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里山から世界へ

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

自転車で一列になって、城下町の町屋通りを抜けていく。

深い緑に覆われた山々と、空をうつして真っ青になっている水田の間を進んでいく。

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今日のお客さんは日本人もいれば海外からの人もいる。せっかくなら交流が生まれればいいなと思って、クイズを出してみる。

喉がかわいてきたので、山の雪解け水がこんこんと湧く水場に立寄り、少し休憩。

そこへ地元の人が水汲みにやってきて、「あっちの水はもっと冷たくて味が柔らかいよ」と教えてくれる。

日も傾くころには、あたりからカエルの鳴き声が聞こえてくる。お客さんがみんないい顔をしているのが嬉しくて、帰り道、もうひとふんばりペダルを漕ぐ。

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これは、「飛騨里山サイクリング」のガイドツアーの仕事を想像して書いたもの。

「飛騨里山サイクリング」は、飛騨のまちに根付く人々の暮らしや文化を訪ねるガイドツアー。

運営するのは、飛騨古川に拠点をおく「美ら地球(ちゅらぼし)」という会社。

「クールな田舎をプロデュースする」というミッションのもと、ツーリズムの企画や、海外に里山文化を発信するウェブサイト「SATOYAMA EXPERIENCE」の運営、それから古民家の手入れを手伝う「ひだ山村・民家活性化プロジェクト」などに取り組んでいる。

ここで、ガイドツアーをしたりツアーの旅程を企画したりしながら、里山の暮らしを伝えもてなす人を募集します。

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東京から新幹線で名古屋まで行き、そこから列車で山々を抜けて約5時間。飛騨山脈の西側、岐阜県北部に、飛騨の里が広がっている。

観光地として世界的に有名な飛騨高山から、飛騨古川へは電車で3駅。高山に比べると、古川は少し「マニアック」な場所らしい。

たしかに、土産物屋さんに人が溢れている高山駅周辺に比べると、古川のまちはずいぶん落ち着いてみえる。

駅前は、もともと増島城というお城のもとに栄えた城下町。お城に近い順に「壱之町」「弐之町」「三之町」と町が広がっている。

町を抜けるとぐるっと360°山に囲まれた田園風景。里があり山があるこの立地が、人と自然が共生する「里山」の暮らしを育んできた。

笠を被り農作業に出かける人を見かける。もう教科書でしか見られないと思っていた風景が、ここには日常としてある。

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夏の温暖な気候からは想像できないほど、冬は豪雪地帯になるそうだ。四季が濃いから、人の暮らしも濃いのかもしれない。独特の建築があり、信仰があり、威勢のいい祭りがある。文化がぎゅっと詰まっている。

「美ら地球」へは古川駅から歩いて10分。弐之町のおせんべい屋さんの前にある。

いつも自転車が並んでいるから、自転車屋さんと間違えられることもあるそうだけれど、ここには世界中から観光客が訪れ、サイクリングでのツアーを楽しんでいる。

世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」での評価は星5つをキープし続けていて、そこには100件以上の口コミが寄せられているそうだ。

この会社を立ち上げたのは、もともと東京の大手外資系コンサルティング会社に勤め、退職後は世界旅行をしたのち、6年前に飛騨古川へ移住した山田さんご夫婦。

奥さんは東京に出張中でお会いできなかったのだけれど、旦那さんであり「美ら地球」代表取締役の、拓(たく)さんに話を聞くことができた。

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まず、1番聞いてみたかったことを聞いてみる。

世界を周って帰ってきたあと、きっと色々な選択肢があったなかで、どうしてここで生きていくことを選んだのですか?

「最初は、いわゆる日本の原風景が広がっているような美しい田舎を理想として探していたんです。日本全国探し、長野から山を伝ってここにはじめて足を運びました。まずはやっぱり、美しさに感動しました。でも、そのうちだんだん、見えないものの魅力に気付いてきたんです。」

見えないもの。

「例えば、人々が畑や田んぼを守っていること。語り継がれてきた信仰、伝統技術、お祭り。ここは、脈々と受け継がれてきた人の営みが、濃厚に残っている地域だったんですね。知っていくうちに、自分もそういうライフスタイルの一部になりたいという気持ちになったんです。」

拓さんたちが世界を旅するなかで強く心に残ったのは、アフリカや南米で自然とともに生きる人々の姿だった。季節に合った食べ物を食べ、そのエネルギーを糧に働く。それはシンプルでとてもかっこいい生き方だと思った。

帰国後、そういう生活を自分たちなりに形にできる場所を探していたところ、出会ったのが飛騨古川だった。

冬の厳しさも知らないくせに、と地元の人には反対されたけれど、1年通い続けて住む場所を見つけた。

そして、ビジネスコンサルをしてきた経験と、その後世界を回ってツーリズムの先進地を見てきたという2つの経験を生かし、「ここに世界中の旅人が来るような仕組みをつくろう」と美ら地球を立ち上げた。

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地元の人は当たり前だと思っていることでも、外の目から見ると驚きと発見で満ちあふれている。

拓さんが、あるものを見せてくれた。

それは、古川の大工さんが施した「継手(つぎて)」の模型。2つのパーツがあるのは分かるけれど、どうやって外れるのか分からない。複雑なパズルのような、完璧な対のフォルムでできている。

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「これは、この地に伝わる継手の技術です。飛騨古川は大工のふるさとなんですよ。古川の家屋や仏閣、神社の鳥居には、至る所にこの技術が使われているんです。」

大工さんは「こんなことで驚くの?」という感じらしいけれど、はじめてこの地を訪れた人は、技術の高さに驚く。ガイドツアーに地元の大工さんを招き、古民家の建築を巡るツアーを企画することもあるそうだ。

わたしも、一軒の古民家を訪問させていただいたのだけど、大きな床の間があり、竃があり、土蔵があり、本当に立派な建物だった。

「木をエゴマの油で拭くと、ピカピカに蘇るんですよ。」

古民家を訪ね調査し、全国から有志を募って保存活動をしている「お手入れお助け隊」の中心メンバーである辻さんが、そう教えてくれた。

こういう里山の風景を残す取り組みも、美ら地球の活動のひとつ。

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辻さんも、地元の方ではなく石川県から飛騨に移住したひとりだそうだ。

美ら地球のまわりには、この6年で20人以上の移住者がいる。国内だけではなく海外からも人が集まってくる。フランスからのインターン生も受け入れ、毎日英語が飛び交う環境がある。

外から来たからこそ、中の魅力を拾い上げて、外に伝える力に長けている。地域の人も、だんだん「よそ者」の視点に期待してくれるようになってきた。

美ら地球でガイドツアーを務める松尾さんにも話を聞いた。

松尾さんは、ニュージーランドの自然に魅せられツアーガイドの仕事に就き、その後は国内外問わず、主に自然のなかでの体験型のアクティビティツーリズムでガイドをしてきた。

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今まで手がけてきたツアーは何百本にもなり、数えきれないほど。とても落ち着いた方という印象だけれど、ツアーになるとスイッチが入り、テンションが上がるそうだ。

自分の国でガイドをすることを夢に帰国し、今は飛騨に住みながら訪れる人々に飛騨を紹介している。

「今までは、カヌーやスキーなど、アクティビティベースでガイドしていたのですが、ここでしていくのは日本の里山文化を伝えていくので、喋る量が全然違いますね。地図あればいけるような史跡や名所ではなく、そこに住む人の生活や根付いている文化など、見えないものを伝えるのが僕たちの仕事なので。」

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テキストをそのまま読んだような堅苦しい話は聞いてもらえない。どんどん想像がわいてくるように。ときにはエンターテイメントも交えながら。

外国のお客さんに伝えるときは、さらに言い回しなど難しい。毎日頭をひねっている。

「ガイド1人に対して参加者が8人いる日もあります。大人数での自転車移動は、安全面にも気を配らなくてはならないから大変です。一通り自立してツアーができるようになるまで、1年はかかると思いますよ。でも、人と話すのが好きで、人に喜んでもらいたいという気持ちがある人なら、きっといいガイドになれると思います。」

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実際に古川の町を体験してみたいと思った。案内してくれたのは、3年前に飛騨に移住し、美ら地球で働きはじめた白石さん。

白石さんの役割は、「本当に何でもやっています」とのこと。

ツアーを企画したり、行政や民間への営業活動をしたり、海外商談会での案件を取りまとめたり、広報を担当したり。ときにはガイドとして自転車にまたがることもある。

基本的に美ら地球では役職の区分はなく、オールラウンダーでありながら、それぞれの得意分野をもっているそうだ。

海外の山村地域に暮らしてきた経験があるという白石さんは、きっと地域の魅力を吸い上げる才能があるんだと思う。一緒に散歩をしていると、町の話が止まらない。

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「古川祭りは、飛騨で何百年も続く伝統の祭りです。槍の上にまたがり太鼓を鳴らす『起し太鼓』をめがけて『付け太鼓』という小さな太鼓が突進していくという荒々しい行列が名物で、『起し太鼓』を担ぐことは、この町の人にとって本当に名誉なことなんですよ。僕は去年、『後衛』という一番後ろのところに参加して、朝の3時までぐちゃぐちゃになりながら担いでいました。すごく面白かったです。」

地域の行事に参加し、町内会にも顔を出す。行き交う町の人に声をかける。すっかりこの町の文化にとけ込んでいる様子だった。

たぶん、こういう自分の暮らしの体験を、ツアーの企画をはじめ日々の仕事にも生かしているんだと思う。

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生まれ育った東京に比べ、ここでは全部が密接につながっている。それが好きなところだそうだ。

「家に突然近所の人が突然やってきて『白石くん、飲むよ!』って。そんな感じ (笑)。仕事だけじゃなくて、地域の人と触れ合いながらここでの暮らしも楽しんでいける人が来てくれたらいいな、と思います。」

世界を旅してきた人たちが、ここに辿り着く。そして今度はここに生きる人になり、旅人をもてなす立場になる。

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飛騨古川には世界中から旅人が集まってきます。自分でこう生きたいという軸を持っていて、それがこの場所と相性が良さそうなのであれば、ぜひ訪れてほしいです。

(2014/2/5 笠原ナナコup)