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想いが育む

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

なんでも効率化し、費用対効果が優先される世の中だけれど。

切り捨てず大切にしたいことだってある。

普段の何気ない日常も、そんな想いを持った人たちに支えられているのかもしれません。

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今回は、瀬戸内海に浮かぶ大崎上島(おおさきかみじま)にある大崎海星高校と連携する公営塾のスタッフを募集します。

 

広島空港からジャンボタクシーで竹原港へ移動し、乗船したフェリーから瀬戸内の島々を眺めていると、30分ほどで大崎上島に到着します。

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古くは小早川水軍の人々が住み、造船や海運によって栄え、柑橘栽培もされていた島。いまも島内各地で大きな船をつくる造船所があり、温暖な気候から柑橘の栽培が盛んです。

しかし、25年前と比べて人口が約3分の2に減少していて、大崎海星高校も生徒数が年々減少しています。

そんななか、平成26年2月に広島県教育委員会で「今後の県立高等学校の在り方に係る基本計画」が決定されました。

高校の活性化策を3年間実施したあと、2年連続して在籍80人未満の学校については、近隣の県立高等学校の分校化や統廃合となる可能性がある。

「学校がなくなるかもしれない。現在の生徒数は69名。平成29と30年で連続して生徒数が80名を切ったら、存続は難しいということになったんです」

そう現況を危惧するのは、大林秀則校長先生です。

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高校を存続させるためには生徒数を増やさなければなりません。

そこで、高校に魅力的な教育環境をつくることで島内外からの入学生を増やす「大崎海星高校魅力化プロジェクト」がスタートしました。

「この島には離島ならではのよさがいっぱいあり、もともと幼・小・中で『大崎上島学』という地域を教材としたプログラムがありました。これを高校でも受け継ぐために地域課題解決型のキャリア教育をカリキュラムに組みました。これからの時代に必要とされるスキルを身に付けてもらいたいんです」

この授業では、生徒たちは校外でフィールドワークをします。

その昔、小早川水軍は時代の潮目を読みながら,自分たちの持っている技術を生かして,造船や海運へと生業を変えていった。そういった島の歴史をフィールドワークを通じて学ぶことで,今ある地域課題を考え解決する方法を探っています。

「最後はしっかり町に提言するところまでやってもらいます。特産品のしいたけを使ってハンバーガーをつくろうとか、サイクリングのイベントを開催してみようとか、今いろんな話が出ていますよ」

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地域との関わりが増えていくうちに、だんだんと地域の人たちと生徒が一緒になってプロジェクトを行なう機会も生まれました。

商工会が主催となって、島で働く人をインタビューしてまとめた『島の仕事図鑑』はその一例です。

そのほかにも、地元の農家さんがつくるメレンゲのお菓子のパッケージを、地元のデザイナーさんと共同して開発したり、地域で開催されるマルシェに、特産品のしいたけを使ったハンバーガーのお店を出店したりしています。

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さらには、島に古くから伝わる和船『櫂伝馬』で大崎上島から宮島の厳島神社を目指す行事『旅する櫂伝馬』に、生徒21人と大林秀則校長先生を含む6人の先生が参加しました。

「もともと地域の若者が有志で集まって参加する行事なんです。今年は声をかけてもらって、大崎海星高校で船を出したんですよ」

「2日間船を漕ぎ続けて、最終日はどしゃ降りでした。鳥居をくぐったときは涙が出ましたね。」

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こうした活動が身を結び、平成28年度の新入生は前年より11名増となりました。

また、東京や大阪で開催する学校説明会に参加し、入学を検討しに島を訪れる家族が増えています。

「高校の存続のためにできることは何でもやろう」

それが大林校長先生のスタンスです。

「なんとしても島に高校を残さないといけん。そうやって魅力化プロジェクトを進めていくなかで、だんだんと島の人たちも応援してくれるようになっています。旅する櫂伝馬への参加も、お金のかかることでしたけど、同窓会の方々に支援いただいて実現できたんです」

 

大崎海星高校は、18年前に大崎高校と木江工業高校が合併してできた高校です。

ところが、合併後に同窓生が集まる総会は開かれていませんでした。

そこで昨年、大崎海星高校の存続の危機を聞きつけた卒業生たちが高校を応援するために、大崎海星高校同窓会青年部を立ち上げました。

青年部部長は脇坂裕介さんです。

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実は脇坂さん、はじめは同窓会青年部に誘われた身でした。

「もともとは合併前の木江工業高校出身。自分とは関係のないことだと思っていました。子どももいないですからね。母校と一緒で大崎海星高校も人が減っていくんだという考えしかなかった」

けれど現状を知っていくうちに、自分と関係のない話ではないと考えはじめたという。

「僕らの年代の人ってみんな母校がないようなもんで。今の大崎海星高校の生徒に僕らと同じ思いをさせてあげたらいかんのかなって、そのとき思ったんですよね。高校がずっとあれば帰ってくるところがある。僕らはないですから。そういう気持ちをさせないために、できることから協力していこうって」

体育祭に参加して、生徒たちと一緒になって長縄跳びやムカデ競走をしたり。旅する櫂伝馬に必要な資金も同窓会から集めた。

もっと高校を応援してくれる人を増やそうと、卒業生が集える同窓会の総会も開きました。

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「合併前の高校の卒業生もいるわけですから、全国に何万人もおるわけです。まずは島に残っている卒業生に案内を出そうとしたけど、それでもたくさんいるし、いまどこに住んでいるのか分からない人もいるから、島中を聞いてまわって」

これを仕事の合間に行っていたというから驚きです。

「ほんまに大変でしたよ。大変だったけど、みんな喜んでくれて、やってよかった。みんなに高校のことを知ってもらえる機会にもなったし。それで『これを機に毎年やりましょう!』と、最後の挨拶でつい言っちゃったんですよ。みんなも『おお言ったな!』って(笑)」

 

だんだんと島全体で魅力化プロジェクトが盛り上がりはじめています。

しかし、それは地域の人たちの応援の力だけではありません。

魅力化プロジェクトの一翼を担う高校連携型の公営塾「神峰学舎」。ここで講師を勤める永幡さん(写真右)と佐々木さん(写真左)は島外からやってきました。

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永幡さんは広島県の出身。広告代理店で1年間働いた後、高校生のころから考えていた教育の現場へ飛び込もうと大崎上島に移り住み、昨年から公営塾の立ち上げをしてきました。

佐々木さんは岩手県の出身。将来地元に戻って教育の仕事に就く前に現場を知ろうと、大学3年生を終えて1年間休学し、公営塾に参画しています。

「神峰学舎」では1・2年生には週3回、英数国の3教科をメインに指導し、受験を控えた3年生には教科の指定なく、週3回以上で受験対策を行っています。

多くは1年生で、今年度の入学生は公営塾があるから大崎海星高校を選んだという子もいるほど。毎日20名ほどの生徒がやって来ます。

「この高校は大学受験を狙っているような生徒から、中学校からの学び直しをする生徒までいて。どんな生徒でも確実に力を伸ばしていけるように問題集もいろんなものを使いながら、高校の先生とも相談しつつ、生徒一人ひとりに対応しています」

「生徒一人ひとりに向き合う」というスタイルを大切にする神峰学舎。

永幡さんがとあるひとりの生徒の話をしてくれました。

昨年、看護学校を志望していた生徒。しかし看護学校の入試は難易度が高く、学校側も永幡さんも厳しい現実を伝えていたのだそう。

「でも、その度に涙を流しながら『どうしても私は看護師になりたい』って。じゃあいけるところまで一緒にいこうと、年末年始から卒業式の前日まで先生も一緒になって指導して。ほかの受験生みんなの合格が決まっていてもひとりだけ諦めずに頑張ったんです。それでいま広島市の看護学校に通っています」

一方で、高校魅力化の一端を担う「塾」として、地域や保護者からは「教科学習に注力してほしい」という大きな期待を寄せられている。

「ただ、教科学習をするための公営塾にはしたくないと思っています」と永幡さん。

「それであれば私営の学習塾に委託すればいい。やっぱり公営塾だからこその役割があると思うんです。だから、〇〇大学に合格したからいいとかじゃなくて、その子が将来のためにその大学で学びたいという想いがあって受かることがいいわけで」

「そういう子が増えるようにしたいと思っていて。決して有名大学とかでなくてもそれでいいんだよって、伝えてあげられるような場所が私は必要じゃないかなと思っています」

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そんな思いを形にするため、公営塾では教科学習のほかにもキャリア学習、通称「夢☆ラボ」を行っています。

佐々木さんが主導しているのは夢☆ラボのコンテンツの一部である「マイプロジェクト学習」です。

生徒一人ひとりの好きなことや興味あることをテーマに目標を立て、2月までの半年間で実行していく。

「1年生でファッションに興味のある子がいたんですよ。でも、ファッションで何がしたいかはまだ自分でも分からなかった。どんなファッションが好きなのか、憧れるのか、いろいろ話していくなかで、アパレル店員に興味があると分かったんです。それで今はアパレル店員の仕事について調べています」

現在、キャリア学習は月2回の頻度で行っています。本来はしっかりプログラムとして進めていくために、週1回にしたいのが本音。

しかし、講師の人数が少なく、生徒たちのサポートをどのようにしていくかを考える日々なのだそう。

「やっぱり既存の公教育ってひとりだけに力をかけることが難しいもの。けど、残されてしまった生徒はどうなるのかと。子どもたちの想いを拾い続けられる存在でいたいなと思っていて」

生徒が増えれば、生徒一人ひとりにかける時間も増える。これから公営塾へやってくる生徒が増えたとしても、その想いは守っていきたい。

「生徒一人ひとりに向き合うこと」が公営塾の目指す教育の形だという。永幡さんは任期満了となる3年目の来年までに、そのための体制づくりをしようとしています。

「人と関わり合う仕事なので。目の前の子のことをいかに本気で考えられるかに集約されちゃうと思うんですね。理想だけじゃなく、現実に落とし込んでいかないと。毎日そう思ってやっています」

永幡さんは任期を終えたあとも、島に何らかの形で島に残る予定です。

「日々生徒と向き合いながら、私も本当にやりたいこと、これからさらにやりたいことってなんだろうと、いま要素分解しているところなんです。ここに来たら、短い期間でものすごく濃い経験ができると思う。ただ、時間をかけて積み上げていくことで見える景色もあると思うんです」

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行政職員、学校の先生、地域の方々、永幡さんや佐々木さん。人によって関わり方は様々だけれど、誰もが島のため、子どもたちのためを想っています。

そんな人たちとともに働き暮らす1〜3年間。

きっと忘れることのない時間になると思います。

(2016/12/12 森田曜光)