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まちにこれからの共同体

※この仕事は募集終了いたしました。ご応募どうもありがとうございました。

ぼくたちが毎日を過ごすまちは、普段目に触れない人たちの働きでつくられていたりする。

「商工会議所」も、まちをつくる人たちの集まりのひとつです。

とはいえ、どんなことをしている組織なのか知らない人が多いと思う。

全国各地には、500ほどの商工会議所が存在します。

その目的は大きく2つ。地区内の商工業の発展と、社会福祉の増進です。より噛み砕いて表現するなら、地域の経済を回してまちに還元していく組織と言えるかもしれません。

地域の事業者から集めた会費をもとに、商工業に関する技能検定やセミナーを開いたり、地域イベントを主催したり。創業支援や経営相談、企業同士のマッチングなども行います。

調べてみると、いろんな立場の人同士をつなげるハブになれる可能性が、商工会議所にはあるような気がする。ただ、その存在について知る機会が限られているのも現状です。

長野県の塩尻商工会議所では、こうした現状を変えていくために、今まさにWebサイトのリニューアルが進められています。目指すのは、企業の経営者や行政職員だけでなく、塩尻市のことを知りたい人がふらっと訪れたくなるようなWebサイト。

このWebサイトのリニューアルに携わりながら、塩尻商工会議所のよりよいあり方を考え、形づくっていく地域おこし協力隊を募集します。

Webのコーディングやデザインで手を動かすというよりも、事業者への取材やまちを歩いて得た情報を発信したり、まちの人と関係性を築くなかで異なる立場の人同士をつないだり。そのきっかけとなるイベントを企画・運営したりする役割となりそうです。

週19時間の勤務で、それ以外の時間の使い方は基本的に自由。気になる地域の企業で働いてもいいし、自分で事業やプロジェクトを起こしてもいい。任期は最長3年。そのあとも縁があれば、そのまま会員企業に勤めるということも可能だそう。

まずは商工会議所のこと、塩尻というまちのことを、もう少し知ってもらえたらと思います。

東京・新宿駅から特急あずさに乗り、2時間半。長野・塩尻駅は都内からのアクセスがよい。

古くは、江戸と京都を結ぶ中山道のほぼ中央に位置し、人やモノが集まる要衝として栄えた塩尻。現在も長野県内の各方面に路線が延びていて、1日におよそ9000人が塩尻駅を利用するそう。

その一方で、商店街の賑わいは縮小傾向にある。それは一体、なぜなのだろう。

駅から歩いて5分ほどの市民交流センター「えんぱーく」内にある商工会議所のオフィスで、総務課課長の海津(かいづ)さんに話を聞いた。

「目の前の通りが商店街で、この建物も以前はデパートだったんです。スーパーが3つぐらいあったし、靴屋さんも3軒ぐらい。パチンコ屋も、魚屋さんも肉屋さんもあった。昔はこのあたりもすごく賑やかで楽しかったですね」

もともとこちらが地元で。

「そうです。商店街に写真館があって、そこの娘の子どもなんですよ。小学校の帰りには必ず写真館に寄って、じいちゃんと遊んで、母ちゃんたちの仕事が終わったら一緒に帰って飯を食う、みたいな生活をしていました」

まちの風景が変化していくひとつの転機となったのが、1982年の塩尻駅の移転。商店街の近くから少し離れた位置に移ったことで、人の流れが大きく変わってしまった。

さらにバブル崩壊の波が重なり、急激にシャッターを下ろす店が増えたという。

「ぼくは一浪して大学に行って、大阪のメーカーに就職して。親父からは『サラリーマンになれ』って言われて育ったので、戻ってくるなんて考えずに、大阪でめちゃくちゃ楽しい生活を送っていたんです(笑)」

ところが、働きはじめて1年ほど経ったとき。海津さんのお父さんが突然亡くなってしまう。

「親父は学校の卒業アルバムとかの撮影をたくさんやっていて。それが止まると学校も困っちゃうし、母ちゃんからも毎日電話が来ていて。まだ若いんだし、とりあえず戻ろうと思って」

落ち着いたら写真館をたたんで、地元のほかの企業に就職することも考えた。けれども、いざ店を目の前にすると、求めてくれる人のためにも続けなければ、と思ったそう。

「それからちゃんと写真の勉強もしないとな、と思って。仕事のないときに東京の専門学校に通って、2年かけて学んで。結局、写真館は15年やりましたね」

やがてデジタルカメラが普及してくると、現像やプリントなど、それまで写真館の仕事だったものが個人でまかなえるように。

先のことを考えても、このまま続けるのは難しい。40歳のとき、海津さんは店じまいすることを決める。

「うちの写真館はもともと商工会議所の会員だったし、30歳からは10年間青年部の副会長をやっていました」

「それで、会議所に相談したんです。店しめますって。そうしたら、ちょうど1人退職者がいるって話で。海津さんだったら会員のみなさんも知ってるし、ぜひ来てくださいってことになって」

店じまいから間を空けることなく、商工会議所での仕事がはじまった。

商売にも多少未練は残していたんだけど、と笑いながら話す海津さん。

実際に働きはじめて、両方の立場を経験したからこそできることが見えてきたそう。

「行政とか会議所に対して何かやりたいって言うだけじゃ、結局塩尻のまちはよくならない。そんな想いをふつふつと持っていたのは事実で。だったら会議所に入ることで、組織を中から動かせるんじゃないかなって」

たとえば、セイコーエプソンをはじめ、大手メーカーが本社や工場を構える塩尻では、工業に対するサポートは以前から手厚かったものの、商業に対しては十分と言えない面もあった。

そこで、商業者やその従業員が先生役となり、仕事を通してまちを知る「シリゼミ」を企画。漆器の絵付け体験やお米の研ぎかた教室、整体や塗り絵セラピーなど、1ヶ月にわたってさまざまな講座が開かれる。

2012年度から取り組みはじめ、今年の5月で10回目。現在は事業者を中心に組織されたシリゼミの会によって運営されているという。

また、海津さんが商工会議所の中にいるおかげで、事業者からの声も届きやすくなったそうだ。

「あるとき、酒井産業という木工メーカーの社長がいきなりやってきて、『これから木育を塩尻で広めたい』と言うんです。当時はまだ木育という言葉もそこまで広まっていなかったし、ぼくもピンときていなくて」

先進地である宮崎県を視察したり、地域の事業者と関わるなかで、1から木育と向き合っていった海津さん。

2011年からは「木育フェスティバルイン信州しおじり」を企画・運営。

さらにその後、塩尻市は2013年に「ウッドスタート宣言」を発表。幼少期から木に触れ、木とともに育つ環境づくりを目指して、新生児には無償で木製のおもちゃをプレゼントするなど、海津さんのはじめた取り組みが行政や事業者を巻き込んで広がりつつある。

今回募集する協力隊は、商工会議所の一員として、主にWebサイトリニューアルに携わることになる。

具体的には、どんなことからはじめたらいいのだろう。

「何よりもまず、地域の事業者さんとの関係を築いていくことだと思います。約1800社の会員企業さんに対して、課題や現状のヒアリングをしたり、会議や懇親会の席にも参加したり」

「最初の1年間は、ぼくもいろんな人を紹介するから、その人たち全員と仲良くなるのが仕事かな」

塩尻で生まれ育ち、写真館を15年経営してきた海津さんには、それ相応の信頼の貯金がある。

今になってそれが役に立っているからこそ、新しく入る人にもまずは事業者との関係を築くことを大事にしてほしいそう。

「今、会員さんの数が毎年100ぐらいずつ減っているんです。会費をいただいている以上、会員企業さんにどんなサービスを提供できるか。そこを考えていかないといけません」

いいものをつくっている企業の情報が人の目に届いていないのなら、まずは商品やつくり手のことを取材し、会議所のWebサイト上に掲載することが必要かもしれない。あるいは、会員企業の課題解決につながるシリゼミや木育フェスのようなイベントの企画・運営をすることになるのかもしれない。

また、商工会議所では、首都圏の学生インターンが塩尻の人や風景の魅力を見つける“宝探し”プロジェクトを過去2回開催。外からの視点を取り入れることで、まちの再発見にもつながるし、サイトのコンテンツをより充実させることにもつながる。

「このWebサイトづくりを、会議所のひとつのイベントにしたいんですよ」

どういうことでしょう?

「会員企業さんのページは、自分たちでどんどん中身を更新できる仕組みにしようと思っていて。みんなで情報を入れて、面白くしていきたい。そうやってひとつのものをつくっていく過程はイベントに近いと思っています」

「企業さんのことだけではなくて、観光で訪れる人や、塩尻に住むことを考えている人がまず見たくなるような。そんな面白いサイトにしたいですね」

とはいえ、そんなにうまくことが運ぶだろうか。

せっかく立ち上げても、更新されずに止まってしまうWebサイトはたくさんある。それに、1800ある会員事業者を全部回って困りごとを解決していくのは途方もない気がする。

「たしかに、最初の1年ぐらい、うまく運用できない期間はあると思うんです。いきなり全部に責任持ってくれとは言わないですし、まずはこの機会を使って自分の居場所を見つけてもらえたら、と思っていて」

週19時間が商工会議所での勤務となり、それ以外の時間は原則自由に使える。複業も可能とのことなので、会員企業で働いたり、ここで築いたつながりをもとに、事業やプロジェクトを立ち上げてもいい。

サイトの継続的な運営という意味で不安は残るものの、まずやってみないとわからないし、1人で抱え込む必要もない。何より、このプロジェクトに対して前向きな会員事業者の方々の存在が心の支えになると思う。

取材後、Webリニューアルに関する会議があるということで参加させてもらうことに。

今回のWebサイトを作成する会社のみなさんをはじめ、製造、建設、輸入自動車の整備・販売、銀行、行政など、それぞれ異なる立場の人たちから率直な意見が飛び交った。

その後の懇親会にも参加し、ふと気になったことを聞いてみる。

決して少なくない会費を払ったうえで、商工会議所の会員になるのはなぜなんでしょうか。

すると、ある社長はこんなふうに答えてくれた。

「自分たちはひとりじゃ生きていけない。その考えが基本にありますよね。反対に言えば、地域が良くなることで、最終的には自分たちに返ってくる。そう信じてやってます」

これまでほとんど知らなかった商工会議所という組織。

ボランティアでも、目先の利益をとるでもなく、地域を元気にすることで未来へと続く共同体をつくる人たちが、そこにはいました。

塩尻に縁がなくても、特別なスキルがなくても。1からいくらでも築いていけると思います。

(2018/6/8 取材 中川晃輔)