おいしいお米ってなんでしょう。
今回取材に訪れるまで、考えたこともありませんでした。
おもに飲食店向けにお米を卸している、ふなくぼ商店。星がつくようなお寿司屋さんから、下町の食堂まで、卸先はさまざま。
代表の舩久保さんは、そのお店で提供したい味に耳を傾け、必要であれば炊飯の指導をすることも。また毎年、生産者のもとに足を運び、田んぼから米づくりに関わっています。
生産、精米、炊飯と、お米にまつわるあらゆることを追求してきました。
現在は、舩久保さん含めて4人の従業員が働いています。
今回募集するのは、配送や店内作業を担当するスタッフ。玄米を運んで精米し、袋に詰めてお客さんのもとへ運ぶ。体を動かすことが好きで、コツコツ仕事をするのが得意な人に向いていると思います。
必要な経験はありません。目の前の仕事を一生懸命にできる人を求めています。
東京・清澄白河。
ふなくぼ商店の事務所は、日本仕事百貨のオフィスから歩いて10分ほどの場所にある。
ブルーボトルコーヒーの日本一号店をはじめ、ユニークなコーヒーを飲める場所が多いまち。平日は落ち着いた雰囲気だけど、土日は東京都現代美術館などを目当てにたくさんの人が訪れるので、にぎやかになる。
清洲橋通りを東へまっすぐ進む。
「もっちゃん」と書かれた看板が目に入る。そのとなりが、ふなくぼ商店の精米所だ。
1階はイートインスペースのあるおにぎり屋さんで、1kg単位でお米の量り売りもしている。2階から上は、事務所やお米の保管・精米をする場所として使われている。
信号を渡り近づいていくと、車から米袋を運んでいる人たちを発見。そのひとりが、代表の舩久保さんだ。
もともと料理人をしていたけれど、平成元年、お父さんが他界したことをきっかけにお米の世界へ。
「実家は製菓原料の卸をしていて、父親が他界する前に米の営業許可を買ったんです。借入金もあって、負債6000万円を抱えてスタートしました」
それまでお米について詳しいわけでなかった、という舩久保さん。まずはお米屋さんの勉強会に参加してみることに。
ただ、そこで学べるのは商売のことだけで、おいしいお米をつくるにはどのようなことが必要なのかは分からなかった。
そこで、今度は生産者のもとに足を運び、蔵に保管してあるお米をすべて味見させてもらったり、田んぼに入って土を舐めたり、稲の茎をかじったり。
「土から水と養分を吸い取って、茎の中を通って実に運ばれていく。茎がどのくらい吸水しているのか、硬いのか柔らかいのか。土や茎の状態を確認することも大事だと思ったんです」
さらに、現地から持ち帰ってきたお米を炊飯し食べてみて、自分が想定していた味だったか、それとも違ったか。違う場合は、自分の仮説のどこがずれていたのかまで考えた。
卸先も自分で開拓していったという。そのひとつが、冬木町のお寿司屋さん。
「大将はいろいろな賞を取られている方で。お寿司の値段が書いてないから、はじめは怖かったんですけど、そのとき食べたお寿司がすごくおいしかった」
頻繁には行けなかったものの、通い続けていた舩久保さん。ある年に米の不作があり、そのとき、お米を卸してほしい、という相談をもらった。
「当時は色彩選別機を買うお金なんてなかったから、何時間もかけて虫食いのお米をすべてピンセットで弾きました。のちのち、そこで握っていた人が独立して、うちと取引をしてくれるようになって。そうやって徐々に卸先のお店が増えていったんです」
農家さんとも卸先とも、一から信頼関係を築いてきた。
「割合で言うと、原料品質が4割、保管・精米が3割、炊飯が3割。すべてが揃わないと、お米はおいしくなりません」
取り扱っているお米は、生産者の名前を出して販売。田んぼ一つひとつをチェックしに毎年現地を訪れ、品質のわるいお米があれば正直にフィードバック。どのように改善するべきかを伝える。
玄米は、湿度温度管理のできる低温倉庫で管理。精米は、お米の甘み・旨み・食感を左右する工程だという。米質や作柄・季節に合わせて精米の具合を調整。機械もオリジナルでカスタマイズするほど、とことん取り組んでいる。
そして最後の30%を占めている、炊飯。
たとえば、うなぎ屋さんから相談をもらったとき。
「ホロっとほどけるご飯がいいのか、ある程度粘りがあるほうがいいのか。米の味は強いほうがいいのか、強調しないほうがいいのか。たとえば、うなぎと一緒に味わってほしいなら、ある程度の粘りがあるほうが口に運びやすいし、タレの甘みや鰻の脂ののりによってもご飯とのバランスが変わります」
「お店によって、目指すおいしさはすべて違う。炊飯テストで4種類、5種類炊いて食べ比べていただいて、味の感覚を共有するのが大切です」
目指す味だけではなく、厨房のオペレーションなども考慮し、最適な方法を提案する。
大切にしているのは、お店の人自身がどんな味を提供したいのか、ということ。
「有名店だから卸したいとかはまったく思わないです。『シャリがうまい』、『ご飯がおいしいと言われるよ』と聞くと、やりがいを感じますし、無名の得意先が満席になっていくのはうれしいことです」
今回新しく入る人は、舩久保さんの指示をもとに、精米したお米の配送や店内での作業を進めていく。
おいしさを突き詰めていく舩久保さんの仕事とは違って、コツコツ、きちんと納めることが基本になるけれど、ふなくぼ商店の「当たり前」を支える大切な仕事。
たとえば、ふなくぼ商店で徹底しているのが、清掃。精米所では殺虫剤などを使用していないため、掃除を徹底することで、害虫やネズミの発生を防いでいる。
精米すると、どうしても周囲に糠が飛び散ってしまう。そのため、精米するたびに床を掃いてきれいな状態を保つよう、心がけている。目立つことではないけれど、届けるものの品質を保つうえでは欠かせない仕事だ。
「覚えるのに多少時間はかかっても、手を抜くより、一生懸命やってくれる人がいいですね」
「得意先に迷惑をかけるとか、怪我を誘発してしまうとか。そういうミスは怒るけど、わからないことに対しては、遠慮せずに聞いてほしい。一回でできなくても仕方のないことなので」
新しく入る人は、まずは先輩について得意先を回りながら配送のいろはを学んでいく。店内作業では精米したお米を袋に詰める作業もあるし、米袋も担ぐので、体力は必要な仕事だと思う。
「精米の調整は私が担当しています。同じお米でも時期によって状態が変わる。どのくらいの圧力で精米するかっていうのは、数字としてノートに書いてあっても、そのときの湿度や気温で微妙に変えなきゃいけないので」
「そこまで真剣にやりたいって人がいたらうれしいけれど、目指しているものがない人にはむずかしいと思う。ただお米について学びたいって人がいたら、勤務時間外にはなるけれど、教えることも考えています」
ここで働く人は日々、どんなふうに仕事をしているのだろう。店内作業について教えてくれたのは杉さん。
「玄米を保存している倉庫が、ここから車で5分ほどのところにあるんです。そこでお米をピックアップして、車に積んでここまで運転して、貨物エレベーターで2階の精米所に運びます。そこで機械に流して精米したものを袋詰めしていきます」
「お米は精米するとどんどん劣化してしまうので、たくさんつくればいいというわけでもなくて。あらかじめ注文量を想定して準備をしておいて、配達するという感じです」
時間内に精米が終わらない場合は、翌日の朝一番で作業を行う。お店ごとに品種も精米の仕方も異なるため、誤ったお米を届けないよう注意が必要だ。袋詰めする前に、届け先のシールをまとめて貼るなど、ミスを防ぐ工夫をしながら効率よく進めていく。
米袋はひとつ30kg。たとえば、小分けの袋が3kgの場合は、10個で1袋。その米袋をひたすら運んで、積み下ろす。
「腰を曲げるとすぐに腰をわるくするので、丸まらないように姿勢良く持ち上げることが大切です」
もともと人材派遣系の仕事をしていた杉さん。
仕事が合わず辞めてしばらくしたとき、たまたまふなくぼ商店の求人を見つけて就職することに。
「純粋に体を動かすのは楽しいですね。自分が関わったものを直接届けられて、お客さんの反応も近くで感じられる。あと、当たり前ですけど、どのお店さんにも自信を持って届けることができるのはいいですよね」
最後に話を聞いたのは、主に配送を担当している鈴木さん。
「働き始めて5年ぐらいですかね。以前はラーメン屋さんで働いていました。この仕事を始めたのは、家が近かったから」
「よくいう人間関係の問題とかは、ここは気にしなくていいですよ。終わったらみんなで飲みに行こうとかもないですし」
鈴木さんの仕事は、精米したお米を卸先に届けること。県外の発送は業者にお願いしているので、担当するのは東京都内。
配達は基本的に午前と午後の2回。舩久保さんが回る順番を決めていて、1回の配達で10軒ほど回る。
「厨房のなかとか、狭いところにも運んでいきます。袋が破損しちゃうと大変なので、そこは注意が必要ですね」
スマホのマップ上には、行き先がお気に入り登録されている。中央区のお店が多いみたい。
「自分の好きなお店も登録されているんですけど、大丈夫ですか?(笑)」
配達をしていると、卸先の飲食店から炊き方がうまくいかないと相談を受けることもある。
「内容については、逐一共有するようにしています。というのも、社長は卸先の状況も全部知っておきたい人で。お米好きな人は面白いんじゃないかな。社長は変態がつくぐらい、すごいですよ」
求めるおいしさに向かって、お米にも、お客さんにも真摯に向き合う。杉さんが言っていたように「手を抜かない」姿勢が徹底されていると感じた取材でした。
代表の舩久保さんは、自ら職人気質というほどこだわりの強い方。だからこそ、関わる人たちからの信頼を得ているのだと思います。
コツコツと、真摯に。職人のとなりで、淡々と働くことができるような仕事です。
(2024/03/21 取材 杉本丞)