古民家を購入したことがきっかけだった。

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辞書で調べていたら、小さな竹の横笛を意味する古い漢字「篪」を見つけて、草葺き屋根の家を意味する「庵」をつなげて、ここを篪庵という名前にする。当時、アレックスさんは趣味でよくフルートを吹いていたそうだ。

篪庵は、元禄時代(1699-1720)に建てられたもので、大きな梁は囲炉裏の煙でいぶされて黒光りし、畳を敷かない板張りの床は鏡のように磨かれて、外の明るさをぼんやりと部屋の中に引きこんでいる。

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アレックス・カーさんはどんな思いで、この場所を見つけたのだろう。

現地に常駐しながら「桃源郷 祖谷の山里」を担当している村松さんはこう話してくれた。

「アレックスに教わった言葉として好きなのは『見立て』です。お茶の世界の言葉ですけど、たとえば、これはグラスですが、花瓶として使ったりだとか、ペン立てに使ったりだとか。ちょっと違った使い方をする、ということ。」

「たとえば現代では鬼瓦などの手づくりの瓦は生産もされないですし、もしひとつあっても昔こんなものがあったんだな、と普通は思う程度。でもアレックスはそんな昔の瓦の一枚をお皿のようにつかったりします。食べ物を乗せると、機能としてはお皿なのですが、食卓の上で歴史を語るようなものにもなったりする、と話すんです。」

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「わざわざプラスチックのものを買わなくても、昔のものを代用することで、歴史的なものや情緒的なものも感じることができる。見立ての精神は千利休のころに発達したようなんです。単なる代用じゃなくて、芸術の世界のひとつの手法なんだよ、ということを教えてもらって。そういうことを現代でもやっているのがアレックスなんだな、って思うんです。篪庵はまさに、アレックスの見立ての世界そのものって感じです。」

古いものの良さを活かしながら、ただ鑑賞するだけのものにせず、生活の道具とする。そうすることで、日常に残すことができる。

「はじめにアレックスのことを知ったのは、テレビで『情熱大陸』を見たときでした。古民家を改装してきれいにするだけではなく、日常使われたりだとか、お金を生み出すようになって、はじめて現代の中に伝統が存在するようになる、というメッセージが伝わりました。」

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アレックス・カーさんが思い描いたことは、地域の古民家の良さを残しながら再生して、地域に残していくこと。

はじめに購入した古民家「篪庵」とともに、さらに山奥の落合集落にある3軒「浮生」、「晴耕」、「雨読」も改修されたのちに宿泊施設となった。夢が形になろうとしている。

「我々が、目指しているのは宿泊施設の運営だけではありません。集落全体を持続可能な観光が楽しめる場所として再興していくこと。こう言うと、大それて固いことに感じるかもしれませんが、やっていきたいことは、ただ人間味あふれることです。」

人間味あふれること。

「たとえば、今もそうですが、食事は地元の主婦の方や飲食店さんに参加してもう形で提供していきたいし、集落内を楽しむアクティビティーなんかも住民の方々が主役になってもらってつくっていきたいんです。」

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「今までこの場所を訪れたお客様の感想を聞いても、偶然出会った住民の方との井戸端会議がとても印象に残っていたり、野菜をもらってとても幸せそうに話してくれたり。つまり人を感じられることが一番の宝なんだなって実感します。もちろんそれってなかなか大変なことです。でも協力者の達成感や、お客様の満足感を直接感じられるとき、わたしたちもまたとても幸せな気持ちになります。これって、つまり、やりがいっていうことなんでしょうね。」

人間味あふれること。人を感じられること。そういった関わりによって、自分たちも幸せになる。

そのために宿泊施設の運営だけにとどまらない。

地元の産直販売イベントの開催や、近隣地域のイベント出店も行い、地元の野菜や商材もPRしてきたそうだ。

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たとえば祖谷の番茶など、新しくパッケージデザインして商品化したり。こういった物販事業も少しずつ拡大していって、地域の方々がいろいろな場面で関わるようになっているそうだ。

さらに新しく3棟の改修も進んでいる。2014年の春にはオープンして、桃源郷祖谷の山里では、篪庵のほかに6棟の宿泊施設を運営することになる。

「まちづくりの基幹事業の規模が倍増することで、日々の運営業務だけではなく、財務的な管理、営業活動も、今まで以上に必要になっていきます。そのため、来春に向けてまずは財務に明るいマネージャーを募集したいです。」

村松さんの話を聞いたあとに、前回の募集で入った笹川さんにも話を聞いてみる。ここで働く前は海外に住んでいた方。今は村松さんと一緒に宿泊施設の運営を担当している。

どうしてこの仕事にしたのだろう。

「海外に1年半くらいいました。帰国してから仕事をどうしようかと思ったときに、たまたま日本仕事百貨でこの募集を見つけました。私は出身が北海道の旭川です。北海道は開拓されて100年ほどの歴史や文化が浅い土地なので、次に仕事をするのだったら歴史や文化が感じられるところがいいなと思っていました。」

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「四国や祖谷には縁もゆかりもなく、アレックスのことも知らなかったけれども、面白そうだから行ってみようと思って応募しました。」

海外ではどうしていたんですか。

「カナダのバンクーバーで語学学校に1年。そのあとは、オーストラリアでワーホリしながら半年くらいいました。」

そのあと日本に帰って、ここで働くときに不安はなかったですか?

「歴史文化を知るのにもよかったし、観光業にも興味があったので、特に不安はありませんでした。ダメだったら、またほかを探せばいいやと思っていました。」

それではじめて祖谷を訪れることになった。

「そうです。祖谷の第1印象は山が近いなと思いました。旭川も盆地で山に囲まれていますが、それとは正反対な印象を受けました。」

「旭川ははるか向こうに山々が連なっているのですが、祖谷の場合はちょっと上に上がれば、1000m級の山の尾根がすぐ近くに見ることができます。」

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あー、なるほど。仕事をはじめてどうでしたか?

「大変だったことは特にありませんでしたよ。はじめは閉鎖された村社会みたいなことを考えていましたが、集落の方に掃除や食事とかの協力をして頂きました。『ごはんできたよ』って電話がかかってきたり、各家庭が畑でお野菜をつくっているのでそのお野菜をお裾分けしてもらったりと、よくしてもらってばっかりです。」

「そしてお客様も、リスペクトがあるというか。」

リスペクト?

「宿泊に来たお客様が皆さんいい人たちで、嫌なことはありませんでした。何かご指摘いただいたら、改善すればいいので、そんなに大変だとは思いません。」

「やる気さえあればできる仕事です。ただ一つだけあげるとすれば、仕事を仕事と割り切りたい人には向いてないかも知れません。ここでは生活の一部として仕事があります。仕事以外にも集落の手伝いなど、やることがいっぱいあって、それを楽しみつつ出来る人に来てもらいたいです。あといろいろ仕事をするのに何かを我慢しなくちゃいけないとかはないです。」

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思い立ったらやってみる、失敗したらすぐ改善すればいいですからね。

「そうですね。とりあえずやってみたらいい、と思います。やりたいことがあっても出来ない理由を探してそのままにしておくことってあると思うんですけど、でも何かやりたいことがあるんだったら取りあえずやってみたらいいんじゃないって思います。」

そうですね。

「仕事を辞めることを決断するのは大変なことだと思いますよ。でもやらないで後悔するよりやってから考えたほうが、のちのちの自分のためになるんじゃないかなと思います。」

たしかに。祖谷にはその価値があると思う。それが何なのか、ぼくもまだはっきりしないけれども。

そんなときに村松さんの言葉が印象的だった。

「お客さんも自分が求めているものが何かはっきりしているわけじゃないんです。それでも来てみると、なんとなくわかった、という人が多くて。それはゆっくりできたとか、景色がきれいだったとか、じゃなくて、何かの考え方に共感したような、充足感みたいな。」

充足感。

「若い人でも年配の方でも同じです。言葉じゃ表現するのは難しいのですけど、あるんです。スピリチュアルというものでもないし、すごい大自然と言うわけでもないし。ただどことなく、昔の地に足が着いた『息づかい』みたいなものを感じるのかな、って思います。多分それが、現代社会の中で、限りなく遠ざかってしまったもの、けれども失ってはならないものだって、どこかでみんな感じ始めているんだと思います。」

たしかにここには、日本人が営んできた生活の息づかいが残っていると思う。そしてこれからも残していきたい。

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過疎が進んでいる地域でこの風景や営みを残すには、ここで働き、生活する人がいないといけない。人がいなければ、建物や自然を残したとしても多くのものが失われてしまうだろう。

この風景を残しつつ、その中に自分もいたいと思う人の応募があることを願っています。

(2013/12/9up ナカムラケンタ)