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その人らしい人生を

※日本仕事百貨での募集は終了いたしました。再度募集されたときにお知らせをご希望の方は、ページ下部よりご登録ください。

仕事帰りに駅前の居酒屋で仲間と落ち合い、ビールを飲む。

今日あった他愛もないことを話したり、一緒にDVDを見たり。夜を楽しみに平日はまいにち職場へいく。

週末になったら好きな絵を描いて、わくわくしながら憧れの先生に見せにいく。今度はこの絵をお店で飾ってもらえるといいなと思う。

とも - 1 (4) これは、浦安市に住んでいる、ひとりの障がいある男性の日常です。

パーソナル・アシスタンスとも」は、浦安市で19の事業を展開する社会福祉法人。障がいのある人や高齢者が、地域の中で“ふつう”に暮らせるような取り組みをしています。

24時間365日対応のケアサービスのような専門職員が常勤する専門的な事業にはじまり、街なかにある居酒屋のような場の運営や、アウトサイダーアート展のような地域を巻き込んでいくような事業まで。

ここで行われる活動は、福祉がまちづくりの域へ広がっている印象です。

そんなパーソナル・アシスタンスともで、事業を企画したり運営する本部職員を募集します。

特別な資格や経験はいりません。

まずは、みなさんがどんな思いで福祉に向き合っているのか知ってもらえたらと思います。



パーソナル・アシスタンスとも(以下:とも)があるのは、千葉県浦安市。

新浦安の駅から線路沿いに歩くこと10分。高架下にあるこじんまりとした建物が「とも」の法人本部です。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA この本部には、相談員や支援員、言語聴覚士、ヘルパーなどの資格をもった専門職の方も働き、利用者さんも訪れます。

ふつう、多くの福祉団体は、障がいのある方の療育(医療と教育を合わせたもの)やリハビリのために、大きな施設を持っていたりするそう。

けれど、ともでは、街中のホテルのプールや公民館で療育活動をしたり、利用者さんの休日に一緒に街で映画を見たり、地域の中に出かける支援をすることが多いため、持っている建物が少ないという。

どうして地域に溶け込んでいく支援になっていったんでしょう。

まず代表の西田さんに話を伺いました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 「わたし、障がいのある娘がいるんですね」

順調満帆だった中、娘が生後7ヶ月のときに障がいがわかった。そのときは、まるで宇宙人のような特別な生き物が降りてきてしまったように思い、すごくショックだったという。

「けれど、そのあとに気づいたのは、娘は単純に、わたしがお腹をいためて産んだ可愛いわが子だということでした」

「そのとき、わたしの思っていた障がい者って『障がい者はこういうもの』と勝手につくりあげたイメージでしかないんじゃないかと思ったんです」

そうであれば、障がいがあってもふつうの子と変わらない。

「ふつうの人だって、苦しい思いをしている人がいるかもしれません。娘の障がいをきっかけに、すべての人がその人らしく生きていってもらいたいと思うようになったんです」

たとえば、一般の学校に通い、地域や世の中に関わりながら生きていくこと。

そこで、障がいの有無にかかわらず、共に生きることに共感した街の人々や大学の先生、保育士さんと一緒に、教育と福祉の市民活動「浦安共に歩む会」を発足します。

教育の面では成果もあがり、浦安市の障がい児は、保護者と本人が行きたい学校を選ぶことができるという市の条例もできた。

とも - 1 (5) 一方で、福祉についてはなかなか難しかったという。

「8年間の活動で行政へ頼み続けて実現しなかったのが、障がい者を預かるサービス。当時、市で24時間対応することや障がいの種類を限定しないで預かることは難しいと断られてしまって。けれど、こういったサービスが街にないと、障がいのある人は家族以外の人と過ごす時間がなかったんです」

それなら自分たちでやろうとNPO を立ち上げ、当時とても画期的だった24時間365日預かれるパーソナルケアサービスというサービスをはじめたのがきっかけでした。

その後、社会福祉法人に法人格をかえ、今年で10年目。事業も19に増えた。

創立から変わらずにともが目ざしているのは、誰もが地域の中でふつうに生きていくことです。

たとえば、駅前の「ほっぷ」という場の運営。

とも - 1 (6) 地域との交流・就労支援のひとつとしてはじまったこの場は、昼間はリサイクルショップ、夜は飲み屋として障がいのある人が働いています。

あるとき、リサイクルショップに、駅前のアトレの当時の副店長さんがよくいらしていたそう。「きちんと挨拶をしてくれて、感じがいいお店だな」と思っていたという。

「そんなとき、たまたま利用者さんの描いた絵が売られているのをみて『うちのアトレでアート展をやろう』と声をかけてくれて。年に2回ずつ、今年で10回続いているんです」

とも - 1 (7) 街の人も、障がいがある人が描いているとは知らずに来て感動したり、おどろいたりするそう。

こういった場があることで、実際に障がいのある人を知る機会があるのだな。

「人って、見えないものや知らないものって怖く感じると思うんですよね」

怖く感じる?

「もし、障がい者が送迎バスで家と施設を往復するだけの毎日だったら、街の中に障がい者の姿って見られないんです。それが街に出て“いつも見ていて知ってる◯◯君に障がいがあった”という見方になったら、たとえば道端で飛び跳ねていても『◯◯くんは今日も元気だね』ってなると思うんですよね」

街の中で活動することは、障がいのある人たちにとってもその人らしく生きていくきっかけになるそうだ。

たとえば、夜のほっぷであった出来事。

ここは夜になると、地域の人も障がいのある人も気軽に飲みに来られる雰囲気の居酒屋になる。

ある軽い知的障がいのある男性が、就職した先でちょっとした誤解からつらくあたられていたそう。長い間、家と会社を往復するだけであまり外に出なかった。

そんなときほっぷができて、仕事の帰りに居酒屋に寄れるように。

友達ができて色んなことを話し、好きだったDVDも一緒に見られた。

「そうしたらもう、これまでと比べてなんでもできる自分がいるわけです。彼と会ったとき『西田さん、僕、今青春時代なんだよ。ここへ来て友達ができたんだ』って言うんです」

とも - 1 (8) 「障がいのある人って、ずっとできないって言われているでしょう。だから、自分でも『自分はこの人と違う、あんなふうにはできない』ってどこにいても思っているんです」

「それが、街の居酒屋に行けた、友達ができて対等に話をしてくれた、自分は認めてもらえるんだって自己肯定できる。するとスイッチが入って、表情も全然変わってくるんです」

勇気が生まれたその男性は、職場での自分の境遇も話せるようになり、違う職場へ転職することになったそう。

「人生のクオリティがまったく違いますよね。あなたはあなたのままで十分いいんだよっていうところにちゃんと光が差せたとき、人は本当に変わる。そのためにも、そういう場所や機会が必要なんですよね」



次に話を聞いたのが相談員の矢富さん。彼女もまた、機会をつくることで人が変わることを実感している方。

「その人がその人らしく生きるためのチャンスと場所はどこかに転がっている。この法人は、そのことを信じているんですよね」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 矢富さんはこれまで、営業の仕事や海外留学を経験してきました。

「その中で、性別や肌の色の違いなど、社会の思い込みによって自分のやりたいことが制限される状況に強い違和感がうまれて。そういう思いをしている人がほかにもいるんじゃないかと思っていたとき、相談員の仕事に出会ったんです」

帰国してからは関西で相談員を経験したのち、より包括的なケアをしたいとともへ入ります。

「はたらきはじめると、わたしの思っていたことを言葉にして実践しようと先頭で引っ張る西田がいて、たくさん怒ったり泣いたり笑ったりしている職場がありました。わたしも、たくさん怒られましたよ(笑)」

けれどそれは、自分が手抜きしそうになっているときや、障がいのある人たちに向き合うことがおざなりになりかけているときだったという。

「根底で共感できる。だからここに10年もいるのだと思います」

とも - 1 (9) 今、矢富さんのようにともの思いに共感して、事業をつないでいけるような人が求められています。

はじめは「とも」の事業を通して障がいのある人の生活や制度を知り、ゆくゆくは西田さんの隣でマネジメントをしていく、相棒のような役割です。

具体的には、西田さんの言葉や、事業のリーダーたちが集まる会議でそれぞれの意見を聞き、イベントや出版物、ときには新しい事業の立ち上げというかたちで表現していくようなイメージ。

「スキルや知識は、なくてもいい」という皆さん。

裏を返せば、わからないことは自分で調べ、どう実現するかを考える実行力が求められると思う。



最後に紹介したいのが、同じく事務方として働く佐久間さんです。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 「小さいころ特別支援学級のクラスだったので障がい者が近くにいるのがふつうで。なにか人の役に立つ仕事がしたいと、ずっと福祉の道を進んできました」

福祉系の大学へ進むも中退。

あきらめきれず、資格がなくても福祉に関われる仕事を探して見つけたのがともでした。

「はじめは基本のパソコンソフトの使い方も知らなかったんですけど、今では研修の企画や、国への給付申請、ほっぷでの店番まで。総務としてなんでもやっています」

最近は、事業全体を把握できるよう、現場へも出て一つひとつ学んでいるところなのだとか。

この間は、地域活動支援センターの夕食プログラムに参加したそうです。

「車椅子の方と軽い知的障がいのおじいちゃんと私の3人のグループでした。一緒に料理をつくっておいしいね、って食べられることはとても楽しくて。いつも書類作成で名前だけ見ていた利用者さんの顔が見えて、手配した場所や具材はこんなふうに使われて。自分の事務仕事がこういった場づくりにつながっているんだな、と実感できる機会でした」

とも - 1 (10) あたらしく入る人も、佐久間さんのように研修の機会があるそう。

現場を感じて、事務の仕事に取り組めそうです。



最後にあらためて西田さん。

「24時間対応のケアだったり、アート展だったり、障がいの重い人だったり。苦労の多いことばかりやるから、うちは大変なんです。でも、どんな人でもみんながふつうに暮らしていく中で必要だとか、あたらしい切り口だと感じたらやっぱりやっていきたい」

「やりたいのは、一人ひとりの人生の質を高めていくことなんです」

だれもが街の中で、仕事や余暇を楽しみ、その人らしく生きる。そんなともの思いに共感できる人をお待ちしています。

(2016/9/26 倉島友香)