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手仕事をつなぐ

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「日本人が使う手って、ただのハンドではなくて、すごく色々なものを込めるじゃないですか。職人の手にもパワーがあって、モノと一体になる力を持っていると思います。だからこそ、色々なものを生み出せる。そんな手をつなげていきたいと思っています。」

コストを下げて効率化を図るものづくりもあれば、たとえ非効率と言われても最高のクオリティを目指すものづくりもある。

海外との価格競争が厳しくなっていく時代のなかで、これから生き残っていく「日本のものづくり」ってなんだろう。

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戦後から高度経済成長期を経て、現在に続くまで積み重ねられてきた日本の職人の手の技、英知。

今回は、そんな手仕事を継いでいく「精密板金」の職人さんを募集します。

「精密板金」とは、鉄、SUS、アルミ、銅、真鍮などの板状の金属を、切る・曲げる・接着するという3つの工程で立体的に加工すること。

平面のものを立体にするという意味では、「折り紙」に近いかもしれない。

折り紙が、ORIGAMIとして世界中に知られているように、実は板金も、BANKINとして世界に誇れるような、日本の優れた技術。

精密機器の内部機構部品など、普段は人の目に触れることはないけれど、人間でいったら「心臓」のように大切な部分をつくっている。

そうした精密板金の技術を、半世紀に渡って築いてきたのが、横浜市緑区にある海内(あまうち)工業という会社です。

どんなものづくりをしているのか、会社を訪ねて話を聞いてきました。

横浜線の中山駅から歩いて20分ほど。恩田川沿いにいくつかの工場が集まった小さな工業地帯がある。

作業着姿でお昼の休憩から戻ってくる人たちとすれ違いながら、その路地を入っていく。

カンカンカン、と空の向こうから金属の音が気持ちよく響いてくる。音の方向へと進んでいくと、海内工業の門の前にたどりついた。

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海内と書いて「あまうち」。読み方がとても珍しい。

1958年に創業し、30年前に大田区の田園調布からこの場所へ移転してきた。

大手から個人メーカーまでさまざまな顧客を持ち、受注事業をメインで行っている。最近は、+αで、自社で開発から製造まで手がける開発事業も小規模ながら始めた。

「注文が来るのを待っているだけの待つ町工場から、考えて動く町工場に変わっていかないといけないと思っています。」

そう話すのは、海内工業の取締役営業業務部長の海内美和さん。

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お爺さんが創業し、お父さんが二代目を継ぎ、美和さんは町工場の娘として生まれた。継げば三代目の社長になるそうだ。

「女性ということもあったし、継ごうと思ったことはなかったんです」と話す美和さん。

ここで働くことになったきっかけは、2008年のリーマンショックだった。

「海内工業が倒産してしまうかもしれない、という危機に直面したんです。売り上げが4割減になり、いきなり赤字転落という状況で。勤めていた会社を辞めてここで働きはじめました。」

学生時代に海外への留学経験がある美和さんは、大学卒業後は資産運用会社に就職し、ファンドマネジャーを目指しバリバリ働いていた。

けれど、職人の世界は別次元。「これ何?」「ステンレス?」最初は知らないことだらけだった。

学んでいくうちに気がついたのは、お爺さんの代から続いてきた「技を磨く」ものづくりの精神が、今も続いているということ。

どこにも真似できない精密な技術が、ここにはあった。

「それを言葉で説明するのは難しいので」と、美和さんがこんなものを見せてくれた。

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それは、“精密箱”という、フタのついた金属の箱。

フタを開けようとすると、パカッと簡単には開かない。

指に力を入れてはじめて、くくく、とゆっくりフタが持ち上がる。

「お弁当箱のようにパカッと開かないですよね。茶筒のように、くくく、と開く。これは、下と上のフタのはめ合いの精度なんです。100分の3ほどの精度で詰めると、このような開き方になります。」

精度の詰め方によって、くくっ!と開くもの、パカッと開くもの、色々な調整ができる。これこそ、海内工業の世界に誇れる技術。

ただ、当時は、そんな技術を持ちながらも仕事は減っていく一方だった。

昼間でも薄暗い稼働しない工場のなかで、みんなの笑顔も失われていた。

そんななかで美和さんは考えた。

みんなに夢を持って明るい気持ちになってもらうにはどうしたらいいだろう。持っている技術を生かせる方法が、必ずあるはず。

まずは、自分たちのものづくりをしっかり伝えていくことにした。すると、地道な営業や人づての紹介で、お客さんが増えてきた。

大手だけではなく独自に面白い取り組みをしている個人メーカーの方まで、幅広い依頼をいただくようになる。

そうしたメーカーからの受注事業のほか、もうひとつはじめた新しい取り組みが「開発事業」。

たとえば、町工場とデザイナーのコラボレーションでプロダクトを生み出す「BRANCH」プロジェクトに参加して名刺ケースを開発したり、大塚製薬株式会社のポカリスエットを月へ運ぶ「ルナドリームカプセルプロジェクト」にカプセル製作で参画したり。

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大学の研究員との共同製作やアイドルとのコラボレーション企画まで、本当にさまざま。

ほかの技術やデザイン、アイデアと掛け合わせることで、さらに新しい価値が生まれていく。

日々の仕事が、未来の課題解決や社会を豊かにするために使われていることが分かると、自分たちの技術に改めて誇りや夢を持てる、いい機会にもなる。

「町工場って、きつい・汚い・危険の、いわゆる『3K』の仕事なんです。つくっている職人たちは自信がなかったり、キラキラしている人ばかりじゃない。でも、だんだん明るい気持ちで仕事してもらえるようになってきたんです。だから、これから入る方にも、そんな風に参加してもらえたらいいなと思います。」

ここで新しく働く人は、どんな人がいいだろう?

技術開発部の湊さんにも聞いてみる。

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「技術継承という意味では、なんでも前向きに取り組んでくれる人がいいですね。あとは、ゆくゆくは技術だけではなくてマネジメントもやってもらいたいので、抽象的な言い方になってしまいますが、”全体観”のある子がいいなぁと思っているんですね。」

全体観。

「はい。たとえば部活の時にキャプテンをやっていました、とか。そういう方のほうが、目の前のことだけではなく、全体も考えながらできるんじゃないかと思うんです。」

木の枝葉のように、ものづくりにはたくさんの人や工程が関わっている。ひとりではなくチームワークの仕事。

どうすればもっと効率よく気持ちよく仕事ができるか考えることや、コミュニケーション能力も必要になる。

とはいえ、それは特別なことじゃない。まずは挨拶をするとか、そういう基本的なことからはじめてほしいそうだ。

もうひとつ、湊さんに聞いてみたいことがあった。

事前の打ち合わせでは、「経験は問わない」と聞いていた。

けれど、やっぱり実際の作業では、専門知識が必要になる部分も出てくると思う。

理系の工学部で学んだような方じゃなくても大丈夫なんでしょうか?

「それは、あんまり不安になることはないかな、と思っています。実は、僕も文系なんです。」

そうなんですか。

「僕の経歴は、けっこう変わっていると思います。高校の普通科を卒業して、大学受験に失敗して、半分家出のような状態で家を出て、お弁当の配送の仕事をしていたときに『お兄ちゃんうちで働かへん?』と誘われて。それが板金工場だったんです。」

板金の現場で職人として働いているときに、偶然Twitterで海内工業のことを知り、面白いことをやっているな、と思いメッセージを送ったそうだ。それがここで働くきっかけだった。

「理系でもなんでもない高卒の僕が、東大の先端技術センターの研究者と一緒にロボットの話をしているんです。だから、あんまり理系とか文系とか関係ないのかな。もちろん、理論を分かっていたほうがいいに越したことはないけれど、やりたかったらやればいいし、勉強すればいいと思います。」

湊さんに話を聞いたあと、実際に工場で行われている仕事を見せていただいた。

板状の素材を切るレーザー加工。そして曲げるベンダー加工。工程に合わせてさまざまな加工機械がある。

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長方形の板状の金属を、まずはレーザー加工機などでカットする。

あらかじめコンピューターで切り出す形をプログラミングすることで、複雑な形状も、機械が自動的に行うしくみになっている。

形を切り出したあとは、曲げる作業。これはベンダー加工機で行う。

量産の場合は「金型」という金属の型をつくり、プレス加工することで形をつくっていく。

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作業を見学していると、最初は紙のように薄っぺらい金属が、工程が進むたびに、だんだん立体的に起き上がってくるのが面白い。

ほんとうに折り紙のようだと思った。

「板金は”曲げ”の形や寸法で決まっちゃうので、うちでは一番大事です。」

そう話すのは、工場長の鈴木さん。

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「生まれたときからここにいるから、愛着がありますよ。」と笑う。

お父さんがもともとここで工場長を勤めていて、鈴木さんも自然とここで仕事を手伝うようになったのだそうだ。

鈴木さんにも聞いてみた。どんな人と一緒に働きたいですか?

「なんでもかんでも器用じゃなきゃいけないってことはない。不器用でも、やる気があれば克服できるから。」

「今年入った新人も、一生懸命やっているんですよ」と、新人を紹介してもらう。

金型をセッティングしている望月くんは、去年の秋から半年インターン生として働き、4月から入社した。

「もともとパソコンが好きで、パソコン関係の仕事を探していたのですが、ものづくりという点で工場に惹かれて。インターンの間、作業が楽しかったんです。細かい作業とか、自分に向いているのかなって。」

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入って最初の3ヶ月は、研修期間。

「今は、この作業が終わったら次はこれやってみようかって、先輩に指示をもらっています。毎日決まったスケジュールがあるわけではないですね。作業の種類は多いのですが、だんだん、あ、これやったことあるな、というものが増えてきています。」

働いてみて、どうですか?

「自分以外全員年上なのですが、もっと厳しいと思っていたけど、みんな優しいです。自分だけの判断でやると失敗してしまうので、分からなかったら聞くようにしています。」

失敗したら、怒られますか。

「報告しないと怒られますね。たとえば完成したものの寸法が大きく違ったら怒られます。」

「そうならないように、自分で気づくのが大切かな。何も考えていなかったら、失敗したことに気づけないので。」

失敗したら、失敗した原因が分かる。寸法が足りなかったとしたら、次はサイズを合わせてもう一度トライする。

曲がる角度や長さをあらかじめちゃんと見ていれば、不良も少なくなる。

「仕事を淡々としていてもつまらないじゃないですか。だから、次はこうしてみようかな、とか、考えることが楽しいと思える人が向いていると思います。」

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最後に、美和さんから一言。

「100年続く会社にしたいので、それを一緒に目指せるような方に来てほしいです。国内、そして海外に対して、『海内』と聞いただけで『精密板金』とイコールになっちゃうくらいの、デファクトスタンダードを目指したいです。」

海外には真似できない、日本のものづくり。手からしか生み出せない手仕事を、先のことまで想像しながらつないでいってほしいです。

(2014/7/14 笠原ナナコ)