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熊本の明日に踏み出す

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

「この震災を経て得たものってあると思うんです。今こそ未来にむかって人材を育てながら、新しい熊本をつくっていかなければいけない。そう強く思っているところです」

これは、一般社団法人フミダスの代表である濱本さんの言葉です。

フミダスは、人と仕事、地域を結び地域の担い手を育てる人材育成を行っています。

企業の課題に学生が実践的に取り組むインターンシップ事業や、地域資源を活かして事業を生み出す経営者・社会起業家を支援するプログラムなどを通して、これからの熊本をつくる仕組みづくりに挑戦し続けている。

今回募集するのは、ここでコーディネーターとして人材育成プログラムやイベントの設計から運営、活動をする人のサポートなどを行いながら地域を元気にしていく人です。

熊本空港から車で30分ほど。住宅街の中にある一軒家が、フミダスの事務所。

目の前の道路では、子どもたちがキャッチボール。広いキッチンでは、みんなでご飯をつくることもあるそう。なんだか暮らしを身近に感じられてほっとする空間だ。

まずは濱本さんに、どうして今の仕事をはじめたのか聞いてみる。

「学生時代に、縁あってテレビ番組やラジオのディレクターの仕事をさせていただいたのが原体験だったように思います」

「私以上にこの町のことを話せる人はいない!」と豪語する校長先生や、地域で会社を経営している人。そんな人たちと一緒に、住民が企画・編集・発信を一手に行うニュース番組を立ち上げた。

「大学時代、まわりは『熊本はおもしろくないから東京に行く』という子ばかりだったんですよね。でも熱くかっこよく生きている大人にたくさん出会えて、私は熊本で働きたいと思えたんです」

学生時代に本気で社会に向き合う機会をつくることは働く上でとても重要だし、若い人が地域に残って働きたいと思えるような熊本をつくっていきたい。

そんな想いから、濱本さんは熊本で企業や政治家のもとに学生が入っていく実践型インターンをはじめた。

けれども、インターンのあり方を理解してもらうまでは苦労の連続だったと振り返る。

「インターンというと、学生に雑用などを頼むイメージを持つ人もいます。だけどうちは学生が企業の抱える課題を解決する。企業にわざわざお金を払ってもらって、学生を受け入れてもらうんです」

インターンそのものの価値観をひっくり返すような取り組みだし、受け入れる側も半端な気持ちでは受け入れられない。

「本気でぶつかるからこそ、企業の良さも学生の良さも、互いに見えてくるんですよね」

過去にはパソコン教室にインターンで入った3人の学生が、2ヶ月で12万枚のチラシをポスティングし、20名もの新しい生徒を獲得したことも。

でもポスティングって、ある意味単純な作業。学生が自分じゃなくてもできると思ってしまうことはないのだろうか。

「フミダスでは、学生が企業の社長と直接語り合ってプロジェクトを進めていきます。実際にパソコン教室に来ているおじいちゃんたちとも触れ合って、どういう思いで来ているのかきちんと知ってもらうんです」

なぜポスティングが必要なのか、根っこの部分から自分たちで考えていくから、自分ごととして取り組める。

これまで東京で働きたいと言っていた子たちが、インターン先で働きたいと思うようになったり、働くことはお金儲けのためだけじゃなく、誰かを幸せにするものなんだと実感できたり。

様々な変化のきっかけを生み、5年間で関わったインターン生は300人にものぼるそうだ。

ところが、順調に成長してきた矢先。2016年4月14日に、熊本地震が起きる。

「本震のとき僕は病院にいたんですけど、一歩外に出ると信号も何もかも消えている。車も出せないので、安否確認をしたあとは車中で一夜を過ごしました」

震災後5日経つと、水や電気が復旧しはじめたものの、事務所は半壊状態。業務はすべてストップし、とにかく全国から届く支援物資を避難所に届けていたという。

「もちろん緊急支援も大切だけど、やっぱり私は人材を支えていくような仕事をずっとやってきて。これで何か役に立てないかなと思ったんです」

とはいえ、震災後に熊本が抱えた課題は、簡単に解決できるようなものでもない。ボランティアとして短期で関わるのではなく、ちゃんと仕事にしていける人を育てる仕組みが必要だと濱本さんは考えた。

そこではじめたのが、熊本復興・右腕プログラム。

熊本で新たな事業を生み出していこうとするリーダーのもとに、右腕となるような意欲のある人材をマッチングするもの。

右腕となる人は最大で1年間、現地で推進されている事業に携わる。既に活動を終えたものも含め、これまで6つのプロジェクトが立ち上がった。少しずつ形を変えながら、今後も続いていく予定だ。

震災から約2年。濱本さんはこれからのフミダスをどうしていこうと考えていますか。

「このままでは、ただ痛みだけが残って終わってしまうなと思っていて。震災を、新しい熊本をつくっていく力にしないといけない。だから本当の意味での復興というのは、まさしく今からですよね」

フミダスの役割は、ただ人と人、人と地域をつなぐというだけではなく、場づくりを通してこれからの熊本の未来をつくっていくこと。

そんなフミダスに約半年前から加わっているのが、木下さんです。

京都出身。これまでパソコンのヘルプデスクや生協、印刷会社の営業などさまざまな仕事を経験してきた。そんなときに、右腕プログラムの募集に出会う。

「学生のころに商店街の人たちと一緒にイベントを運営したんです。地域で関係性をつくりながら、一緒の方向を向いて何か一つのものをつくり上げていく感覚が忘れられなくて。自分でどんどん前に進んで行くような力も、ここでなら身につけていけると思ったんです」

ところが実際に入ってみると、大きなギャップを感じることに。

「これまでは与えられた仕事をこなすというか、完全に作業、労働っていう感じで。誰かのために価値を提供するっていう感覚が自分の中になかったと気づいたんです」

「右腕さんを探すときに、その人の人生のなかでこの活動期間がどう位置づけられるのかを考えるんですが、自分自身も考えなしに飛び込んできてしまったので難しかったですね」

フミダスで働くことは、自身の内面を見つめ直すことでもあった。本当に大変なところにきてしまったと、モヤモヤすることもあったそう。

「でもすごくいろんな経験をさせてもらって。モヤモヤは、自分で動いて解消するしかないなって今は思っています」

主な仕事は、右腕プログラムを含めた社会起業促進事業のコーディネーター。たとえば、木下さんが現在参画しているのが、阿蘇市で農家の家業承継を進めるプロジェクトだ。

木下さんはリーダーへのヒヤリングを通してプロジェクトの軸を設計したり、全体の調整や進行を担当している。

リーダーは佐藤さん。もともとデザインの専門学校を出て大阪で働いていた方で、4年前に祖母が栽培していた伝承野菜の阿蘇高菜を継ぐため、阿蘇に戻ってきた。

佐藤さんのことを、木下さんは次のように話してくれました。

「阿蘇高菜の取引価格はお米の1/3程度。栽培に取り組む若い農家さんもおらず、佐藤さんは阿蘇地域の農業がどんどん衰退していくことを感じていました。おばあちゃんたちが紡いできた農と暮らしの営みを残したいという想いから、この現状をなんとかしたいと考えはじめたそうです」

阿蘇高菜はお漬物の「高菜漬け」として使われ、種は捨てられていた。

佐藤さんはその種を使って粒マスタードをつくることを思いつき、試行錯誤を繰り返しながら「阿蘇タカナード」を製品化。今では阿蘇の道の駅に置いてもらえるまでに成長した。

「実家の農家を継ぐ」と聞くと、若い人には「きつい・収入が低い・おもしろくない」というイメージを持たれるかもしれない。だけど佐藤さんは農家を継ぎ、これまでのイメージを覆す「阿蘇タカナード」のプロジェクトを形にしてきた。

ワクワクする未来を自分たちで実現する感覚を、同じように家業を継承する可能性のある若い人たちにも持ってもらいたい。そんな想いを佐藤さんは持っているそう。

「そういったお話を聞きながら、想いを形にしていくのがコーディネーターの役割です」

想いを形にしていく。

「たとえば今回の『家業承継を進める』というテーマも、最初から決まっていたわけではありません」

「佐藤さんと何度か話すうちに、農と暮らしの営みを残したいという想いは阿蘇地域の農業を守っていくことにつながるよね、となって。意味付けをしながら一緒にプロジェクトの軸を考えています」

自分のやりたいことが、地域課題の解決につながると思っていないリーダーさんもいる。まずは相手の気持ちを汲みながらしっかり話を聞くことで、本当に相手が求めていることが浮かび上がったり、新たな発見にもつながります。

どんなことがやりがいになっているのでしょうか。

「私自身は震災を経験したことがないんです。だから100%の共感はできない。寄り添い方に戸惑う部分もあります。だけどリーダーさんたちと関わってみると、すごくいろんな思いを抱えておられて」

いろんな想い?

「この前、Facebookでは『悩んでいる暇はない』『いろんなことがありすぎたけど、今やっていることがいい結果につながればいいな』っていう言葉を目にしました。悲しい、歯がゆい気持ちもあるなか、突き進んでいく静かな覚悟を感じるんです。だからこそ、自分も一緒に形にしていきたいなと感じるんですよね」

大切なのは、やはりプロジェクト設計の部分。既にあるものを広げていくのではなく、0から1にするような仕事だから、なんだかとても難しそうです。

「ほかにも、明日のくまもと塾という地域課題解決型のワークショッププログラムも、運営を担当しています。事務局として関わりながら、順を追ってプロジェクト設計のやり方を学んでいくことができました」

新しく入る人も、複数のプロジェクトに関わりながら学んでいくことができそうです。

「時間がかかるし、大変なこともあります。でもリーダーさんの顔を思い浮かべながらプログラムの内容を練っていくのは、やっぱりすごくおもしろいです」

みなさんのお話を聞いたあと、再建中の熊本城へ向かう。

海外からの観光客も多く、だいぶ再建が進んでいるように見えていたけれど、近くまで行ってみると城壁が大きく崩れ、生々しい傷跡が残っていました。

今の熊本の状況も、同じなのかもしれません。

実際に会って話すことで感じること、初めてわかることもたくさんあります。

まずは動き出すこと。フミダスと一緒に、歩きだしてくれる人をお待ちしています。

(2017/4/24 取材 並木仁美)