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学歴もコネもない

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学歴もコネもない。それでも自分の仕事をしていきたい。

きらめき不動産の代表である後藤さんは、就職活動もせずに社会にでて、いろんな経験をしたあとに、不動産の仕事にたどりつきました。

kilameki01 なぜ不動産業がよかったのか聞いてみると「頭がいいとか、仕事ができるからというよりも、引きの強さとか、運の強さが活きる仕事」だからなんだそうです。

仕事に求められる能力は、仕事の数だけあります。この仕事も、きっと誰かに合う仕事だと思うので、ぜひ読んでみてください。


横浜関内。港町にあるオフィス街は、東京とちがって少しだけ空が広かったり、古い石造りのビルが残っていたり、老舗の喫茶店があったりする。

kilameki02 きらめき不動産はJRの関内駅からも、みなとみらい線の馬車道駅からも、歩いてすぐの場所にある。

エレベーターに乗って7階にあがると事務所があった。

この会社の仕事をシンプルに言ってしまえば、不動産所有者にアプローチして、売却希望者を見つけ出し、売買仲介するというものだ。

いわゆる不動産投資の会社は、体育会系の雰囲気を感じるけれども、ここはちょっと違うようにも感じる。

それはなぜなのか疑問に感じながら、代表の後藤さんに話を聞いた。するとだんだんとその理由がわかっていった。

「ぼくは大学卒業後、就職活動もせずに、オーストラリアでサーフィンをしながら住んでいたんです。サーフィンが好きだったし、あわよくばそれで食べていけないかな、と思っていたんですけど。」

kilameki03 なぜ就職活動しなかったのですか?

「難しそうだなって思って。あとは決めたくなかったんですね。」

決めたくなかった。

「そもそも世の中には何があるか知らなかった。だから就職するんでしょうけど。でもそういう気になれなかったんです。決めたら、一生懸命やりたかったですしね。」

学生時代にバイトしていたピザ屋さんで、卒業後も働いてお金を貯めて、ワーキングホリデーでオーストラリアに行った。毎日8時間くらいサーフィンをしていた。

「お金が足りなくなったら農家の手伝いをしました。現地のゴツい人がすごい大きなスイカを投げてくるんです。それを受け取って、また隣の人に投げて運ぶとか。死にかけましたね(笑)」

kilameki04 その後、帰国。そこからいろんな仕事を転々とする。

「コンビニでバイトしているときに『海外で働く』という内容の雑誌が販売されていたんです。そしたらアメリカの公認会計士CPAというのがあるのを知って勉強するんですけど、めっちゃ難しいんですね。それで1年くらいで挫折して。」

「そのあとも観光旅行の添乗員をして面白かったんですけど、一生かけてやる仕事でもなかったですし。コールセンターで働いたりあとに、サーフィンの波情報を提供する会社で、朝4時から波を見に行く仕事をしたりしました。」


そんな生活を続けたあとに「稼ぎたい」という欲が生まれたそうだ。

「稼ぐには営業でしょ、と思って、歯医者さん相手にコンピューターソフトを売る仕事をはじめました。完全に飛び込みで、まあ、ぼちぼち頑張って売っていたんですけど、スノボで飛びすぎて足を三箇所くらい骨折してしまったんです。」

「半年くらい仕事を休んだあとに、復帰して抜けていた期間の売上を確保してからやめたんですけど、入院中に『金持ち父さん貧乏父さん』を読んで、これからは投資をしなきゃいけない、と思ったんですね。」

そこで入社したのが証券会社。仕事内容はFXを電話営業で売っていくというもの。とても過酷だったそうだ。

「どこに電話するんですか?と聞いたら、一応名簿があるんですよ。ボロボロの。でもかけてもかけても『現在、使われておりません』となる(笑)それでどうすればいいのか横のやつに聞いたら、『公衆電話のハローページもってくるんだよ』とか言われて(笑)」

何本か契約できたものの、勤務時間も長く、湘南の自宅を出るのは、いつも朝5時半だった。

「これは何か間違っているな」と思っているときに出会ったのが不動産投資だった。

kilameki05 「不動産投資の門をたたくんですが、やっぱり電話営業があると思って、前のトラウマがあったので迷いました。でもとりあえずやってみたら楽で楽でしょうがなかった。」

楽だった?

「前がきつかった、ということもありますけど。なんていうんでしょう、それまではまったく興味がない八百屋さんとか薬屋さんに電話して拒絶される、ということだったんですが、不動産投資の場合はまず所有者に『買いませんか?』じゃなくて『売りませんか?』という形から入るので、結構話を聞いてくれるんですよ。」

「不動産を持っている人は、人生のどこかで売ることが多いんです。相続することもあるけれども。だから話を聞いてくれるんですね。あとは物件を見つけて、買う人を見つけるところまで、すべてひとりで完結できるところが面白かった。書類をつくったり大変なんですけど、慣れればたいしたことないので。」

その後、「自分でもできるな」と思ったそうで、2008年に独立することになる。

kilameki10 はじめは一人で苦労したこともあったそうだけれども、仲間が増えていき、だんだんうまくいくようになっていったそうだ。


どんな仕事なのか、となりに座っている岩崎さんに聞いてみる。後藤さん曰く、「変わっている」方とのこと。

「まずは物件を探すために、データベースから探して物件所有者にアプローチしていきます。はじめから売る方はいないんですけど、反応があれば再度アプローチして。会ってお話ししたり、物件の調査もして、うまくいけば媒介契約を結びます。」

kilameki06 「今度は買い取り希望者を探して、反応を待ちつつ、金融機関に打診したり、細かい調査もおこなっていきます。それで買いたい人と売りたい人を調整しながら、売買仲介をするんですね。」

仕事の面白いところってどんなところですか?

「ぼくは売主を見つけるところとか、物件を見にいくところですね。1日3、4件見ることになるので大変なんですけど、だんだん自分の中で精度も高くなっていくし、マニアックになっていくんです。たとえば、すごいボロボロの物件を見たりすると、モエてくるんですよ。」

燃える?萌える?

「ファイヤーのほうです。そういうのが好きな人もいらっしゃるんで『ちょっとやばい物件がでたんですけど』と伝えたりします。」


もともと岩崎さんはどんな会社で働いていたのですか?

「妻が茨城出身で、実家に近いほうがいいということで、茨城に引っ越ししたんですよ。はじめは派遣の仕事をしていたんですが、なかなか食べていけなかったので、ハローワークに行って、建設会社に入社することになりました。」

kilameki07 そこは相続税対策にアパートを建てましょう、という会社だったそうで、大変な仕事だったこともあって、15人いた同期は1年後に2人しか残っていなかったそうだ。

それでも気にかけてくれる上司に助けられながら、家族のためにと思って働いていく。そんなとき、仲のいい地主さんからアパートを売りたい、という依頼があったそうだ。

「売買仲介なんてやったことなかったんですけど、知り合いの不動産屋さんに情報をもっていったりしたんです。それでも売れなくて、震災が起きてしまった。もう売れないな、となって、『岩崎さん、半額でいいから買ってくれない?』と相談があって買ったんです。」

自分が担当しているエリアだったこともあり、管理も自分でして、何かあれば自分で直したりしているうちに、満室になったそうだ。アパート収入もあったので、会社を辞めて、分譲地のディベロッパーの会社に転職した。

あるとき、きらめき不動産で働いていた同級生に相談して、アパートを売却することになった。予想の倍で売れて、代表の後藤さんにも出会うことになった。

それからきらめき不動産で求人募集していることを知って入社することになる。


不安とかなかったですか?

「ないですね。やるしかないみたいな感じで。」

第1印象は?

「みんな仲良いな、っていう印象でしたね。冗談いって笑っていたり、明るい会社だなって。」

入社してギャップはありませんでしたか。

「ありましたね。もともと不動産業界にはいたものの、売買仲介ははじめてだったし、それでも経験者と見られていたのでプレッシャーがありました。はじめは数字もあがらなくて、2ヶ月くらいきつかったですね。」

kilameki08 「3ヶ月目くらいから結果もでて、4ヶ月目くらいに大きな案件を担当することがあって、今までもらったことがないくらいの給料もらいました。さらに仕事を続ける中で、知識も深まっていくので、勉強も楽しかったです。」


するととなりの後藤さん。

「入ってもらいたいのは、ちょっと一味違う何かをもっている人。もともとうちの会社はワンルームの仲介がメインだったんですけど、気づくと岩崎が一棟ものの不動産をあつかったりしていたんですよ。それで新しく部署をつくることになった。そんなふうに新しいことをはじめてもらいたいので、人によってははじめから電話営業を一切しないこともあるかもしれない。」

「たとえば、売り方を考えたり、新しいマーケティングをつくってみたり。具体的に何かはわからないんですけど。組織って何かきっかけがあって変わるものなので。」

kilameki09 不動産経験はあったほうがいいですか。

「あったほうがいいけれど、うちは9割ぐらい未経験ですから。資格取得のためのお金も出します。」

会社に来るまでは、結構ドライな雰囲気かと思いました。

「そんなに厳しく言わないですよ。」

ふーん、なるほど。岩崎さんはどう思いますか?

「ぼくも怒ることもありますけど、売上があがらないからって怒ることはないですね。自分で能動的に動いていかないと、言われてやっても次に続かないですから。」

また後藤さん。

「一生懸命やってダメなら解散ですよ。」

え?解散?

「そうです。解散です。結果、楽しかったらそれでいいのかな。もちろん、続けていきたいとおもっていますけど、ゆっくり幅が広がっていけばいいのかな。自分の器より大きくはならないし。」


取材を終えて、近くの老舗喫茶店に入って一息つく。不思議な会社だった。

はじめに「頭がいいとか、仕事ができるからというよりも、引きの強さとか、運の強さが活きる仕事」という後藤さんの言葉を紹介しましたが、人柄が活きる仕事なんだな、と思いました。

知識や経験も大切だけれども、目の前にいる人との関わりを大切にしていけば、その積み重ねが次につながっていく仕事なんだと思います。

(2015/3/9 ナカムラケンタ)