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自然とある仕事

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

日の出とともにはたらき、日が沈むころ家路につく。

雨がふれば休むし、晴れれば仕事。

自然を相手にした仕事は、働くことと暮らしがとても密接だと思う。

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そんなふうに働きたい人はいませんか。

日本3大ブランド牡蠣と言われる的矢の牡蠣を養殖する人と、高級菓子に使われるレッドパールというイチゴ、特産品である干し芋「きんこ」の原料となる隼人芋を育てる人を募集します。

舞台は、 三重県・志摩市。国立公園にも指定されている、自然ゆたかな土地です。

地域おこし協力隊として市から委嘱を受けて、3年の任期後に独立できるよう、技術を習得していきます。

名古屋から近鉄特急で2時間ほど。伊勢志摩サミットの会場となった賢島のすぐそば、鵜方駅を降りる。

車で牡蠣養殖をしている的矢湾へ向かいます。

窓の外には、図書館やアリーナ、モール、学校…。住むにはいろんなものが整ったまちみたい。

20分ほどで、的矢湾へ到着。

三重県の太平洋沿いは、ぐねぐねと岸が入り組むリアス海岸が続く。その中でも、的矢湾は奥まった場所にある。

どっちを向いても対岸が見えて、波もおだやか。あちこちに、牡蠣のぶら下がったいかだが浮かんでいた。

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港の隣には、海の上に浮かぶ作業小屋が。

ここでお会いしたのは、養殖をしている有岡さん。あたらしく養殖をはじめる人の世話役として、いろいろ教えてくれることになる方です。

「親父はここの牡蠣養殖業の創始者の一人なんですわ。自分はもともと伊勢のほうでサラリーマンをしていました。父の体調がわるくなったとき、母が一人じゃ養殖を見切れないから撤退するって聞いて。絶やしたるのもさみしいと思って、帰ってきました」

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小さいころから手伝っていて、養殖は「きつい仕事」と思っていたそう。

「けど、帰ってきて思うのは、自然と触れ合ってるもんで、人間らしい仕事かなって」

人間らしい仕事。

「うん。朝5時半とか6時とか早いけど、日の出とともに働いて、日暮れとともに終わる。サラリーマンより精神的に楽ですね」

「海に出とる先輩方も80歳で現役だし、体にもいいんじゃないかな。体力的には大変だけど、夜はよう寝れますよ(笑)」

毎日の仕事は、季節によって変わるという。

取材に伺った4月はじめは、ちょうど冬牡蠣のシーズン最後の牡蠣剥きが終わったところだった。

「この辺りは、冬牡蠣とよばれる真牡蠣と、夏牡蠣とよばれる岩牡蠣の2つを養殖しています」

冬牡蠣の旬は11月から3月。

9月、ホタテの貝殻に種をつけ、いかだに吊るす紐に等間隔で結わえるところから始まる。

「ふつうの牡蠣養殖は、このまま大きくなり次第出荷です。けれど、的矢牡蠣の場合は、いったん紐から牡蠣を外してカゴに詰めなおし、もう一度海に入れる手間をかけています」

海の深いところではカルシウム分が多くなり、殻ばかり育って身が入らない。

殻が育たないようカゴに入れ、プランクトンの多い水面近くでさらに1か月ほど吊って身を大きくする。

生食できるよう浄化装置を通し、一つひとつ剥き身にしてようやく出荷。

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「この辺りは広葉樹が多いから、雨を通して広葉樹の養分が海に流れ込んでいる。牡蠣は、その養分も食べているんですよね」

養分を豊富に含んだつやつやの身はうっすら黄色い。食べさせてもらうと、とても甘くて、おいしい。

とくに今年は冷夏で身入りも良く、お客さんから「こんな牡蠣見たことない」という声もいただいたのだとか。

的矢の牡蠣を買ってくれるのは、多くがリピーターや周辺の旅館。ブランドとして品質が安定しているから、漁協も毎年一定の値段で取引してくれるそう。

「自然の恵みと、人の努力。その二つがあって、牡蠣がよくなると思います」

「やっぱり手かけたらかけただけ応えてくれる場合が多い。ええ身ができたときは、よかったなって思いますね」

一方で、台風や大きな津波でいかだがひっくり返ったり、猛暑で牡蠣が死滅してしまったりすることも。

「ええときもありゃ、わるいときもあってね。自然相手の仕事は、そういうもんやと思います。けれど、自分が動いたら動いた分だけ稼ぐことができる。それは魅力だと思います」

まったくの未経験から飛び込んだという、水谷さんにも話を聞いてみる。一番の若手で、有岡さんと一緒にいろいろ教えてくれることになる方です。

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以前は森林組合で働いていたという水谷さん。

どうして養殖をやろうと思ったんですか?

「30歳くらいになったとき、ふと、一人ではここまで来れんかったな、って思うことがあって。小さい町ですんで、自分は幼いときからみなさんに育ててもらった。なにか、的矢のために仕事ができたらいいなって思ったんです」

「考えてみると、的矢という場所は牡蠣のおかげで全国の人に知ってもらっている。むしろ、的矢から牡蠣をとったら何もないというか。それで、牡蠣の養殖に携わろうと思いました」

飛び込んでみると、さっそくいかだづくりからはじまったそう。

「当時は何もできなくて、いかだの材料になる間伐材を担ぐところからへろへろでした。手伝ってもらいながら、みんな大変なところからやっとったんやなって思って。本当にいろいろ教えてもらってここまでやってこれたんかなと思っています」

今は、水谷さんのお母さんと奥さんと、家族3人でやっているそう。

「家族で仕事できるのは、一番幸せだなって思います」

大変だったことは、何ですか?

「自分は牡蠣剥きが大変でした。ナイフで貝柱を切るのも、上手な人を見ると『簡単やん』って思うんですけど、やってみると、身を傷つけたらあかんし、なかなかむずかしい。はじめは周りの先輩方を見て覚えながら、ほんま必死で練習しました」

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水谷さんは、3年かけて習得したそう。

今年で養殖をはじめて13年目。今では、空いてしまった養殖場も請け負っている。

「自分が来たときは18軒あった牡蠣養殖も、現在10軒ほどです。みんな体が動かなくなったり亡くなったりして、年々減ってきています」

そこで、的矢の牡蠣全体の収量をさげないよう、あたらしく養殖したい人を育てることになった。

「収入は、冬牡蠣と夏牡蠣、一年を通して牡蠣だけで生計が立てられます。ただ、うちのように子どもがいたりすると、一人ではきついかもしれません。的矢の場合は、一人でやってらっしゃる方もいますが、たいていは家族や夫婦など、二人以上でやっているところがほとんどです」

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「人数がいれば、仕事としては誰でもできると思うんです。ぼくもまったく経験のないところからやっていますし、奥さんも、はじめはいかだの上での作業に酔ったりもしましたが、慣れました。今はぼくと同じ仕事をしています」

「やる気があって、真面目にコツコツやれる人なら、大丈夫だと思います」

軌道にのるまでは協力隊という形での収入があるし、何よりふつうはなかなか持てない漁場が空いている。海での仕事を探していた人にとって、いいチャンスだと思う。

ここで海を離れ、今度は畑へ向かいます。

2つ目に募集するのは、レッドパールというイチゴと、特産品である干し芋「きんこ」の原料となる隼人芋をつくる人。

お会いしたのは、農協の福岡さん。もともとは、レッドパールをつくるイチゴ農家でした。

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あたらしく入る人は、福岡さんに技術を教わりながら、農協でイチゴ苗や芋苗を育てていきます。

「ここでの仕事は、イチゴの苗づくりから育成、収穫まで、作業としては一般の農家さんと同じです。もうひとつ、隼人芋というさつまいもの、病気のついていないフリー苗をつくって農家さんにお配りしています」

メインで育てているレッドパールは、粒の大きな酸味と甘さのバランスがとてもいいイチゴ。百貨店さんなどで扱われることが多いのだとか。

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レッドパールの出荷時期は、クリスマス前から5月上旬くらいまで。

あたらしい苗は3月からつくりはじめ、冬まで丁寧に育てる。

「今はちょうど、収穫と苗づくり、2つの作業が重なる忙しい時期です。だからイチゴ農家さんは、1年が14か月あるって言われているんですよ」

中でも一番大事なのが、苗づくりなんだそう。

「苗づくりは、イチゴづくりの過程のなかでもとくに繊細な作業です。苗のときに病気にならなければ、その後病気になる確率はぐっと下がるんです」

イチゴの苗は、ひとつの苗からランナーというつるを伸ばして増やしていく。

「風通しのよい外で育てるんですけど、土にふくまれる菌が葉に付着することが、一番病気の原因になりやすい。だから、土が跳ね返りそうな雨の日は気をつけますし、晴れ間が出たらすぐ畑にでて観察します」

根が張ったら切り離し、秋ごろハウスに植え替え。ハウスに移動したら、病気は苗のときほど心配しなくて大丈夫だそう。

「とはいえ、イチゴづくりで大切なのは、やっぱり病気にかからないための管理です。それに尽きると思いますよ。常に一本一本、観察しています」

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「午前と午後、多いときで一日3回水やりをするんですが、その歩いていくペースで、苗を一本ずつ見ていくんです。見ていたらわかります。元気がないなとか、虫がついてきたな、とか」

ビニールハウス12棟分、約2万本の苗を一つひとつ慈しんでいる。

「もともと生きものが好きだったので、自分に合っているんでしょうね。順調に育っていれば、うれしくなってくるんです」

小さいころは、インコやシジュウマツ、チャボやハムスター。犬も猫も、いろんな生きものを飼っていたという。

きっと福岡さんのように生きものが好きな人には、幸せな時間になるだろうな。

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任期の3年の間にしっかりと栽培技術を身につけ、農家として独立することを目指していく。

ただ、農家として独立するとしたら「家族、せめて二人でやれるとよいと思います」とのこと。

「野菜づくりなどが好きで、一生懸命できる方なら、どんな方でもできると思います」

地域おこし協力隊の制度がはじまって8年目。地域も、そこに入っていく人も、お互いが健やかにいられるよう「仕事をつくる」ということにだんだんとシフトしつつあるのかもしれません。

自然とある毎日は、ほっとすることも、ひやっとすることもあると思う。

自然に揺られながら、生かされる。

そんな生き方をしたい人に、とてもいいきっかけだと思います。

(2017/5/15 倉島友香)