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「この生地って部分だけ見るとシンプルで単調な水玉やボーダー模様だったりするんですよ。だけれども、それを組み合わせることによって面白さが出せると思っています。このブランドを通して伝えたいのが、何の変哲もないと思っている毎日やモノでさえも、見方を変えたり、捉え方によってはすごく面白いものになる可能性があるんだよということ。」
「日常をドラマチックに」をコンセプトに、株式会社アクセント・カラーの代表の望月さんが、会社設立と同時に立ち上げたブランド。
今回は、Saori Mochizukiのバッグを、百貨店やセレクトショップなど、外へと広げていく人と、webショップを立ち上げ、日々更新をすることで、内から広げていく仲間を募集します。
ブランドってたくさん存在しているけれど、どういう風な順序をたどってそこに行き着いたのかはあまり知られていないように思う。Saori Mochizukiのアトリエへ、彼女がブランドを立ち上げるまでの経緯を聞きに行った。

雰囲気のいいアパートの二階。ドアをあけると、色と模様の洪水が目に飛び込んでくる。望月さんの服装も、ブランドのイメージとぴったり。

「全くありませんでした。 大学では、文学部の演劇専修というところで、芝居や映画を観て評論を書くこと をしていました。そして、卒業後には映像制作会社に入りました。」
そこではCM制作をいくつも手がける。けれど、忙しい毎日が続き、3年ほど勤めたのちに一度自分のキャリアをリセットすることにした。
「わたしには何ができるんだろう、自分は何がしたいんだろう、というのを改めて考えました。そうしたら、子供のころからイラストを描いてみたり、裁縫をすることが好きだったなと思ったんです。だったら自分で手を動かすことにトライしてみようと思いました。」

「ウェブデザイナーかイラストレーターになるか、そんなことを考えていました。それが2004年。その頃は、インターネットを使える人達はたくさんいたけど内側のデザインが出来る人っていうのがまだ少ない時期だったんです。ホームページが1からつくれると、それだけで仕事が舞い込んできました。」
仕事の依頼は来るけれども、変化の激しいウェブ製作の現場は、自分の性格と相性があわないと感じる。
そしてあるとき、本屋に立ち寄ったところ、イラストレーターの方が自分の描いたイラストで雑貨や小物をつくる本と出会った。
「それを読んでいたら、面白そうだし、気分転換にもなるしやってみようと思って、さっそく布を買ってやりはじめました。それが今に繋がる第一歩目ですね。」

「自分で全部やろうと思い立ち上げたのですが、ハンドメイドだとつくれる数に限りがあって、自分の商品だけでショップを埋め尽くすことが難しかったんです。なので、国内外の雑貨を買い付けて、セレクトショップのような雑貨店として運営していました。けれど、今度はサイトの更新や買い付けに時間がかかってしまい、本来のつくるという作業が止まってしまったんです。」
そこでこんなことを考えたそう。
「自分は売る側にいくのか、つくることに専念するのか。それを考えたときに、やっぱりモノを作るのが好きだからこそやってきたんだと思ったんです。ただ商品を売るだけになってしまうのは違うなって。」

そこで望月さんはどうしたのだろう?
「これからどうしていこうか、また立ち止まって考え直しました。私は、お小遣い稼ぎ程度でつくって売るということがやりたいのではなくて、それでちゃんと仕事なんです、私はこれで食べてますって言えることがしたいと思ったんです。だとしたら他の商品を売っていくことも、ハンドメイド雑貨をつくって売っていく、というところからも脱する必要があったんです。」
今まで通りに一点一点手作りしていると、つくれる量にも限界が出てくる。それに伴う収入も、一定以上にはならない。そう思ったときに、根本的に自分のつくり方を変えないといけないと感じたそうだ。
ブランドをどうしていきたいのか、流されることなく、とことん向き合って考える。そして、自身の経験の上に従って進む。少しずつブランドが大きくなっているのは、ブランドの軸を流れに任せずに、何度でも0から考え直してきたからなんだと思う。

「わたしのつくるバッグは2万円前後です。それまでの販売先の雑貨店では、ヘアアクセサリーなど、手頃なものは数百円から扱いがあったりするんですよね。その横にわたしのバッグが並んでいたら必然的に高く見えてしまう。けれど、わたしはそのバッグを売っていきたい訳だから、これからブランドとしてやっていくのであれば、売り先を変えないといけないと思いました。」
慣れない服飾業界の中、発注を断られたり、なかなか求めてる素材が手に入らなかったり、苦労は絶えなかったそう。その上、売り先を変えるため、新しい販路を確保しないといけない。ハンドメイドからブランドとして切り替える時期はとても大変だった。
その頃、ハンドメイドを通して知り合った友人から、新宿・伊勢丹での限定ショップでのイベントを教えてもらう。さっそく応募してみると、販売する機会を得たそうだ。
「一週間のイベントで、20個ほどバッグを納品しました。そしたら、その期間中にすべて完売したんですね。『これはいけるのかも!』と思いました。嬉しかったですね。」
その後は、百貨店やセレクトショップのバイヤーさんなどが集まる展示会などに参加し、百貨店での催事の話をいくつかもらう。本格的な量産もそこからはじまったそうだ。

「パッと見は簡単にできるようにみえるんです。専門的にバッグづくりを学んできた人からすると、手法が変わっているみたいです。例えば、全面を布でつくっています。布だけだと、バッグ自身が自立しないでくたっとなってしまいますよね。でもこのバッグには全面にスライサー芯というものが貼られているので、バッグ自身が自立できるんです。素材も布だからすごくて、手に取ると、この軽さに驚かれる方が多いですね。」
この手法自体は、古くから業界に存在していたもの。けれど、布バッグ全面に使うという発想はなかなか思いつかないらしい。そして、つくるのに手間がかかることもあり、量産するという考えに至るブランドが出てこなかったようだ。
わたしも試しに持ってみると、予想以上の軽さに驚いた。けれど、たくさんものをいれても芯がしっかり貼られているから、鞄が膨らむことなく、すっきり見える。見た目だけでなく、機能面も優れている。
量産もはじまり、ブランドとして歩き出した。今までは望月さん一人でつくるところから売るところまで担ってきた。けれど、本格的に売っていくには、1人では限界がある。そこで今回仲間を募集することに。
これから入る人は、どんなことをするのだろう。
「今は百貨店の期間限定の催事呼んでいただいて、販売することがメインです。なので、これからは定期的に買えるセレクトショップなどにも販売先を増やしていきたいと思っています。百貨店さんの催事に来てくださった方に、『ここが終わったらどこで買えるの?』と聞かれることがあるのですが、なかなか答えられなくて。なので、販売店舗の開拓とウェブサイトをしっかりつくっていきたいです。」

「ネットショップを本格的に立ち上げたいなと思っています。なので、内側から売っていく人は、その更新業務をやってくれる方。こちらもパソコンの作業だけでなく、商品の撮影をしたり、注文が入ったときには、梱包・発送したり、お客様の問合せに対応したりしていただくことになります。」
この他にも、商品の伝票を処理したり、バッグの在庫管理などは、共通した仕事になってくるそうだ。
どんな人と一緒に働きたいですか?
「まだ小さいブランドですので、自分から動いてくれる人だと嬉しいですね。それと、毎日はじめましての人に会う仕事です。人と話したり、新しいことを楽しめる人がいいですね。」

「シフトなどは、働く方にあわせることもできます。仕事にまた復帰したいと思ってるけれども、なかなか社会復帰する機会がない方などが、そのきっかけとしてうちの仕事を考えてくれてもいいかなと思っています。いずれ自分でブランドを持って独立したいという方も歓迎ですね。」
今はブランドとして歩きはじめたばかりなので、デザインもエッジを効かせたものが多い。もう少しブランドイメージが定着したら、ターゲットを広めたデザインのバッグもつくっていきたいと思っているそう。
これから向かう先のことを、こんな風に話してくれた。
「自分の好きなこと、得意なことを活かして、どうやったら社会で役に立っていけるのかを考えていきたいと思っています。特に、社会で自立して頑張っていこうとしている女性に、もっとお洒落を楽しんでもらいたいという思いを込めています。この考えに共感していただける方と一緒に、ブランドを築きあげていきたいと思っています。」
(2014/02/18 吉尾萌実)