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静岡県・函南(かんなみ)町。熱海からほど近いこのまちには、“風の谷”とも呼ばれる丹那(たんな)盆地があります。

その呼び名の通り、とても気持ちのいい風が通り抜けるので、天気のいい休日には上空をたくさんのパラグライダーが飛び回るそうです。
酪農も盛んで、なんと130年の歴史があるとのこと。
朝しぼった生乳をその日のうちに低温殺菌するため、新鮮で栄養価も高い。コンパクトな盆地であるということと、なにより酪農家さんが牛を大切に育ててきたことが、これまでの長い歴史とおいしさの秘訣です。
今回はここ函南町を舞台に、安心安全な素材にこだわったケーキをつくるパティシエと、食品の品質管理担当を募集します。
どのようなこだわりがあるのか、お話を伺ってきました。
東京から新幹線に乗り、熱海駅で東海道線に乗り換え、函南駅に到着。1時間15分ほどの旅はあっという間だった。
改札を出たところで迎えてくれたのは、株式会社フルーツバスケットの代表を務める戎谷(えびすだに)徹也さん。

しばらくしてたどり着いたのは、酪農王国オラッチェという施設。

そのため、フルーツバスケットの工房と事務所以外にも、地ビール工房やレストラン、動物と触れ合えるスペースやファーマーズマーケットなど、さまざまな場が併設されている。
あたりを一通り散策したあと、施設の中央にある大きな温室のなかでお話を伺った。
戎谷さんは徳島県の出身。高校生のときに地元を離れ、東京へ。
大学では社会科学を学び、小さな出版社に入社する。
と、ここまではあまり今のお仕事につながらない気がする。
「結婚して、最初に生まれた子どもにアトピーが出たんです。はじめは病院でもらった薬を塗っていたんですが、あるときカミさんが『食事が原因だと思うから、全部切り替えたい』と言いはじめました。でも、ぼくは懐疑的だったんですよね」
まさか関係ないだろうと。
「そうですね。でもまあ、やるならちゃんと切り替えないと、なにがどう違うかわからないから、大地を守る会の会員になり、野菜から調味料まで、すべて切り替えたんです」
「そうしたら、なんと数ヶ月で劇的に改善されたんですよ。個人差がありますので、一概にそれがいいと人には言えません。けれどうちのケースだと、はっきりと食事だなってわかるような変化がありました。やっぱり食事っていうのは、からだをつくるもとなんだなあと思いましたね」

ちょうどそのタイミングで、勤めていた出版社の業績が傾いたのをきっかけに退職。さらに偶然は重なり、退職日の翌日、朝日新聞の小さな求人広告欄に大地を守る会の名前を見つけて応募し、入社した。
大地を守る会は、日本の一次産業を守り、消費者の健康まで考えた安全でおいしい食材を提供している会社。
レストランや住宅、マルシェなどの幅広い事業を行っているなか、戎谷さんは会員向けの宅配事業を担当することになった。
「ぼくが入ったときは、丹那牛乳さんとのお付き合いのきっかけになる低温殺菌牛乳というのを開発したばかりのころでした。配達しながら、会員さんたちと牛乳の勉強会をやったりしました。殺菌温度の違いが、栄養価にどう影響を与えるのかとかですね」
一般的な牛乳とどう違うんでしょうか。
「しぼりたての生乳に近い牛乳なので、こげ臭がせずにさっぱりとした感じですね。タンパク質などの栄養価もそこまで損なわれてない。そういうものを販売していくうちに、この世界にのめり込んでいきました」

2000年には有機JAS規格と呼ばれる、有機農産物の表示規格基準が定められ、仕入れの責任者であった戎谷さんは全国の契約農家を畑ごとにまわり、原材料も製造工程もすべて証明できる仕組みづくりに携わった。
東日本大震災後は、放射能対策の特命担当となって東北に通い詰めたりもした。
そうしていろいろな立場で日本の一次産業と関わるなかで、ある課題が見えてきたという。
「それまではずっと都市生活者を相手にしていて、地産地消の展開ができていなかったんです。もう少し地元に密着して、地域に貢献できるようなことをしていきたいなと思いました」
そんな想いを実現するため、今から1年半ほど前に子会社であるフルーツバスケットに専務として赴任し、今年6月から代表を任されることに。
現在は大地を守る会向けのシェアが40%強を占めているけれども、ゆくゆくはできるだけ自立させて、静岡東部で根を張りたいと考えている。

「OEMも増やしています。冬場になると、あちこちからみかんが持ち込まれてきますよ。一軒の農家さんのみかんも、ジュースに絞ってあげています」
そんなところまで手がけているんですね。
「加工してお返しすると、みなさんがんばって売るんですよ。『おれのジュースだ!』なんて言って、喜んでくれるんです」
「ただそれだけじゃなくて、その出口というか売り先もうまくマッチングさせて、ブランド化していってあげる。それを地元の人が喜んで消費してくれれば、TPPがどうなろうと食ってはいけるんじゃないかと思っています。食っていければ環境が守れるんですよ。食えなくなるから、農耕地がなくなっていくわけですから。それが安全なものであれば、なおいいですよね」
加工場があるおかげで、地域の農家さんや酪農家さん、大地を守る会の会員さんたちが直接交流できる拠点にもなっているそう。

こんな環境で働く人は、どんな人がいいのでしょう。
「一番のわかりやすい特徴は添加物を使わないということなので、通常のケーキづくりの工程と少しセンスが違うんですよね。単に頭で安全性を考えるだけじゃなくて、そういうのを面白がってくれる人がいい」
「いろんな素材が生のままで送られてきたりもします。今も冷蔵庫に入っているんですが、梨が突然送られてきたり、夏にはパイナップルがそのまま送られてきたりしますよ(笑)」
「安心安全でおいしいものを」という想いに共感できて、かつ柔軟に面白がれる人が求められているのかもしれない。
ここで事務所に移動し、パティシエの前川大造(たいぞう)さんにもお話を伺う。

研修先として訪れた「ムーラン・ナ・ヴァン」が、フルーツバスケットの運営する店舗だった。
アルバイトからそのまま就職し、店舗の移転などを経て6年ほど、この工房でケーキをつくり続けているという。
勤めていた会社をやめてまでお菓子づくりをしようと思ったのは、なぜでしょうか。
「子どものころ、クレープなんかを趣味でつくっていまして。単純に、つくって、食べて、おいしいという記憶が残っていたんですね。それと現実的な考えとして、手に職をつけたいという気持ちもありました。そのふたつがひとつになって、やってみようと思ったんです」
「おいしい」と言ってもらえることは、今でも原動力になっているそう。
ただ、おいしいケーキをつくる過程には、大変なこともたくさんある。
「毎週つくるものが違うんです。ロールケーキであれば、生地を午前中に焼いて、クリームを巻いて、カットします。そして包装まで、1日のうちに何百という数をまとめてやるんです。パートさんがいる間になるべく作業を進めて、あとは発注や管理もしています」
現在、パティシエは前川さんひとり。ふたりのパートさんと一緒に進めているものの、基本は補助的な作業を手伝ってもらっているので、事務作業なども含めた製造全般をほとんどひとりで任されているという状況だ。

さらにはクリスマスも迫ってきているので、遅くとも11月の半ばから準備がはじまる。
そんな状況だから、これから入ってくる人は、ある程度お菓子づくりの経験がある人のほうがいい。
「フランス菓子をベースとしたお菓子づくりができる方であれば、問題なくできると思います」
「あとは明るい方というか、素直な方。指示をしたときに、『こっちのやり方のほうがいいんじゃないですか?』と反論されてしまうと、なかなか仕事が進まなくなってしまいますよね。まずはここのやり方に慣れてもらってから提案いただきたいです。そしたらもちろん改善していきます」

けれど結局は、前川さんもこの環境を面白がっている人なのだなあと感じる。
「やっぱり素材はかなりいいと思いますね。うぬぼれになるかもしれないですけど、やはり自社のケーキはおいしいと思っています(笑)。安心安全というところに加えて、素材の味がそのまま伝わる”わかりやすいケーキ”を目指していますね」
「それから、仕事以外でも一緒においしいものを食べて、またがんばろうと思える人がいいですね」
帰りもまた、お言葉に甘えて車に乗せてもらうことに。
途中、窓から夕陽に照らされた丹那盆地を眺めていると、戎谷さんが車をとめてくれた。

食べものも、環境も、人も。
決して楽ではないけれど、安心して過ごせる環境がここにはあると思います。
(2015/10/28 中川晃輔)