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新宿から電車に乗り、1時間半ほどで甲府駅に到着。身延線に乗り換えて窓からの景色を眺めていると、次第に緑が豊かになっていく。市川本町駅で降りてあたりを見渡すと、町と空の境目は山でつながっている。
しばらく歩くと、近藤ニットの本社が見えてきた。
近藤ニット株式会社は「evam eva」というブランドを展開するニット会社。
創業は昭和20年にさかのぼる。山梨県の西八代郡に設立して以来、ニットのOEM(委託者商標による受託製造)を中心に経営していたが、ブランド「evam eva」の立ち上げを機に生地の生産から商品の販売までをおこなうファクトリーブランドに。
「『evam eva』とは、サンスクリット語の接続詞です。そこには『何かと何かを繋ぐ』という意味が込められています」
「糸をつなげて服に仕立てたり、人とのつながりを紡いだり。ここでの販売は、『evam eva』の意味を実感する機会が多いと思います」
そう話してくれたのは社長の近藤和也さん。
「お店で買い物をしてくださるお客さまは、販売する人の印象も、商品と一緒に持ち帰ってくださると思うんです。商品と一緒にevam evaのものづくりの背景も伝える大切なお仕事です」
現在、直営店は日本に17店舗。卸先は130店舗にのぼる。
さらに、この春には山梨、名古屋にも新たにオープンしました。
「販売している商品の9割は自社で製造しています。従来のファッションブランドとやり方が違うんですよね」
ものづくりから始まった近藤ニット。製造拠点を国内に残しながらブランド展開する背景には、技術を伝えていきながらこの場所を育んでいきたいという思いがあると話す。
「evam evaは流行や値段など、いわゆるファッションブランドっぽさで販売するスタイルではなくて。素材や世界観、こだわりをじっくり説明するようなスタイルで販売しているんです」
どうやって、ここまでブランドを育てたのでしょうか?
「はじめはビックサイトなどでおこなわれる合同展示会に参加していたんですが、どうも納得できなかったんですよね」
「発注はいただくのですが、相手がどういったお店かわからないんですよ。evam evaの世界観に合うかどうか曖昧で不安要素が多いと感じていました」
さらに、ブランド設立当初はデザイナーも外部にお願いしていたそう。
そこで、自分たちでイメージをかたちにするべきだと思い動き出すことに。
「自分たちで世界観を形にするために、表参道にあるギャラリーを借りて展示会を開くことにしたんです。また、たくさんお客さまを呼ぶのではなく、自分たちが本当に買ってほしいお客さまやバイヤーさまに声をかけました」
「デザインも、近藤尚子がメインになっておこなう初めての企画でした。けれど、自分たちがつくり上げた新しいスタイルに切り替えたほうが手応えのある取引が生まれたんですよね。その展示会をきっかけに、可能性を感じるスタートを切れました」
続いて、デザイナーとして関わっている近藤尚子さんにも話を伺う。
「以前は装花の会社に勤めていました。ただ、思うような仕事ができない部署に配属されて。そもそも、そこでの働き方に違和感を覚えていたんです」
違和感、ですか。
「はい。近藤ニットは実家でしたので、幼い頃からものづくりをしている方々の姿を見てきました。だから『働く=自分で仕事をつくる』と思っていたんですね」
ただ、実家の近藤ニットを継ぐことは大きな決断だったはず。
「そうですね。継いだタイミングはOEMが主な仕事で、他のアパレル会社から仕事を頂いていました。でも、ここで自分が欲しい服をつくったほうが素直に働けると思って、自分たちでつくっていくことに決めました」
そうして、今ではevam evaの商品で工場がまわるように。
「すべての工程を確認できる距離にあるので、独自のものづくりができているのかなと思います」
そこで、本社のなかにある工場へと案内していただき説明をしてもらう。
2階で話を聞いているときも機械の音が聞こえていたが、1階に工場があったからだった。
「たとえば、ニットは糸を選ぶところから始まっているので、機械をまんべんなく稼働させるために何をどう動かせば効率良く生産できるかという事まで企画しています。パズルのようですね」
企画書も見せていただくと、よく見るような企画書と違い、膨大な資料が壁一面に貼られている。
「検品作業は一品ずつ手作業で確認して、風合いをだす洗濯までここでおこなっています」
「大変なこともあるけれど、すべての工程が手の届く範囲にあるので、ここだけのものづくりができているのかなと思います」
ここだけのものづくり?
「ファッションの業界にいた経験がないので、あるべき姿や考え方、売り方までも自分たちで模索しながらここまできて」
「なんだかプロっぽくないですよね。でも、それが逆にオリジナルな部分というものにつながっている気がします」
たとえば藍染めを施したハンカチでDMを包みこんだことで、オリジナルな面が表現されている。
evam evaのものづくりには、興味が生まれるこだわりがたくさん込められている気がする。
「だけど、そのこだわりを言葉で説明するのが苦手なんです。自分でつくった商品を自分で説明すると、なんだか嘘っぽく聞こえてしまう気がして」
説明すればするほど、本質から遠ざかっていくような感覚なのかもしれない。
「気持ちよいとか、心地よいとかを前提として服づくりをしているので、商品にすべてが込められています。そこに言葉を縫い付けるのは私じゃだめなんですよね」
「だからこそ、お店をもつことで適切な言葉で伝えてくれる代弁者がいる気がします」
その言葉の裏には、スタッフへの信頼を感じた。
実際に店舗で働いているスタッフにも話を聞いてみることに。伺ったのは吉祥寺駅から歩いて数分のところにある吉祥寺店。
お店へ入ると、心地よい空間が広がる。
話を聞いたのは吉祥寺店の店長を担当している新保さん。
「幼い頃から祖母が編んでくれた手編みのニットなどを着て育ってきました。だからニットが身近だったこともあり、evam evaの洋服ニットを試着したときの着心地にはとても感動しましたね」
さらに、実際にお店で働いてみると、evam evaの服を暮らしにまつわる物の一部として捉えているお客さまが多いことに気づいた。
ファッションという観点よりも、衣食住のひとつとしてevam evaの服を捉えている人が多い。
「お店に来てくださる方は、何か良いなと思って足を踏み入れてくださっていると思います。だから、お客さまとスタッフという関係だけで接するのではなく、同じ立場でコミュニケーションをすることの意識が大切だと思っています」
そんな関係をつくるうえでは、接客以外のことでも大切にしていることが。
「朝は掃除からはじめますが、汗をかくくらい念入りに準備をします。そのほか、商品を整えるなど販売に付随する業務はかかさずやっています。当たり前のことですが、そういったことを大切にできる方がいいですね」
暮らしの部分を提案したい方にも向いているのかもしれない。
最後に話を伺ったのは、青山店店長の横山さん。
近藤ニットに入社する以前もテキスタイルに関わる仕事をしていたと話す。ただ、転職したのには理由があった。
「以前の会社にいたとき、製造がだんだん中国へ移っていき、物を買う人がつくっている人のことを知れないような状況に疑問を感じて。だからこそ、ものづくりが中心になっているevam evaは、自分のなかで大切にしたいことと一致していてとても好きでした」
ここでの働き方は、お客さんとも、同じ気持ちで働くスタッフとも、関係のあり方が近いような気がする。
「訪れてくださったお客様に商品の説明をすぐにするのではなく、『今日暑いですね』など、振る舞いや言葉の選び方などに心配りをしています」
「ただ、柔らかい雰囲気をつくりあげているのは、厳しい一面があるからこそ形になっているんだと思います」
ニットやシャツのシワはしっかり取ってハンガーにかけることや、お客さまに対して言葉を選び魅力を伝える。
そうして商品を販売することへつなげる。
普通のことだからこそ、その普通さを日々維持することの大変さはあるのだろう。
「また、ものづくりに関心がある方でしたら、ものが生まれる背景までも見ることができる環境なので、惹かれるものがあると思います」
ここで働くということは、与えられた役割以上のことや、その手前にある存在へ意識を向けることが大切になってくる。
さいごに、近藤尚子さんの話で印象的だった言葉を。
「本社のまわりは、そんなに物があふれていない日常があります。情報過多にならないので、洋服を着ているときの気持ちよさに気づける場所だと思うんです」
「外の空気や空の綺麗さ、山の色などの景色とか。そういう感覚を感じられる場所でスタッフは一緒にものづくりをしているので、そういう感覚をかたちにできてるのかなと思いますね」
この春には、そんな感覚をかたちにした場所が山梨にオープンした。
「好きな作家さんの作品を展示販売したり、レストランをしたり。そこにいるだけで時間の流れに価値を感じるような場所ができたらなって思います」
自分たちで1から商品を縫い合わせているevam eva。
ここでの販売員は、なんだか言葉を縫い合わせているように感じた。
(2017/4/17 浦川彰太)