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休む、ってどういうことだろう。昼過ぎまで眠ること。旅行に出ること。買い物をすること?
どれも近いようでどこか違う。働きはじめてからの6年、ずっと考え続けていました。
取材で訪れた宮城県の鳴子温泉郷。そこで過ごした3日間は、休むことの意味を気づかせてくれたように思います。

「お茶をどうぞ。一息ついてください。」
ご主人の大沼伸治さんが、抹茶を立てて迎えてくれた。
ここ鳴子温泉郷は、1,200年以上の歴史を持つ日本有数の温泉郷。日本にある11の泉質のうち9種類が湧き出ている。その名前は知らなくても、JRのデスティネーションキャンペーンのポスターを見たことのある人は少なくないと思う。
今回は創業100年の湯治(とうじ)宿、大沼旅館で働く人を募集します。
そもそも湯治ってどういうものだろう。
抹茶をいただきながら大沼さんに聞いてみる。
「自然の豊かな温泉地に長く滞在して、ゆっくりと心身を休めます。入りたいときに温泉に入り、地の食材で自炊して、好きなときに休む。自分のペースで時間を過ごすなかで、本来の自分を取り戻していくんです。」

なかでも農家や漁師にとって、湯治は一年のサイクルに組み込まれたものだったという。
日ごろの仕事で疲れきった心身を温泉で温め、ゆっくり時間をかけてほぐしていく。
湯治客や宿の人が混じりともに話し合うことで、自分を見つめ直す。
そうして心身ともにリセットして、新たな一年を迎えていった。
大沼さんは今年52歳。湯治客に囲まれて育ち、いまに至るまでの話からは、日本の休みの変化が感じられました。

大型で整った設備に、細かいところまで行き届いたおもてなし。旅館は連日観光客で大賑わいだった。
一からおもてなしの精神を学び、鳴子に戻ったのは25歳のとき。これまで見てきた華やかな旅館と、さびれた実家のギャップに愕然とした。
「大沼は湯治の精神を大切にする宿です。高度成長期を経て、休み方も変化していくなかで、湯治文化は忘れられつつありました。温泉での過ごし方も1泊2食で楽しむ旅が主流になってきたんですね。」
大沼さんの仕事は、時代の変化に合わせ、観光客も受け入れられる旅館に変えていくことからはじまった。
同時に、湯治を多くの人に知ってほしいという思いも持ち続けてきた。
そしていま、お客さんと話をするなかで、再び湯治が求められていることを実感している。
「みんな忙しいでしょう。情報が溢れていて、仕事では人間関係も複雑。いつも何かに追い立てられているのではないでしょうか。自分を抑え込むなかで、体調を崩してしまう人だってほんとうに多いと思いますよ。」
「大沼旅館ってどういう場なんだろう?あらためて考えると、温泉に入ることで安らぎ、自分に戻れる場なんですね。」
自分に戻れる場。
「温泉は森や海と同じ、自然なんです。自然に自分をゆだねてリラックスさせてあげる。自分を養う。昔のように長期滞在は難しいですが、まずは週末を過ごすことで、自分を振り返るきっかけにしてほしいと思います。」
大沼旅館が位置するのは東鳴子温泉。
浴衣を来て歩きたくなるような、いわゆる温泉街の鳴子温泉郷からは少し外れたところにある。その立地が、かえって湯治をする人には適している。

こうした休日の過ごし方は、最近欧米でも注目されているRetreat(リトリート)に近いかもしれない。自然食を食べ、森の中でたたずんだり、ヨガや瞑想を行い心身を整えるというもの。
大沼旅館を訪れたお客さんたちは、どのように過ごすのだろう。
大沼さんは、子どもの頃の宿の様子を話してくれた。
「うちのばあちゃんが湯治客の肩を揉んでいたかと思えば、お客さんが『ひまなので、風呂掃除手伝わせてくれ』なんて言ってくれる。旅館の中心にある温泉を通して、お客さんと僕らが結ばれているんですね。」
お客さんが掃除?と思ったけれど、実際に温泉に入り、宿に泊まると腑に落ちるものがあった。
人は、生活のなかで多かれ少なかれ役割を演じるもの。休みに訪れた宿でさえ、“お客さま”として振る舞い気疲れしてしまう。そんな経験のある方もいるかもしれない。
大沼がつくろうとしているのは、お客さんも宿の人間も、ありのままの自分でいられる場。

お客さんは、さまざま。
取材中もご近所さんが一風呂浴びに訪れたり。若いカップルが日帰り入浴を利用する姿も見えた。
なかには毎月訪れては、1週間を過ごす人もいるそう。

また、最近ではオフィスワーカーの宿泊も増えつつあるという。
働く上ではどんなことが大切なのだろう。
大沼さんは一緒に働く人に伝えたいことがあるという。
「まず、湯治のように時間をかけてゆっくり仕事に慣れてください。ここでの自分なりの柱をたて、安心できる居場所をつくってほしいです。周辺の自然や地域の人々とふれあうことも自分の居場所づくりには大切です。お客さまとまじわりながら、のんびりとね。」

「温泉を中心に食事の提供や宿泊まで一通りの仕事があります。どこを担当してゆくかは話しあいながら決めてゆきましょう。やることはたくさんありますが、基本は一つ。お客さまにいかに気持ちよく過ごしてもらうかということです。」
一見単純な作業も、気持ち一つで変わってくるという。
「一つ一つのことから、日々学びがあります。たとえば『布団はいやいや敷いちゃいけない』と先輩は教えているようです。お客さんにゆっくり休んでほしい。そう思って敷くと、気持ちも伝わるんですね。」

そこには一つの循環があるという。
「僕はよく、放電と充電と言うんです。仕事で放電して多少疲れても、温泉で充電していきます。」
もう一つ、伝えておきたいことがある。
「旅館に就職するというより、鳴子という里山の温泉にやってくる気持ちでいてほしいんです。周囲にはお客さんと一緒に手入れしている杉林や、無農薬で大豆を育てている畑もある。農業に食、色んなフィールドが広がっています。」
一緒に働く人には、温泉の仕事を日々一生懸命やりつつ、自分のやりたいことにも取り組んでいってほしいという。
その際に大切になるのが、地域で活動している方の存在。

彼女は、中山間地域の農業についてこう話す。
「小規模で行うため、農作物はどうしても高くなってしまいます。収入面で見るとほんとうに厳しい状況にあります。『買って食べた方が野菜も米も安い。もうつくるのはやめようかな。』農家はみんなそう言うんですよ。それでも続けているのは、先祖から受け継いできた土地を放棄するわけにはいかないという思いからです。自分には何ができるのだろうと、交流イベントの企画などをしながら探し続けてきました。」
イベントは大きな売上げがあがるけれど、一過性のもの。
他にも何か可能性があるのではないか… そう考えていた遠藤さんの転機は、東京から移住した鈴木美樹さんとの出会い。
鈴木さんは東京で育ち、アパレル会社で働いてきた方。自身の体調を崩したことがきっかけで湯治と出会う。
鳴子に来た当初、大沼旅館で半年ほど「田舎で働き隊」として湯治修行を行い、独立したそうだ。
大沼旅館は田舎に興味のある都会の人と地域を結ぶプラットフォーム的な存在も担っている。
鈴木さんはいま、10人ほどが集い、鳴子の畑で収穫した野菜をいただく料理教室「里山ご飯食べにいこう」を定期的に開催している。

「野菜の煮しめにおひたし… 素朴な料理のおいしさに、みんな感動するんです。驚いたのは、一人が『お米買っていきたいです』と言い出すと、わたしも、わたしも… ほとんどの人が米や野菜を買って帰ったんです。鈴木さんからは何も言っていないんですよ。あとで聞けば、毎回のことだそうです。」
売上で見ると微々たるものかもしれない。けれど、遠藤さんが探しつづけた確かな手応えがあった。
「食べた人の『おいしい!』って声が聞ける。何度も買いに来てくれる人がいる。農家のおじいちゃんおばあちゃんが喜ぶんですよ。自分のつくった米や野菜を楽しみにしている人の存在が、農業を続ける励みになっています。」
農業は、湯治とも切り離せない関係にあるそうだ。
「田んぼでは、これから真夏に向けて青々と稲が伸びてゆきます。その周囲には家や山が広がって。その景色を見るとなんでかな、心が落ち着くんです。」
自然に囲まれ、仕事に向き合いご飯をきちんと食べて暮らす。そんなシンプルな暮らしがここにはあるのだと思う。
大沼さんは今後、温泉をもっと健康に役立てたいとも考えている。
昨年からは、任意団体の“湯守の森”を立上げ、森林浴や林業体験の場としても活用をはじめている。
これからは、統合医療などの分野と連携して新しい湯治を模索してゆく予定だそう。

もし感じるものがあれば、まずは週末を利用して温泉に行ってみてほしい。きっと気づきがあると思います。
(2014/7/25 大越はじめ)