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女将という仕事

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旅館や料亭をとりしきる女将(おかみ)という仕事があります。

そのルーツは、弥生時代に女性の仕事とされた酒づくりにあるようです。おいしいお酒をつくることへの敬いを込めて「おかみ」と呼ぶようになったそう。

文化と礼儀作法に基づくもてなしから、マーケティング・広報といった経営面まで、幅広く支える存在です。

1 今回は岐阜県大垣市の小さな料亭「助六」で女将を募集します。

食、もてなし、書、茶、花道。

何となくでも、日本の文化が気になっていたら読んでみてほしいです。

時代とともに職業は移り変わっていくもの。この仕事が今日まで続いている意味が見えてくると思います。

伝統を大切にしつつも、時代に合わせてしなやかに変化していく仕事がありました。

大垣駅は、名古屋からJR東海で約30分。思いのほかすぐに到着した。

大垣市は岐阜県第2のまち。日本のほぼ真ん中に位置し、古くより東西交通の要所を果たしてきた。

2.. 15もの一級河川が流れ、国内有数の豊富な湧水に恵まれることから「水都」とも呼ばれます。

そのため、水を活かした産業が盛ん。

駅前のアーケードには江戸時代から続く和菓子屋さんが見えれば、酒蔵も。いずれも良質な水が味を左右するもの。またお酒を入れる枡(ます)の日本一の生産地でもある。

大垣城のほうへ5分ほど歩くと、水路が見えてきた。

桜のシーズンには、たらい舟の周遊客でにぎわうそう。

その水路沿いに、料亭助六があります。

玄関先で迎えてくださったのは女将の中村智景(ちかげ)さん。助六の娘として生まれる。

客間で話をうかがいます。

「繊維業で栄えたまちなんですね。子どものころは、駅前にも工場が広がっていたんですよ。接待の間として、10以上の料亭が軒を連ねたんですね。」

当時ほどのにぎわいはないけれど、いまも数軒の料亭が営まれている。

最近では海外からの来客接待や、観光客の利用も増えつつあるそう。

3 料亭って、どんなところなんでしょう。

「一言で言うと、日本文化を伝えていくところです。日本には四季がありますよね。時季に合わせた間を用意し、お客さんをもてなします。」

“間の用意”という言葉にはさまざまな意味合いが含まれている。

はじめに食事。

訪ねた3月初旬はお彼岸前。芽吹きはじめた走りの山菜をお出しするという。

そしてしつらえ。

しつらえとは調度類を配置し、室内の装飾を整えること。

春の訪れを感じる掛け軸を用意し、床の間には梅の花を生ける。あるいは、女将の着物も季節に合わせ変えていく。

4 「節句ごとのお料理を、季節を感じられる間で味わっていただくのが料亭です。」

日々の生活の中で、スーパーに行けばいつも同じ食材が顔を並べていたり。旬という感覚は次第に薄れつつあると思う。

けれど、四季折々の変化を求めて海外から訪れる人もいるように、実は日本の魅力でもある。

助六は、主に企業間の接待に用いられる。

ある付き合いの長いお客さんは、中村さんにこう話したという。

「助六では腰をすえてゆっくり話せる。だから、仕事がいい形でまとまるんだよね。」

5 商談に集中できる間を演出するため、女将は最高のもてなしで迎えたいという。

ビール一つにも、心配りが感じられる。

「生ビールの器は、陶器とグラスを用意しています。陶器は、キメが細かくて口当たりがよいです。一方で、器の中が見えた方がよいという方もいらっしゃる。だから両方揃えているんです。」

「瓶の銘柄はキリン、アサヒ、サッポロ、エビス、プレミアム。5種類はつねに用意しています。お客さんの希望でお酒を用意することもありますよ。」

料理についても、一月に二度見えた方にはお品書きを変えたり。苦手な食材があれば別のものを用意する。

一人ひとりに合わせた、きめ細やかな心配りを行っている。

6 その根底にある思いをたずねる。

「人に喜んでもらいたい、という気持ちですね。お客さんがなにを求めて助六に来てくださったのかを考え、場の状況に応えていきます。」

そんなもてなしを受けたら、さぞうれしいのでは。

そう思っていると、中村さん。

「一度目は、気づかないかもしれませんね。『なんとなく居心地がよくて、長居してしまったな』そう思っていただけたら。」

どういうことでしょう。

「押しつけの心配りって、実は楽なんです。わたしたちは黒子。お客さんの話がうまくいくように、心配りを感じさせないもてなしをしていきます。もし、10人のうち1人がふっと気づいてくださったら、うれしいことですね。」

7 女将のもてなしはさりげないもの。リピーターとなり二度、三度と訪れるなかで、次第に良さが伝わってくる。

“一見さんおことわり”という言葉の由来もそこにあるという。

ところで、女将に求められるものは幅広い。

ふすまの開け方にはじまり、料理と器を見る目、お客さんと接する際の礼儀作法。また、間を演出するには、花道や調度品の知識も身につけていく。

助六は言わば「大垣の応接間」。企業の方と話すには、経済のこともある程度は知っておきたい。

女将の仕事は、なかなか大変なものではないでしょうか。

「辛いこともいっぱいあります。でも楽しいですよ。仕事しているとほんとうに楽しい。色んな人に会えて、ためになる話をお座敷で聞かせていただけて。お客さんに育ててもらうことも多いんです。それも、いいお客さんに恵まれているからですね。」

お座敷を掘りごたつにしたのも、お客さんの一言がきっかけだ。

「今後は海外の取引先が増えるから、彼らも足を伸ばして、リラックスできるといいね。」

英会話教室にも通いはじめた中村さん。実は結構話せるとか。

大変さと楽しさは、裏表なのだと思う。

いま助六は、日本文化と料亭文化を若い世代へ伝えていこうとしている。

そのきっかけは、4年前にはじめたNPO法人G-netからの学生インターン受入にあった。

9 G-netが行う長期インターンシップは、半年間にわたり、学生が企業の抱える現実の課題に取り組むもの。

これまでに受入れた学生は7人。なかには、首都圏から休学してインターンに来た人も。

学生インターンの受入から生まれたのが、マナー講座。

配膳はお茶碗を左に、汁ものを右に置くこと。箸の正しい持ち方。日本文化や食の基本的なマナーが家庭から消えつつあった。

「礼儀作法は相手への思いやりを伝えるもの。人と人のコミュニケーションの基本にあると思います。」

寿司の食べ方にも作法があるそう。

「お寿司はなにから食べますか?」と中村さん。

淡白な白身魚から、と聞いたことがあります。

「そうですね。もう一つ大切なことがあります。好きなネタから順に食べると、間に穴が空きますね。一緒に食事している方から見て、気持ちのよいものではありません。」

お酒を注ぎあう文化にも意味がある。

「家でも会社でも、日ごろの感謝を言葉にするのは、恥ずかしさもありますよね。お酒を注ぐことは、気持ちを伝える行為だと思います。」

10 食事やお酒は、言わばコミュニケーションのツール。礼儀作法を知ることが、相手との関係をよいものにしていく。

また、マナー講座は若い人が料亭を訪れるきっかけにもなる。

これまで企業の接待を中心に用いられてきた料亭は、年々減りつつある。

「文化には、手間もお金もかかります。たとえば着物一つをとっても、二部式といって簡略化されたものが出ています。けれど料亭は、日本文化ともてなしの心を表し、伝えていく場。わたしたちは手を抜かずにお迎えしたいんです。」

そこは手間を惜しまないんですね。

「惜しみません。」

その姿勢は着実に共感を呼び、広まりつつあるようだ。

一度は接待で訪れた新社会人が、プライベートでも訪れるようになったり。

マナー講座に参加したあるお父さんは「うちの家族にも教えてほしい」と一家で講座に通っている。

11 知られていなかったけれど、求めている人はたしかにいる。

「一緒に働く人には、きっかけづくりも取り組んでほしいです。わたしたちに思いつかないだけで、もっと方法はあるはず。どんどん提案していってください。」

中村さんは、いずれ女将を次の人に譲ることも視野に入れている。

一緒に働く人に伝えておきたいことがある。

「女将っていそがしいです。取材の機会も増えていますし、講演もあるでしょう。インターン生と一緒に、企画を組んでいくこともあります。」

「はじめは、大変なこともきっとあると思います。でも、かならず花は咲く。一緒にやっていけば、大変さも半分になります。大企業で出世する道もあるでしょう。一方で、伝統を育み伝える女将も、すてきな道だと思います。女将業を、憧れの仕事にしていけたら。一緒に頑張りたいです。」

伝統は、ずっと変わらないように見えて、時代に合わせてしなやかに形を変えてきました。

これまで助六インターン生が枠にとらわれず、取組みをしてきたように。女将の仕事にも、あらたな形があるのだと思います。

もし助六に入ったら、まずは「おもてなし係」として、間の演出やお客さんへの給仕を覚えていきます。

おもてなし係の長を務めるみえこさん、そして3年目のみゆきさんにも話をうかがいました。

12 左からみゆきさん、みえこさん
はじめにみゆきさん。

「覚えることって、たくさんあります。わたし、最初は右も左もわかりませんでした。料理を出すことは誰にでもできるようで、実は一人ひとりのお客さんに合わせた間があるんです。」

一方のみえこさんは、お茶を出してこう話してくれた。

「最初に覚えるのがお茶かもしれませんね。季節によって、お湯の温度、茶葉の量に抽出時間も変えていきます。煎茶は低温でじっくり入れることで、渋みを抑え、うまみを引き出します。もう少しすると新茶が出てきますね。やや熱めのお湯でさっと入れるとさわやかな味が楽しめます。うまみの凝縮された最後の一滴まで出して。」

「日本はお茶一つを茶道にしてきたんですよね。奥は深いと思います。」

13 取材を終えてから、まちを歩きました。

大垣はいま、観光で盛り上がりつつある。

助六も、水路を利用した舟渡しツアーと連携したプランを組んだり、まちの紹介を盛り込んだミニコミ誌をリリースしたり。おのずと地域にも関わっていくのでしょう。

03 これまで育んできたものを学びつつも自由な発想で日本文化を伝えていく。

そんな日々が助六にはあります。

(2014/4/24 大越はじめ)