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「任せてみる」ということ

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

山道を抜けると、小さな湾に面した町にたどり着く。

人口約150人のこじんまりとした尾鷲市早田町(はいだちょう)。

町の仕事は漁業が中心ですが、一次産業の過疎高齢化はすすみ、後継者不足に直面。いわゆる“限界集落”の問題を抱えています。

けれども、そこには主張の通らない自然に委ねることで、自然体で営む人々の姿がありました。

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今回は、そんな早田町で働き方を増やすために設立された会社「き・よ・り」で、町の魅力を発信していく地域おこし協力隊を募集します。

 

東京から電車で約5時間。名古屋駅を経由して紀伊半島を南下していくと尾鷲駅に到着。

そこで鈍行列車に乗り換えて2駅移動すると、九鬼(くき)駅に着きます。

早田町は、そこからさらに車で10分ほど進むことで、ようやく見えてきます。

はじめに迎えてくれたのは地域おこし協力隊として働く石田元気さん。合同会社「き・よ・り」を立ち上げた一人です。

「今朝とれたウルメイワシとサバがあるので、食べながらでも」と、漁港で刺身にしていただくことに。

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漁業がひと段落し、静まり返った漁港へ移動。地面が濡れているのを見ると、さっきまで賑わっていた現場の様子が目に浮かびます。

向こうから歩いてきた漁師の方が石田さんに何か話しかけました。

耳を傾けると、包丁よりも手でさばいた方が骨から身が取りやすいとのこと。

「ここへ来たばかりのころは魚をさばけませんでしたが、こうやって上手くなるんですよ。漁師さんによってさばき方が違うので、みんな自己流なんです」

石田さんは宮城県出身。この6月で地域おこし協力隊としての任期が終了し、宮城県へ戻るそう。

「震災以降、町に関わる仕事がしたいと思って。ただ、すぐに地元へ戻るか、どこかで働いてから戻ろうか考えていたんです」

「そのときに、尾鷲の募集を目にしました。帰る前に、地元以外の田舎で働くことを選びました」

そうして早田町に移り住んだ石田さん。この町の第一印象は?

「思った以上に町が狭かったんですよね。山道を通って町が見えてきたとき、本当にここでよかったのかなって最初は思いましたね(笑)」

実際に住みはじめると、この町の懐の広さに惹かれていきます。

「何をやっても任せてくれるというか。尾鷲市の地域おこしを担当している野田さんという方は、『いいから何でもやりなよ』って言ってくれていて」

たとえば、石田さんがきよりではじめた『うみまかせ』という活動でのこと。

『うみまかせ』は、早田町の漁で獲れた海任せの魚を届ける通販の活動。

早田町の主要漁業は大型定置網漁という、二艘の大きい船で数百メートルにも及ぶ大型定置網を仕掛けて獲物を迷い込ませる漁で魚をとる。いわゆる"待ちの漁"。

そのため、どんな魚が入るかは海任せ。10トン以上の大漁の日もあれば、バケツ一杯しか魚がない日も。

「だから、今日も美味しい鯖を出せて良かったです」

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朝取れた魚をそのまま直送するため、鮮度は抜群。お客さんからいただく声もすごい美味しい!というもがほとんどだそう。

「漁師にとってはそれが当たり前だったんですよね。けれども、やっているうちに周りの漁師の方が『今日は魚を送らんのか』って言ったり、お客様から返ってくる感想を話すと、『次、これ送ってみろや』って提案してくれて。協力的で良い人ばかりですね」

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「そういう協力的な空気って、前からあったらしいんですよ。最初は入り込みすぎて、家の中に勝手に入って洗濯物取り込んでくれていたこともあったらしいんですが。今は若い方が結構増えてきたので、距離感もだいぶわかってきたと思いますね」

石田さんの話を聞いていると、地方に感じる窮屈さよりも、のびのびと働く心地よさのようなものを感じます。

「僕が来る前から、早田町を盛り上げたいという活動ははじまっているので、どの世代も協力的なんです」

町のことを考え行動する青年団や婦人会がなくなっていたため、『ビジョン早田実行委員会』という有志の組織を立ち上げたり、漁師との出会いの機会をつくることで、漁業の担い手を増やそうと『早田漁師塾』をはじめたり。

「漁師塾の結果、漁師の平均年齢は40代前半にまで下がりました。事務所前に座ってくつろぐ漁師さんたちを見ると分かると思います」

たしかに、20代から40代近くの方が多い印象でした。

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町のことを考える場ができて、男性の雇用が生まれる。となると、当然女性の雇用も不可欠になってくるはず。

聞くと、かつての早田町は干物などの加工場や縫製工場といった女性の仕事場も栄えていたそう。

「でも今は、尾鷲の市街地まで働きに出ないとほとんど仕事がなくて。そこで『うみまかせ』などをおこなう『き・よ・り』という会社をつくりました」

“きより”とは、漁師が破れた漁網を修繕するときに「網をきよる」と表現する方言のひとつだそう。「結ぶ」という意味に近い。

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「これは僕の考えですが、観光客を呼ぶというよりは、こっちから外に発信していくほうが良いかなって。町を見てもらうとわかりますが、いきなり人口が増えても住める場所がないんです」

外部で早田と関わる人が増えていくことが、町のためにもなると思った。

「また、今回募集する地域おこし協力隊は報酬制で、形としてはフリーランスに近いんです。保証はなくなってしまいますが、代わりに自分のやりたいようにできる環境が整う。ベンチャー精神がないと厳しいかもしれません」

具体的な一日の流れについても聞いてみました。

「魚を扱う事業なので朝は早いです。まずは『うみまかせ』の魚選びのために、今の時期だと水揚げの時間に合わせて7時から8時の間にはじまります。夏だと5時あたりですので、魚を買ったら一度家に帰り、朝飯を食べてゆっくりしてからまた働くような流れです」

「また、難しそうに思える『魚をさばく』ということを実際に体験することで、一匹の魚を購入するということが簡単なんだってことに気づいてほしくて。なので、日本各地でワークショップ形式で『さばき会』といった活動もおこなっています。時期によっては、出張が多くなることもあります」

 

続いて話を聞いたのは、尾鷲市役所で地域おこし協力隊の担当をしている野田さん。

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生まれも育ちも尾鷲。一度大学進学で京都に住んだものの、地元へ戻り就職した。

すると、あることに気がつきました。

「久しぶりに同窓会を開こうと思ったんだけど、みんな尾鷲にいないんですよ。1クラス40人もいたのに、尾鷲に残っているのは8人だけ」

野田さんも、原因はわかっていたといいます。

「仕事がなかったり、大学がなかったりで、一度外へ出ると戻りづらいんです。だから町を元気にして、みんなが帰ってこれるようにしたいって思いはじめたね」

「そんな中で元気くんと出会い、早田で活動してもらって。彼は尾鷲の人間じゃないので、僕らが当たり前のことでもすごい!って驚いてくれたんですよ。その気づきが毎回新鮮でね。そういうリアクションを見ると、ええ町なんやなって自分らも気づいてきよって」

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そんな気づきから生まれた合同会社き・よ・り。現状は、まだ会社としての枠組みができた段階。

「きよりって、早田のことを好きにならんとできんような取り組みなんですよ。今と昔の早田を知ってもらえれば、今後どうあるべきかっていう発想は浮かんでくると思うね」

さらに、その活動の延長線上に自分が食べていける働き方をつくってもらえればと話します。

「何事も、時間をかけて町に馴染んでいくことがポイントやろな。元気くんや京子ちゃんが協力隊として働いてきた経緯が、集落の人の協力隊に対する理解度をかなり耕してくれたので、次来る人は入りやすいと思うよ」

「でも、あんまり真面目過ぎんとさ。たのしくしないとね。不安とかもあると思うけど、硬かったら俺がほぐすもんで。のんびり行けってね」

 

最後に話を聞いたのは、野田さんのお話にも登場した青田京子さん。昨年尾鷲市の地域おこし協力隊として就任しました。

現在はき・よ・りと町の活動を手伝いながら女性の雇用をつくるというミッションに取り組んでいます。

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「以前は埼玉から東京へ満員電車に乗って通勤する生活を送っていました。もうちょっと違う生き方や働き方はないのかなと思っていたんです」

「そんなときに、日本仕事百貨のしごとバーに遊びに行ったんです。そこで尾鷲の活動を知ることになりました。こういう働き方もあるんだなって思いました」

早田町に移住してきて約1年ほど。実際に働きはじめてみると、早田町の良さに惹かれている自分がいたと話します。

「魚が美味しいことは間違いないですし、景色も綺麗で、町の人も優しい。何も飾らないというか、生きている個としての性格を素直に出すというか。無理しないっていうところに通じると思います」

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「きっと、自然と一緒に生きなきゃいけないっていう環境が関係していると思うんですけど、すごくいいなって思うんですよね」

すごくいい。

「そうですね。町全体が、ひとつの家族みたいなんです。その分、結構厳しく言われることもあって。でも、そういう環境がいいなっていう人が来てくれたらいいですね」

取材も一通り終え、最後に早田町を案内してもらうことに。

早田の町は、家間がとても狭く、町のスケールが体感的に伝わってくる。

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町を歩くと、早田町の方が挨拶をしてくれたり、会話がはじまったり。家が近いぶん、人との距離も近くなる。家族みたいな感じというのがわかります。

「きよりを立ちあげ、これから動くタイミングなんですが、放り投げる形で終わっちゃうんです。でも、僕が地元に帰ってもサポートはしていこうと思っているし、役員の名前にも僕の名前は残していこうと思っていて。大変だけどやりがいを感じてくれる方にきて欲しいですね」と石田さん。

インタビューのなかで、何度か「いい人ばかりなんですよ』という言葉を口にしていました。

「生き方や考え方で無理しないところが良いんですよ。ここでの暮らしは、自分で食べていくのが当たり前なんです。でも、海が荒れている日は一日家にこもることもあって。自然にまかせた、ざっくりとした性格が好きですね」

「自然と一緒に生きているからこそ、そういう性格が一番馴染むんだろうなって思います」

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自然を相手にしている以上、想像もしないことが平気で起こる。

だけど、それを許容することで思いがけない関わりやさまざまな出会いが生まれるんだと思いました。

自分の働き方や生き方を自然の流れに任せてみることで、何ができるのか。

その答えを早田町で探してみませんか。

2月9日には、石田さんと青田さんをバーテンダーとしてお迎えするしごとバーが開催されます。

漁師町直送のお刺身(当然魚はうみまかせ!)を振舞うので、少しでも興味がわいたらぜひ直接リトルトーキョーにお越しください。

(2017/02/06 浦川彰太)