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畑からテーブルまで

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

早朝、羽田空港から那覇空港へ。乗り継ぎの時間にソーキそばを食べる。

沖縄を訪れるのは、大学の卒業旅行ぶりだ。

1時間ほどベンチで仕事をしてから飛行機へと乗り込み、海と空しか見えない航路をぐんぐん進む。

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ほどなくして、宮古島の姿が見えてきた。

上空から眺める宮古島はとても平べったい。緑の畑が広がり、そこに雲がまだら模様の影を落としている。風を受けて回る風車や、ボートに引かれて空を飛ぶパラセーリングの様子も見えた。

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さらに近づくと、本島から長くのびた橋の先に小さなまるい島が見える。あれがきっと、今回の目的地である来間島(くりまじま)。有限会社「楽園の果実」が本社をおく島だ。

あっという間に降り立つと、代表の砂川さんが空港まで迎えにきてくれた。

まず向かった先は、砂川さんがご主人と営むマンゴー園。

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30年近くにわたり、この地で有機農法のマンゴーをつくり続けてきた砂川さん。会社設立は14年前というから、倍以上の時間をつくり手として過ごしてきたことになる。

「うちはマンゴーの木にストレスがかからないような育て方をしていて、基本的に放任主義なんです。ほら、こうやって虫が悪さをしても、その虫を食べる天敵がどこからか現れるから、壊滅的な被害にはならない。何年もかけてこの環境をつくってきました」

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今回募集するのは、楽園の果実が運営するレストランの調理スタッフ、ホールスタッフ、事務スタッフや配送・ルート営業のスタッフ。だからこの畑が直接の仕事場になることはない。

けれども、ここには会社の原点がある。

「すごく大事なのが、感じる力です」

感じる力?

「今の農家って、農薬をかければ虫は死ぬから、虫のことはよく見ない。枝が伸びすぎて葉が重なると光合成が促進されなかったり、ハウス内で世話しづらくなるので剪定するんですが、それも木にストレスをかけることになる」

「そうではなく、木をパッと見て、弱っているか、勢いがあるか。虫は今どう感じているか。嫌がっているか、美味しいと思って食べているか。向き合い、分析しながら育てることを大切にしています」

有機栽培で育てられたマンゴーは自然の味がする。えぐみがなく、すっきりした甘さにとろとろの食感。

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「ここはアルカリ性の赤土です。この土から育てられる良い食材って、ほかにもたくさんあって。そういったものの良さを、有機農法とともに広げていきたい。その想いがうちの会社の原点にはあるんです」

たとえば調理に携わる人なら、大量にとれる旬の食材を活かしたメニューをつくったり。ホールスタッフなら、接客時に商品や食材の説明を自分の言葉で伝えたり。事務スタッフが毎朝畑の様子を写真に撮って、発信するのも面白い。

どの仕事をするにしても、それぐらいの視野の広さを持ちながら、畑からテーブルまでのつながりを感じて日々の仕事に向き合う環境なのだと思う。

砂川さんの目は、さらに広く島全体にも向けられている。

「島が栄えるっていうことは、わたしたちにもすごく影響があることなんですよ。周りのみんながいなくなって、自分たちだけ栄えるってことはありえないから」

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もともと関西出身の砂川さん。なぜそこまで島のことを考えるのだろう。

「いくつか理由はあるんですけど、ひとつは幼いころから南の島が好きだったこと。父親も好きで、よく家族旅行していたんです。石垣島や西表島、竹富島。まだまだ観光地化されていないころで、自然がすごかったんですよ。同じ日本っていうことが子どもながらに信じられなくて」

大学時代も、カメラ片手に島々を巡っていたという。

その旅先で来間島出身のご主人と出会い、のちに結婚することに。

「来間島には三兄弟の伝説っていうのがあるんです」

あるとき、豊年祭を執り行わなくなったことに怒った神様が、赤い牛に姿を変えて島民をさらっていた。そこへ三兄弟が渡ってきて、神様に毎年豊年祭を行うことを約束し、怒りを鎮めて島を守ったという話。

三兄弟の家元は現存していて、今でもその三軒をメイン会場として祭りが催される。

そのうちの一軒が砂川家なのだそう。

「そもそも、嫁いだ先が島のことを真剣に考える家だった。あとは、ここの島の人の価値観とか、暮らしとか。神事、民俗学的なことにも興味がありました」

とはいえ、移住した当初は橋もかかっておらず、子育てのためにも経済的な基盤を安定させることが優先事項だった。

「畜産もやっていましたし、主人の実家の葉タバコ農園を手伝いつつ、海に行って魚をとって売ったりもしていました」

ほんとうにいろいろと挑戦してきたんですね。

「そうしないと次に続く人がいなくなるじゃないですか。島で最初に嫁として来たわたしが諦めて、ここに住めないとなれば、絶対この島は廃れていくなと思ったから」

あれこれ試すなかで、宮古島で最初にマンゴーをつくりはじめたおじさんと出会う。一口食べた瞬間、絶対にこれだ!と感じたそう。

「すごくおいしかったし、熱帯果実だからほかの場所ではつくれないと思ったんです。それで、役場と交渉し、補助をもらいながら小さなハウスを建てて。少しずつ増やしていきました」

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宮古島と来間島を結ぶ橋がかかる前は、手書きのダイレクトメールを添えたマンゴーをひとつひとつ、フェリーに積んで出荷していた。さらに、農業改良普及センターで加工技術を習いながら、ケーキやジャムなどの加工品をつくって近所の主婦たちとイベントで販売したり。

規模が広がるにつれて、人を雇う必要が出てきた。

「最初は知り合いの人とか大学生に声をかけて、収穫期の3ヶ月だけアルバイトを受け入れていたんです。しばらくやっていたんですが、そうするとこの島でお嫁さんになったり、ここに住みはじめる人が出てきて。ああ、こうやって人を増やしていけるのかと思ったんです」

「ちゃんと加工所やレストランを整備すれば、人を雇いながらこの島にお金が落ちる仕組みをつくれるんじゃないの?と思って、楽園の果実をつくりました」

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設立から14年。一本のマンゴーの苗木からはじまり、今では常時12名のスタッフが働く会社に。

特にこの数年で、島を取り巻く環境も大きく変化しつつある。

東京や大阪からの飛行機が増便し、昨年伊良部島との間に橋がかかったおかげで観光客が急増。インバウンドの需要もあり、移住者や飲食店の数が増えているという。

「今年は特に多くて。夏場は一日に200名以上のお客さまがいらっしゃいます。だから、リゾート気分でのんびり働きながら暮らせると思っている方は続かないと思います」

「どこにいても仕事は大変。生きてゆくのも大変。希望と情熱を持って働いてもらいたいです」

舌の肥えた観光客も数多くやってくるなか、一丸となって期待を上回るものを提供していきたい。

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どんな方に来てもらいたいですか。

「調理スタッフは、調理師専門学校を出てから2、3年働いたような人でも、意欲さえあれば大丈夫だと思います。ただ、基礎はあったほうがいいですね」

ホールと事務のスタッフについてはどうでしょう。

「ホールスタッフはカフェやレストランでの接客経験があれば大丈夫です。事務スタッフは、これからホームページをつくっていきたいので、Webのスキルがある方だとありがたいですね。卸もやっているので、メールや電話でのコミュニケーション能力も必要だと思います」

いずれの職種も、会社と宮古島に溶け込み、長く働ける方を求めているそう。

日々の地道な仕事に取り組みつつ、臨機応変な対応が求められることもある。砂川さんのリアルな経営感覚や島への想いに触れながら、自分の力を磨きたいという人には合っている環境だと思う。

続いて、レストランやショップでの接客を担当しているホールスタッフの下地さんにも話を聞いてみる。

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「レストランでは地元の食材を使ったり、ショップの商品も宮古ならではのものを扱っています。料理の一品でも、ちょっと一言付け加えるだけでおいしさも変わってくると思うので。心を込めて、自分自身も楽しみながらやっています」

丁寧に、自分の感触を確かめながら言葉を発する感じが印象的な下地さん。

もともと宮古島の出身で、一度離れてから2年ほど前に戻ってきたそう。

「自分のなかでは学生までのイメージしかなくて。知り合った移住者の人たちに『なんでこんなところに来たの?』って聞いてみたんですね。そしたら、『この島のよさがわからないの?』と言われて」

「あらためて目を向けると、新しいお店ができていたり、外から人がたくさん来ていることがわかって驚いたんです。小さいころは当たり前だった海も、ぶらぶら歩くだけでいろんな感情が湧き上がってきました」

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下地さん自身が島の魅力に気づけたように、このレストランやショップも、島の魅力を味わえる場所にしていけたら。

そんな想いとともに、下地さんがあるエピソードを教えてくれた。

「去年かな。夏のマンゴーの時期に、『旦那は置いて、女だけで旅行に来たんだ』っておっしゃる方が、マンゴーパフェを召し上がって。あまりにもマンゴーがおいしいから、ぜひお土産にと買って帰られたんですね」

「その方が今年また、旦那さんも一緒に家族で来られて。『マンゴー食べに来たんだよ』って、顔も覚えててくださったんです。で、食べ終わった後には旦那さんも『こんなにおいしいのは食べたことがない!』と。すごくうれしかったですね」

自分たちでつくっているからこそ、背景まで含めて伝えることができる。

調理の人も、ホールの人も、事務の人も。まず根っこの畑から知り、お互いの仕事についても知っていることが重要なのかもしれない。

同じくホールスタッフの遅沢さんは、「チームプレーが重要」と話す。

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「ホールだけでなくテラス席もあるので、ひとりでは見切れないんですよ。この夏は特にいそがしかったので、みんなで協力して全体を見るような意識が重要だなと感じましたね」

お客さんに対しても、ちょっとした気遣いが大事だという。

「ご夫婦でお互いに写真を撮っている方がいらっしゃったんです。少し手が空いたので、おふたり一緒に撮ってあげたら、すごく感謝していただいて。そういうちょっとしたことでもうれしかったのを覚えてますね」

そんな遅沢さんは、栃木県出身。

東京で働いていたころの知り合いが沖縄にゆかりのある人たちで、何度か旅するうちに移住を考えるようになったそう。

「わたし、人と接するのはもともと苦手なんですね。でも、苦手と言いつつ、ここは人が魅力でもあって。すごくおおらかなんですよ」

「日常生活はまったく問題ないです。ただ、沖縄本島のようなイメージでくると、遊ぶところは全然ないよと言いたい(笑)。きれいな海だけはありますけどね」

取材の翌日は、車を借りて教えてもらった場所をドライブして回った。

穴場のビーチ、宮古島の中心市街地、広大なサトウキビ畑とエメラルドの海。

お店の隣にある展望台からは、対岸の宮古島と、今自分が立っている来間島の全景が見渡せる。

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ああ、全部がつながっているんだなあ。

小さな島だからこそ、そんなつながりを大事に見つめながら働ける環境だと思います。

5/28(日)にはしごとバー「本当の島暮らし語らナイト」も開催しますので、よければ参加してみてください。

(2017/5/16 中川晃輔)