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現代の大工になる

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

通勤路で見かける建設中の建物。気がつくと完成している。

こんなに早く建てられるんだな、と感心する一方で、現場ではほとんど工場でつくられたものを組み立てているだけのかな、とも思います。

そんな中、北海道の足寄町(あしょろちょう)から木造伝統構法を広めようとしているのが、木村建設という会社です。

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伝統構法とは、釘や金物になるべく頼らず、木と木を組み合わせる日本の伝統的な大工技術を使った家のつくり方。

早くて安い現代の家づくりとは異なり、時間も手間もかかります。

だからこそ、一人の職人として確かな技術を求められるのかもしれません。

今回は、大工と、設計・現場管理を担う人を募集します。

羽田空港から、とかち帯広空港まで飛行機で1時間半。眼下には、パッチワークのような畑が広がる。

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この日の気温は30℃。暑いけれど、カラッと晴れていて風が気持ちいい。

路線バスと車を乗り継ぎ、1時間半ほどで足寄町に到着する。

まず向かったのは、今年6月に完成したばかりの、伝統構法で建築したモデルハウス。

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伝統構法という言葉からイメージしていた重厚な建物とは違い、すっきりしたデザインに驚く。

深く突き出た軒も格子窓も、周りの家には見られないもので新鮮だ。

迎えてくれた木村さんにそのことを伝えると、こう教えてくれた。

「そうなんです。伝統的な技術を使った家は、北海道では珍しいんですよ。すべて大工さんの手仕事です」

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木村さんは、木村建設の3代目の社長。

51年前に木村さんの祖父が創業してから、小さな町の何でも屋として、公共工事から牛舎、住宅の建築まで幅広く手がけている。

「物心ついたときには、周りから『後継ぎだね』なんて言われていて(笑)でも、自分の将来は自分で決めたいとずっと思っていたんです。高校も、建築科ではなく普通科に進学しました」

会社を継ごうとは思っていなかったけれど、働くことには興味があったそう。

「自分の一生をかけられる仕事ってなんだろう、って学生のころからずっと考えていたんです。高校卒業後、なんとなく大学に進んだのですが、やっぱり手に職をつけたいと思って1年で辞めました」

まずは今まで知らずにいた家業がどのようなものかを勉強するために、20歳で足寄に戻った木村さん。

大工見習いとして公共工事や住宅建設を手伝う中で、違和感を感じていたそう。

「合理主義で、流れ作業のような仕事に魅力を感じられなくて。大工には技術がいらないんじゃないかと思って、モヤモヤしていたんです」

技術がいらない?

「大工が深く考えなくても、家が建つようになってきたんです。ちょうどプレカットといって、工場で均一に切りそろえた木材を使った建築が主流になりはじめたころで」

それまでは大工がそれぞれの家に合わせて木材を切断、加工して組み立てていたけれど、プレカットを使用することによって、早く安く建てられるようになったのだそう。

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一見便利にも思える機械に、木村さんが感じたのは危機感だった。

「大工が、工場からやってきた材料をただ組み立てるだけの存在になってしまったように思えたんです。技術を高めなくても、正確に切り分けられる機械さえあれば家は建つ。だんだんと大工もいらなくなっていくのかなって」

誰でもできるのなら、この仕事は自分がやらなくてもいいんじゃないか。

そう悩んでいたころ、偶然見たテレビ番組をきっかけに宮大工の仕事を知る。

同じ大工として、伝統技術を駆使して神社やお寺をつくる宮大工の仕事は衝撃的だったといいます。

「千年前の技術を大切にして、千年後も残る建物をつくる。すごく魅力的でした。自分の生涯をかけてできる仕事はこれだ、と強く惹かれたんです」

そこでインターネットで探し出した京都の社寺建築の会社宛てに手紙を書き、見習いとして修行させてもらうことに。

数年経ち、主任技術者として大工工事を任されるようにもなった。

ちょうどそのころ、父親が体調を崩したことをきっかけに、会社を継ぐことを考えはじめたそう。

足寄に戻れば、宮大工とはかけ離れた公共工事や住宅の建設が仕事となる。

不安はなかったのでしょうか。

「やっぱり悩みましたね。宮大工として修行を重ねた技術を、活かせる仕事があるとは思えませんでした。でも、せっかく学んだ伝統技術を絶やしたくはなくて」

そこでたどり着いたのが、伝統構法の家づくりだった。

お寺や神社をつくる宮大工とは建てるものが違うけれど、同じように昔からの技術を継承している。

「これだ、と思いました。北海道で、伝統的な技術を使った家づくりを広める。そのために帰ることを決めたんです」

そうして宮大工としての修行を終え、東北で1年、伝統構法の家づくりを学んで帰ってきた木村さん。

「経営者としての勉強のかたわら、ずっと計画を練っていて。そうして完成したのが、このモデルハウスなんです」

どんな技術が使われているのだろう。早速、案内してもらう。

伝統構法は、まず木を選ぶところから始める。

癖のないまっすぐな木だけでなく、ねじ曲がった木も使う。こうすることで、時間が経つとともに木が締めあい、堅く丈夫な建物になるのだそう。

木の一本一本に凹凸を刻み込み、切断し、大黒柱を中心に組み合わせる。現代では釘や金具を使うところも、すべて木栓でつなぐ。

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完成した骨組みは壁や天井で覆い隠すことはせず、むき出しのままだ。

”構造あらわし”というこの技法は、建物の不具合をすぐに見つけることができる一方で、つくり手からするとごまかしのきかないものでもある。

ここで洗面所をのぞくと、建具を吊るためのレールが目に入った。そういえば、ロフトがあるなど間取りも現代的です。

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昔のものをただそのまま使う、ということではないみたい。

すると、木村さんがこう教えてくれた。

「伝統や手仕事にとらわれすぎると、ただの懐古趣味になってしまいます。早くきれいに仕上げるために、電動工具もよく使います」

「伝統技術と現代技術のいいものを組み合わせて、いちばん住みやすい家をつくる。この考え方を大事にしたいんです」

続いて、モデルハウスに携わった大工さんにも話を聞いてみます。

今野さんは、約30年間働く熟練の大工の棟梁。これまで数多くの建物を建ててきた。

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そんな今野さんも、伝統構法による家づくりははじめてだったそう。

「はじめて聞いたときは、なんて大変な仕事なんだって思いましたよ(笑)プレカットは使わずに、自分たちがノミやノコで木を削るから、それだけで1ヶ月近くかかります」

3ヶ月ほどで完成する一般の住宅に比べて、手間も時間もかかる仕事だ。

「でも、やってみたいと思いました。現代の家は、柱も梁もパネルで覆われて見えないですから。すべて見えるものをつくるというのはすごく面白いと思ったんです」

木村さんに教わりながら、まずは木材を加工する作業からはじめた。

どれも一筋縄ではいかなかったそう。

「少しでも切り込みを間違えると、削り直さないといけなくてね。木を組むときも『これはどこの柱だから、こういう順序で組み立てよう』って考えないと、すぐにちぐはぐになってしまうんですよ」

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適当に組み立ててしまうと、一からやり直すことになる。常に緊張感があったそう。

さらに、使用した木材は十勝産のカラマツ材。

強度が高く長持ちする一方で、作業中に曲がったりねじれたりしやすく、一般の建築では使われにくい。

実際に、カラマツの無垢板を並べた床を見せてもらうと、ところどころ隙間ができてしまっていた。

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用意したカラマツ材の3割ほどは、時間が経つうちに形が変化してしまったのだとか。

「既製品の建材は、狂うことはまずないんです。でも今回は無垢の生きている木を使っているから、日々刻々と変わっていく。設計図通りにはめ込むために、何度もやり直しました」

「乾燥した木も、捻じれた木も、それぞれの様子を見ながらしかるべき場所に収めていく。面倒に見えるかもしれないけれど、これこそが自分たち大工の仕事なんですよ」

うれしそうに笑う今野さん。

大工ってかっこいい仕事だ、と胸が高鳴った。

伝統構法で家をつくる、日本でも数少ない会社の一つの木村建設。

とはいえ、今はまだモデルハウスが完成したばかり。

住宅雑誌に取り上げられたり、問い合わせも複数あるなど全国から反響が届きはじめているものの、具体的な発注はこれからだ。

伝統構法の考え方や構造はじっくり学べるけれど、しばらくは従来どおり公共工事や一般の木造住宅の建築がメインになりそうです。

新しく入る人は、どういうモチベーションで働けばいいのか不安になってしまうかもしれない。

あらためて、木村さんに聞いてみます。

「小さな町の建設会社ですから、仕事のえり好みはできません。これまで通り、一般の住宅や牛舎を建てることはもちろん、災害時にはいち早く現場へ出向いて土のうを積むことだってあります」

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今すぐに伝統構法の建物を建てたい、という人にとっては辛い環境かもしれません。

「その気持ちもよく分かります。でも、『伝統構法を学びに来たのに、こんなはずじゃなかった』とは思ってほしくなくて」

実は、木村さんにも同じような経験があるそう。

「僕も20代のころ『伝統的な技術を使った建物だけが、本物だ』と思っていたことがあるんです。既製品でできた建築物が、どこか薄っぺらく思えてしまったんですね」

宮大工の棟梁にそう伝えた木村さん。すると、それは違うと諭されたのだそう。

「『そこに住まいがあって、人の生活があるのなら、プレカットを使おうが、ベニヤ板で建てようが、どれも本物の家だ』って。どんな仕事でも、結局自分の気持ち次第なんだ、って教わりました」

「僕は、使っている素材や建て方ではなくて、何のために建てられたのかを大切にしたいんです。伝統構法でもそうでなくても、どういう思いで建てたのか思い出せるような仕事をしたい」

だから鉄骨の牛舎も一般の住宅も、いいものを建てるために勉強は欠かさないし、手を抜くようなことは絶対にしない。

「どんな建物であれ、自分たちの技術をすべて注いでいいものをつくる。流れ作業にはしたくないし、誰に任せても一緒、とは言われたくないんです」

どんな建物も、自分たちにしかできない仕事をしたい。

根っこには、そんな想いがあるのかもしれない。

最後に、木村さんがこんな話をしてくれました。

「残したいのは、会社の名前ではないんです。働く人にもずっと会社にいてほしいとか、門外不出の秘伝の技術にしたい、とは思っていなくて。僕は、日本で長く受け継がれてきた技術のバトンを、広く次の世代に託したいんです」

「100年後、屋根をめくられたときに『平成の大工は何をやっているんだ』って言われないように。そういう仕事をしたいですね」

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少しずつ、でも確実に。

バトンを渡す準備が、北海道で始まっています。

(2017/07/27 遠藤真利奈)