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時代に残るものってなんだろう。
きれいなもの、おいしいもの、豊かさを感じられるもの…。人の好みや価値観も時代によって変わっていく。
それでも残っていくものの背景には、「後世に伝えたい」という強い意志をもった人がいるのだと思います。

旧酒蔵の建物を活かし、2024年に生まれた複合施設「伊東合資(いとうごうし)」。
代表の伊東さんは、一度廃業したこの蔵の日本酒「敷嶋」を復活させ、地域の歴史や醸造文化を伝える施設として伊東合資をオープン。テストキッチン、カフェレストラン、ショップを運営しています。
今回はカフェレストランの店舗マネージャーと、施設全体や地域の醸造文化を伝え残す企画を実施する事業企画の2つのポジションを募集します。
愛知・知多半島の文化を伝え、自分たちの手で新しく積み上げていく。やわらかさのなかに1本軸の通った人たちの姿をまずは知ってほしいです。
名古屋駅から電車を乗り継ぎ50分ほど。亀崎駅が伊東合資の最寄り駅。
行き方を地図アプリで見ていると、2つ先の駅にはミツカンの本社があるなど、日本酒・味噌・お酢づくりに関わる場所がいくつもあることに気づく。
駅から15分ほど歩くと、立派な塀と木造の建物。ここが、伊東合資。
思っていたよりもずっと大きな規模の施設に背筋がすっとのびる。

「この場所で、江戸時代から日本酒を醸していて。僕の祖父や父もここで酒造りをしていました」
にこやかに迎えてくれたのは代表の伊東さん。清酒「敷嶋」の9代目蔵元でもある。

施設の名前「伊東合資」は、かつて敷嶋をつくっていた会社の名前。
1788年に創業し、酒造りから、味噌・醤油業、薬屋、銀行と事業をひろげ、地域の暮らしに深く根差す企業だった。
けれど、時代とともに日本酒の需要は低下し、2000年に廃業。200年を超える歴史に幕を閉じた。このとき、酒造りを行なっていた蔵や建物、土地のほとんどを売却することに。
「家から酒蔵が少し離れていることもあって、幼いころはここを『たまに来るおじいちゃん家』くらいに思っていました。特に強い思い入れがあったわけでもなくて、普通に大学に進学して、就職をしました」
そんな伊東さんがなぜ、この道に?
「2014年に祖父が亡くなりました。そのお通夜の前夜に、昔造っていた酒を飲んで感動して。ありきたりなことかもしれませんが、そのとき自分の人生を改めて考え直したんです」
最初に心に浮かんだのは、だんだんと寂れていく地元。亀崎を含む半田市であり、知多半島の風景。

「祖父をはじめ、この地域の過去を知る先輩方は『昔はすごかった』と言います。日本でも有名な酒処で、この町内だけで30もの酒蔵があったって」
「それが今は、名古屋の人もこの地域の人も知らない。昔はすごかったのに、忘れ去られていくのが、悔しい」
日本酒をはじめとする醸造で栄えていた地域だからこそ、酒蔵だったこの場所で今の時代に合う醸造文化をつくる。伊東さんのなかで軸ができた。
最初に手をつけたのは、敷嶋の復活。
酒造りの経験がなかった伊東さんは、働きながら有給休暇を使い、酒蔵で修行。2018年には会社も辞め、蔵人として経験を積みつつ、かつての酒蔵を買い戻す準備を進めた。
2021年、なんとか資金を工面し、清酒製造免許をM&Aで取得。土地と建物も買い戻すことができた。けれど、20年ほど放置されていた旧酒蔵は、現代の衛生基準をクリアすることが難しいとわかる。
「平成に建てた建物も買い戻し、そちらを醸造場にしました。そっちで日本酒をつくりつつ、江戸から明治期の建物では酒造りの歴史、文化を伝える。かなり傷んでいるところもありましたが、少しずつ修繕作業を進めていきました」
そして2024年1月20日に伊東合資としてオープン。お金のこと、日本酒製造を改めてはじめる難しさなど、さまざまな難題を乗り越えて迎えた日だった。

通りに面した入口を入ると、日本酒や知多半島でつくられる味噌、みりんといった発酵食が並ぶ直売所「かめくち」。
銀行や郵便局として使われていた場所の一部をそのまま利用し、鉄の金庫に商品がディスプレイされていたり、木製の大きなカウンターで角打ちが楽しめたり。

「かめくち」を通り過ぎ細い通路を抜けると、「test kitchen gnaw(テストキッチン・ノー)」が入る蔵がある。
野草、絶滅危惧種などいろいろな植物が植えられている中庭の奥にあるのは、「Sake Cafe にじみ」。
敷嶋や自家製のノンアルコールドリンクとのペアリング体験を軸に、お酒を飲める人も、飲めない人も地域の食と飲み物を心ゆくまで楽しめる。

「オープンして1年と少し経って、県外、海外からもお客さんが来てくれる場所になり、地域をあげた発酵ツーリズムに参加するなど想像以上のことが起きています」
「地域をリードする存在として期待される場面が増えました。知ってもらえる、来てもらえることが増えてきたからこそ、この施設の運営に腰を据えて取り組んでいかないといけない」
今は正社員が少なく、酒造り、施設の運営、イベント対応、地域からの相談と、大小さまざまなことすべてを伊東さんが対応している状況。抜け漏れや、スタッフへの共有が直前になることもたびたび起きてしまう。
「今後の伊東合資をどうしていくかってずっとひとりで考えてきたんですけれど、それってあまり健全ではないように感じていて」
「今回募集する事業企画のポジションの人と、今後の方針を考えたり、プロジェクトや企画をしていきたい。COOのようなイメージです。施設内に新たに宿をつくったり、地域の空き家の活用をしたり、やりたいことはたくさんあります。ここがよくなるために一緒に頭と手を動かせる人だとうれしいです」
次に話を聞いたのは、Sake Cafe にじみのメニュー開発やtest kitchen gnawでの料理の提供など、伊東合資全体の食の研究開発をしている水野さん。

隣の常滑市出身で、フランス、オーストリア、アメリカで料理人の経験を積んできた。
食の研究開発って、どんなことをしているのだろう。
「100年先もつくり続けられる伝統料理を生み出すことを目指して、gnawやにじみの料理、調味料をつくっています」
「地域の伝統料理は、地域内のもので無理なくつくられてきたもの。国内外のいろんな地域の食材をかき集めてつくるのは違和感があって。僕は『キロメートルゼロ』って考え方で食をつくるんです」
イタリアで生まれた言葉で、食材をできるだけ生産地の近くで調達し、その土地で消費するという考え方。水野さんが使うすべての食材は、車で30分圏内の場所で仕入れる。
完全な無農薬、不耕起栽培でつくる農家さんの野菜、持続可能な漁法である一本釣りで獲られた魚、調理は備長炭の薪の火で。
水野さんは自ら牛の世話をし、畑もする。海水から塩、その塩から味噌や醤油といった調味料だってつくる。
「この知多半島は、醸造文化もあれば、野菜、果物、ハーブ、肉、海産物もあって、ないものがない。何もかもありすぎて、この地域の人も豊かさに気づいていないのかもしれません」

「ただおいしいよりも、土地の歴史や食材に込められたストーリーを語るものをつくりたい。地域の歴史とか文化って考えると、うちだけがよくなるんじゃ駄目なんです。この知多半島全体の底上げになればと思い活動しています」
これまでの地域の文脈を研究し、編み直し、これからの地域の伝統をつくる。今ある伝統を未来でも持続可能な形に変えて伝えることで、地域の醸造文化自体を残していく。
gnaw の壁一面の発酵棚には、見たこともない食材や調味料がずらり。その一つひとつがどんなものか、水野さんは楽しそうに教えてくれる。
水野さんの料理を求めて、世界中からお客さんやインターン生が来るという。

「ここでつくった調味料はカフェの料理にも使います。できるだけ噛み砕いてメニューを考えているつもりなのですが、それでもお客さんから料理について聞かれることがあります」
「店舗マネージャーとして入る方には、お客さんにわかりやすく料理を伝える翻訳者のような役割も担ってほしい。もちろんそのために、いくらでも料理やその背景を教えます」

もし発酵食に興味があれば、つくるところから関わると、よりお客さんに伝えられることも増えそう。
「塩って海水2Lを8時間煮詰めても、40g強しかできないんです。そんな塩を100kgつくる。インターンに来てくれる子でも、実際の手間暇を知ると驚いています」
「そういうのを大真面目にやっているんです。そんな姿を、またバカなことをしているなと一緒に面白がってくれる人だといいな」
最後に話を聞いたのは、Sake Cafe にじみのシェフの加川さん。にじみのオープン当初から3人のお子さんを育てながら働き、最近シェフになった。

水野さんが考えたレシピを、加川さんがカフェでつくりお客さんに提供する。店舗マネージャーとは同じお店をまわす同志のような存在。
「この前は、伊東合資で女中として働いていたっていうおばあちゃんがいらっしゃって。『久しぶりに中に入れたわ』と涙して、昔のいろんなお話を聞かせてくれました。働いている私以上にこの場所のことを知る人が地域にたくさんいるんです」
今はカフェの調理責任の立場にある加川さんも、これまでは、家とチェーン店での料理経験しかなかった。
「こんなに料理をするとは思っていませんでした(笑)。文化をつくっているという実感はあまりないんです。けれど、社長や水野さんがああしたい、こうしたいってことをサポートしたいとは思っています」
「二人はお客さんに伝えたことをたくさん持っているから、本当はそっちに時間を使ってほしい。でもほかのスタッフのフォローにまわることも多いのが現状です。二人がやるべき仕事に取り組めるように、私ももっと仕事ができるようにならないといけません」
「お客さんといきいき話すふたりの姿を見ると、頑張っていてよかったと思う」と加川さん。
世界で腕をふるう水野さんとの仕事は、求められるレベルが高い。最初は、脂汗をかくほど緊張しながら魚を焼いていた。
「でも、大変だから楽しかった」
「何回も仕事を取り上げられて、皿洗いだけをすることもありました。その後もちゃんといつも通りに仕事をしたら、それ以上の仕事を任せてくれる。やっていることを見てくれている。社長もフォローをしてくれる。みんな一生懸命目の前の仕事に取り組んでいるから、私もつられて一生懸命になっていました」

店舗マネージャーは加川さんのように丁寧に、真摯に、物事に向き合えると良さそう。お客さんの動き、会話、食事の進み具合などを気にかけ、こうしたら喜んでもらえるんじゃないかなと考えられる人が合っていると思う。
「まだオープンして1年ほど。社長も水野さんもこうじゃなきゃいけないって固執することはなくて、意見を聞いて柔軟に変えてくれる。『一緒につくり上げていこう』ってよく言われますが、まさに今はそんな途中です」
「フラットで、みんな自分の仕事に一生懸命で。想像していなかったことが起こる職場で、飽きないですね」
全員がプレイヤーとして動きながら、施設や事業を育てているフェーズ。
だからこそ、トップと現場の熱を受けとめて、働ける場所だと思います。
ぜひ少しでも気になったら話を聞いてみてください。気づいたら熱が伝播して、自分もその場所に立っていたくなるような仕事です。
(2025/06/16 取材 荻谷有花)