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森をつくる仕事をつくる

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「この森で、草も木も微生物も、障害のある人もない人も、みんなで働く仕組みをつくりたいがよ。そのオーケストラの指揮を振る人が必要ながね。そのためには、微生物の気持ちにも障害のある人の気持ちにもなれないかん。それぞれできることを知らないかん。それではじめて、みんなで音出すで、せーの!ってできる。」

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みんなのできることを繋ぎあわせて、できないことは補いあって、価値をつくりだしていく。そんな仕事に興味がある人はいませんか?

舞台は、高知県南国市にある、もともと栗園だった広大な何万平米もの林雑木林。坂本龍馬の先祖の墓がある才谷(さいたに)という地のすぐそばです。

時代の流れでゴルフ場の開発計画がストップしたまま、10年間手つかずになっていた栗園。

今、この場所を開墾して「学びの森」にしようというプロジェクトが進んでいます。

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ここで、「森をつくる」ということを通して、みんなの「仕事をつくる」人を募集します。

高知龍馬空港からバスに乗り、約30分で高知市内へ入る。高知県のおへそ、「はりまや橋」から歩いて5分ほど、江の口川のほとりに「アートセンター画楽(がらく)」がある。

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ここは、知的、精神、身体に障害を持つ方たちが絵画や立体などの創作活動に取り組める場として、平成16年に開設された障害者地域活動支援センター。

小学生から60代まで約90名がメンバーとして通っていて、作品の展覧会や商品企画、カフェスペース「Art Cafe 画楽」などアートを通じたさまざまな活動を行っている。

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そんな画楽が、来年度から「就労継続支援B型事業所」として、メンバーたちの「仕事をつくる」取り組みをはじめようとしている。

というのも、メンバーのなかには個展や作品制作のオファーがくるような人もいれば、そうじゃない人もいる。

誰にでも得意不得意はある。仕事をその人に当てはめるのではなく、その人に合った仕事をつくりたい。

そんな想いから、栗林の再生という新たなプロジェクトが動き出すことになった。

「今見たら、びっくりするような山ですわ。雑木が、栗の木よりも背が高いんです。採算がとれないからと、どこも手をつけなかった。でも、採算ではなくあの山でどう遊ぶか考えないと、再生なんてとてもできんと思ってね。」

そう話すのは、アートセンター画楽の代表、上田(うえた)さん。上田さんは、この栗林にはいろいろな可能性があると感じている。

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「今は、雑木が日陰をつくっているので、栗の木が成長できない状態です。でも、去年一部を開墾して陽が入るようにしたら、新芽が出てきたんです。」

栗だけではなく、ここにはいろいろな宝がある。淡竹(はちく)の林もあれば、ふもとには300坪の畑がある。そこでは有機無農薬の野菜づくりができるかもしれない。

たんに栗林を再生して栗を収穫するだけではなく、そこに人々が訪れて、収穫体験をしたり植物や生き物について学ぶことができる場所を、つくれるんじゃないかと思っている。

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ただ、上田さんたちの仕事は、「森をつくる」ことそのものではなく、「森をつくる」ことを通じて、画楽に通うメンバーのように障害を持つ人たちが、それぞれ働きがいを得られるようなしくみを考えること。

それを一緒に考えていく人を、今回募集したいと思っている。

「だから、働くってことはどういうことかな、という関心があったり、それぞれのできることをつなぎ合わせて価値を創造していくことに興味がある子。そんな子に来てほしいかな。」

本当に0からつくっていくものだから、こんなことができるんじゃないかな、と思ったら自由に提案してほしい。そのかわり、やるとなったら自分自身で動くことが求められる。

たとえば、有機農法で野菜を育てるためにはコンポストをつくる必要があるかもしれない。小屋を建てようとなったら、ノコギリを使うこともあるかもしれない。メンバーを森まで送迎するバンの運転手にもなるかもしれない。

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「パソコンだけに向かって仕事してたら、それを見た僕は少し機嫌が悪くなります。人と話して、素材を探して、最後にパソコンです。『人間にしかできないことを仕事にしてね』といつも言っているんです。」

実は、上田さんのもうひとつの肩書きはデザイナー。画楽を運営している有限会社ファクトリーでは、デザインやコンサルティングの仕事を請け負っている。

でも、上田さんと話していると、デザイナーや経営者の方と話している感じがあまりしない。生き物や植物に詳しいし、鎌や鍬、チェーンソーなどの道具も使いこなす。

もともとデザイナーだった上田さんが、画楽をはじめいくつかの福祉事業をスタートすることになったのも、「最初からパソコンに向かわない」という姿勢からだった。

「20年前に、行政から障害者についての人権学習やノーマライゼーションの啓発ができないか、という依頼があったんです。僕らは、主人公になる障害を持った人のことをもっと知らないと事業の成果は出んよね、と、まずは本人さんの話を聞きにいったんです。」

そのなかで、「自分たちは、なんて色々なことを知らずに知ったふりをしていたのだろう」と思うような衝撃がたくさんあった。

だんだん、「この人たちの頭の中には物事がどうしまわれているんだろう?」と興味がわいてきた。

一緒にいるうちに、隣にいてできることが見つかって、それがひとつひとつ事業になっていった。

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「ふつうのデザインと違うけど、これだってデザインやで。障害者の困りごとを解決するための生活のデザインなんやって、いつも言っているんです。」

上田さん自身、福祉を専門的に学んできたわけではないから、スタッフも福祉の経験がない人が多いそうだ。

でも、だからこそ気づけることもあるし、資格が必要になったときにとればいい。そのためのサポートはしています、と上田さん。

スタッフの方々にも、話を聞いてみることにした。

まずは、青色の服がとてもよく似合う中林さん。

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「一緒に働く同僚に、障害のある子がいるって感じかな。この間、画楽のメンバーのひとり、ショウタロウくんという男の子と一緒に森に行ったんです。彼は虫が大好きで、トカゲを見つけてポッケに入れて持って帰ったんですね。でも、いつの間にかそのトカゲがポッケのなかで死んでしまっていて。それを見た彼は、慌ててふーっふーっと人工呼吸をはじめたんです。一生懸命。農作業しんどいなって思っても、そんな姿見たらね。そんな同僚たちといるって面白い。」

中林さんは高知の出身で、もともとファクトリーでプランナーの仕事をしていた。10年前、アートセンター画楽の事業をはじめるにあたって、こちらのスタッフになった。

中林さんにとって、ここは個性的な「同僚」が沢山いる職場。毎日楽しいことが起こる。

でも、みんな人間だから、ひとりひとり不安定な時期もある。

ときには、自傷行為をしてしまったり、暴力を振るってしまう人もいる。今でも、見ていて震えることがある。どうやって気持ちを伝えたらいいか、言葉が分からなくなった時期もあった。

「でも、必ず、本人がやっていることには意味があるんです。問題行動とひとくくりにされていることでも、それは彼らの表現のひとつなんです。直そうとするのではなく、何を伝えたいんだろう?と探りたい。」

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一見理解できない行動も、その裏側にある背景や本心を想像してみる。そして、彼らと社会の間に立って通訳をする。

「どういう手伝いをしたらその人の良さを生かせるのか。それを考えるのがいちばん面白いです。」

どんな仕事にもチームワークは必要だし、相手の良さを引き出す姿勢は求められると思う。ここでは多分、そういうことにもっともっと目を見張って耳を澄ませていくことになるのだろうな。

まずは、目の前の人に一生懸命向き合うことだと思う。

もうひとり、紹介したい人がいます。1年前に東京から高知に引っ越し、7月から常勤で働きはじめた塩野さんです。

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塩野さんは、高知にくる前は、東京で毎朝中央線に揺られながら会社員生活を送っていた。

東京にいたときは、面白そうだと感じたイベントには顔を出すようにしていたそうで、横のつながりが広い。話しているうちに、わたしと共通の知り合いも何人かいることが分かった。

高知にやってきたのも、高知出身の友人が地元でお店をはじめることになったので、それを手伝うためだったそうだ。

友人のお店をサポートしながら仕事を探していたところ、いろいろなつながりで別の友人に画楽のことを紹介された。

はじめは専門知識も何もなかったので不安だったけれど、働いてみて実際にメンバーと接するなかで、だんだんと慣れてきた。

最近では、高知市内の「藁工ミュージアム」で、画楽のメンバーの個展の企画を手がけたそうだ。

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「4月にファクトリーに入社した岩手出身のデザイナーの子と、同じく4月に東京からきたミュージアムの学芸員さんとわたしの3人に、任せてもらいました。この会社でいいなと思うのは、画楽のメンバーはもちろん、社員のこともひとりひとり見てくれて、その人によって変わっていくことを面白がっているところ。懐が深いというか、自由なんですよね。」

そんな会社の風土に触れて、塩野さん自身も少しずつ変わってきた。

「わたしは今まで、何にしても自信がなくて、失敗したくないと思いながらここまできてしまって。でも、ここに来たらそれどころじゃない。この人に対してこう話しかけてみたらどうだろう?とか、とにかく1回やってみないと何もはじまらないんです。日々、やってみてだめだった、良かった、そういう小さなことの繰り返しです。」

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最後に、暮らしについて聞いてみた。移住ということを考えると、少し不安もあるかもしれない。でも、塩野さんがこんなことを言っていた。

「わたし、全然移住って思ってないんです。移住って少し大げさな感じがしませんか?海外ならまだしも…。東京から高知に引っ越した、という感覚です。」

高知市は、田舎暮らしというには便利すぎるほど、生活に必要なお店や機関がほぼ揃っている。

でも、少し車を走らせれば青く澄んだ美しい川がある。町のいたるところに新鮮な野菜や果物を売る市が出る。こだわりのありそうなオーナーのいる雑貨屋や飲食店も見かけた。

暮らしのバランスは、とても良いと思う。

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この町から、森をつくる、仕事をつくる、をはじめてみませんか?それはきっと、自分の仕事をつくることにもなると思います。

(2014/2/10 笠原ナナコ)