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削って丸めて

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

ゆずの生産量が全国一の高知県。

なかでも馬路村は村民の約半数がゆずを栽培し、地域ぐるみでゆず商品を開発・加工・販売しています。

「ぽん酢しょうゆ・ゆずの村」や「ごっくん馬路村」で、この村をよく知っている人もいると思います。

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村の面積のほとんどが森林の馬路村では、実は木に関わる産業も盛ん。

林業が衰退した今でも製材や木工などの仕事をする人がいて、県木の魚梁瀬杉(やなせすぎ)を代表する良質な木材を使った「曲げわっぱ」や「刳り物(くりもの)」が名産品としてつくられています。

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曲げわっぱについては、売り場へ出すとすぐに売れてしまうほど人気なのだそう。

ただ、職人さんが高齢化しているため、あと10年もすれば技術を後世に伝えることが難しくなってしまいます。

そこで技術を継承し、新たなものづくりへ挑戦していく次世代の職人を今回募集します。

まずは熟練の曲げわっぱ職人に一から教わり、ゆくゆくは刳り物や村でつくられている様々な木工の技術も習得することができます。

 

高知駅から電車で約1時間の安芸駅。

ここからさらにバスに乗って安田川沿いの曲がりくねった道を登っていくと、1時間ほどで馬路村に到着する。

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コンビニも信号機もない、山奥の村。

ゆっくり食事ができるお店も数えるほどだけど、新しい化粧品工場や大勢の観光客を迎える温浴施設があったり、村の案内板ひとつにしてもセンスよくデザインが統一されていて、訪れてみると新鮮な空気を感じると思う。

馬路村は地域おこしに成功した村として、以前より全国から注目されている。

昭和50年代にはじまったゆず産業は今や年間30億円を売り上げ、林業に代わり村の基幹産業になっている。

小さな村でこれほどの規模の産業が生まれたのは本当にすごいこと。けど、年々人口は減り続け、今年になって900人を切ったそう。

「もともと馬路村には3500人以上の住民がいました。森林事業が縮小されていくなかで人口もガクッと下がって、ゆずで成功した今も人口減少は続いている。村としては、きちんと地域に根付いた産業をつくっていかなきゃならんと考えているんです」

そう話すのは、馬路村役場の川合さん。

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村は企業誘致をして新たな産業を興すことも考えたそうだけれど、現実的ではなかった。

それよりもともと地域に根付いた木工産業、なかでも生産が追いついていない曲げわっぱに着目した。

「曲げわっぱをつくっていらっしゃる職人の岡林さんは、もうご高齢で家の農業もやらなきゃいかんということで、今は商品の数を十分に出せていないんです。つくって売りに出せば、すぐに売れる状況がある」

「10年後や20年後には技術が潰えてしまう可能性が高いので、今のうちに手を打って次の世代に受け継ぎ、産業として発展していけたらと思っています」

今回募集する人は、馬路村の地域おこし協力隊として雇用されることになる。

任期は最大3年。村の職員として給料を得ながら、曲げわっぱづくりの技術習得を目指す。

師匠となる曲げわっぱ職人の岡林さんは自宅近くに工房を設けているけれど、今回募集する人は村の第三セクターでもある木工所「エコアス馬路村」の一部スペースを使って修行することになる。

曲げわっぱと並行して、刳り物の職人さんからも技術を教わり、お盆やお皿づくりなどもできるようになるという。

「もしそれでも事業化のめどが立たないとか、まだ技術習得の余裕があるのだったら、エコアス馬路村の業務に参加してもらうこともできます」

「木のバックなど様々な木製品をつくっているので、そういうのも可能な限り技術を身につけてもらって、独立後もちゃんと食べていけるように支援していきたいと思っています」

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役場を離れ、今度は曲げわっぱ職人の岡林さんの工房へおじゃました。

一徹な職人というよりは、話しやすい近所のおじちゃんというような感じの岡林さん。

もともと村の森林組合の工芸部で職員として働き、机や椅子など様々な木工家具を30年以上つくり続けてきたのだそう。

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「今の村長室にある机とかも、みんな自分らがやったもの。それを30年くらいやりよってから、人に『曲げわっぱをやらんか?』って誘われて、すっと飛びついたわけよ。けど、そっからが苦悩のはじまりだった」

馬路村ですでに活躍していた曲げわっぱ職人さんに半年間教わったあと、曲げわっぱの本場である秋田・大館へ見学にも行ったそう。

けど、そのなかで得られるものは、長年木工に携わったきた岡林さんでもわずかだった。現在確立している手法のほとんどは独学なのだという。

「曲げわっぱは薄い木を使うでしょ。材料もぜんぶ自分で加工するのだけど、その厚さの加減が難しかった」

「丸めて貼り合わせる部分なんかは、うすーく削り落としていかねば。ただでさえ木は反るし。そこのところの技術がね、はじめは分からんかったわけよ」

曲げわっぱの製造工程は、曲げて貼り合わせ、底板をはめ込んで、フタを合わせるというのが基本。

聞くだけでは単純なつくりだと思うけど、シンプルがゆえに難しいという。

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曲げわっぱづくりは、材料となる木材を仕入れに行くことからはじまる。

岡林さんは木材を見ただけで、フタとして使うのか側面として使うのか判断するのだという。

「たとえば、年輪の目が広いか狭いか。それで材の堅い柔いが分かる。ほんで裏表というもんも木にあるわけよ。人間みたいにね」

裏と表ですか?

「そう、見たらわかる。少しツルツルしているほうが表。これはつくったときの表面の光沢とか反り具合とか、いろんなことに影響してくるわ。だから材料を買うときに見分けられる眼を持たにゃいかんわけよ」

買ってきた木材は、フタ・側面・底など使う部材ごとに長さと厚さを決めて割り、一枚一枚削っていく。

側面に使う部材はあらかじめ、貼り合わせる部分をカンナで薄く削り、水に浸けたあと釜で煮る。

煮て柔らかくなったら、くるくると丸めて木鋏で固定し、乾燥させる。

「このとき割れてダメになるのが、30個つくったら10個はある。だから60個つくるゆうたら、90個は材料を構えにゃいかん」

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丸めた材料が十分に乾燥したら、今度は穴を開けて、綴じるために桜の皮を通す。少し水で濡らしてアイロンをかけるとピタっととまって、側面は完成する。

底面をはめ込み、フタをつけたら、あとは仕上げ作業。

ウレタン塗装が一般的なところ、岡林さんは中に入る食べ物の風味が損なわれないように、また人の身体にもいいようにと、くるみ油の塗装を施している。

「ウレタンに代わるいいものがないかと、ずっと探しよったわけよ。くるみ油にたどり着くまでに何年もかかったがね。それこそ、いまの曲げわっぱのつくり方が確立するまで5年かかったが」

「昔の人は全部鉋で削っていたらしいけど、自分は機械も活用している。丸めた材を挟んで固定する木鋏とか、桜の皮を通すために穴を開ける道具とかはぜんぶ手づくりよね。桜の皮も山から自分で採ってきてる。自分なりのやり方を考案したわけ」

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岡林さんは今までにない曲げわっぱづくりにも、自己流で挑戦してきた。

たとえば、2つの丸みが特徴のひょうたん型の曲げわっぱ。

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「曲げわっぱをはじめた1年くらいはね、もう鳴かず飛ばずで。仕事はない、お金もない、暇はあるという状態だったの。それで息子の紹介もあってインターネットで販売をはじめたら、2週間目で注文がきた。それがよう忘れん。東京の葛飾区の女の人で、その人が西荻窪のルーペって雑貨屋さんに紹介してくれたのよ」

「そこのオーナーさんから電話が来て注文したい言うから、東京に行ったこともないもんが往復切符買うて、朝一番で行ってみた。そしたらオーナーさんが小判形じゃなく雪だるまみたいな形はできひん?言うてよ。さぁそれは困ったけんど、言われたがに、帰ってからしばらく研究してみます言うて。それから試行錯誤してつくったら、気に入ってくれたのよ」

ほかにも栗のような形をした可愛らしい曲げわっぱもオリジナル商品として開発し、今や主力商品となっているそう。

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一般的な小判型の曲げわっぱと少し形が変わるだけで、木の扱いからつくり方まで大きく異なってくる。

栗型の曲げわっぱを完成させるまで、岡林さんは5年を要したという。

「単純なことでも、そのやり方が分かるまでにものすごく時間がかかるわけよ。それをやるのはもう意地よね」

「仕事を辞めて曲げわっぱをはじめたとき、うちのカカアに『お父さん、もし途中で辞めたら笑い者になるよ』って言われた。それから火がついたわけですよ。そしたらいい商品ができて、なんか自分にも自信が出てきて。また次ええもんつくろうってなってった」

今や岡林さんの曲げわっぱを求めて、北海道から沖縄まで全国各地から注文がやって来る。

海を越えてスイスや中国、オーストラリアなど、様々な国の人にも愛用されているそう。

だけど、体を無理させ過ぎて、数年前からドクターストップがかかってしまった。自分の技術を継承してくれる人には、まだつくれていない新商品についても教えたいという。

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岡林さん、一人前になるまでにどのくらいの年数が必要ですか?

「ズブの素人だったら、まあなんぼやっても5年はかかる。毎日座って同じものをぎっちりつくる仕事だから、辛抱もせにゃいかん」

「はじめの3ヶ月くらいは、まず木を覚えていかな。徐々に教えていって、時間かけてよ。最後のほうにはできるようになるよ」

 

暮らしについてはどうだろう。

先輩移住者の前田さんに話を聞いてみることにした。

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前田さんは馬路村で唯一のパン屋さんを昨年4月から営んでいる。

以前はトラックの運転手をしていて、馬路村には資材を降ろしに来ていたのだそう。お母さんが馬路村に近い地域の出身ということもあって、村の雰囲気に馴染みはあったらしい。

「ここは農協が12年前にはじめたパン屋で、これまでも店長は何度も入れ替わっているんですよ。僕で5代目。昔パン屋をやってたこともあって、もう一回やりたいと思っていたら、ここが初期費用かからないではじめられるってことで応募して」

「もうパンづくりは5年もブランクがあったけど、村の人にものすごい助けられて、今やっていけている気がしますね」

村の人が助けてくれるんですか?

「そう、オープンしたばかりの頃は、おばちゃんとかが覗きに来て『あんたら大丈夫?やっていけゆう?』って(笑)普通なら余計なお世話だって話なんだけど、それ買いすぎやろってくらいいっぱい買ってくれて。みんな心配してくれているんですよね」

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雨の日に洗濯を干したまま出かけても、ご近所さんが取り込んでたたんでおいてくれるほどの距離感だという。

ネットが使えると言ってもすぐに物が買える環境ではないから、田舎に慣れている人だといい。

なかなか地元の人に話せないことがあったら、前田さんに会いに行くといいと思う。

「これから曲げわっぱの職人さんになる人が来てくれるなら、一緒に川で遊べるような箱メガネつくりたい。曲げわっぱって、別に食べ物を入れるものじゃなくてもいいわけですから、すごい可能性があると思うんですよ」

「うちに来んかったら来んかったでいいけど(笑)まあ、ぐだぐだ話せたらいいな」

任期満了後もちゃんと生計を立てられるのか、その後独立してひとりでやっていけるのか。不安はあるだろうけど、サポート体制は十分にあって決して難しくはないと思う。

馬路村は親身になってくれる人ばかりだと思うので、まずは村の人に会って話すところからはじめてみてください。

(2017/8/25 森田曜光)