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同じ日本に生きる者として、背筋が伸びるような気持ちになる。そんな取材でした。
井上企画・幡は、奈良で麻や蚊帳の素材を中心に暮らしにまつわる商品を提案し続けてきた会社です。

近鉄奈良駅からバスに揺られて15分ほど。
喧騒から離れて、緑の中に静かに佇む建物を見つけた。ここが井上企画・幡の本社です。

待っていてくれた代表の井上千鶴さんにそのことをお話すると、こう話してくれた。
「そういう感性は、たぶん日本人独特のものだと思うんです。私たちの商品にも、受け継がれてきた日本の良いものと感性をどう込めていけるのか、いつも考えています」

千鶴さんご自身は、奈良にある麻問屋の生まれ。
「小さいころから職人さんたちと生地をみたり、父親がそれを成形したり出荷したりというところを見聞きするなかで、手織りのものの良さ、特に麻の面白さを感じながら育ってきました」
奈良では女性の職場はまだ少なかった時代。会社をつくるのであれば女の人が働きやすい職場と同時に、夫婦ともに好きな日本の伝統をいまの時代に活かせるようなものづくりをしたいと考えていた。
工業製品が溢れるなかで、手織りの麻には古来から受け継がれてきた味わいが残っている。
残されてきたものを大切にしながら、時代の変化にも合わせて、暮らしに寄り添ったインテリアやテーブルウェア、小物などを製品化してきました。
「特に麻のランチョンマットは、フラットなテーブルの上に置きますので、生地感そのものが見えます。洋食器も合いますが、特に土物のお皿ですとかぴったりきますし。お正月なんかは、生成りの麻の上にお椀ってすごく写りがいいんですよね」

なぜこうした商品が生まれるのか。
お話を伺っていくと、千鶴さんの持つ暮らしへのまなざしが影響しているよう。
「豊かな暮らしのあり方は、いろいろな捉え方がありますね。たとえば食生活で考えてみると、私は高級なものを毎日食べたいとは思いません。でも自分の出来る範囲で毎日おいしいものをつくりたい。たまにはそのレパートリーを広げるためにいい料理屋さんでも食べたいです」
「そんな日常と非日常のメリハリを持って、丁寧に過ごすことが大事なんと違うかなって思うんです」
無理をして完璧な食卓をつくり続けることでも、お金をかけることでもない。自分の身の丈にあった暮らしのなかで、自然体でいること。
「そうですね。できないことをできるとは言いたくもないですし、自分がやりたいと思ってやるということが何よりも大事だと思います」
やわらかい雰囲気の中に、凛とした芯を感じる。
具体的な仕事内容についても聞いてみます。
教えてくれたのは、林田千華さん。千華さんは、千鶴さんの娘さんで営業と商品の企画を担当しています。

卸先はデパートや、まちの小売店や雑貨屋さんなど多岐にわたる。年に数回はご挨拶のためにお店を訪ね、お話を伺う。
なかには営業から、新しい商品の企画につながったこともあるそう。
「ある富山のお客さまから、奈良って蚊帳屋さんが多いよねと声をかけていただいて。蚊帳をつくってほしいというご注文をいただいたんです。確かに、奈良には蚊帳生地の機場も多くありました」
そのときに蚊帳生地を知ったことがきっかけで、もともと出回っていたレーヨン混の生地ではなく、より耐久性に優れた自然素材の生地を奈良でつくろうと、綿100%の蚊帳生地を開発した。
その生地を使い、ふきんや洋服へと商品は広がっていく。
「蚊帳の生地でつくったふきんは巷でもありました。軽くて風通しも良く、使うとくたくたになって気持ちがいいので洋服にしてみようと思ったんです」
ところが、蚊帳の洋服がない理由は、つくってみるとすぐにわかった。
蚊帳の生地はやわらかいぶん編み目が大きく、裂けやすい。千華さんはお子さんにも着せてみたりしながら、使用感を確かめ、試行錯誤の結果二回縫製をすることで洋服にすることに成功。井上企画・幡の代表作にもなった。
自分たちで一つひとつ確かめながらつくっているんですね。
「商品をつくるときは、自分の生活があっての商品づくりなんです。自分だったらうれしいなとか、これをあげたら喜んでもらえるなとかそういう視点でつくらなければいけないなと思っています」

前回の日本仕事百貨の記事をきっかけに入社されたお二人にも、お話を聞くことができました。
まずは松原さんに、ここで働くことになったきっかけを教えてもらう。

「東京はいろんなものが集まりすぎている感じがして、その場所独自の良さや魅力は奈良のほうが感じられるように思います。だから私の出身は神奈川なんですが、受けないと後悔すると思って、すぐに応募しました」

実際に働いてみてどうですか。
「覚えることがたくさんあって、それは今も苦労しています。でもここにいると、生地を裁断しているところや、一つの商品ができるまでにこの布が何枚と、このビーズが何個と、このミシン糸が必要っていう仕様書を書く人、それをセットする人がいるということも知れました」
「ものづくりの流れが見えるのが、すごくおもしろいなって思います」
入社直後に直営店で働いたときにも、さまざまな気づきがあったという。
併設されたカフェで、キッチンを担当したときのこと。
実家暮らしでほとんど料理の経験がなく不安だったものの、先輩に野菜の洗い方など基本から教えてもらった。
「キッチンに入るようになってから、もうちょっと家でもいろんなものをつくってみようと思ったり、食わず嫌いをしていた野菜の料理方法がわかって、スーパーで買ってみたり。お昼に自分でつくって持ってくるお弁当にも変化が出てきました」

大切なのは、奈良や井上企画・幡という場所を好きになって、自分なりにいいところを見つけて活かすことができること。
今回採用されるショップスタッフは、カフェでの接客も担当する。本社で働くスタッフも、月に2回はショップで働くことになっている。
お客さんの声を聞いたり、どういうものを手に取られるのか見ることは、ものづくりをする上で欠かせないことだと千鶴さんは考えているからだ。

自分の役割に線引きをせず、何でもやってみようという感覚が持てるといいと思います。
「完成されたブランドというよりは、まだまだ発展していく会社なんだろうなって。これからつくっていくものの一部になれればいいなと思って、私は入社しました」
そう話す鬼頭さんは、松原さんと同じく直営店や出荷業務などの経験を経て、現在はオンラインショップでの企画やカフェのメニュー表やDMなど、直営店のビジュアルにも関わっている。

「最近、朝の30分間で全員自分の仕事をしない時間というのがはじまったんです」
自分の仕事をしない時間、ですか。
「たとえば、商品が出来上がったら検品作業をして、在庫を管理する部署にまわされるんです。だけど、検品後の商品を在庫管理の部署に運ぶ役割が、誰かに割り当てられていたわけではありませんでした」
気づいた人が商品を運んでいたけれど、つい検品済みの商品が溜まってしまうことも。
そのため、商品はあるのに在庫として認識されず調べ直しになるなど、余計な手間が発生していた。
「そういう、みんなでやったらすぐ済むことをやってから、それぞれ自分の仕事に戻るんです」
誰かがやればいい、という意識ではなく、お互いの仕事を尊重しながら働いているから気持ちの良い空気が生まれているんだと思う。
仕事にも、そして自分たちが扱う商品にも誇りを持って働いているように感じます。
そのことが感じられたのが、鬼頭さんにお気に入りの商品について尋ねたとき。
「蚊帳生地のぼたん色のワンピース、おすすめです。私が直営店に行くにあたって、最初に支給いただいたもので。かわいい色だけど、自分の服にはあんまり選ばない色だなと思っていたんです。でも、着ているとすごくお客さまから褒められるんですよ」

カタログを見ながらうれしそうに話す姿からは、本当に商品に愛着を持っていることが感じられる。一人ひとりが想いを持って、目の前のお客さんに向き合うから心に届くんだろうな。
自分の感性を磨きながら、健やかに働き続けることができると思います。
最後に、千鶴さんの言葉を。
「私は半年、1年では見えてこないものって結構あると思うんですね。やっぱり仕事っていうのは、ちゃんと気持ちを据えて取り組んでもらいたいと思いますし、その中で自分には合ってなかったなと思えばやめてもらったらいい」

まずはぜひ、奈良を訪ねてそこに生まれる人々の暮らしの営みを感じてみてください。
(2017/6/2 並木仁美)